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終末三千年。  作者: 高倉 悠久
第一章
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第五話 ~乱入、タバスコ男~

 

 ―――俺の望んでいるのは、面倒ごとに巻き込まれず、無事生き延びること。ただそれだけだった。


 

 

「・・・いいのか、解いてしまって。俺は逃げるかもしれないぞ。」

「さあ、どうやろなあ」

 河村というらしい男は、やはりヘラヘラしながら、言う。


「お前は政府に、恨みぐらい抱いてそうな気がしてなぁ。

政府に煮え湯を飲ませることができるハナシって、ちょっと興味もたへん?」


「・・・っ!?」

 見透かされた。何だこいつは。

 河村のいう「ハナシ」とやらより、何故俺の政府への憎悪を知られたのか。それだけが、気になった。

 ヘラヘラして、一見油断しているように見せかけた、鋭い攻撃。なぜか俺は、強烈な既視感を感じた。

 壁を背にして、攻撃にも防御にも出ることができるような構えを取る。


 ―――俺は、政府を味方だとは思ったことがない。むしろ、本当は敵なのだ。しかし、敵の敵が味方である確証などどこにもない。


「そんな警戒せんとってくれや。カマかけてみただけやのに」

「お前・・・・・・」

 本当に何が目的なんだ、と言おうとしたところで、河村の後ろの扉が乱暴に開けられる。


「おい幸生!!タバスコ切らしてるじゃないか・・・」


 甚平を着て赤い鉢巻をした男が、部屋に入ろうとして硬直する。

「え・・・それって、例の。」

「それって言うなよ!」

 とりあえず、申し訳程度に怒鳴っておく。

 そして、勘づかれないように、そっと目線を移す。

 丁度、河村の視線は甚平の男に向いていた。多少は調子を狂わされたが、今、この状況は都合がいい。よくもまあ、こんなに堂々と隙を見せてくれるもんだ。

 こいつらの関係性はよく分からないが、多分二人とも俺の敵だろう。

 腕時計型のメタモルに、イメージを流し込む。それは一瞬で、真っ黒いの形に変形した。振りかざし、二人に向かって降り下ろす・・・


「!?」


 視界が反転したと思うと、俺はベッドにうつ伏せに叩きつけられていた。いつの間にか、甚平の男が俺に馬乗りになっている。腕が背に回され、締めあげられる。

 さっき、河村にも似たようなことをされたという理由があってのことか、俺はわりと落ち着いて状況分析ができた。

「ちょっと痛いかもしれないですけど、我慢してくださいね。」

「断る。我慢したって痛いもんは痛いんだ。離せ!」

 もちろん、叩きつけられた衝撃は全然なかった。しかし、指が食い込むほどの怪力で握り込まれて、腕が痛くならないわけがない。

「聞き分けのない子ですねえ」

 男は、感情の篭っていない薄笑いを浮かべたまま、やはり俺を放さない。これが普通の反応だ。河村のようにやすやすと縄を解いてしまうことなど、通常ありえない。


 ―――あの一瞬でここまで跳んだとすると、この男の運動能力は半端じゃない。

 俺は、腕の痛みを堪えながらも、ひたすらに次の策を練っていた。

 ―――どうすれば、ここを脱出できる?

 

 ―――どうすれば、…生き延びられる。

 

 とにかく、今は相手の隙を探さなければいけない。俺は、適当に話を続けてみることにした。

「何でお前・・・・・・そんな馬鹿力なんだよ」

「君は僕の予想より、遙かに非力でしたね。しかし、随分とこの状況に対して冷静だ。」

「俺は逃げだそうとした。あんたはそれを阻止した。ただそれだけのことなのに、どこに冷静さを欠く要素があるっていうんだ。」

 本当に、ただそれだけのことだ。その程度でいちいち取り乱していては、俺はきっと生き残ってこれなかっただろう。

 それなのに、その男は、感嘆したような声を上げる。俺のような戦争孤児とは違って、こいつはきっと温室育ちだったのだろう。…それにしては、身体能力だけは妙にチートがかっているが。

「まだ若いのに、適応能力がすごいですね」

「いやあ、それほどでも。」

 その男は、乱暴な手つきをしていながらも言葉遣いは紳士的だった。その余裕ぶりに完全なる実力差を感じる。

 逃げ出すにしても、こいつがいないときを見計らわなければいけないと、俺の考えはまとまった。一時休戦のつもりで、俺は肩の力を抜いた。幾分か、上半身が楽になる。

 

 ―――何事にも、上には上がいるというものだ。ことに、ここにいる奴らは全員が全員、俺の上をゆく何かを持っているらしい。

「実は俺、あんたに尊敬の意さえ抱いてるんだぜ。すげえな、今の固め技。」

 それなりにお世辞なんかを言ってみる。半分が本心、もう半分が下心、といったところか。

「ふふ、うれしいことを言ってくれますね。誉めても逃がしはしませんよ」

「それは残念だな」

 やっぱり駄目だったようだ。予想はしていたから、言葉とは裏腹に、俺は別に残念でもなんでもなかった。だろうな、とでも言ってやりたい気分だった。

 男はにこにこと笑いながら、俺の足下に転がっている縄を拾い上げる。

「一応縛らせてもらいますよ。会話はしにくいでしょうが、致し方ありません。君は随分と悪い子のようですからね」

 その男は、慣れた手つきで俺の両腕を縛り上げていく。

「ああ、負けたのは俺だ。好きにしろ」

 完全に脱力した俺は、されるがままに横たわっていた。


「・・・さてと。」

 縄を全て結び終えた男が俺の背を降り、河村の方に向き直る。

「幸生・・・?」

 その全身から黒いオーラを発しながらも、男は優しげな声で河村に呼びかけた。

「えっと・・・・・・あの・・・・・・・・・すみません」

「何で怒られているのかを承知しての言葉だろうな。」

「それは・・・えっと・・・うう…」

 何だこれは。俺は呆れて、深いため息をつく。

「勝手に俺を捕縛しておいて、何でお前らは暢気にも親子のような会話を繰り広げているんだ。せめて俺の目の届かない、よそでやってくれ。」

 男は振り向き、満面の笑みを浮かべる。

「捕らわれの身である君に気を使う義理など、こちらにはありません。負けたのは、君なんでしょう?」

「そういえば、それもそうだったな」

 河村の気の抜けた応対のせいで、俺の常識もどこかが噛み合わなくなってしまったらしい。

 男の言葉に納得した俺は、とりあえずその2人を見守ることにした。

「・・・で、幸生。君はなぜ怒られているのか、わかってるのか?」

「・・・・・・えっと、その、・・・タバスコ買い足しておくの忘れたから?」

「違うだろ」

 河村の言葉に、俺はついツッコミを入れてしまった。天然にも程がある。

「いや、だいたい合ってましたよ、今ので」

 男が俺のツッコミに、さらりと返答した。

「え、俺の縄を解いたから怒ってたんじゃじゃないのか?」

 予想外すぎる反応に、俺は少し困惑する。

「それもまあ…ちょっとはありますけど。ぶっちゃけ君なんて、取るに足らない相手ですからね。縄が解けたくらい、そう不都合ではありませんよ。」

「あんたなぁ。俺の都合も無視してとっつかまえておいて、そんなぞんざいに扱うのは失礼じゃないか?」

「嫌ならとっとと逃げればいいじゃないですか。それができないなら、自分の運の尽きだったと諦めることですね」

「・・・・・・・・・」

 なんだかこの男は、わざと俺をからかっているような気がする。

 河村よりは常識人かと思っていたが、こいつはこいつで、別の意味での変人なのかもしれない。


「ごめんな、また今度買ってきとくから・・・!」

 涙目の河村がそう言うと、男は露骨に不機嫌そうな顔をした。

「そんなこと言って、いつも忘れるじゃないか。今すぐ買ってこい!」

 怒鳴りつけられた河村が、ビクッと肩を震わせる。力関係の差は、会ったばかりの俺にさえ分かるほど歴然としていた。

「ほら、さっさと買ってこいよ。5分で。」

「ご、5分!?」

 もはやパシリのようだ。いや、パシリ以外の何物でもない。

「何か文句でも?」

「うっ。」

 無表情で男に凄まれた河村は、震えながらゆっくりと視線を逸らす。俺は見たことがないが、蛇に睨まれた蛙もきっとこういう感じなのだろう。何というか、可哀相だ。

「・・・ごめんな、俺ちょっと行ってくるわ・・・」

 涙目で俺にそう言うと、河村は急ぎ足で部屋を出ていった。


「・・・」


 黙ってその背中を見送ると、俺は尋ねた。

「5分って、そんなに近くに店があるのか?」

「さあ、どうでしたかねえ。まあ、多少遠くても、全身の筋肉フル稼働すれば何とかなるんじゃないですか?」

 男は、さっきの命令口調とは打って変わって、丁寧に言う。しかし、言っている内容は先程となんら変わりない。鬼のような奴だ。

「さすがに無理だろ・・・」

「無理かどうかなんて、やってみなきゃ分からないでしょう。何なら君も、挑戦してみます?」

「いや、いい。」


 ―――…やはりこの男は鬼だ。


 

 俺は、静かにそう確信した。





(主人公は意外と順応が早い子です)

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