表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末三千年。  作者: 高倉 悠久
第一章
14/20

第十二話 ~偶然か必然か、ただ残るのは事実だけ~


 

「むう…」

 

 

 地球防衛軍N国T都支部長である私は、フロア入口にある事務椅子に座って考え込んだ。腕を組みかえると、自慢の金髪が肩からさらりと流れ落ちる。


―――…25番が欠席。しかも、無断で。…昨日巡回に出かけた後、防衛軍に何の音沙汰もない。


「さすがにこれは、異常事態と捉えるべきかしらね…」

「異常事態も異常事態、緊急事態です!」

 隣に控える白衣の男達が声を荒げる。彼等は防衛軍の技師達で、支部長の私には劣るが、ただの兵隊共よりは上級の地位を持った者たちだ。

「25番は、我々が手がけた中で、最も優秀な改造人間…いえ、実験体です!」

 あれがいなくなると、研究が行き詰ってしまう。それに、あれがもし裏切りでもしたら、我々では敵わない。あれは重要な資料だ。あれを早急に見つけ出せ…。

 放って置くと、男達は口々に勝手なことを言い始めた。

「そんなこと、言われるまでもなく分かってるわよ。私が何の理由もなく、あんな子供の相手をしていたと思うの?」

 私が睨みつけると、男達はあっさりと押し黙る。

「ふん、元はといえばあの人材を発掘した私の手柄よ」

 男達のうち何人か、不満げに顔を見合わせた。しかし何も文句を返さないのは、私が言った言葉が真実であるからだ。

 

 いつのまにか…おそらく昨日私が帰った後のようだが、25番のパソコン画面に明滅するマークは跡形もなく消え去っていた。

「ウイルスじゃなかったようだし、とりあえずは25番の安全確認が先かしらねー」

 大きく伸びをして、椅子から立ち上がる。


―――安全確認。これから私が行う操作が、ただの安全確認であればいいのだけれど。


「…私の予想ではあの子、きっとどこかの組織に寝返るわ」

 私の言葉に、再び男達がどよめきだす。

 それを無視して私は、壁に貼り付けてある地図へと歩み寄った。

「25番の管轄区域は…あ…」

 地図を指先で撫でるようにして、私は不意にあることに気がついた。

 

 これだから、この世というものはおもしろい。

 

「…妙な偶然も合ったものよね。」

 独りでに、口角が持ち上がる。緩やかな、笑み。だってそうでしょう、楽しいことが起こりそうなのよ。

 私は、デスクの上の電話機を手に取った。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「えっ?ああ…私よ。」

 

 長い間音信不通だった姉から、突然の電話があった。

「姉さん、急にどうしたの…」

 言いかけてはたと、口を噤む。電話口で話しているだけでも、確かに伝わってくる冷ややかな空気。

「…ミス・クレスメント。急に、いったい、どうしたの。」

 一部言葉を修正しながら、私は再び姉に尋ねた。

「あのねえ、あなたのいる町内に、うちの25番が行っているはずなんだけど。」

「は?…25番、って」

 首を傾げて、ふと思い出す。

「そうだ、きっとあのいけ好かない男のことだわ!人相の悪い、25って刻まれたカチューシャの男よね。」

「そう、そいつよ。しかしまあ随分と酷い言いようだし…いけ好かないって、あなた…何かあったの?」

 呆れたように問う姉に、「何でもない」と返した。

 その男に「色気がない」と言われたなんて打ち明ければ、どんなにか嘲笑われることだろうか。姉は私と違って見目が良く、また、全ての能力が優れていた。…だから、私のような不出来の妹を、妹だとは認めてはくれないんだ。人間として、いやそれ以下の捨て駒として。…姉は私のことを、軽蔑していた。

 

「それにしても、同じ町内ってだけでも驚きだったのに、まさか対面済みとはね…。とんだ偶然も合ったものだわ」

 姉は感心するような調子でそう言う。

「ミス、…それで、その男が一体どうしたって?」

 姉さん、とは呼べない。姉が私へ向ける感情は、決して妹に対するそれではないからだ。

「ちょっとね、その男の情報を渡してほしいのよ。今どうしてるか、とかそういうの。」

 家族にはあるまじき余所余所しい呼び方にも、姉は事も無げに返答する。それが悔しく感じる反面、何だか少し安心するような気持ちでもあった。

「その男…さっきもいったけど、うちの、なのよね。」

「うちの、って…防衛軍よね。」

 それは知っていた。そもそも、私たちの計画によって、その男は捕縛されているのだ。しかし、姉はまだそのことを知らないらしい。ここで私から情報が漏れれば、私たち…義勇軍の計画は、全て水の泡になる。

 

「そうね、ミス…」

 

 私は少しだけ躊躇した。

 かつて私を見捨てた姉…及びその親組織である防衛軍に情報を渡すか。それとも、義勇軍のために渡さないことを選ぶか。

 

 …が、すぐに結論は出た。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

「………私の、持てる限りの情報を渡すわ。」

 

―――結局、勝るのは優越感だ。

 この状況で鍵を握っているのは、私だけ。状況を動かせるのは、私だけ。

 

「…彩、あなたは本当に馬鹿な子ね。」

 賢く生きられる、あなたのようにはなれない。冷たい姉の声に、心の中でだけ言い返した。

「そうやって自分の自尊心を守るために、何度人を裏切るつもりなのかしら。」

 侮蔑の響きを含ませた言葉にも、私は動じない。後悔などしない。

 これでいいんだ。

 

 

「…寂しさに任せてそんなことをして、また独りになってしまうのが分からないの」

 

 

 …これで、いいんだ。これは私の、本心からの言葉だ。

 本当に?と投げかける心の中の自分に、私はそっと蓋をする。


 

 そして私は、彼について知っている情報を話し始めた。

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ