第十二話 ~偶然か必然か、ただ残るのは事実だけ~
「むう…」
地球防衛軍N国T都支部長である私は、フロア入口にある事務椅子に座って考え込んだ。腕を組みかえると、自慢の金髪が肩からさらりと流れ落ちる。
―――…25番が欠席。しかも、無断で。…昨日巡回に出かけた後、防衛軍に何の音沙汰もない。
「さすがにこれは、異常事態と捉えるべきかしらね…」
「異常事態も異常事態、緊急事態です!」
隣に控える白衣の男達が声を荒げる。彼等は防衛軍の技師達で、支部長の私には劣るが、ただの兵隊共よりは上級の地位を持った者たちだ。
「25番は、我々が手がけた中で、最も優秀な改造人間…いえ、実験体です!」
あれがいなくなると、研究が行き詰ってしまう。それに、あれがもし裏切りでもしたら、我々では敵わない。あれは重要な資料だ。あれを早急に見つけ出せ…。
放って置くと、男達は口々に勝手なことを言い始めた。
「そんなこと、言われるまでもなく分かってるわよ。私が何の理由もなく、あんな子供の相手をしていたと思うの?」
私が睨みつけると、男達はあっさりと押し黙る。
「ふん、元はといえばあの人材を発掘した私の手柄よ」
男達のうち何人か、不満げに顔を見合わせた。しかし何も文句を返さないのは、私が言った言葉が真実であるからだ。
いつのまにか…おそらく昨日私が帰った後のようだが、25番のパソコン画面に明滅するマークは跡形もなく消え去っていた。
「ウイルスじゃなかったようだし、とりあえずは25番の安全確認が先かしらねー」
大きく伸びをして、椅子から立ち上がる。
―――安全確認。これから私が行う操作が、ただの安全確認であればいいのだけれど。
「…私の予想ではあの子、きっとどこかの組織に寝返るわ」
私の言葉に、再び男達がどよめきだす。
それを無視して私は、壁に貼り付けてある地図へと歩み寄った。
「25番の管轄区域は…あ…」
地図を指先で撫でるようにして、私は不意にあることに気がついた。
これだから、この世というものはおもしろい。
「…妙な偶然も合ったものよね。」
独りでに、口角が持ち上がる。緩やかな、笑み。だってそうでしょう、楽しいことが起こりそうなのよ。
私は、デスクの上の電話機を手に取った。
☆☆☆
「えっ?ああ…私よ。」
長い間音信不通だった姉から、突然の電話があった。
「姉さん、急にどうしたの…」
言いかけてはたと、口を噤む。電話口で話しているだけでも、確かに伝わってくる冷ややかな空気。
「…ミス・クレスメント。急に、いったい、どうしたの。」
一部言葉を修正しながら、私は再び姉に尋ねた。
「あのねえ、あなたのいる町内に、うちの25番が行っているはずなんだけど。」
「は?…25番、って」
首を傾げて、ふと思い出す。
「そうだ、きっとあのいけ好かない男のことだわ!人相の悪い、25って刻まれたカチューシャの男よね。」
「そう、そいつよ。しかしまあ随分と酷い言いようだし…いけ好かないって、あなた…何かあったの?」
呆れたように問う姉に、「何でもない」と返した。
その男に「色気がない」と言われたなんて打ち明ければ、どんなにか嘲笑われることだろうか。姉は私と違って見目が良く、また、全ての能力が優れていた。…だから、私のような不出来の妹を、妹だとは認めてはくれないんだ。人間として、いやそれ以下の捨て駒として。…姉は私のことを、軽蔑していた。
「それにしても、同じ町内ってだけでも驚きだったのに、まさか対面済みとはね…。とんだ偶然も合ったものだわ」
姉は感心するような調子でそう言う。
「ミス、…それで、その男が一体どうしたって?」
姉さん、とは呼べない。姉が私へ向ける感情は、決して妹に対するそれではないからだ。
「ちょっとね、その男の情報を渡してほしいのよ。今どうしてるか、とかそういうの。」
家族にはあるまじき余所余所しい呼び方にも、姉は事も無げに返答する。それが悔しく感じる反面、何だか少し安心するような気持ちでもあった。
「その男…さっきもいったけど、うちの、なのよね。」
「うちの、って…防衛軍よね。」
それは知っていた。そもそも、私たちの計画によって、その男は捕縛されているのだ。しかし、姉はまだそのことを知らないらしい。ここで私から情報が漏れれば、私たち…義勇軍の計画は、全て水の泡になる。
「そうね、ミス…」
私は少しだけ躊躇した。
かつて私を見捨てた姉…及びその親組織である防衛軍に情報を渡すか。それとも、義勇軍のために渡さないことを選ぶか。
…が、すぐに結論は出た。
「………私の、持てる限りの情報を渡すわ。」
―――結局、勝るのは優越感だ。
この状況で鍵を握っているのは、私だけ。状況を動かせるのは、私だけ。
「…彩、あなたは本当に馬鹿な子ね。」
賢く生きられる、あなたのようにはなれない。冷たい姉の声に、心の中でだけ言い返した。
「そうやって自分の自尊心を守るために、何度人を裏切るつもりなのかしら。」
侮蔑の響きを含ませた言葉にも、私は動じない。後悔などしない。
これでいいんだ。
「…寂しさに任せてそんなことをして、また独りになってしまうのが分からないの」
…これで、いいんだ。これは私の、本心からの言葉だ。
本当に?と投げかける心の中の自分に、私はそっと蓋をする。
そして私は、彼について知っている情報を話し始めた。




