第三話 ~巡回に焦りは禁物~
―――まるで、俺がいた騒然とした街とは別世界のようだ。
俺は、しばらく呆然として立ちすくんでいた。騒々しいこのT都にも、こんな場所が存在していたのか。
地球防衛軍では、普段はコンピューターのシミュレーションにより管轄区域の管理を行っている。つまり、俺の管轄化にある町だとはいえ、異常がない限りわざわざ足を向けたりすることはないのだ。だからこれまで、その町は俺にとって、実在する場所としては認識されていなかったことになるのかもしれない。
―――見慣れているわけでもなければ、この町を異常と考えないわけがない。
そこは、廃墟と化したように静まり返った町だった。しかし、人が住んでいないわけではない。建ち並ぶ住居には確かな人の気配があったし、その街に生活感が全くないというわけではなかった。ただ、その町のほとんどが、ひたすらに沈黙していた。
こんな町じゃ、どこから捜査に手を着ければいいのか見当がつかない。いうほど目立って怪しいところもないし、かといって普通なところは一つもないじゃないか。・・・ひとまず、もう少し街を見て回ろう。聞き込みをしようにも、こうも人気のない所じゃ意味がない。
そう考えて俺は、手元の地図に目を落とした。
と、その時。視界の隅に、何か動くものが映った気がした。
慌てて顔を上げると、路地の奥の方に少年がいる。少年は俺の方にちらりと視線を投げかけると、路地の角を曲がり、消えた。
「・・・・・・おい、そこのお前!」
とっかかりのない町で見つけた、この手がかり。これを逃すと、手ぶらで支部に帰らなければならなくなるかもしれない。そんなことになったら、あの上司に何を言われることか。・・・想像したくもない悪夢だ。
「待て!!」
住宅の窓や配管が張り出してきている狭い路地を、先ほどの少年のいたところまで駆け抜ける。何とかして少年を追わなければ。
この手がかりを逃すと、捜査が行き詰ってしまう。
俺は急いでいた。捜査が行き詰れば、いつもの楽な業務に戻れない。…つまり、このままだと本当に面倒臭い事になる。だから、早くパソコン画面に浮き出た謎の文字の原因を究明したいのだ。
角を曲がった俺は、急ブレーキをかけた。
目の前に背の高い男が立っていた。その後ろで、先ほどの少年らしき人物がこちらを伺っている。今までいた路地は暗くて分からなかったが、今見ると少年の髪の色は…水色だった。
「…っお前、」
それは、通常の人間の髪では無い色。即ち、異星人の…髪の色。
嵌められた。
目の前に立つ男が、俺に覆いかぶさるようにして何かを首筋に当てる。
「!!」
靴の踵を削るようにして、強引に体を半回転させる。しかし、その男の手から逃れるには、もう遅かった。首筋に、軽い電流のようなものが走る。
「まさかこの町の管理者がこんな子供とは思わんかったからなあ、捕縛すんのに胸が痛むわー」
男はへらへらしながらそう言うと、俺の首元に当てていたものを引っ込める。それは…注射器だった。
どうやら俺は全身麻酔のようなものを打ち込まれたらしい。じわじわと痺れが回り、視界が定まらなくなってくる。
「お前ら、一体何のつもりだ…!」
「さぁてね、何やと思う?」
今にも倒れてしまいそうな体で、精一杯の虚勢を張って男を睨みつけた。しかし、それもやはり余裕の笑みで交わされる。
―――ああ、この失態は、始末書程度じゃすまないかもな。
男がポケットから縄を取り出したところを視認した時点で、俺の意識は途切れていた。