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終末三千年。  作者: 高倉 悠久
第一章
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第十一話 ~少しだけでも救われたなら~


 赦される筈の無いことを、幾度も繰り返してきた。

 今も昔も、そしてきっと、これからも俺はそうなんだろう。

 

 …そう、思っていた。


 

 

◇◇◇

  

 

 

「…」

 沈黙が続く。橋原は眉一つ動かさず、薄っぺらい笑みを浮かべているだけだ。俺は睨むようにして、その顔を一瞥する。

 

「ふふ、………簡単なものですね。」

 橋原が、ぽつりと言った。

「何がだ。俺を心理的に誘導することが、か?」

「いえ。君のように、保身のために人を拒むことがですよ。」

 くすくすと笑いながら続けられた言葉に、俺は眉を顰めた。

「…不必要な交流を断つのは、生きる上では仕方のないことだ。」

「君がそんなにも人を寄せ付けないのは、そんな理由ではないでしょう?」

「お前はいったい、何が言いたい。はっきり言ったらどうなんだ」

「少なくとも一世君は、君を恨んではいませんよ。僕から言えることは、それだけです。」

 

―――恨んでいない、だと。母親を目の前で殺されたというのに?

 

 河村弟の方に視線を向けると、目が合った。少し、首を傾げられた気がした。

「…お前は、やっぱり」

 俺の言葉に、河村弟が軽く頷いた。

 その唇がゆっくりと、拙い発音で「あのときの、いせいじんです」という言葉を紡ぐ。…河村の影響もあってか、関西訛りのイントネーションだ。

「そうか。…恨んでいないというのは、何故だ。」

 河村弟は、再度首を傾げる。何でそんなことを聞くのかが分からない、とでもいうように、俺の方をじっと見つめる。

 俺は元より、恨まれていても仕方がないと思っていた。いや、恨まれていて当然だと思っていた。だからこそ、河村弟の考えが、全くといっていいほど理解できないのだ。

「……答えてはくれないか。」

 怖がらせないよう、俺はできるだけ優しく問う。河村弟は、一瞬だけ橋原に、伺うような視線を向けた。橋原は何も言わなかったが、河村弟には何かが伝わったらしい。河村弟が、ゆっくりと話し始めた。

「あなたは…ぼくを、みのがしてくれた」

 それだけの理由で、か。俺が問うと、河村弟は慌てたように首を振った。

「あなたは、ほんとうはあんなことしたくなかったんでしょう。…みんなおんなじです。つらいのをがまんして、いきるために、まわりを、きずつける。」

 当初はとても聞き取りづらかった河村弟の言葉が、何故だかすんなりと、俺の心に入ってくる。

 

「ぼくだけがくるしんでいるんじゃない。あなただけがくるしんでいるんじゃない。」 

 

「ひとはひとをきずつけずには、いきられない。ははが、“だれかのくるしみを、うけとめられるようになりなさい”っていってたです。おにいちゃんは、“ひとをあいすることは、ゆるすことでなりたつ”といってたです。みんなそれぞれに、くるしんでる。…だからぼくも、がまんするんです。」

「…それじゃ、お前が損するじゃないか。」 

「“そん”?何がです?」

 河村弟は、きょとんとした顔で首を傾げる。

「ひとをあいすることは、こころをゆたかにするんです。すぎたことでひとをうらむよりも、これからのためにひとをいやすこと。」 

 河村弟は、一旦言葉を切ってから俺に柔らかく微笑みかけた。

 

 

「ぼくのすべきことは、いつだってそのひとつだけ、です」

 

 

「…どうやら今回は、ニコ君の完敗のようですね。」

 ニヤリと笑って、橋原が言った。

「…それにしても、さすが幸生の弟ですね。兄の思想を、しっかりと引き継いでいる」

「河村もかなり変な奴だが、弟もそれに負けず劣らず、だな。」

「あらあら、強がりはよくないですよニコ君。」

「うるさい!!」

「け、けんかしないでください、おふたりとも」

 俺の怒鳴り声に怯みながらも、河村弟が止めに入る。

「大丈夫ですよ一世君、これは喧嘩じゃなくてじゃれ合いです」

「じゃれあい?」

「…俺はお前とじゃれ合っているつもりなど、毛頭無いんだがな」

「それにもし喧嘩になっても、ニコ君は弱いので大丈夫ですよ!」

「弱いって言うな!」

「そうですよたいちょう、そもそもそういうもんだい、ではないです!」

「はは、冗談ですよ…」

「じょうだんにしても…。さっきからたいちょうはにこさんにたいして、しつれいなことしかいってない、です!」

「えっいや、ごめんなさい」

「ぼくにじゃなくて、にこさんにあやまってください!」

 双方から攻め立てられた橋原が、苦笑しながら後ずさる。それを追い詰めるようにして、じりじりと河村弟が詰め寄る。

「ではそろそろ本題に入りましょうか、ニコ君。食堂で待ってますからねっ!」

「あっにげた!!」

 高速で身を翻して倉庫から出て行った橋原の後ろ姿を見送って、河村弟がため息をつく。

「あのひとも、ほんとうはいいひとなのですが……なにぶんすなおじゃ、ないですからね」

「あれが良い人だと?」

「はい、ぼくらがここにいられるのも、あのひとのおかげです。」 

 河村弟はそう言ってから、「あ、おにいちゃんのおかげもあるかな」と付け足して笑った。 

「………俺からすればお前のほうが、よっぽど良い奴だぜ」  

「ふふ、にこさんはたいちょうよりは、すなおなのですね。」

 河村弟の言葉に、複雑な心持になる。…俺は単に、馬鹿正直なだけだ。

「ああほら、もういかないと。たいちょうがまってますよ」

 河村弟に急かされるようにして、俺は倉庫を出た。

 

 

 廊下の途中でふと振り返ってみると、河村弟が倉庫前で手を振っていた。

「………」

 ちょっとだけ迷ってから、少しだけ手を振り返してみる。すると、河村弟がうれしそうに微笑んだ。

「…っここには、俺の調子を狂わせるような奴しかいねえのかよ…」

 俺はすぐに方向転換して、食堂に向かって歩き出した。

 それでもまあ、少しだけ満更でもないような気がしないでもないかなとか思わないでもない。

  

 

 

―――…一本取られた。

 河村弟に対する言葉などはもう、それしか残っていなかった。

 

「これだから、他者との馴れ合いなんて…」

 きらいなんだ、と言おうとしていた口を噤む。

 

 

 

 

 …目前には、核心に進むための食堂の扉が立ちはだかっていた。 

 

 

 


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