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第三章

「ったく。血の匂いってのは慣れないもんだな。・・ま、慣れちゃ困るけどな。

 だけど被害は思ったより少ねえや。宮川、北部の海軍病院への道は知ってるか?」

宮川は弾かれたように反応すると、軍服の袖で血の匂いを防ぐようにしながら答えた。

「はい。ここからは遠くはありません。」

「そうか。じゃあ、俺と宮川は北部の軍病院へ。残りのお前らは・・・、ここに残って見張りだな。もしもキメラの襲撃に遭ったらそれぞれの最善をつくせ。」

「最善をつくせって・・・。」

もっと具体的な命令は出でこないのかよ、と悠里が半ば溜息をつく。

「悠里。」

寛治の妙に意味深な声が彼女の鼓膜をふるわせた。

「ななな何でしょう、兄貴?」

「最善をつくさなかったらどうなるか解ってるな?」

寛治は悠里の耳元で囁く。

「無理矢理俺の晩酌につき合わさせるぞ。」

この言葉を聞いた瞬間悠里は身も心も凍りついた。そして黙って何回も首が千切れそうに頷いた。

「行くぞ、宮川。」

悠里の実兄―――寛治は一言そう言うと宮川と共に北部へ向かって歩き出した。




「ねーねー、悠里さっき何て言われたの?」

巴が興味津々といった感じに魂が半分抜けて見える悠里に尋ねた。問いかけられた悠里は目が虚ろになりながら答えた。

「ウチの兄貴は、超が六兆五千万個つくぐらい大酒飲みでさ。で、ウチが小さい頃にちょっとした悪さをしましてですね、その時は運悪く兄貴がべろんべろんに酔っ払っててその上機嫌悪くてさあ。『おめーも飲めー!』なんて言われて無理矢理飲まされたんだよ。まあその時は2〜3時間ぐらいだったけど、兄貴はあたしが二日酔いになったの覚えてるから、それを・・ね、ほら。」

わかるっしょ?、と悠里が言うのを見ると巴は苦笑いしながら頷いた。

「それって何歳の時?」

「・・・・・じゅ、12歳の頃かな。」

神威悠里、初めての飲酒は12歳です。





「随分混んでますね。」

宮川が辺りを見回しながら言った。満員の病院内を運ばれる負傷者の中には正視できない程の者もいた。

包帯が鮮やか過ぎる紅に染まっている者。四肢が完全でない者。キメラに体の一部を食い千切られた者。それはキメラの襲撃が大きかったことをそれと無く指し示している光景だった。

その時宮川の心の中に疑いの感情が芽を出した。

――――自分の上官は生きていると信じていいのだろうか?


―――――自分の上官、と言う前にそもそも人類はこの戦争に勝てるのだろうか?

「宮川。」

寛治の声で宮川は、はっと我に帰った。

「安藤の病室がみつかった。三階にいくぞ。」

歩き出す寛治に宮川は慌てて付いていく。

(よかった・・。先輩、じゃなくて隊長は生きてるかも・・・!)




悠里は戦艦・天城の甲板にたたずんでいた。涼しい潮風が彼女の黒髪と頬を羽毛で撫でるかのように吹いていく。

世界で一番綺麗な青色にひとたびキメラが降り立つと、そこは世界で一番残酷な紅と一番綺麗な青が入り混じって一番悲しい紫になる。そしてそこには不完全な人の体やキメラの一部が浮かぶ。

悲しかった。

残酷だった。

「自分」という存在の小ささを否が応でも感じさせられた。

その時、

悠里は後頭部を鈍器で殴られたような感覚を覚えた。心臓の音が嫌に大きく聞こえた。

目の前は白黒だった。しかし一色だけやけに鮮やかな色があった。それはなにかから噴出していたり、川のように流れてもいた。

(血だ・・・!じゃあ、あれは人!?)

「人」はある異形の「生物」と戦っていた。しかし奮戦するも体をどんどん喰いちぎられていく。その度に「血」が流れ出てくる。

悠里は意識を周囲に拡散させた。周りでも同じような事が起こっている。

両手足の無い者。

体を丸ごと食われる者。

「生物」の下敷きにされる者。

これらの光景に悠里は見覚えがあった。自分は見た事がないのに。

(何なのこれ!?)

頭の中を様々な考えが飛び交った。

幻覚か。予知夢か。それとも「現実」か。

(落ち着いて。落ち着いて!!)

悠里は自分にそう呼び掛けたが精神の安定は保てなかった。

考えているうちに目の前の光景が次第に薄れていくのを感じる。段々と白黒と血の色で色取られた景色が雪色の靄の中に沈んでいき、悠里の意識はまた別の「現実」へと飛んだ。


意識がもどった悠里は急いで周囲を見回した。海も天城も自分自身も何も変わっていない。風も爽やかな潮風が吹いているだけだった。

先程の「夢」は何だったのだろう?それ以前にあれは「夢」なのか?もっと違う「何か」ではないのか?

「今考えても仕方ないよね・・・・?」

悠里は自分に言い聞かせるように独り呟いた。そう、あれは夢。ただの夢。だけど、とても悲しい。そして彼女は無意識に海に向かって言葉を紡いだ。

「大丈夫だよ・・・。敵は・・討つから、絶対に・・・!キメラなんか皆殺しにしてやる・・・!」




「月読はどう思う?」

沙織は自らの愛機にむかって問うた。戦争のこと。来る望みの無い平和な戦後のこと。

月読は「無言」のままだった。しかし沙織にとってそれは充分過ぎる答えだった。無生物である兵器に答えはないからだ。『生ける兵器』であるキメラは別だが。

沙織は色白の手で少し月読を撫でると自分と愛機に言葉を投げかけた。

「頑張ろう、ね?」

きっと勝てるよね?、と。その声はわずかに震えていた。そして沙織の頬を水晶のように澄んだ涙が零れ落ちる。

「母さん・・・。あたしはちゃんと生きてるよ。戦争が終わったらまた会えるよね?」

月読は「無言」だった。しかしかすかな温もりが沙織を包み込んだ。沙織は垂れかかった栗色の髪を後ろに回すと、母の設計した機体――――月読―――にむかってにっこりと笑いかけた。

「ありがとう。」

月読が少し笑ったような気がした。





「おう!宮川と神威じゃねえか!」

安藤は二人が入ってくるなり、溢れそうなまでに明るい声色で二人を迎えた。安藤のケガはそんなでもなく、所々に大きめの絆創膏がはってあるだけだった。

自分の尊敬する上司であり先輩の姿を認めるなり宮川は喜色満面といった感じで

「たああいちょおおおおおお〜!」

と言いながら安藤に抱きついた。それはさながら迷子だった子供のようだった。一方の安藤は宮川の短い髪の毛を手でくしゃくしゃしながら寛治に目を向ける。

「神威。」

「何だ?」

「うちのが迷惑かけたな。途中で泣いてたりしてなかったか?(笑)」

「泣いちゃあいなかったが豪く凹んでたぞ。そんな中にお前が生きてたからこの調子だ。

 随分と懐かれてるんだな、お前は。」

「まあ士官学校時代以来の付き合いだしな。それにしてもあんなに操縦の下手くそだった奴が

 ここまで戦って来たのが不思議な感じがするぜ。お前、本っ当に下手くそだったよな。」

ま、俺がしごいてやったんだけど、と安藤は屈託なく笑う。当の宮川は恥ずかしそうに苦笑い

をしている。

「はい。安藤先輩のおかげでかなり上達しました。でもあの訓練方法はちょっと無茶苦茶ですよ。

最初のうちは過労で一週間学校を休んだぐらいです。(笑)」

「そりゃそうだ。あんな訓練で体調を崩さないほうがおかしいぞ。」

さっきから二人の会話を聞いていた寛治は和んだ笑顔をみせながら言った。

「今度何時飲みいく?」

その言葉に安藤は目を輝かせた。

「今度の休暇にしないか?そうすればお前の隊の奴らも来れるだろ?」

「そうだな。久しぶりに一杯やれるな。」

「久しぶりってヒロは毎日天城で飲んでるだろー!」

「いやいや。飲酒躁艦は海軍軍人には厳禁だぞ。」

そういうお前も実は毎日飲んでるだろ、飲酒飛行は危険だぞ、と寛治が言った。




そこは青い海だった。群青色の深い海。海底には沈没した軍艦や潜水艦がありそこには様々な魚が住み家としていた。

その時、

ひとつの魚群が消えた。消えた後には赤い血が海水に溶けていく。魚群喪失の主は猫の目のような目を幾つも動かしながらある場所へ引き寄せられるように泳いでいく。

上空では高い空をなにか竜のようなものが海底の何かと同じ方向に飛んでいく。他のたくさんの「あれ」を引き連れて。その群れはもう少し高度が低ければ空を黒く染めていたであろう程の規模だった。

「あれ」が日本のある場所に集結しつつあった。







遅速更新で第三章です。

本当になかなかお湯がわきませんこの小説wでももうそろそろ沸き始めるかと思います。

悠里の隠された部分や沙織の過去、寛治と安藤の学生時代のことなど書きたいことがやたらたくさんあってちょっと困ってたり。

でも読んでくださる方がいると思うとがんばろうって言う気持ちがわいて来ます。これからも頑張りますのでよろしくお願いします。では長文失礼しました。


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