今世は、岩です。
平安時代を舞台にしていますが、忠実ではありません。無理、という方はお戻りください。
わーい、転生したぞ。
ほらテンプレってやつ。よくある交通事故(みんなは安全確認は怠るなよ)で、多分即死。最後の記憶がクラクションを鳴らしながら迫るトラックと思いきや、バイクでした。人って当たり所悪ければそれが死因になるから、転ぶだけでも結構危ないんだよ、気を付けようね。
さて、というわけで意識が覚醒したんだけど、・・・動けないね。
赤ちゃんとか思うじゃん。ううん、四肢どころか目も開けられないんだよ。なのに、見えてるんだ。・・・なんでだと思う?
私にもわからん。ついでに、既に転生してから凄く日にちが過ぎている。
とりあえず、視界には平安を思わせる古風な佇まいな御屋敷と、庭。
そうそう、この庭凄いんだよ。なんせ、池がある。それも、人工的な池じゃなくて天然であるように作られてるのがまたいいんだよね。
ついでに私は大きな池の真ん中にある浮島のようなところにいるんだ。頭上には日除けのように松が植えられていて、一応陸地と橋渡しがされている。といってもまあ、動けないんだけど。
そういうわけで、ここから三百六十度の風景を見るしかできないんだけども、最近では一つ楽しみが増えた。
一人の男の子がよくやってくるようになってきたんだ。
その子は、これまた平安時代のような恰好・・・狩衣だっけ?を着て、よくこの庭で一人で遊んでいる。動けたら遊び相手にもなるんだけど、残念ながら私は不動の身。大人しく見てるしかないんだよね。
そういえば、もう一つ変わったことがある。なんか、お偉いさん的な人が屋敷に来たらしく、いつもは静かなのがえらく騒がしかった。珍しく庭で宴会みたいなのが開かれたんだけど、これがいつもとは違った。烏帽子を被った人が妙にこちらを見てるんだ。えっと、周りの人曰く陰陽師のようで、今回はこの人が主賓のようだ。
じっとこちらを見たかと思うと、ゆっくりと歩いて傍までやってくる。周りにいた人たちも興味が惹かれたらしく、こちらを一斉に見ている。
「これはこれは。・・・この岩には御霊が宿っておる」
「なんと、・・・妖しか、祟りか!?」
「いや、神聖なもののようじゃ。祀れば守護になるじゃろう」
これぞ正しく鶴の一声というように、早速私の体には注連縄。そして、小さいが鳥居が設置された。
・・・というより、私、岩ですか! 元人の身で次は岩!
前世で、私は罪を犯したのですか!?? 覚えがないですよ、神さま。
そう文句を言っても今世を変えるにはどうしようもないですけどね。
というより、岩の寿命って何年? 既に百年は経ってる筈ですが・・・。
まあ、そんなこんなで、今日も今日とて遊びに来る男の子の成長を見ながらのんびりしてます。えっと、確か男の子は十二か十五歳くらいで元服と言って大人の仲間入りをするんですよね。
ほんとに見た目は日本の平安時代にそっくりなんだけど、違うところもいくつかあるんだよ。なんか、似非って感じ。
まず、排泄物は垂れ流しではありません。しっかり、上下水道完備とは恐れ入ったよ。でも、電気とかガスはまったくないんだよね。ある意味エコロジー、水も奇麗で自然豊かだし。
あと、ある時、家を囲むように在る柵がある時壊れたんだけど、外に見えた路上はきれいでした。死体とか殺伐とした類ものは一切見受けられなかったよ。うん、ホント良かった。マジな平安だと貧富の差やら、文化やらで庶民は苦しい生活アンド死体遺棄だったらしいよ。
・・・無理、そんな世の中。
時間と言う概念が薄いせいか、現代よりも時間がゆったりとしている。ホント、これで動ければ万々歳なんだけどね・・・。
言っても仕方なしと諦めて、今日も元気よくはしゃぐ少年を見守る。
そして、どうしてこうなったのだろうか、という状況が目の前で繰り広げられています。
赤々と燃え上がる炎、人々の叫び声。普段の平穏とかけ離れた光景が目の前に広がっていた。
叫びからして、どうやら鬼が出たようである。
・・・ファンタジーですか。
雷鳴が轟き、ここだけでなく、辺り一帯が火の海だ。元が平安時代の建築だから、基本木造住宅。下手すれば、障子など紙なのだから火の手は一気に広まる。まあ、このあたりは水辺だから被害はないけど。
すると、視界の端に見覚えのある少年が目に付いた。齢十三ほど、この家に住んでいる少年だ。日頃整えている服装は少々乱れており、顔には煤がついている。必死に誰かを呼んでいるようで、その目は普段の快活さは身をひそめ、涙で潤んでいた。
・・・喧騒が近づき、何かが来る。
庭の端に、とある姿をみた。確かに棍棒を持っている。絵本に出てくる少々かわいらしいものではなかったが、禍々しい黒い瘴気を立ち上らせ、頭と思われるところには二本の角。さながら亡者というべきそれは、まさに鬼である。
ゆらりと動くと、棍棒を地に引きづり、少年に近づく。
うん、ホラーだね。まるでゾンビだよ。
鬼の目は仄暗い闇を思わせ、そこには心はなく、只々生者を見定めるのみ。渇きや恨み、妬みを感じさせる視線に少年は後退するしかない。
よくよく見れば、鬼は増え、少年は取り込まれるように中央による。となると、中央には私がいるわけで・・・。
すみません、目の前で繰り広げちゃう気ですか・・・?
ついに少年は私にしがみつき、逃げ場をなくした。
あーあ、着物濡れちゃってるよ。池に入ればそりゃあ濡れるけど。
鬼は、水に浮くように取り囲んでいる。数は五。
心なしか岩なせいか妙に冷静だ。幾百年と佇み続けたせいか心境は仏か仙人のようなものに近いかもしれない。というよりも、普通に老人だろうか。そんな心持なのだが、この少年は助けたいと思う。
自分より相当幼く、無邪気で、守られる存在。
意志のある岩が今の自分であるというなら、岩なりに何かしたいと思う。使命感などではなく、命を憐れむかのような、幼き生を守りたいと純粋に願う―――。
「・・・何か、簡単に動けたよ」
そう、動けた。
岩だったときとは違って、自分という輪郭が曖昧でなく、しっかりとした感覚がある。形は人に近いが、耳やら尻尾やらがついているようで、さっきから違和感を感じるが、そのうち慣れる。それよりも、こんな事態なのに冷静である自分の方が意外だと思う。
対峙するのは、五体の自分と近くて遠い存在である鬼。いや、霊魂かな。以前の私なら、泣いて喚いて逃げようとするだろうが、どうやら、今の私はそうはいかないようだ。
「というより、余裕?」
ゆらりと尻尾が揺れる。
どうやら、感情によって自分の意識外でも動くようだ。ついでに、耳も。何故か、こんなオカルトチックなことを目の前にしても、不思議と安心感がある。というより、負ける気がしないと言った方が近いかもしれない。
「とりあえず、実験台になってもらうね」
首を傾け、笑顔でそう告げると、感情のないと思われた鬼がビクッとなって、その場から一歩下がる。少年は未だ、突然の出来事に呆然と真っ二つに割れた岩の元で座り込んでいる。
「うーん。まあ、これでいいかな」
ゆっくりと自分の周りにいくつかの火の玉を出す。どうやら自分は狐らしいので、狐火と言った方がいいかもしれない。
「燃えちゃって」
ゆったりとした口調だが、動く狐火は弾丸のようなスピードで鬼に迫っていった。勿論、鬼の方も手に持つ棍棒で薙ぎ払おうとするが如何せん、その速さは遅い。狐火は一振りを軽く躱して鬼に突っ込む。
ただの火の玉だが、実際は相手の力、・・・妖力でいいか。で燃え広がる凶悪な性能。いわば、その存在が消滅するまで火の勢いは止まらない。
―――うん、自分でやって言うのもなんだけど鬼たちが可哀想だ。この技は自重しよう。と心に決める頃には既に鬼の姿は消滅していた。
「そんでもって、少年。大丈夫だった?」
背後で腰を抜かしている少年に声をかける。
「ひとまず自己紹介かなぁ、って私・・・」
はい、名前忘れてます。
これまで気付かなかったけど、かなりショックです。今じゃ、前世の記憶なんてすっかり薄れてるけどそれくらい覚えておきなよ、自分。
「うん、まあ、狐です。君は?」
「え、はい。私は、奇応丸と申します。と言っても、近々元服なので、父上から名を賜りますが」
そうか、元服間近なのかぁ。大人になったね。
ん、となると数え年で最低十歳・・・。うん、まだ子供だね。
「それじゃあ、奇応丸くん。この岩の近くにいてね。結界張っておくから」
自分が長年居座ったせいか、そこは妙に自分の力に馴染む空間になってるから、結界もより強力になると思うし。
「はい、分かりました」
「じゃあ、行ってくるね。都の鬼狩りにさ」
・・・正直に言おう、自分の力を見余ってた。
ものの三時間くらいで片付いちゃったよ。うん、楽勝。
夜には都全体でお祭り騒ぎになってた。まあ、人である陰陽師たちも尽力してたから、労いもかねてだろうけどね。
「あー、布団最高、お昼寝最高、一人部屋サイコー」
なんと奇応丸くんの家に招かれて、居候・・・いや、守護をすることになった。どうやら私は、狐の中でも位の高い天狐のようで名前も七つの尾だから七尾って名前になった。
自分で決めた名前もあるけど、アレは真名になって人に知られると縛られるから呼び名は七尾。まあ、見たまんまで覚えやすいけどね。
『灯』
あ、呼ばれた。行くかな。
奇応丸、・・・いや、元服して賀茂忠行になったから忠行か。には、真名を教えて、使役できるようにした。まあ、完全に従わせるには力が足りてないけどね。
さあ、陰陽師の御伴として、今日も頑張りますよ!
登場人物に歴史上にいた人物名がありますが、ご本人とは一切関係なく、名前をお借りしただけですので、ご了承願います。