外伝 鬼姫と妖精
外伝三件目。たぶんこれで一段落ですね。
タイトルから分かるように、今回は彼女の話です。
私の名は蓮姫。八斗蓮姫と言う。
いくつの年月を生きたかも分からない。所謂大妖怪と言う奴だ。
誕生したその時より鬼として強大な力を持っていた。それを別段特別だと思った事はなく、私はただ自らの力を研磨することに勤めていた。
だが、いつの間にか里一番と呼ばれていた大鬼ですらあっさりと打倒できるようになり、それなりに歳を重ねたときには片手一本で里の鬼を全滅させることができるようになっていた。したがって、里の者は私をこう呼んだ。
『化け物』、と。
そんなこと、鬼として生まれたときから知っている。私は化け物。強者を求め、そして打倒することだけを目的に生きる者。
私は生まれた地を後にした。弱者しかいない場所に、私がいる意味はない。
言ってしまうなら強敵を探す旅。笑ってしまう内容で、井の中の蛙に過ぎない自分ならば簡単に見つかるだろうと思われた。
しかし、それは長く、果てないものとなったことを今この場で語っておこう。
大天狗と呼ばれるものを指一本で倒し、最強の妖獣とやらを妖力だけで圧倒した。群れを成し無力な力を振るってくる人間など論外だ。
気付いたら何百と言う時を浪費していた。メキメキと強くなっていく肉体に反し、私の心は時が経つほど乾いていった。自ら名乗るでもなく、私は最強の鬼姫の名を欲しいままにしていた。
私は何で生きている? 嗚呼、こんなことならばもっと弱く生まれてくればよかったのに。
そんな考えを馬鹿らしいと思いながらも禁じえなくなっていたある時だ。私は私と同じように山から降り、妖怪の住まう山を統治する鬼の話を聞いた。
それを聞き、私は乾いていた心が僅かながら沸き立った様に感じた。私はその山の近くの妖怪の軍を強襲し、伝言を運ばせた。こんなことをしたのは初めてだった。戦うのは次の満月の日。戦いの時を先延ばしにしたかったのはこの熱い心を少しでも長引かせたかったからだ。
そして、戦いのとき。私は単身その山に乗り込んだ。待ち構えるようにして陣を構えていた妖怪たちは私の姿を見た途端に逃げ出した。所詮弱小妖怪、それらにはさほど興味を抱かず、私は白い髪の鬼を見た。それは私に比べると大分若く、力も大分劣っているように見えた。それでもまだ戦う気ができたのはその者の目だ。圧倒的力の差を感じ取りながらも決して退く様子を見せない。その姿勢は感心できた。
ふと気付いてみるとその天正と名乗る鬼の後ろには一匹の妖精と天狗がいた。余りにも妖気が微弱すぎて気がつかなかった。私は沸き立つ思いを汚されたように思い、不快な表情を隠すことすらせずにそこからいなくなるように言った。
しかし、あろうことか妖精は私に反抗した。たかが妖精がだ。憎らしい。妖精は所詮邪魔者。存在自体害しか及ぼさないようなものなのだ。もしかしたらこの鬼の意図なのだろうか? だとしたら対する態度を変えなければいけないかもしれないと思った。妖精は生意気な口を開き、私をイラつかせる。そして私が口を開いたとき、ふと口を開きながらも声が響いていないことに気付く。
妖精が冷や汗をかきながら口に笑みを作った。それで私が感じたのは怒りだった。能力持ちの妖精。考えるだけで腹立たしい。私は旅の途中何度か能力持ちの妖怪と戦ったことがあった。中にはそれを駆使し、私に傷を負わせた者もいた。だが、中には気に食わない者もいた。周りを煙に巻き、自分だけそそくさと逃げ出す下賎な者。よく見てみるとこの妖精はそれに似ているような気がしてならない。私は怒りを心に覚えた。
戦いが始まった直後、私は妖精に切りかかった。今は他などどうでもいい。ただこの目の前に存在する煩わしい存在を徹底的に排除する。
そうして、私はその妖精の体を何度も何度も砕いた。体の骨を踏み砕き、剣で何度も切りつけ、頭を殴り粉砕した。髪の毛を引きちぎり、羽をもぎ、頭を万力のように締めつけた。ただの妖怪ならば痛みだけで精神が崩壊するだろう苦しみ。
しかし、そいつは諦めることなく、あろうことか私に反撃まで食らわせてきた。屈辱なのは私の剣を使われたと言え、体に傷をつけられたこと。私はもう再生もしなくなった妖精を天狗に見せつけ、晒した。そうすればこの天狗の恐怖に歪む顔が見れると思ったから。
だが、違った。所々ボロボロの圧倒的弱者はその顔をこの上ないほど怒りに歪ませていた。宝物を壊された子供のようなその顔を見てまた不快になり、妖精を投げ捨てた。ごろごろと転がり、虚ろな目がこちらを捉えたとき、私は見下すように笑っていた。
そうして私は目の前の弱者に目を戻した。さっさとこいつを―してしまおう。そうすればこの不快な気持ちは消える。そうに違いない。私は未だ不思議と高揚感に近いものとそれを嫌悪する板ばさみな感情を抱きながら天狗に向き直った。
その時、私は爆発的な妖力の増大を感じた。それほど強大ではない。しかし異質。根底の見えない深淵のようなものを感じ、振り返る。体だけを起こし、こちらに怒号を上げながら妖精は私の剣を投擲していた。
何故立てる。回避よりも何よりも私はそれを考えた。おかげで回避が遅れることになったが十分に間に合う。これなら問題はない。そう確信を得ながらも、私は体に突如降りかかった鈍い痛みに顔を歪めていた。持ち上げようとした足は動かず、私はその場に縫い付けられた。自分の腹に吸い込まれていく剣をまるで人事のように見ていた。衝撃は体全体に通り、私はたたらを踏んだ。体が異常なまでにだるい。
そして、再び感じた力。異質さは感じない。しかし先の物に比べればとんでもなく大きな力。それを感じた先には今まで何処に居たのか、鬼が私の体を軽く飲み込むほどの妖力の塊をその頭上に掲げていた。その顔は不気味に微笑み、その目は憎悪に近い感情を秘めていた。これは拙い。しかし体は動けなかった。相殺することも出来ず、私はそれに飲み込まれた。
☆〇☆☆〇☆
ほんの数秒。しかし確かに私は気を失った。
剣から感じる力は弱くなっている。恐らくあの妖精が弱まっているからだろう。立ち上がろうと思えば立ち上がれる。そうすれば残りの力だけで十分あの『三人』を殺すことは出来るだろう。だが、それをする気にはなれなかった。
ここまで叩きのめされたのは初めてだった。悔しさなどの感情を感じない。それらを思う前に自分でも分からない疑問が頭を駆け巡っていた。
『強さ』とは、一体なんだったのだろう?
強大な妖力? それもそうだ。ありとあらゆるものを砕く拳? これもそう。
私はその両方を持つ、自他共に認める最強の鬼。ならば、何故私はこんなところで寝転がっているのだろう。何故、強さで劣る者達に私が『負かされている?』
そうして私は自らの矛盾を悟るのだ。
思えば私は長い時を『弱者』を打倒して生きてきた。ありとあらゆる妖怪と戦おうと、その前に気付いていた。その妖怪が弱く、脆く、私の足元にも及ばない存在であることなど。
いつから『強者を打倒する旅』は『弱者を痛めつける旅』にすり替わっていた?
情けなさと、悲しさと、笑いがこみ上げた。自分は今まで何をやってきたのだろう。何故わざわざ強いものを求めたのだろう。自分が鬼だから? 違う。最強を証明するため? 違う。
ただ、それ以外に目的がなかったからだ。戦いによってしか自分を表す方法を知らず、その為に生きてきた。どれだけ視野の狭い生だったか、今となっては振り返ることも出来ない。私は恐れていただけだ。力を以って他者を蹂躙し、破壊する以外に自分に道がないと思い込み、それ以外ありえないと逃げていただけだ。
今からでも、取り戻せるだろうか?
今からでも、間に合うだろうか?
フッ、と自虐の笑みがこぼれた。
体を起こし、剣を抜く。痛みが走るがそれもすぐに消える。
何を悩む必要がある。私は鬼だ。
何を恐れる必要がある。私は鬼姫だ。
誰にも私は阻めない。いままで目の前の壁をぶち壊してきた。だが、壊す以外の方法もあるはずだ。
新しいことを恐れるな。変化は誰にでも訪れるだろう。
自分の目的なんてこれから作ればいい。
あの妖精は立ち上がるたびにどれほどの苦痛を味わった。体中の骨と言う骨を砕かれても叫び声一つ上げずにこちらに立ち向かってくるあの妖精の目はどんな輝きをしていた。勇ましく、私に立ち向かってきたあの子供はどれだけあがいて見せた? そしてそのあがきの結果、見事この私を打倒してみせた。
出来ない事など、無い。出来ないと決め付ける者が出来ないだけだ。
嗚呼、見下すだけではなく、自分から近寄って、手を差し出してやることくらいできない訳がない――
☆〇☆☆〇☆
「友好協定、ですか」
「そう。不服?」
「……戦わないで済むなら。それに越したことはありませんが……」
「なんで突然そんなことを言い出したのか不思議、と言いたそうね……そこの烏天狗。そんなに睨まないで頂戴」
私が妖精にいくらか妖力を流してやると、目を回して気絶してしまった。恐らく今までにないほど妖力を供給したせいで気を失ったのだろう。未だ腕の中に抱えていると烏天狗の射殺すような目がこちらを睨んでいた。この子があの天狗にとってこの上ないほど大切な存在である、と言うことだろう。微笑を浮かべながらもさらさらと触り心地のよい白銀の髪を撫でた。
「簡単よ。この子に、魅せられちゃったもの。このちっぽけなのに猛々しい妖精に」
その言葉を聞くと天狗はギョッとした顔になり、天正は何処となく納得したような表情を見せた。どうやらこの二人も同じようだ。本当に、罪作りな妖精だこと。
「……分かりました。協定を結びましょう」
「天正様!? しかし!!」
「真可。どうあってもこの方に勝てないのは分かっているでしょう。それに、恐らくソレはこの子にとっても都合がよい」
「……それがどういう意味か。聞いても?」
「妖精を毛嫌いするのは皆一緒なんですよ。ひとくくりにしたがりでしょうがない。彼を最初見たときの貴方の様に」
「なるほど、いじめられっこなのね。利用されるようで癪だけど、仕方ないわね。ほら、返すわ」
私が妖精を手渡そうとするとぶんどるようにして私の手から持っていった。足早に去っていく少女を見て腕の中から消えていくぬくもりを残念に思いながらも私は話を続けるために天正を見た。
「本当に、あの子は何者なのかしらね。妖精にしては知能も、諦めの悪さまで桁違いなんだから」
「……何者でも構いませんよ。彼のおかげで今僕や彼女はこのままで居れるんです。彼がいたから僕は……」
「そうね。私もここまで生きてきて今更妖精に考えを変えられるなんて思いもしなかった。彼がいたから私もまた新しく歩み始めることが出来る……皮肉ね。弱者などいなくなればいいなんて思ってたのに」
「彼は強いですよ。僕らなどとは比べ物にもならないほどに」
「ふふっ。そうね」
少し見る角度を変えただけで様々な物がまったく違って見える。不思議だ。今まで見てきたものをどうしてこう言った視点で見ることができなかったのか。
これからどんなことが待っているんだろう。野に咲く花が美しく見える。いつもなら踏み潰そうなども考えてしまうのに、実に滑稽だ。
嗚呼、楽しみだ。
これからが、真に私の『生きる道』だ。
彼女の場合は真可と天正の両方を兼ねている感じですね。
強すぎる力と特異さによる孤立。一見真可と何も変わらなくね? って感じですけど、まぁ実際そうなんですよね。
唯一言うなら真可は子供で蓮姫は大人だったこと。
何もかも知った気になり、いつの間にか視野が狭くなってしまう。
因みに彼女は今現在最強です。今で妖力等は幻想郷の大妖怪と五分なくらいを想像してます。