妖精と鬼姫
20111014改訂版up
――夜の世界を満月が薄く照らしていた。
その光に照らされる世界の一部――と言うとやや大袈裟か――である俺は現在進行形で緊張していると言っても過言ではない。そしてそれは他の妖怪たちも隣で俺の手を握る真可も同じだろう。少し前まではどいつもこいつもこれからくるであろう敵の妖怪たちに対して各々の想いをぶちまけていたと言うのに。
そんな中、天正だけが黙って遠い山のほうを一心に見つめていた。
敵が来るのは山を二つ越えた先、と聞いていたしあの山の方から敵が来るのだろう。
およそ一ヶ月、俺は、俺達はそれなりに特訓を重ねたと思う。毎日のように真可と打ち合い、能力のコントロールにだって勤めた。それは真可にしろ、他の妖怪たちにしろ同じだ。
作戦だって……まぁ立てるには立てた。些か無理があるのは承知で戦うしかないだろう。
だが、唯一足りてなかった重要な情報のせいで勝負は思わぬ形へと変化した。
足りていなかったのは敵の戦力の情報。この日、俺達は本当の『暴力』を目にすることになった――
妖怪たちが一気にざわめき立つ、怯えるように、竦むように。そうなったものは一様にある方向を指差していた。俺がそちらを見ようとしたとき、握られていた手がの力がより強くなった。真可の表情をうかがうとその顔は真っ青になっていた。
俺は今度こそそちらを見た。何もいない。
――否、いた。点が一つ。空を飛び、こちらに真っ直ぐ向かってくる。
なるほど、と俺は震える手を押さえながらも理解する。自分に最近少なからず欠如が見られた感情が強く呼び起こされる。それは恐怖。ナイフをのど元に当てられるような、そんな原始的感覚。
妖精は死なない、いくら怪我を負っても勝手に治ってくれる。そんな事を抜きにしても心底戦いたくないと思う存在。それがそこにいる。
後ろにいた妖怪達が腰を引かせて次々と逃げ出していた。しかし、それを笑う気にも責める気にもなれはしなかった。寧ろ羨ましさまで感じた。だんだんと近づいてくる存在に心が警報を鳴らしている。
アレは拙い。アレを相手取ることは絶対に拙い。脳が警鐘を鳴らしていながらも足が動かない。前にも後ろにも。
戦うことを、否、同じ空間に存在することを本能が拒否している。禍々しいとかそんな感情など抱けない。ただ怖い。
しかし、天正は逃げない。ただ真っ直ぐに敵を見ている。だから俺も逃げられない。今だけは痛みや怪我に慣れ親しんだ日々に感謝したい。少しながら恐怖が薄れた。
「……奴さんのご登場、か」
ふわり、と一人の女性が舞い降りた。
「さて、名前を聞こうかしら」
妖艶とも言える笑みを浮かべて女性はそう言った。その顔はこんなにも恐ろしいとは思えないほど美人だ。いや、綺麗なバラにはとげがあるなんて格言もあるし、否定しがたいことかもしれない。白い胴着のような服を身にまとい、金色の髪の中から一本の角が覗いていた。背にはそれぞれ宝剣とも言える剣が三本重ねるように携えられている。
女性が尋ねた相手が天正だったのは考えずとも解かった。いや、女性の目が天正しか見ていない時点で嫌でも気付く。さしずめ俺と真可は道端の石ころと言ったところか。
「この山の主、天正だ。お前の名は?」
天正らしからぬ、穏やかではない声。それが唯一彼の心情を示しているように感じた。表情も動きも何もかも変わらないのに。彼が緊張していることはすぐに分かった。
そして、それを見て女性はくすくすとワラう。背伸びする子供を見るように。玩具を見るように。弱者を見るかのように。
「愉快。実に愉快ね。そんな波立つ妖気では動揺を顔で表現しているようなものよ童」
天正の表情が固まる。完全に見透かされている。その様はまるで弱者と強者のようだ。そこに立ち入ることすら出来ない己は何だと言うのか。
「いいわ。名乗ってあげる。私の名は蓮姫。八斗蓮姫よ」
自信満々に微笑を浮かべながら背の剣を一本引き抜いた。そして隙だらけとも言える臨戦体勢をとる。隙だらけだ。俺が見ても分かる。だが、その隙は彼女にとって絶対致命的なものにはならない。だからこそあんなにも分かりやすい隙を見せている。
その工程を通して、初めて蓮姫の目は俺達を見た。
「そこの塵共。さっさと退きなさい。邪魔よ」
しかし、その目には何の期待などありはしない。俺達などいないのが当たり前、そんな目をこちらに向けている。勿論、勝てる気がしない。それは今までの会話然り、相手の力然りで心の底まで理解している。しかし、ただでは聞いてやれないのだ。
「なに? その目は。まさか私とやりあう気? ただの妖精如きが? 笑えないわよ」
「……随分とおしゃべりなんですね。蓮姫さんは」
「妖精が。私の名を気安く呼ぶな」
今までがまだマシだと思われるほどのプレッシャーがのしかかる。口を聞くことが出来ただけでも自分を賞賛したい。歯がガチガチとなりそうになる。でも今は退けない。
「何か言ったら? 謝罪の言葉なら聞いてやっても――」
「言を封ず」
蓮姫の言葉が止まる。否、消える。口を開きながらも言葉を発せないことに気付き、鋭くこちらを睨む。どうも今ので逆鱗にでも触れてしまったようだ。
「――面白くないわね。いいわ、まとめてかかってらっしゃい。その程度、造作もないことだから」
その言葉に返答は返せない。我ながらけっこう限界だ。天正が、真可が、そして俺が同時に臨戦態勢に入る。あったのは絶望感、そして淡い期待のようなものだった。
我ながらバカらしい。戦う前から勝ちを運に任せようとしている。情けないことだ。
願わくば誰一人欠けず勝利を描くことを――
「――砕けなさい」
蓮姫が感慨もないように俺に大剣を振り下ろしてくる。凄まじい迫力、圧倒的違和感。何処の麗しき女性が大剣なんぞ振り回すんだ。俺は最大出力でそこから退避。そして能力でその場に固定する。しかし、ほぼ無意味だったようだ。若干顔を歪めている以外はなにも変わりない。しかし、その顔をゆがめている隙に天正と真可が妖力弾で攻撃をする。余すことなく被弾し、少しは効いたかと思いきや顔色一つ変えずにそこに立ち尽くしている。
『無傷』だ。
「やっぱり、能力……腹立たしいわね」
「バレる……か、やっぱり」
「お前みたいな妖精が戦おうとした理由がわかっただけよ」
最初に声を封じた時点でなにか思われてはいたはずだ。だがこれはあくまで『布石』。俺の存在感を強くし、囮とするための。
「でも、それだけでしょ?」
「ッ!?」
気付いた瞬間、再び蓮姫は俺に肉薄していた。ここまで攻撃する価値があるのか能力持ちは。
――いや、多分俺の能力だから攻撃してきているんだ。不可解で、少なくとも妨害が可能な能力だから。
俺は再び先程と同じようにそれを退避する。しかし、逃げ切る前に髪の毛を掴まれた。頭からぶちぶちと髪の毛が抜ける音がする。痛いがいつもに比べれば全然――
次の瞬間、大地に叩きつけられていた。全身の骨が砕けたかのような痛みが走る。すぐに再生、俺の体の骨をつなげていく。しかし、それを見越した上で蓮姫は追撃をかけてくる。再生する骨と言う骨を次々と踏み砕いていく。痛みで叫びそうになるのをおもいきり歯を食いしばって耐えた。このままでは己で歯を噛み砕いてしまいそうだ。
しかし正に隙だらけな背中をあの二人が見逃すわけがない。側面から邪魔をするように入ってきた妖力弾を感慨もないように飛び跳ねて避けた。俺の再生がようやく再開される。完全な再生が終わるまで蓮姫は黙ってこちらを見ていた。
そして、明らかにおかしいことに気付き。
何故、天正と真可を見ない。蓮姫とて元々天正と戦うのだと自分から言って見せていた。しかし、今は俺から視線を離さない。そしてその目にある感情は一つ。『怒り』だけだった。
そんなにも妖精に口を利かれたことが腹立たしいのか。それとも能力を食らわせられたことが悔しいのか。どちらにせよ、今は俺自身を囮とした戦いが一番好ましい。痛みへの恐怖に震える足に叱咤し、再び俺は能力をかける。
今回封じたのは力。腕力、筋力、妖力などもろもろの力を封じた。初めから大した効果は期待できなかったが、明らかな違和感を隠せていないようだ。忌々しげに顔が歪む。再び俺に狙いを定めてくる。俺は天正に目配せし、頷いた。
怒りのまま振りかぶる蓮姫の剣を苦しげに回避していく。腕が一本飛び、血の変わりに光が溢れる。しかし痛みに悶える暇もなく、時には能力を行使してまで避けていく。脇から来る真可の援護の邪魔にならないようにもする。
回避が一コンマ遅れ、羽が捕まった。力のまま引きちぎられる。地面に背中から叩きつけられ、錐揉みしながら吹き飛んでいく。だが吹き飛んだ先に瞬時に回りこんだのだろう、振り下ろした大剣によって串刺しに縫い付けられ、それを突き刺したままもう一本を抜き、俺の胸を貫いた。
しまったと思ったときには大地に磔にされて既に身動きはとれず、痛みにもがいた。それで関心が薄れたのか俺から視線をはずし、未だ攻撃を続ける真可を見た。拙い。真可の能力で相手に攻撃を返すことは一つの作戦としてあがっている。しかしあんな怪物を正面から受け止めたりしたら、使う間もなく殺される。
俺は胸に突き刺された剣の刀身を掴んだ。恐らく、名剣と言っても相違ない装飾剣は切れ味も一線を脱しており、抜こうにも逆に俺の手が切れる。仕方ない、と諦めに似た想いをし、俺は能力を使って『痛覚』を封印する。
体をずらし、自分の胸から下が開くように真っ二つになったことで、途轍もない嫌悪感が体にかかるが今だけはそれから目を逸らす。突き刺さっていた剣を一本拝借し、蓮姫に向かってぶん投げる。俺の力が足りない為に大した速度こそ出なかったが、それは回避が遅れた右腕を皮一枚切りつけ、地面に再び突き刺さった。俺ではなく剣のおかげだろう。しかし、蓮姫はこちらをギラついた目で睨み、威圧してくる。
そうして初めて自分に余裕が出来、思考が出来た。
――なんだこの怪物は。
存在自体が暴力その物なのではないかと思うほどの強さ。妖気も、能力も、何一つ使わない。それだけに恐ろしい。数メートル離れた場所から狙い撃ちされるのではなく、目の前で剣を突きつけられるような原始的な恐怖。それだけに抗いがたい。こちらの攻撃は全く効いた様子も見せず、ただ暴虐を尽くす敵。
「妖精如きがぁぁ――――!!」
「!?」
怒号を上げながら蓮姫はこちらに肉薄する。傍に刺さったもう一本を支えにいて立っていたが、これも有効活用させてもらう。地面から抜き、近寄らせないようになぎ払った。だがそれを全く意に返した様子もないように二本指で受け止めた。
その長身が俺に向かって腕を大きく振りかぶり、己の顔をぶち抜く瞬間がまるでスローになって見えた。
次の瞬間には視界がぐるぐると駆け回り、再び激しく地面に叩きつけられていた。次に見えたのは俺の顔に向かって真っ直ぐ拳を振り下ろしてくる蓮姫。
――嫌な音と共に視界が真っ黒に塗りつぶされた。何も感じない。何も見えない。ただ深淵。耳鳴りのような物だけが響いて聞こえた。
それを抜けたとき、俺はおぼろげな視線のまま地面を見ていた。視点がゆらゆらと揺れている。頭にある違和感、そうして俺は悟った。今、俺は蓮姫に頭を鷲づかみにされて宙ぶらりんな状態になっている。足が痛んだ。視線を向けてみると若干膝上辺りから再生が止まっていることに気付いた。
――限界……か。
思えば無限に再生なんて虫のよすぎる話だ。生き返るのに何一つエネルギーを消費しないなんてありえない。恐らくとある理由で足の修復にまわす余裕がないのだ。視線をやや上に向けてみると焦燥している真可が見えた。何か言っているようにも見えたが今の俺の耳には届かなかった。
恐らく今の蓮姫の形相は正に鬼と呼んでいいほど凄まじいものなのではないかと推測する。頭が大きく揺れる。蓮姫が真可に殴りかかったのだ。よりにもよって俺を掴んだまま、そこらへんに投げてくれたらまだよかったのに。ゆらゆらと視線が暗転する今はもうどこを見ているかも解からない。
そうして次に見えたのは真可の絶望の表情だった。どうも俺は真可の前に差し出されているようだ。頭がきりきりと痛んでいく。このやろう、見せしめのつもりか。思考が頭に巡っても実際に顔には何も出ない。唐突に俺の体が投げ出された。ごろごろと地面を転がり、皮肉にも蓮姫の顔が見える位置で止まった。こちらを一瞥した。つまらなそうに、くだらなそうに、壊れた玩具を見るように。全く、腹立たしい顔だ。イケメンにむかついても美人の顔にむかつく日が来るなんて思いもしなかった。
――見下してんじゃねえ。
心が吼えた。でも体は投げ出されたままだ。もう体が頭の言うことを利かない。全身の神経が切れたのかもしれない。
――見下してんじゃねえ!
再び吼えた。五月蝿い。まるで自分が二人いるようだ。茫然自失の自分と怒り狂う自分と。
――見下してんじゃねえ!!
五月蝿い。嗚呼、でも仕方ない。だって俺だもの。この世界に唯一無二の俺だもの。
一番近くに落ちていた大剣を掴み、握り締める。
「妖精なめんじゃねえぇぇぇぇぇぇ!! 鬼ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
その剣に今の自分が用いる全ての力をつぎ込み、投擲する。所詮二番煎じかと言ってくれるな。いつまでも妖精なめんな、烏天狗なめんな。先程よりはずっと早く回避行動を取ろうとした蓮姫は突如表情を歪ませる。
その体には身に覚えのない無数の傷が刻まれていた。それが俺の所業と勘違いでもしたのだろう。だが残念。それは俺じゃない。元の作戦とは色々異なるけどこれならば。蓮姫は怒りに顔を歪ませ、俺が投げた剣は彼女の腹に突き刺さる。口から血の塊を吐き出しながらたたらを踏んだ。そして直後、彼女を重圧が襲う。剣につぎ込んだのは妖力だけではない。俺の能力の力もついでに貼付しておいた。それも相まって、今蓮姫には最大の隙が出来ていると言っても過言ではない。そして、それを見逃す我らが長じゃあない。
「待たせたね。舞風くん。真可くん」
天正。彼の頭上には巨大な妖力の弾が中空している。俺が再生に力をさけなかったのはこれが原因だ。今の今まで俺から力を流していたのだ。俺の力は最大こそ微弱だが、減らない。いや、肉体と同時に再生すると言った方がいいだろう。俺が死ぬほどのダメージを受けるたび、俺の体を形成している力を天正が蓄え、そして。
「今こそ、力を解き放つ」
今最後の仕上げを終え、光球が肥大化する。蓮姫の表情は引きつっていた。ざまぁみろと思った。こちとら人間で言うなら軽く三十回程度虐殺されたようなものなのだ。一発くらいもらえ。
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
猛々しい声を上げながら天正がそれを振り下ろす。蓮姫は動かない。いや、動けない。俺の能力全開だ。傷つき、披露しているならば如何に鬼といえど動けてたまるか。
――そして、光球が蓮姫を飲み込んでいった。
本気でガス欠だ。動ける気がしない。だから俺は寝そべったままその光景を見つめていることしか出来なかった。蓮姫は大地に伏していた。これでまた動き出そうものならもう絶対勝てない。それは俺達全員の思いだろう。真可は傷こそないけど消耗してるし、天正の奥の手も使ってしまった。俺はそもそも動けない。
祈るような思いで俺は見ているしかなかった。
しかし、
「ふふ、ふふふ、あははははははははは!!」
蓮姫は地に伏せったまま大きな声で笑い始めた。それに関しては俺はきょとんとするしかなかった。何故笑っているのか、少なくとも俺の思考では理解できなかった。
「はははははは!! 三対一とは言え、よもやこの私が負ける日が来るとはな。長生きはしているものだ。あははははははは!!」
そうして蓮姫はどっこらしょと起き上がる。それに二人は構えた。しかし、お互い動かない。いや、そもそも蓮姫は戦闘態勢を解いてしまっていた。腹に刺さっていた思い切り引き抜き、まるで噴き出すように血があふれる。だが数秒もすると止まった。
「そんなに身構えるな。この勝負、あなた達の勝ちよ。ここまで熱くなった戦いは久方ぶり」
そう言って蓮姫は俺のほうに歩み寄ってくる。俺はギョッとしながら何とかしようとしたがどこも動かないので諦めた。何をされるのかと思ったが、俺を抱え上げ、あろうことか微笑みかけたのだ。予想だにしない行動で俺は固まるしかない。
「この勝負は貴方の存在があっての勝利ね。貴方みたいな妖精、初めて見たわ」
「……ほめ言葉として、いただいておきます」
ほぼ限界と言っても差し支えない満身創痍な俺は為されるがままだ。しかし、体に流れ込んでくる力を感じ、俺は驚きを隠せないまま蓮姫を見た。相変わらず微笑を浮かべている。
「私の妖力をいくらか流したわ。すぐに再生が始まるはずよ」
なんて言っておられるが待て待て待て待て!! 俺の体の許容範囲を越える! 一体どれだけ妖力が有り余ってるんだ。そこが知れないにも程があるだろ。あああああああああ! 破裂……す……る。
俺の意識は途絶えた。
――と、ふと気付けば俺は見慣れた小屋の中で眠っていた。治らなかった傷は流石に治癒を開始したのかなくなっていた。
……で、済んでればまだよかったんだが、立ち上がってみると一ヶ月ながら慣れ親しんだ体に違和感を感じた。昨日に比べて視点の高さが明らかにおかしい。明らかに高くなっている。近くにあった水瓶を覗き込んでギョッとする。
俺の体が急成長していた。成長期にしては成長しすぎだろ! と言うほどに。前の体を十歳程度平均として、今は十四歳程度。まぁ中学生半ばくらいの身長まで育っているわけである。
なんで? と言う疑問にはすぐに心当たりが生まれた。蓮姫に送られた妖力である。俺の体の許容量を軽く突破し、余った分が俺の成長に当てはまったんじゃないかと思われる。結局は推測だが、今の俺は前とは比べ物にならないほどの力が溢れている。嬉しいような悲しいような……
そんなことを考えていると家の(真可の家です)戸が勢いよく開き、真可が顔を出した。その表情には焦りが見えまる。俺の妖力が増量したことに驚いてきたのかもしれない。
「舞風!!」
「あ、おはよう」
「おはようじゃないよ!」
早くも怒られました。勢いよく俺の肩に掴みかかり、がくがくと揺らしてきます。頭の中身が凄い勢いでシェイクされています。しかしそうして揺れる視線の中で確かに光るものを見ました。
「真可、泣いてるのか?」
「泣いてなんか……泣いてなんかぁ……」
俺を揺さぶるのをやめ、両手で顔を押さえると真可は崩れ落ちてしまった。肩が震え、嗚咽が混じっている。いつもの手より早い口はこんなときに限って機能せず、真っ白になりそうな頭の中、俺は真可の頭を撫でていた。今の真可はまるで子供のようで、子供にはいつもこうしていたから、としか言えない。
「ッ……死んじゃったかと……思ったんだからッ! 体も、冷たかったし……息、してなかったからぁ!」
「大丈夫。大丈夫だぞ。ここにいるから、な」
「いなくなっちゃうのかもって! 怖かった……怖かったよぉ……」
どうにも心配をかけてしまったみたいだ。いつもの強気ながら健気な態度は今ここにはない。あの時はアレが最善だと信じて疑わなかった。あの二人がいくら俺より強くてもアイツ相手じゃ勝てないと思ったから。そしてそれは今も変わらない。だってこうして同じ空間にいるんだから。
命を捨てる気は毛頭ない。でも、ちっぽけな俺で代替わりが出来る。犠牲の代わりになれるのなら、痛いのくらい我慢して盾になってやるんだ。その想いだけは、変わらない。
「あら。起きたの、妖精」
……前言撤回しても、いいですか?
なんでこの鬼姫が我が家(真可の家)の前に立っておられるのですか? そして何故その隣に微笑ましい物を見るような顔の天正さんまで居られるのですか?
「あぁ~……えっと、はぇ?」
「まぁまぁそう混乱しないの。説明なら今からしてあげるから」
「蓮姫さん。彼はまだ病み上がりなんですから余り無理はさせてあげないでください」
「大丈夫よ。心配性ね天正は……いや、この子だから心配なのか。納得納得」
先日(時間間隔がはっきりしないので実際は不明)戦ったときに比べて全然違いすぎだろ。誰だよこの爽やかスマイルのお姉さんは。あの剣振りかぶってきたときの形相は何処に行った。そして背中の剣は一本何処に行った。
「アレから協定結んだのよ。この山と私のほうの山でね」
「協定……ですか?」
「そ。お互いに喧嘩はせずに仲良くしましょうね~って」
「それはまた……」
随分急な話だ、と思った。元々こちらを攻め落としに来たのに何がどうなって協定を結ぶ羽目になったんだ? それに関しては恐らく長同士の話があったんだろうし、俺が介入できる余地もないだろう。それに別に悪い話な訳じゃない。
「まぁ……うん。分かった。よろしく蓮姫」
「……ホント、天正の言う通りね」
「天正が? なんて?」
「貴方は私が怖くないの?」
俺の質問には答えず、しかし間髪いれずに問いかけた。確かにあの剣振りかぶった様は今でもトラウマレベルで頭に残っちゃいるけど、今は寧ろ気のいい人として好意的に接することができそうな気がしている。
「まぁアレはアレ、これはこれって事で折り合いはつくでしょ。これから仲良くしてくれるんなら大丈夫だって。それに妖力くれたでしょ? だから今はこんな感じ」
「ホント、貴方って子は……」
蓮姫は少し眉を持ち上げただけで呆れたように肩をすくめたが、すぐに笑顔になり、こちらに手を出していた。
「改めて、八斗蓮姫よ。よろしくね妖精」
「舞風。妖精の舞風。だけどこんな妖力持って妖精ってのもな……」
俺は首を捻らせた。俺の力は既に一般的な妖怪より上であり、未だ妖精と名乗ることについて我ながら考えさせられる。それに妖精と名乗るたびに白い目で見られるのは気のせいじゃないはずだ。少しはただの妖精と違うんだぞ~って思われないとこれからも変わらない。
……なんて言っておきながら真可には負けるのだが。
「なら『大妖精』、とでも名乗ればいいんじゃない? 今の貴方ならお似合いよ」
「おお、それは名案だ。改めまして、大妖精……中々いい響きだ!」
「大妖精舞風。うん。カッコいいじゃない」
「似合ってるよ。舞風くん」
「お、なんだか珍しく好意的な評価。燃えて来た。今なら真可にも勝てる気がする」
「無理無理」
「なんの! うぉぉぉぉぉぉぉぉお!!」
40秒で返り討ちにされました。
「えっ!? その剣って人間が作ったのか!?」
「ええ。生意気にもこんな装飾剣を振りかぶってくるものだからね。奪って私の物にしたの」
「人の物を取るのは犯罪です」
「難いこと言わないの。元々はなまくらだったのを私が妖力を流して斬れるようにしてあげたんだから。使われて幸せのはずよ」
「……それ妖刀だったりしないよね?」
「さぁ? 私は知らないわ」
「俺はそんな危なっかしい物を振り回してたのか……」
蓮姫の話を聞いてビックリだ。そもそもこの世界に人間がいることにすらビックリした。まぁ何と無くだが居るような気もしていたが……はて? 疑問だ。山の周りを見るとそれほど開拓されているようにも見えない。なのに剣の出来はまるで中世のようだ。技術に差がありすぎではないだろうか?
元人間として僅かながら気にはなるが……今度旅行を兼ねて行ってみてもいいかもしれない。
「そう言えば一本見えないけど。どうしたの?」
「アレ? 使おうにも貴方の妖力が混じって斬れなくなっちゃったのよね。多分貴方次第では斬れるんだろうけど……私が持っていてもしょうがないから天正の家に置いてきたわ」
「そんな厄介なものを押し付けないでよ……」
「貴方なら使えるはずよ。だから置いていくの」
「それは贈り物ととっても」
「私はそのつもりよ」
きょうていのあかしにまいかぜは『ようとう』をもらった。
わー、ぱちぱちぱち。
……うん。ぶっちゃけ怖い。なんてものくれるんだこの人は。もしかしたら持った途端に体を乗っ取られるんじゃないかこの人に。人じゃない。鬼だ。そもそも協定に武器送るなよ。殺す気か? 元々はそのつもりでしたね。忘れてました。
全く、和平の使者は槍を持たないって……誰が言ったっけ? まぁいいや。
今はこうして二人きりながら仲良く話が出来ることを喜ぶ場面だろうしね。
「舞風……」
「なんだ?」
「ふふ。そう言葉を返されたのは長い生を生きて久しぶりよ。やはり、中々悪くないわ」
「? 良く分からんけど、悪くないならいいか」
「―――――」
か細く、本当に小さな音のような声が彼女から聞こえた気がした。咄嗟にそちらを見たが、どうかしたとでも言うような顔をする。
「今なんか言った?」
「なんでもないわ。お酒、飲む?」
「私はまだ未成年でござい」
「私の酒が飲めないと?」
「美味しくいただかせていただきます」
「ふふ、やっぱり。私は間違ってなかった――」
蓮姫はそれっきり黙ってしまったが、その口には笑みが浮かんでいた。
いつだってなんだか疎外感。でも、笑っているならいいか――
蓮姫の口調が固定できない……怒ってるときは厳格、普段は気のいいお姉さん的なのが理想。
元々の作戦が真可→舞風→天正の連携攻撃だったけど予定とは少し異なった。
最後、蓮姫が舞風に妖力を流した部分ですが、「こんなのあるなら天正の能力って無意味じゃね?」っとか思った方もいらっしゃると思います。実際それで済めばいいんですが、一応利点はあるんですね。これについてはまた後日。
友人ができない……
あばばばばばばばばばばば!!
どうか私に友達の作り方を教えてください。
昼休み隅っこで一人寂しくうどんを啜る日々を終わりにしたい。
嗚呼、今日の日替わり定食はドライカレーライス……
あ、大妖精の名前お借りしました。やっぱこれしか表せないと思うんですよね。
ええ、大ちゃん大好きですよ? いいじゃないか。可愛いじゃないか……