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終末三千年。  作者: 高倉 悠久
第一章
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幕間③ 髪の色(後)


 

「どうした、具合でも悪いのか?」

 ニコが覗き込むようにして、俯いた俺の表情を伺う。

 

 ニコは、俺達に捕縛された人質のはずだ。

 それなのにどうしてこんなにも素直に、人の心配ができるのだろうか。

 …まるであの日のように、ニコは変わりなく無愛想で、優しい。

 

「いや何でもない、何でもないよ。」

「さっきからそればかりじゃねえか」

「だって本当に何でもないんだからさ、そう言うより他はないだろう?」

 俺が笑いながら言うと、ニコは「それもそうだが、何だかふに落ちんな・・・」と呟いた。

「まあ、あんたが聞かれたくない事だって言うんなら、部外者である俺は何も聞かないよ」と、ニコは無表情のままで言う。

 部外者であることは承知の上だったのか。ニコがあんまりぶっきらぼうな言い方をするものだから、拗ねた子供を相手にしているような心持ちになる。

 また昔を思い出して、ひとりでに浮かびそうになる微笑みを堪えた。

 

 

 …あの日、俺は宿を出てから、この商店街にたどり着いた。その後もいろいろあったのだが、結局、ここで義勇軍の一員として居候させて貰うことになったわけだ。

 俺は義勇軍に入隊したときに、自分を変えようと思った。

 素直に、礼を言えるように。そのためには、女としてのプライドが邪魔だった。だから俺は、女としての『私』をやめたのだ。

 同時に、これまでの過去を切り捨てるため、思い切って髪を染めた。それもまあ奇抜な、緑色に、だ。ずるずると自分を傷つけてばかりいた昔の面影を少しでも減らそうと思うと、これぐらいのことをする他ないような気がしたのだ。

 

 …ここまでのことをしたんだから、あの青年は…ニコは、俺を『私』だとは思わないだろう。

 

―――素直に、か。

 それで、女としての『私』を捨てたのか。自分の恋心を無碍にしたとあっちゃあ、素直の元も子もない気もするが。

―――それも全て、終わったことだ。

 この胸の痛みは、きっと多分、気のせいだ。

 明日になれば、忘れてるのさ。

 悩み事なんか何もない、いつものさばさばした男みたいな『俺』にかえろう。

 

 丈の短いスカートの裾をきゅっと握りしめて、顔を上げる。

 ふと、ニコと目があった。

「あのな、野田」

「っ…ああ、何だ?」

 あのときのような、大真面目な顔。

 お互い、立場はあの時とは違いすぎる。それなのに、名前を呼ばれて、思わずどきっとしてしまった自分がいた。

「あれからずっと言おうと思ってたんだがな、」

 あれから?あれからって、どれから?言おうとしてたって、何を?

 疑問が俺の頭の中をぐるぐるとかけめぐる。

 

「細っこいなんて言って、すまなかったな。それで悩んでたなら、悪い、謝る。」

 

「はっ………?」

 結局のところ、あれから、というのは。

 俺が『私』だった頃に経験した、ニコはきっと覚えていないだろうと思っていた出来事から、という意味だった。

 ニコは俺の困惑にも気づかずに、「今はそれほど細くもないし…まあ、丁度いいんじゃないか?悩むことはないと思うぞ」などと、見当はずれなことを言い募る。

 

「待てよニコ、何で俺があの時の女だって、分かったんだ?」

 俺は口調も髪の色も、何もかも変わっているというのに。

 

 『俺』じゃない『私』が、心の底でその返答に期待を投げかけていた。

―――『私』が特別だから?

 『俺』は、そんなはずはない、とただ静かに悔やしさに似た何かを噛みしめているのみだった。

「…あれ、そういえば何でだろうな」

 期待通りではないが、予想通りの気の抜けた言葉が返される。本人は本気でその理由が分からないらしく、真剣に考え込む素振りを見せていた。

「はは、本当に…変な奴。」

 何だよ、笑うなよ。呆れたような怒ったようなニコの声が、俺と『私』の脳内に響きわたる。

 今やっと『私』は、想い人との再会を果したのだ。その事実に、少しでも力を抜くと涙が零れてしまいそうだった。

 

 ああ、本当は変わらない。本当に変わらない。

 お前も俺も、髪の色が変わった。他にもたくさんのことが、変わった。

 だけどきっと何か、変わらないものが一つだけあるんだよ。

 お前はそれを、俺といつかの『私』の中に見つけてくれたんだよな?

 それが単なる偶然だとしても。

 

「あの時は本当にありがとうな、ニコ。」

 そして今も、ありがとうだ。

 目尻にうっすらと、涙が浮かぶ。それを気取られないように、俺は幾度かの瞬きを繰り返した。

「ああ、そうだ、そろそろ食器の片付けに行かなきゃ!今日、当番なんだ」

「ん…?そうか、ここは当番制なのか」

 ニコが頷き、軽く手を上げた。

「…無事でな。」

 俺は、そっと呟いた。先程、隊長が例の仕事を頼んだはずだ。ということは、一時の別れどころでなく、ニコのみに危険が迫るかもしれない。

 行かないで、と言いたい。でもそれは、ただの足枷だ。俺がそんなことを言って何になる?

「ありがとう」

 ニコは事も無げに、さらっと返した。

「…いつかは、あの時の礼をするよ」

 俺は泣きたいのを堪えて、笑顔を浮かべる。

 

 素直な言葉と裏腹な心を置いて、俺はニコに背を向けた。

 

 

 

 ありがとう、ありがとう。

 『私』はお前に、女として初めて、汚れていない感情を教わったんだよ。

 だから『私』はもう、俺でいいんだ。

 俺は『私』に、未練などないよ。

 

―――…最初で最後の気持ちだったから、このお話はもうお仕舞いにしようか。

 

  

 流し場の横で緑色の髪が翻り、小さく掠れた嗚咽が響いた。

 

 


もうちょっと裏設定があったのですがここでは書ききれませんでした…! 分かりづらいことんなっちゃってててすんませんw

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