舞風と理想
前回投稿から随分な時間が経過した上、なんと明日でにじファン終了のお知らせ。
東方projectは二次創作が許されてるからなんとかなるか……とか思ってるけど前日になって未だに発表なし……だと?
このままにじファンに掲載し続けていれば掲載停止になるのは目に見えていますし、最悪の場合はキーワードなしでもなろうに移行するべきか。でもそれで規約違反やらで作品削除とかなったりするのもなぁ……
とりあえずまぁ、にじファンでの最後の投稿になるのは間違いないでしょう。
――結界山の朝は早い。
「――いつまで寝てんのよアンタは!!」
「――はれ?」
と、言う訳でもない。やや上方から聞こえた怒声でようやく目を開き、朝の訪れに気付く。そこにいたのはいつもと同じ巫女服、ではなく非常にラフな服装の巫女、霊華であった。
非常にイライラした様子で腕を組みながらこちらを見下ろしている。リズムを取る訳ではなく、その指はトントンと拍子をとっていた。
――この巫女がこの山に――と言うより我が家に――住み始めて早く一週間以上経過する。
初めこそそれは酷いもので、まともに口を利くことは無かった。それでも俺は何とか親交を深めようと頑張ってアタックした訳だ。食を必要としない俺が景気づけにしかやらない料理なんて事までして、箸はそこそこ早く進んでいたはずなのに、それでも距離は変わらない。
結局、数日たってお互いに緊張がほぐれたのだろう。巫女は巫女で毎朝早起きして家の外で日課らしい訓練を再開し、俺は前のように惰眠を貪る様になった。のだが……そうなると今度は巫女が俺に文句があるそうだ。
曰く、朝飯を作れと。なんのこっちゃ。朝はぐっすり眠る派な上に眠りが深い俺が簡単に早起きなどできる訳が無く、毎朝霊華が飯を作れと叩き起こしに来るのだ。一度拒否したら閉じ込める以上三食を提供するのが筋だらどうたら耳元で延々と言ってくるので根負けして朝飯を作るようになった。
「……やれやれ。自業自得かなぁ」
大きな欠伸を噛み殺すことなくかいて、小屋の傍の蔵を覗いた。中には様々な葛篭やら何やらが足の踏み場がなくなるほど乱雑しているが入り口の近くにあった米の藁はすぐに見つかる。
それの中身を手で掬い、今日の分を取り出そうとする。が、
「……ありゃ?」
さらさらと耳心地の良い音を立てながらも、しかし中身はほとんど無い。ここに来て我が家の食料が尽き掛けていることに気付いた。
「――なんでかなぁ」
食料が尽きてしまったならば買いに出かけなければならない。買いに出かけるのならば巫女を一人置いていかなければならない。そうなると困る。どうするかと悩んだ挙句アキに頼もうかと思えば諸事情で不可。仕方が無く食料を分けてくれと言えばこちらも三人であまり余裕が無いからいやだ、とくる。
結局、俺は博麗と共に空なんぞ飛んで人里に向かっている最中なのだ。それも彼女は飛べないのだから俺が背に乗せて、だ。おぶっているのではない。文字通り背に乗せているのだ。俺は乗り物では無いのだが、抱っこもおんぶも嫌と言われればこれしかないわけで。
結界山の結界は山の外への転移で抜ける。そのまま人里まで転移してしまいたかったが、どうせならこの幻想郷を案内してやればいいなどアキが言うのでそれもそうかと二つ返事。何故そこで疑問に思わなかったのか不思議でしょうがない。
いや、確かに博麗に幻想郷を見せる、ということの意義と理由は理解している。人里に連れて行くのだって同じ。彼女が俺達に協力するために、最終的には彼女自身がこの幻想郷の為に行動してもらわなければ困るのだ。つまり、これは幻想郷の良いところを見せるためなのである。
「ちょっと。人里ってのはまだなの?」
「う~ん。あともう少しかも」
「……あんた。さっきもそう言わなかった」
「言ったけどそれほど前でも無いだろうに……」
文句を言いたげにしている――と言うより文句を口にした――博麗にそれだけ返す。今の彼女は俺への不信感でいっぱいのようである。それもそうだ。出られない場所にわざわざ閉じ込めていたのにいきなりそこから出して観光だなんて。笑える冗談でもない。
しかし、実際自分もただ思うように彼女を利用しようとしていたことに思うところはあった。元々一人自由気儘に過ごしていた彼女を拘束し、その生活を奪ったのだから。今はまだ無き人権なんてものにつばを吐き捨てるような暴挙だ。
それでも、幻想の未来のためにも動かねばなるまい。これを逃して次があるかなんて分かりもしないのだ。どうすればいいか悩んで、結局紫の言う通りにしているのだからやはり自分は偽善的なのだろう。ずっと前から、気付いてはいたが。
「時に博麗の。空はどうだ?」
「悪く無いわね。あんたの背中じゃなかったらもっと良かったんでしょうけど」
「……さいですか」
彼女とて力はあるのだからいずれは一人で空を飛べるようになると思うが、何かに乗って飛ぶイメージを彼女に感じるのは、正に今俺が彼女を乗せているからか。
「――おや。これは舞風。奇遇ですね」
「おお、久しぶりだな」
気付けばすぐ傍に存在していた。それに驚くでもなく、俺は少女に声を返した。いつものように悠然と空を翔る。妖怪の山の中では特に親交のある存在だ。
天狗――射命丸文は近付いてようやく気付いたとせんばかりの顔で背にいる巫女に視線を向けた。一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐにいつもの営業スマイルを作り、首だけで礼をした。
「これはこれは。舞風様が人間を背負うなどとは珍しい。迷い込んできた人間ですか?」
「いや、逆。これはこっちが引きずり込んだ者だ」
結界山まで迷い込んで来る人間など早々いるまい。少なくとも俺は知らない。結界山は幻想郷の無法地帯の中心に存在する人間にとって唯一の安全地帯となりかねない場所ではあるが、そもそも人間が辿り着けるような場所に位置していない。
本来、こうして妖怪の山の住人である射命丸に馬鹿正直に話すのは愚作なのであろうから、なるだけ嘘にならない程度に話をするつもりだ。だったのだが……
「……? 射命丸?」
「舞風が自ら引きずりこんだ? いやまさか……しかし彼も男だから……まさか」
「お前なんかすっごい勘違いしているだろ」
顎に手を屋って俺と巫女を交互に見るその姿はどう見ても好奇心が刺激されているようにしか見えず、実際考えているであろう言葉は口から駄々もれである。ろくでもないことを考えているのは把握できた。
「あ、いえいえ。あはは。そんな事はありませんよ」
「どうだか……今は諸事情で人里に行きがてら観光紛いのことをしてるだけさ」
「二人で空飛ぶ旅。憧れますね」
「……天狗にとってはそうだろうな」
ロマンスやら、そういったものを求めるなら確かに。しかしこれはあくまで押し付けられた義務のため、半ば仕方が無くやっていることに過ぎない。そもそも、何が嬉しくて人を乗せねばならんのか。
「ふむ……これ以上は私はお邪魔になりそうですし、此度はお暇いたしましょう。では――」
声をかける暇も無く、射命丸は俺の視界から高速で遠ざかっていった。流石天狗と言うこともあり、あっという間に点となって消えた。それを博麗と共に見送ると一つため息をつく。
「とまぁ、幻想郷の奴らは大抵気さくだ」
「……気さくと言うより、歯牙にもかけていないだけに見えたけど?」
「そりゃあなぁ……」
今を生きる妖怪たちが人に対して尊重する気持ちを持つかと言われれば間違いなく否だろうに。妖怪は自らを人に畏れられるべきだと当然のように思うのだから。寧ろ、初めに会ったのが射命丸で良かったくらいだ。名もなき天狗に見つかれば博麗に手をかける可能性もあるのだし、いや――既に見つかってるっぽいかな。
妖怪の山の方を見る。姿など空からでは全く見える気配が無いものの、視線とはまた違うねちっこい何かがこちらに向けられているのが分かる。恐らくは、千里眼か遠見か。
「……良くしたつもりではいたんだけどなぁ」
「ところで、さっきの奴、妙にアンタにへこへこしてたけど、部下かなんか?」
「部下じゃない。友人だよ」
――ずっと前に記憶が消えて、少女は俺を尊敬しながらも『様』付けで呼ぶことをやめた。友人という対等の関係ではなく感じたからだ。そこばかりは都合よく記憶が消えた少女は抵抗無く俺を舞風と呼ぶようになった。
今も妖怪の山と結界山とで分かれていながらも交流は続いている。大天狗からもこちらを探るということで会話を許可されたとこちらに愚痴っていた。それを言っていいのかと思いながらこちらも困らない程度の情報を流してはいる。
「……なんだ? 意外そうな顔をしているな」
「別に……」
横目に映った少女のそれは何処か驚いているように見えた。最も、余りにも一瞬だったので気のせいかもしれないが。
それから人里に着いたのはそれからもう少しのこと。いつものように喧騒に満ちた人里を見下ろした。外の世界が急激な発展を続けているからか、幻想郷の進歩も目覚ましいものがある。とはいっても元々が外界と隔絶された場所にあるのだ。今だに外の世界との差は数百年近い差があるように見える。
「早く降りなさい、よっ!」
「あだっ、あだだだっ」
背の暴力巫女が俺の髪を雑に引っ張る。そんなにも俺の背が嫌かと思いながらも大地に足を下ろした。
人里に、門から入るのはいつものこと。転移結界も外に作成しているので直接人里に、なんてことは今までに一度もない。唐突に現れると混乱を招くから、とは言っているが実際は特に理由は無い。
ここにこうして来るのは久しぶりであった。前回来たのも一月か、二月くらい前であった気がする。その時もこうして食料の買出しと慧音に顔を見せるためであったか。
「アキが言うにはベリーも来てるみたいだし、妹紅も来てればいいんだけどなぁ。ほら、こっちの門から入るぞ」
警戒した様子で人里を見ていた博麗は返事も無く、しかし分かったと言うように俺の後ろをついて歩き始めた。それを見て満足げに頷き、俺もまた人里の門を潜る。
☆〇☆☆〇☆
――それが唐突にも、一緒に人里に行かないかと誘って来たときは、動揺によって思わず警戒した。
その時初めて自分の警戒がいつの間にか薄れてきていたことに気付いて、僅かな怒りを覚える。この一週間、本当に何も無かった。ここに連れられてきて、さぁ自分はどうなるのかと思ってみれば、それも見事に何もしない。
元の同居人やらは山のもう一つの家のほうにいるらしい。今この小屋にいるのはこいつと私だけ、ということになって、初めは体を弄ばれるかとも思った。だが、見事に何もしない。
この舞風という妖怪に対し、初めて感じた印象はつかみどころがないと言うことだった。見た目こそ子で、その行動も大半が幼稚。着ているものこそ何処か神々しさを感じるものはあれどやはり見てみれば妖怪。それでも尚気付けばこちらがこいつの思うように動かされている。そして、その行動一つ一つに邪気が無い。利用しようとか、優しくしてやろうとか、こちらに対して抱く感情の全てはまるで当然とでも言うかのように。
敵と一つ屋根の下だというのに平気で背を向け、警戒も無く眠りにつく。隙だらけすぎて逆に怖くなるほどであった。最初はどんな意図があるかと考えてばかりであったが、少ししてこいつが何も考えていないだけであると気付く。
少し違うか。こいつは私をここに置くための最低限のことをして、それ以外何も干渉しようとしないのだ。結界云々の話をしたのはここに来たときのアレだけ。この妖怪が既に忘れているのではないかと思うほどであった。
――そんな時に、唐突に誘われれば、動揺もあるだろう。
今まで修行をして食事をして眠ると言う一日に何の文句も言わなかったこれが、いきなりそんなことを言い出したのだ。この山の結界をまるで解けるなら解いてみろといわんばかりのあの時が一体なんであったのか。
そうして、どういうわけかその背に乗せられ空を飛ぶ。一生で見たことの無い壮大な風景は僅かに私の心を奪ったが、辺りから感じる視線のようなものでそれは瞬く間に萎えた。敵意か殺気か、どちらかと言えば前者であろうが、向けられて嬉しがるものでもない。この妖怪も、恐らく気付きながらこんな涼しい顔をしているのだろう。
――やはり、妖怪の世界に人は相容れぬということか。
特に落胆もない。考えずともそれは当然の事なはずであった。妖怪の里において人が生きるには恐怖政治を受け入れ、それの気分次第で統治されるほか無いではないか。一体何に期待していたのか。まさかこの妖怪のようなやつなら人間を当然のように受け入れるとでも思ったのか。妖怪というのは、元々人を喰らってなんぼの存在ではないか。
そう思っていて、そしてそうであればよかったと思った。
「――これが」
――人里。妖怪が当然のように徘徊する世界に存在する、人々の希望。恐らく私はそう捉えていたのだろう。
しかし、それは村であった。何処にでもあって、尚何処にもおかしいところなど無い村。それは確かに村であった。そうとしか見えなかった。私の頭の中では人が妖怪に鞭打たれ、尚且つ人が売買されるかのような凄惨な世界であった。人の権利など全く無く、妖怪の為に人が存在する世界。
そうではない。これは人が人の為に生きる世界だ。外と何一つ変わらない。道行く人の視線はやや珍しげなものを見るものではあったが、そこに嫌悪は無い。妖怪であるこいつに向けられるものですら、何処か親しみが込められているようにも見える。
「……で、予想と比べての感想とかある?」
眼前の妖怪――舞風が腰に手を当てながら何処か自慢げにこちらを見ていた。妖怪だと言うのに私よりも小さな体躯に今はもう慣れたが、心のどこかで違和感を覚えるのは変わらない。
感想は、頭の中をぐるぐると回るほど沢山あった。だがそれを口に出すのもなんだか癪で、つい目を逸らして周りを見回した。周りにいる人間に混じってチラホラと見える人外。獣の耳が生えていたり、体の一部分をうろこが覆っていたり、背に羽が生えたものまでいる。
人と相容れぬはずのそれらを、人は当然のように受け入れている。いや、気にしないでいるだけなのかもしれない。それでも到底信じられるような光景ではなかった。
「……人と妖怪が共に生きるようになるまで、数百年かかった」
道行く妖怪たちを見ていた私と同じように視線を向けたまま、舞風が口を開いた。
「初めは大変だった。人は妖怪を恐れ、妖怪は人を餌同然としてみるもんだから妖怪がここにくるだけで噂の種。歩けば人垣が割れるし、妖怪たちの内心も穏やかじゃなかったはずだ。でも、今はこうして共に生きることができている」
「…………」
今までずっと分からなかった。どうして人と妖怪の共存であったのか。どうしてどちらか片方ではなかったのか。人と妖怪が生きるなどという夢物語を抱くより、妖怪だけの世界の方がずっと統治しやすいはずではないのかと。
その答えは結局分からない。だが、もしかしたら、そんな世界があったらいいなと――
「……馬鹿馬鹿しい」
一瞬でも自分が考えたことを振り払うように頭を叩いた。理由など関係ない。表向きだけを見て全てを知ったつもりになるのは愚の骨頂だ。
私は人間であり、生まれたその時から妖怪退治を生業とする巫女だ。それが感傷に打たれ、妖怪を助けるようになっては笑えない。そもそも、この妖怪はこれを見せるために私を連れてきたというのなら、私はその策にまんまと填まってしまうところだった。
「――お。いたいた。慧音よーい」
それが背後の私を置いてかけていったのはそれなりに大きい甘味処であった。その中にあった一際目立つ後姿。銀か、それとも白の髪を腰に届くほど伸ばした、全体的に青と白が映える着物。更に頭には妙な箱型の帽子をちょこんと乗せた女。そいつが舞風に名を呼ばれ、振り返った。普段は厳格なのか、凝り固まった表情は舞風を見た瞬間に柔和なものに変わった。
「舞風か。人里に顔を出すとは珍しいな」
「いやなに。食料を切らしてしまってな。あいつの観光がてら買いに来たのさ」
「あいつ……?」
そこでゆっくりと近付いてくる私に気付いたのだろう。怪訝そうな顔をしながらもそれを瞬時に消し、会釈をした。見るからに堅苦しそうな人間だ。しかし、その一挙一動の体の動きが、彼女が戦場に身を置く者の一人だと知らせる。それだけではない。その身から感じる力は、人を人の手に余る力だ。
――私がこの舞風という妖怪に対し、第二に感じたのはその存在の違和感であった。
どれほどの小妖怪であろうと、その身からは妖気が感じ取れる。そして、それはこの舞風もまた例外では無い。しかし、そういったものを感じる反面、まるで人か、それの上のようなものの相手をしているような気がしてくる。
眼前の彼女からは人の気配が浮き出ている。そして、その身から感じるのは霊力。恐らくこの人里に生きる妖怪の退治屋。ならば何故こうしてこいつと談笑などできるのか、聞く気にはなれなかったが。
「舞風の友人か。私は上白沢慧音。この人里の寺子屋で子供達に勉学を教えている者だ」
「……博麗霊華よ」
女、慧音とやらがそれで終わりかと言う様に眉を潜めてきたが、それ以上いう必要は無いだろう。そもそ
も語る言葉が無い。外から来て、こいつの山にいて、それはこの妖怪が勝手に口にするだろう。
そう思っていたが、その長い髪を大きく揺らして視線を舞風へと向ける。
「……舞風」
「なに?」
「人間だぞ?」
「人間だな」
「…………」
「…………」
途切れた会話。その沈黙がいつまで続くかと思いきや、唐突に慧音が舞風の肩を掴んだ。見下ろされる子供の顔が面白いほど青白く染まっていく。
「舞風……お前は気まぐれだし、間が悪い奴だし、甲斐性の無い妖怪であることは知っている。しかしだな……」
「えと、何か勘違いしとりゃせん?」
「そうか。私の勘違いか。そうだな。まさかお前がどこぞの巫女を勝手に捕まえて連れ回してるなんて、勝手な想像だな」
「いやそれは当たらずとも遠からずというか……」
そこだけ世界から切り離されたかのように暗い。日向と日陰ほどの違いを感じるほどだ。通りでは未だ沢山の人が通過していると言うのに。甘味処の客までが手を止めてそれに見入っている。
空白の時間。見つめあう二人。先に愛想笑いをしながら目を逸らしたのは舞風であった。
「指導ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
人里の甘味処に悲鳴が響くことを、しかし誰も気にはしない辺り、割と日常茶飯事の出来事であるようだ。
「――いちち。別に本気で頭突く事ないのに」
「そんな事を思うのはこの頭か?」
「ごめんなさい。私が悪うございました」
――人里を案内しよう。
そう言い先頭だって歩き始めた慧音と共に歩き始めて少し経つ。初めて会った相手だと言うのにまるで警戒をしないのは単に彼女がお人よしなのか。それとも、この舞風という妖怪を信用しているからなのか。恐らく後者なのだろう。
人間であるはずなのに、不思議とこの二人の間に溝は無い。数十年来の友であるかのように振舞うその姿は考えてみると違和感の塊でしかなかった。恐怖で押さえつけられる訳でもないというのに、何故敵視せずにいられるのか。
「慧音。妹紅は?」
「あいつ――あの方なら今ベリーと一緒にいるはずだ。なんでもいい筍が採れたんだとか。今は私の家で準備をしてもらっているよ」
「……慣れないな。それ」
「仕方あるまい。今まで当然のように友人として接してきたと言うのに今更こうではな」
二人のそんな会話を聞き流しつつ、私は一際大きな看板へと目を向けた。人里出見た中では一番であろうそれに少し驚きながらも、その看板の下をさも当然のように潜っていく二人へ着いて行く。
「霧雨の旦那さん? いるかーい?」
「なんだその呼び方は」
「なんか男らしくてお頭って感じじゃん。だから旦那」
「そうか……」
ならば何も言うまいと目を逸らした慧音を確かに見た。
中は比較的広く、所狭しと物が並んでいる。看板には霧雨店と書いてあったが、売っているものは日用品だろうか。すぐ近くにあった熊の置物を手にとって見る。見た目よりも軽い。
「――いらっしゃい。悪いけど親父さんは手が離せないそうだ」
体が勝手に反応する。最早生来からの定めだとでも言うかのように、突如表れた気配の、闇の部分に触れる。果たして、そこに居た者は異形ではなかった。寧ろ完全な人型を保っている。それでも尚、その身から感じられる妖の気配。里の中の妖怪たちにはない何かが、ソレには感じられた。
鳶色と黒の着物を纏い、白い髪に隠れるようにして眼鏡をかけた男。やや気だるげな雰囲気を漂わせながらその目には困惑の色が見受けられる。
「……? 彼女は君達の知り合いかい?」
「そうだ。諸事情で俺の山に住んでる人間」
「へぇ……君が人間を傍に置くなんて珍しい」
舞風がやや困ったように頬をかいた。それの意味を考えるよりも眼前のそれに意識が奪われる。妖怪と相対する時の緊迫を孕んだ寒気で無い何か。舞風を相手にするときの感覚に似ている。ただ妖怪を相手にしているのではなく、言うなれば妖怪と別の何かを同時に相手にしているような感覚。
「……貴方。何?」
「……参ったな。人付き合いが苦手なことは自覚していたが、僕が他人にそういった感情を抱いてしまうなんて」
心底から困ったように頭を掻き、瞼を伏せた。その挙動は余りにも人間であるのに、拭えない違和感。我ながらそう言われても仕方ないとは思う。コレからは妖怪のような奇怪な力を感じない。慧音のような、人でありながら人を越えた力を持っているのとはまた違う。人でありながら、人とは別の力を持っている。
「……聞かれたからには答えるべきか。僕は半人半妖。人間と妖怪の混ざり物さ」
己を皮肉るその姿は、とてもではないが懐の針を投げる気にはなれなかった。違和感はある。それは変わらない。だが、この男からは妖怪よりも人のにおいを感じる。
――舞風のように。
「それを言うなら私だって似たようなものさ」
「慧音は人と白沢の……混血?」
「その言い方は正しくないな。人でありながら白沢でもあるだけだ」
傍にいた二人が呟いた声で、私はハッとそちらを見る。顔を見合わせて話す二人に警戒は無い。そんなことをする理由が無いとでも言うかのように。
――白沢は、清の――他所の国の聖獣であったはずだ。それがどうして……
「ふーん……まぁ人間寄りなことは確かだな。森近だってこうして人と一緒に暮らしてるわけだし、少なくとも敵対するようなことにはならないよ」
それが私に対して言われた言葉であると気付くことに数秒。理解した上で改めて頭を下げるのにまた数秒かかる。
「不躾な質問をして悪かったわ」
「なに。昔の僕も君みたいに……寧ろ君より悪かったからね。気にすることはないよ」
妖怪らしくない、そう思ってしまうのは妖怪を知りながらもその多くを知らなかった僻見か。ニコリと笑うことなく、それでも私よりも随分と上等な対応を取る男に感心する。
その後も舞風と慧音を交えていくつかの話を聞いた。男――森近霖之助はつい最近舞風に導かれてこの土地にやってきたばかりらしく、慧音は舞風がこの地を訪れる前よりもこの地に居付いていたそうだ
こうして妖怪の存在が里に馴染んだのも慧音の力あってのものらしく、その信頼は人間と妖怪の両方に及んでいる。霖之助がここで働けているのも慧音の力添えがあってのものらしく、彼自身も感謝を抱いているそうだ。
――対して、その二人が語る舞風という存在に対する言葉は酷く曖昧であった。
曰く、山の主となる上では力不足が否めない存在であるが、気付けば彼は懐に入り込んでくるような奴だ。
確かに、私が言っていいかは分からないが、舞風は余り強くない。初めて出会った直後に遭遇した奴らの印象が強すぎる故か、それほど恐ろしいものに見えないのだ。あの隙間妖怪の方が数百倍恐ろしく見える。加え、こいつの山に住み付く妖怪たち。あれらも一人を除いて舞風よりも格上に見えた。腹の中に黒い物を隠し持つ、少なくとも黙って従うような奴らには見えなかったのだ。
その言葉に対して当の本人は「俺の人徳がなせる業だ」と軽口を叩いて慧音に呆れられていたが、あながち間違いでもないような気がするのだ。本能だけで生きるのではない大妖怪を味方につけることがどういうことを意味するか、分からない訳ではないのだから。
やはり、舞風は何処までも歪であった。存在自体が、正直理解できない。いや、違う。どうしてこんな奴が、今日このときまで生き残っているのか、それが不思議でならないのだ。
今も尚、何食わぬ顔で団子を摘むその姿が自然すぎて、余りにも自然すぎて、また分からなくなる。
――妖怪とは、人間の敵であると教えられてきた。
それは今でも間違いではない。そう思っている。だが、全てがそうではないのではないだろうか。そう思ってしまう自分がいる。
妖怪と言う存在が本能だけで動き、人間を欲望のままに喰らう存在だったならばこんなことを考えなかった。目の前の人間が、余りにも人間のようで、また思うのだ。
――妖怪と、人間の境界は、果たしてなんなのだろう。
人を襲わない妖怪は、果たして妖怪なのか。人間に畏れられない妖怪は、果たして人間の敵なのだろうか。
分からず、判らず。
「――博麗? 団子食わないならもらうぞ」
「舞風。そう欲望に忠実すぎるのはお前の悪いところだ」
視界には私の残していた団子へと手を伸ばしつつもそれを慧音に叩かれ唇を尖らせる舞風がいた。
欲望……欲望か……
「……舞風。アンタは妖怪なのになんで人間と共存なんて協力してるの?」
「藪から棒だなぁ。どした? いきなり」
「いいから」
妖怪は、その存在に意味がある。恐れから生まれるのだから、妖怪には総じて存在意義があるはずなのだ。舞風が元妖精の妖怪だと言った。たとえ元がどうであろうが、妖怪になったならばその存在に意味がある。
問いに口をポカンと開くと腕を組んで考え始める。数十秒悩んで「そうだな」ともらす。
「俺がこの世に誕生したその時、人と妖怪は険悪だった。今となっちゃあ、なんともいえないけど。妖怪は妖怪で、人間は人間。俺は妖精の中でも特別知能が高かったけど、所詮妖精だったから妖怪にも見下されてばっかだった。それがちょっとしたきっかけで人間と妖怪の両方と関係を持っちゃってな。出来るなら皆で遊びたいと思った」
そう語る表情は本当に嬉しそうで、輝いているとはこういうものかもしれないと唐突に思った。嘘など無く、まるで己が心の底から信じるものを語る顔。
「それでも俺は幻想だから。戦争が起きてしまったときは妖怪の味方をした。顔見知りも殺した。結局皆隣に誰もいなくなって、俺だけになって、ようやく思った」
――戦いなんてない、皆が楽しい世界ならばどれほどよかっただろう。
――それは。それは、妖怪が願うことじゃない。
愚かで、幼稚で、どうしようもない馬鹿が描く、幻想だろう。有史以来、戦争が無い歴史など無い。生物の本能がある限り、この戦いが消えるわけが無いのだ。それは、この幻想郷が完成しても変わらない。
この妖怪はそんな夢想のために生きているのか? 例え千年生きても叶わないだろう、そんなものを追いかけているのか?
それが――この妖怪の欲望なのか?
「ま、なんだかんだあって、八雲の思想に賛同して、今はこうして幻想郷の形作りを手伝っているのさ。これだけ苦労したんだから流石に暇が出来るだろう? そしたら幻想郷の妖怪たちと遊びまくるのだ」
「またそれか……遊ぶにしても程ほどにするんだぞ?」
半獣が苦笑いして、半妖もクスリと笑い、妖怪が無邪気に笑う。見た事ない、そう、見たことの無い光景だった。
「なぁ博麗。この世界はどんな『色』をしていると思う?」
「……色?」
それは唐突に。そして何の意図も分からぬまま投げかけられた問いだった。この世界の『色』……
「……分からないわ」
大空の『青』も、流れる雲の『白』も、世界を彩る『緑』も、この世界その物を指す色にはなりえない。いや、この問答答えなんてものはそもそもないのだ。
世界に色など――
「深く考えすぎなのさ。博麗は。この世界はな、『夢』の色をしているんだよ」
「……『夢』?」
「そうだ。『夢』だよ。個人個人が見る夢のように、一人一人に見える色が違う。何色にも見えて、何色ともすることが出来る。そんな色なんだ」
まるで子供の発想だと、そう思いながらもまた思った。そんなはずが無いと、ムキになって反抗する自分がいた。
「綺麗な色も、見れない色も。濃い色も、薄い色も。馬鹿馬鹿しくなるほど沢山の色があって、その数ほど夢があって、夢の数だけまた道がある。そんな世界だから俺は憧れて、俺は生きたいと思っているんだ。だからやろうと、そして出来ると思う。夢の色をしているからこそ俺は夢を見れる」
「――アンタ。一介の妖怪がそんな絵空事を実現できると思ってるの?」
戦争の根絶。一生命が言うには余りにも大きすぎるソレを、臆することなく輝きを放つ目で頷く。
「当たり前だ。俺は舞風だぞ。生きたいように生き、行きたい方へ行くんだ」
そう口にする妖怪の体は私よりも小さいはずなのに、それなのに、どうしてこんなに大きく見えるのか。この大した力を持たない妖怪の、到底現実的とはいえないその考えを、どうして否定できないと言うのか。
――その日、私は舞風を見た。ソレでも、こいつでも、妖怪でもない。舞風というモノを見たのだ。
なんとか今日に間に合わせるためにチェックを怠った部分がありそう。それだけじゃなくても個人的に気にしているところもありますし……
さて、本当に最悪の場合ではありますが、移転も已む無しと考えています。前日のこの時間になっても何もないとなると、流石に考えなくてならんでしょう。
移転先については、当初理想郷を考えていましたが、現在考え中はハーメルンです。
こちらはにじファンからの避難者の受け入れも行っているようですし
、敬愛する先人達にもそちらへ移転するとおっしゃった方もいることでやや考え中です。
無論、キーワードなどが明らかになった場合はなろうで続筆します。
詳しくは明日の活動報告にて、ということで。