プロローグ
緑の木々が鬱蒼と生い茂る森の中。昏く陽の光も届かない森の中に一カ所だけ開けた場所があった。
周りの森と対比するように明るく暖かいそこには、高く幹の太い大木がそびえていた。山火事に巻き込まれる事もなく、人に切り倒される事もなくずっと昔からそこにあり続けたその大木は、幾多の“物語り”を見続けてきた。
そんな古い大木の下に、まだ年端もいかぬ少年と少女がふたり。長年、大木を支えてきた太い根に二人の少年少女は並んで腰掛けていた。二人はどことなく似ていた。
黒く艶やかな黒髪、闇よりも深い瞳、白磁の肌。二人が持つものは同じだったが、少年は少女より体つきが大きく、幾らか年上に見えた。少年は自分と同じ瞳を見つめながら静かに語り出す。
「そう……少し昔話をしようか」
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むかしむかし、ある村に一人の若い男がいました。男は賢く働き者でしたが、人付き合いが苦手で村ではいつもひとりでした。
ある日、働きに出かけた男は川で優しく美しい娘に出会いました。男はその娘に心を奪われ、娘もまた同じように心を奪われたのでした。そして男は娘を妻とし、二人は夫婦となったのです。
娘は男に人付き合いの仕方を教えてくれました。男は本を読むばかりでは分からない、大切なことを知ったのです。男は一人ではなくなりました。男はますます優しく気立てのいい娘を好きになりました。
しかし娘は村の薬師でも治せない重い病にかかってしまったのです。男は毎日、神様に祈り続けました。どうか愛する者の病を治してください、と。そんな男を哀れと思ったのか、神様は男にどんな病でも治す不思議な“ちから”を与えました。
男はその“ちから”を使って、娘の病を治しました。そうして、二人はいつまでも仲良く暮らしたのです。
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少年が語り終えて、しん、と間が空く。少年はそんな間を気まずいと思いもせず、少女の言葉を待った。
「随分、安売りをする神様ね。ただ祈るだけでそんな大層な力が手に入るんだったら、今頃病気で苦しむ人なんて一人もいないわ」
年齢に不釣り合いな皮肉めいた言葉遣いにたいして驚いた様子もなく、少年はただ微笑うだけだった。
「そうだね……。神様はただの気まぐれで男に力を与えたのかもしれない」
「気まぐれでそんなものを与えられても、迷惑なだけよ」
少女は昔話に興味が失せたのか、自分の長い髪でくるくると弄びはじめた。そんな少女を見て、少年はくすりと笑う。
「でもね。男はその力を手にする代わりに、代償を払ったんだ」
「代償?」
「そう。とてつもなく大きな代償を……」
少年の瞳はもう少女を映してはいない。そこに映るのは何か、少女はもう何度も考えているが一向に答えを出せないでいる。
考えるだけ無駄か…
そう諦めた瞬間、二人の間を青い風が吹き抜けた。