舞風と巫女
ようやく投稿できたぞ。前の更新からどれくらいって
一 ヶ 月 経 過 し て る ?
誰だよ……活動報告でGW明けまでには投稿するって言ったの……俺だよ。
――この世界は透き通るような透明な色をしている。私はそう思っている。
綺麗で、純真で、優しくて、強い。世界はそんな風を巻き起こし、私達を包む。綺麗だけど、触れてしまえば壊れてしまうほどに、透明。あるかすらも時に曖昧になる。そんな世界。
そんな世界にも悪意があり、加えてそれは美しさに隠れている。
――この世界は青い。何処までも青い。俺はそう思う。
何処までも遠く、何処までも美しい青が照らす世界。それはこの星の何処までも続いていて、いつまでもあり続ける。それは絶対だし、いつまでも変わらないと信じている。
青は――海はありとあらゆるものを許容する。水と油のような、特殊なものを除いては。
――この世界は、まるで肉が腐ったような色をしている。私にはそう見える。
血で血を洗う世界が過去に存在して、そして今もそれは繰り返される。どうしようもない世界。嫌いだ。だが真っ向から否定するには、この手は随分と真っ赤になっている。
そんな世界で、唯一輝き続ける者がいるから、私はそれと共に立とうと思える。そうとしか、思えない。
☆〇☆☆〇☆
「――幻想と現の境界……ねぇ」
それは何処と無くファンタジーっぽい匂いが漂ってきそうな言葉であるが、その意味をなんとか噛み砕いて咀嚼する。確かに無理では無いかもしれないが、随分と突発的なことを考えるものだと呆れを込めて視線を送った。
「あら、気に入らないかしら?」
「いんや。どっちにせよ俺に出来ることは少ないんだし、プランは完全お任せってのが前提だったしね。そもそも文句を言えるほど、別の案がある訳じゃないし」
「……その言い分だと完全に納得したようには聞こえないのだけど」
「そりゃあ、ねぇ」
現と幻想。言葉にしてこそようやくそれは形を表せる。言ってしまえばそれは『現実と空想』とで分けてしまうと言う様な物だ。つまり、外の世界を現実、この幻想郷を空想と仮定しているのがやや気に食わない。無論、己の様々な不手際を棚に上げてであるが。
己が確かにここに存在する。妖怪と言うものは確かに存在するのだ。確かに人間にしてみれば妖怪とは人の理解を超える奇怪で異常な現象その事柄として考えられているのかもしれない。そして、それが是か否か、遥か長い時を生きていながら今だ分からずにいる。自分が生まれたその時、既に人も妖怪もいた。どちらが先であるかなど、それこそ最初の存在でしか分からない。そう、俺は己が幻想、人の範疇を越える超常的存在など認めていない。いないにも関わらず、空想として処理してしまう。仕方ないと分かっているがそれに対して虚しさを感じてしまうのだ。
「……ま、考えるのは苦手だからな。任せるよ。これからもここで生きていけるなら、それでいい」
「らしくないわね、舞風……まぁいいわ。そこで博麗の巫女、貴女に頼みたいのは」
「博麗に代々伝わる術。それの奥義書と言うところかしら?」
紫の言葉を遮り、霊華が口を開いた。それに少しばかり驚きながらもなるほどと納得する。果たして必要な物とはなんであるか、今ようやく分かった。
だが同時に、拍子抜けするようなものもあった。俺は無意識に彼女に対して、想像を越えるような何かを期待していたのかもしれない。
「……いえ、具体的には貴女にはそれを用いて結界を張ってもらいたい。一世一代に渡る、巨大な結界を」
「冗談。そもそも手をつけて即座に諦めた奥義書よ。あれの習得にどれだけの時間を割かなければならないか……」
「それでも、やってもらうわ。博麗の奥義は一子相伝。それを使えるのは貴女だけなのだから」
「……そんな私も知らないようなことを一体何処から」
必要なのは術ではなくそれを発動できる人材、ということか。博麗と言う血族がどういった力を持つ者達かは知らないが、紫が断言するのだ。それなりの根拠はあるのだろう。
普段こそ胡散臭げな彼女は、ことこういった事柄については妥協しない。今ある力だけを使っても結界は張れなくは無いはずだ。だが、それがいつまで持ってくれるか分からない。それは半永久的でなくてはならないのだ。
にらみ合う両者。互いが視線を外すことなく。やがて口を開いたのは霊華であった。
「……分かってんの? 元々妖怪退治を生業にしている私が、どうして妖怪に協力しなければならない」
「貴様っ……」
「藍」
「しかし……」
霊華の言葉に藍が先程よりもずっと鋭い目で反応する。それを一声で制したのは主である紫。確かに、霊華の言う通りでもある。このプランは、元々消えそうな妖怪を救うための措置だ。霊華が拒否すればそれだけで幻想郷の妖怪がどれだけ消えていくことか。無論、紫が他に策を労していない場合は、であるが。
「確かにそうね。元々人と妖怪は畏れ畏れられる存在。そして、人が妖怪を架空の存在としたことで妖怪は消えかけている。妖怪退治屋でもある貴方は拒否はすれど承諾する理由も無い。本来なら脅してでも実行させたいところだけど、貴女の意思なく結界は持続しない」
「…………分かったなら」
「でも、せっかく見つけた希望をほいそれと返す訳にもいかないのよ。分かるかしら?」
部屋その物を多い兼ねないほど濃密な妖気が辺りに充満する。思わず俺も顔をしかめるほどであったが、霊華は反射的に腰に手をやるほどであった。しかし、そこでは間合いが近すぎる。いや、隙間妖怪八雲紫の前に間合いなど、意味を成さない。
「……ッ! なによこれっ!!」
懐に伸ばされた手。その手首から先がぱっくりと割れたくらい隙間の中に放られていた。そして、紫のその手が掴んでいたのは、隙間から出てきていた一つの手。僅かに見えた裾は赤。霊華の手が隙間を解して掴まれていた。
「便利でしょう? 私はこうして空間と空間とを繋げる隙間を作ることが出来る。このままこれを閉じてしまえばどうなるか、勘のいい貴女なら分かるわよね?」
「ッ!?」
「でも、そうしてしまっては意味が無い」
やんわりとその手を離す。反射的に隙間から手を引っ張り出し、それが繋がっているか訝しげに確認する少女。
「無理に聞かせる訳にもいかない。でも諦める訳にもいかない。そうなると貴女が生き延びるための選択肢は要求を呑むか、私達を殺すかしかない。そして後者は不可能。それは分かったはずよ」
「……冗談じゃないわ」
「拒否するのは結構よ。暫く考えてみるといいわ。舞風。彼女の考えがまとまるまで貴方の家に置いてやりなさい」
…………ん?
「……悪い紫。もう一度言ってもらえないか?」
「耳が遠くなったのかしら? 博麗の巫女を貴方の山に置いてやれと言うのよ」
「…………ぅ」
こめかみの辺りを指でグリグリとこねくり回しながら、やはり聞くだけ理由を聞いてみようと口を開きかけた。
「理由としてはそこが一番安全だから。そしてここが好ましくないから、よ」
「思考を読んで話すのは止めてほしいんだけどなぁ」
「だって、貴方の考えてることって丸分かりなんですもの。本当なら人里に匿ってもらうのも考えたけど、第三勢力の介入を考えるとね」
「第三……妖怪の山って所か?」
「ご名答」
妖怪の山の天狗達は挙げて言うほど悪いやつではないが、正直いい奴等でもない。一握りの例外を除けばその考えは幻想郷の主導権を握ることしか考えることなく、その為には何でもやってやろうと言う魂胆が見えるらしい。
種として、そして組織としては間違っていない考えかもしれないが……結局他を考えないなら幻想郷においては間違いだ。確かにやつらが人里に攻め込んでしまえばひとたまりも無い。
が……
「……おかしいな」
「なにがかしら?」
「だって、その言い分じゃ既に博麗の巫女の存在が向こうに露見してるみたいじゃないか。今日連れて来たばかりだぞ?」
「貴方が思うほど、天狗は阿呆ばかりではないと言うことよ。貴方は気付いてないかもしれないけどここ数ヶ月、妖怪の山の警護が強まっているわ」
思わず首を傾げる。それこそ何の意味があると言うのか。まるで攻撃に備えるような真似をする必要があると。
「……まさか、目論見そのものがバレてるってのか?」
「残念ながらそのようね。全てが知られたと言う訳ではないでしょうけど、何処でかぎつけてきたのか」
肩を竦める紫を横目に映し、最近の出来事を思い返してみる。特に目立つような出来事は起きなかった。しかしそれは表向きで、水面下では動いていたと言うのか。妖怪の山の情報を世間話として話してくれる射命丸ともここ最近会っていなかったからな。
少なくとも向こうはこちらが第三者の力を借りようとしていることには気付いていると言うことか。今までは自分達だけでは動けなかったのだ。それくらい予測されていなければ不自然だ。
「そういうわけだから、貴方の山が一番都合がいいのよ。分かった? いいえ。分かりなさい」
分かったならさっさと行けと言わんばかりに手をしっしっと煽ぐように振る。俺は苦い顔をしながら、如何にも不機嫌そうな巫女と最低限のコミュニケーションを交わすために向き直った。
「――で、それを聞き入れてのこのこ連れて来たと」
「うっ……しょうがないじゃん」
主に呆れが多分に含まれた視線でこちらを睨んでいたのは我が同居人、禍屡魔であった。正直突然人を連れてきてあまつさえ今後面倒を見るというのだから流石にそれくらいは甘んじて受ける。俺の家だけど。
流石に唯一の同居人に何の話もせずにこういう結果になったことには素直に負い目を感じている。計画をあまり長引かせる訳にもいかないし、それほど長い期間置かなければならないと言うことも無いだろう。
そんな事を思いながらもまるで我が家であるかのように無遠慮に卓につく巫女を見た。物珍しそうに部屋を見回しているが、別段珍しいものなど無いはずだが。
「……気味悪いわね」
「あ? この爽やか溢れる我が家が気味悪いだと?」
「まぁ確かに趣味は悪いですの」
「おいこら」
お前はどっちの味方なんだと禍屡魔を睨む。しかし、まるで何処吹く風である。そんなことを聞かずに霊華部屋のありとあらゆる方向へと目を向けた。物色と言うより警戒である。
「――臭いわね」
「なにが。別に魚なんぞ焦がして無いぞ」
「人間臭いって言ったのよ。妖怪」
僅かに釣りあがった鋭い目がこちらを射抜いた。そこから感じる圧力は大した事ない、が、まるでこちらの内面を読み取ろうとしているような、そんな気がした。
「……そう言えば聞き忘れてたわ。あの胡散臭い女は隙間妖怪。狐の方は妖獣。じゃあアンタは? アンタは何の妖怪なの?」
「言ったところで得にもならんよ。別段誇るようなことでも無いし」
「そう……言いたくないってわけ。ならいいわ」
「おいおいおい……」
友好関係もへったくれもない。このままでは無為に住まわせるだけである。紫なりに何か考えがあるんだろうが、まさか俺に頑張れとでも言うつもりだろうか。頑張って仲良くなって結界張ってもらえとでも?
――あれ、今更気付いたけど、俺丸投げされて無い。
嫌な予感が過ぎさりながら焦りがにじんでくる。ため息一つ、仕方なしと口を開くことにした。別に損でもないのだし。
「……妖精だよ。元がつくがね」
「はぁっ!? 馬鹿言わないでよ。本当に妖精ならアンタなんかにこの私が手間取る訳無いでしょうが」
「実際に妖精を見たこともないくせに……俺みたいな突然変異は少なく無いよ。まぁ、並以上におかしい自覚があるけど」
実際、俺のように人並みの知能を持った――持って生まれた――妖精は見たことがない。霧の湖のチルノも力こそそこらの妖怪にも勝るほどだが、知能だけはやはり子供。それも仕方の無いことだろうし、個人的にはそちらの方が自分も好ましい訳だが。
それで理解したのか。それとも切り捨てたか。鼻で笑うと八雲の家でしたようにお茶の催促をしてきた。禍屡魔を見る。凄く嫌そうな顔をしながら首を振られた。さてどうしようと考えた瞬間、呼び鈴が鳴った。
「邪魔するぞ~。カードの新作が出来たから届けに……」
扉から自慢げな顔を覗かせ、なんの躊躇いも無く家に入ってきたベリーは、珍しい我が家への来客者を見つけると不思議そうな顔をし、次に口をあんぐりと開き、そのまた次に顔を蒼くしながらこちらを見るという珍しい三面相を披露してくれた。その背後ではいつもの木編み篭を提げたアキがあらあらと言わんばかりに口元に手をやっていた。
「わ、脇巫女だ……脇巫女がおる」
「脇巫女て」
いや、確かに脇を露出させるなんて珍しいデザインだなぁと思ったが絶句して更に口調が変わってしまうほど驚く内容なのか。いや、まさかこいつ、脇が好きなのか?
知りたくもない友人に性癖を知ってしまった。うち穢れちゃった。
「さめざめと泣くな。お前絶対なんか勘違いしてるだろ」
「いやいいんだ。俺、お前がどんな奴でも友人続けるから。構わないでくれ」
「俺が構うわっ! ちょっと驚いただけだろ」
「眺めてるのも楽しいですけど、お客様に挨拶しないのも失礼になってしまいますね」
アキにそう諭されてしまったので仕方なく紹介することにした。
「博麗神社の巫女さんの博麗霊華さんです。皆仲良くしてくださいね」
「よろしくしないわ」
「っておおぃ!!」
ニコリともせずこちらを一瞥するとそっぽを向いた。それほどまでに俺が嫌いか……
「ま、一応自己紹介を。俺はベリーウェル。魔女見習いだ」
「私はこの子の師をやらせていただいているアキです。どちらも元は人間ですからそれなりに考えは合うと思いますので」
「……元が何であれ、アンタ達は妖怪でしょう? 特にアンタ、とびっきりの奴ね。それで、アンタはまさか本気でここに私を置こうって訳無いわよね」
虚空を鋭く睨むその目には燃えるような怒りがあった。しかし、それが誰に向けられているかは定かでなかったが。
「……置かなかったら。お前どうすんのさ」
「帰る。決まってんでしょ?」
「この幻想郷がこの国の何処にあるかも分からないくせに……そもそも、ここは結界が張ってあるからな。自由に出入りは不可だよ」
元々禍屡魔の為の結界であったが、今から組み替えるとなると多大な時間を要してしまうため、変更はしていないのだ。それがまさかこうして内結界として役立つとは思いもしなかったが。
「……出る方法は?」
「それを簡単に話すか、と言いたいところだが至って簡単。結界の術式をちょちょいと弄ればあら不思議。結界の筈がその実霊山に早変わり、ということだな」
話したところで出られるわけではない。この山の術式を変えられるのは術者である俺か、よほど結界に精通している存在だけだ。それでも並大抵の存在以外は結界に弾かれることになるのだから。出来て紫か。それでも時間がかかることに変わりは無いのだろうが。
「……そう。どうあっても私を出さないつもり」
「いや、間違って無いんだけどなんかその言い方やだな。ていうか言うこと聞かせるために帰さないってだけで犯罪臭がぷんぷんするし」
「お前……誘拐は犯罪だぞ。それもいたいけな少女を」
ベリーの視線が冷たい。禍屡魔は事情を少しだけだが話しているのでそれを咎める様子は無いようだが、と言うかもう我関せずと言うようにお茶タイムとしゃれ込んでやがるこのやろう。
一向に話が進まない気配。どうするべきかと途方に暮れていると、助け舟を出してくれたのはやはりアキであった。
「よく分からないけど、その巫女ちゃんの協力が必要なんですよね?」
「うん。どうしてもって紫がな」
「何で妖怪退治を生業にする私が、妖怪に協力しなきゃならないのよ」
「そうなっちゃうんだよね……」
言いたいことは分かる。と言うか寧ろ当然だと思う。元々が妖怪、悪意から人々を守る巫女が妖怪の未来の為に協力など、人間に後ろ背を指されかねない行為だ。人類に対する裏切りと言ってもいい。
妖怪は人を喰らうもの。そして人に畏れられるもの。それに対抗するのが力を持つ人間。
「でも、外の世界の妖怪ってだんだん数を減らしてしまっているのでしょう? そもそも、妖怪を信じる人がいなくなってしまう人が増えてきたからこそ今回の立案がある」
「……何が言いたいのよ」
「貴女、このままじゃ外の世界に居場所を失っちゃうんじゃないですか?」
アキの発言に霊華が目を細める。少女は妖怪退治の経験が少ない。それは戦ってみてそれではっきり分かる。今までに何度妖と向かい合ったか。恐らく数えるほどしかないのだろう。
――妖怪と言う存在が薄れる以上、それと戦うものの存在も薄れていくのは必然である。
「……そうと決まった訳じゃ――」
「いえ、遠くない未来に確定ですの。今の世では妖怪は最早自然災害のように捉われつつあり、そしてそれの広まりは著しい……これ舞風が言った事ですの」
「そういうことだ。早ければ数年で外の世界は変わるだろう。この幻想郷の妖怪が外に出て暴れだしたりしない限りは、な」
それは起こり得ることだ。だがそんな事をしでかすのは智の無いか相当我の強い奴くらいだ。幻想郷の中でも五本指に入るだろう四季のフラワーマスターとて変わりゆくこの幻想郷の事態に否定の色は見せていない。
「……それで、それがアンタ達の計画に加担する意味があるっての?」
「分っかんないかなぁ。お前が幻想郷に住むって選択肢もあるって事さ」
妖怪がいなくなりつつある外の世界で彼女のような存在が不要になるならいっそこちらに移住してしまえばいい。そういうこと。人里にも合法的に妖怪の退治屋がいるし、自警団だって在る。彼女のこちらで生きるならば何の問題もない。
「――――へぇ」
その言葉には興味を示したのか、目の色を変えた。それはまるで餓えた獣のような目。先程までこの状況を何とか覆そうとしていた理性的な目などでは無い。欲深くも自分らしく、己の望みを追及する人間の目だ。
☆〇☆☆〇☆
そうして、いつの間にか舞風の家にはあの巫女が住むことが決定していた。ただ禍屡魔が私達と共にアキの家で過ごすことになり、実質あの二人は一つ屋根の下で暮らすことになったわけだ。それを言うなら今までの禍屡魔もそうであったが。
「なんで私がこちらに移されなきゃならないんですの……」
そして今はどういうわけか禍屡魔の愚痴を聞かされている。世話しなく手をころころと動かしながら。こちらに部屋を移されたのが到底気に食わなかったようだ。別にここから舞風の家は飛べばすぐであるし会えないと言うわけではない。まぁ、そこらへんは乙女の事情と言う奴か。
「舞風ちゃんと離れ離れで寂しいですか?」
「だ、誰がっ! ですの。別にそういった感情はありあせんけど、なんだか胸の辺りがもやもやするんですの」
「……人間と妖怪が一つ屋根の下、ってのもおかしな話だな」
この結界山に人が訪れる。それはいずれ起こりうることであったしあって不思議ではないと思っていた。だがこの山は幻想郷の外れ。人里からも遠い。そんな日が訪れるなら、それはきっと人が自分から訪れるのではなく舞風が招く時か、よほど凶暴な人間が攻撃を仕掛けてくるかだと想っていた。結果、前者となったわけだが。
「……そんな事言うと舞風が心配になってきますの」
「舞風? あの巫女じゃなくて?」
「だって舞風。どう考えても無用心なんですもの。たまに夜中起きて傍に立っても槍を突きつけても寝つきが良くて……」
「何をしてるんだお前は……」
確かにそれで起きない舞風も舞風であるが……アキなら瞬時に察知してしまいそうなのに。俺は無理かもしれないが。
だが、確かに舞風は気楽過ぎて警戒すると言う言葉を忘れている節がある。勿論、あいつと比べてしまえば格下の俺が、あいつの驕り――余裕かもしれないが――を指摘するのはおかしいのかもしれない。それでも、あいつは何処か、大事な部分で取り返しのつかない失敗をする。そんな事を思うときがあるのだ。
「そう言えば。ベリーちゃんはあの巫女ちゃんの事を知っていたのですか?」
「……え? なんで?」
「初めて会う者をあれだけ注視するなら何かあると思っても不思議じゃないですの。でも、あの人間は今までずっと外の世界で生きていたから会える筈が無い、ですの。となれば、彼女の祖先を知っていたりいますの?」
「し、知らないよ。ただ派手な衣装だな、なんて思ったりしただけ」
――半分、嘘をついた。
俺と彼女は禍屡魔の言うとおり会った事が無い。あの霊華と言う巫女が生まれ、今に至るまで俺は幻想郷を出ていないはずだ。しかし、彼女の祖先を知っているわけではない。ただ、知識の中に心当たりがあるだけ。
「――まぁそれならそれで構いませんの」
別に期待してもいませんでしたの。そう言いながら手元の何かを弄り始めた。そう言えば最初から何かを弄っていたようだったが。
俺の訝しげな視線に気付いたのだろう。禍屡魔はその手の中の物をテーブルに転がした。それは小さな、一本の針。大きさは人間の指一本分程度のものであり、用途は凡そ裁縫とは思えない。持ち手のほうには赤い紙が丸めるように貼り付けられていた。
「それは?」
「あの巫女。懐にこれを沢山持ってやがりましたの。どうせだからと一本だけ拝借しましたわ。泥棒なんて言わないでくださいまし。たかが針一本ですわ」
指で摘みながら如何にも大した事ではないと言いたげに。そうして様々な角度からそれを眺める姿を、アキが険しい顔で見ていた。
「……禍屡魔ちゃん。それ、見せてもらえますか?」
「差し上げますわ。私には縁がありませんし」
手渡されたそれは、やはり針であった。指で曲げれば簡単に折れてしまうだろうし、そうでなくとも簡単に壊れてしまいそうなもの。だと言うのに、それを見るアキの目は、険しいまま。
「……博麗の巫女。侮らない方がいいかもしれませんね」
「いきなりだな。どうかしたのか?」
たった一本、所持品の針を見ただけでする反応とは思えない言葉。しかし、それには到底冗談とは思えない声色が含まれていた。
「……少しだけ見せていただきましたの。それに込められた術式を。別に人里でも用いられるような、一般的な術式であることは間違いありませんの」
「だったら尚のこと――」
「ですが、これに込められた術式は、一つだけではありません」
針に巻かれた紙を剥がし、それを広げる。日本語が分からないとは言わないが、それでも自分には到底理解できないような言葉と模様。それを見て、アキは眉を潜めた。
「……容量ギリギリまで術式を詰めている。それも、様々なモノを組み合わせて」
「えっと、どういうこと?」
「全く……一枚の紙があったとして、そこに術式を書き込む。それだけで媒体としては使えますの。後は好みで付け加える。それが一般的な術式ですわ。しかし、それは紙が墨塗れに見えてしまうほど、隙間無く術式が込まれた一品ですの。更にこの術式、使われ方に見覚えがありますの。でも少し違う。恐らく様々な宗教の術式、それのいいとこ取りをした独自の術式。たかが針一本にここまでされているのは流石に初めて見ましたわ」
言っている意味を理解して、それでもあまり実感が沸かなかった。その手で弄ばれているそれの大きさはどうみても指に巻きつけられる程度の小さな札である。到底実感が沸きそうに無かった。無論、それがどういった事か理解している、この国の大本である宗教。その分家独自に発達していったものの良い所だけを取り、それを術式として組み込む。言うほど易い事ではない事など分かりきったことだ。
長所と短所は表裏一体であって、長所の存在は即ち短所の確立だ。それを長所だけを持ってくるなどそれこそ荒唐無稽だ。だが、短所を際立たせないようにするのは可能。仮に威力の変わりに消耗があるのだとしてもそれが元々から見て微々なら短所にはなりえない。
「じゃあ、それってどれくらいの威力があるんだ?」
「普通に人間の体は貫通しますの。後は結界の中和、貫通力の上昇。霊力……を纏う事も可能のようですの」
「とんでもないな……」
それでも舞風なら何とかしてしまうのだろう。そんな気になってしまいながらも俺は今日持っていく予定だった新作のカードを弄った。これの術式は万能さが売りだから術式は必要最低限なのに。
「つまり、あの巫女は経験不足でも、その装備だけは侮れない、と言うことですの。こんなものを作るような奴ですもの。それこそ他にとんでもないものを作り上げている可能性とて否めませんわ。殺すなら今がよい気がしますの」
「今すぐに動いては舞風が悲しむでしょう。まだ動きません。幸い、今はこの針しか無いようですし、万が一敵に回った場合、何も出来ぬまま即殺する事も可能でしょう」
――そんな事を当然のように話した二人。思わず、耳を疑った。
どうして彼女たちは巫女が敵になること前提の話をしているのだろう? だって、彼女はこれから自分達と共にこの山で生きるものであるのに、そして結界を共に作り上げる『仲間』であるはずなのに。
「な、なぁ。別に殺すなんて物騒な話をしなくても――」
四つの目がこちらを貫いた。そこにいる二人が長年連れ添った者達とは到底思えないほど、まるでそう考える己が圧倒的に間違ったことを言っているかのような錯覚。感情を感じない目とはこういうものに違いない。だってそれは、ガラス玉のように見えてしまったのだから。
「――そうでしたの。貴方は元々人間。そして人間と共に生きる魔女。当然の考え……ですわ」
「ごめんなさいね。ベリーちゃん。こんな話をしてしまって」
感情の戻った目で語りかけられて、ようやく俺は気付く。妖怪とは、正しくそういうものであった。
人を襲い、人に畏れられ、それを糧にして生きる者達。妖怪にとって、そう、人間とはどうあっても対等の存在足りえない。何故か? それは遥か昔から、どうしようもないほどの上下関係が出来てしまっているから。
では俺は? 『魔女』と言う名の『妖怪』でありながら人間を好む俺は、恐らく妖怪としては間違っている。でも、そもそも人間からこの身になった俺には人間に畏れられる必要が無い。そもそも幻想郷で生きる必要もない。そんな俺が違うのだ。
――彼女達が、妖怪として正しいのだ。そして、何よりも舞風と言うこの山の長を信奉し、己たちが守るものだと信じている。
そうでなければ、大妖怪であり、誇り高き彼女達からそう簡単に『殺す』なんて言葉が出るわけがない。万が一にも舞風を傷つける可能性があるものに最大限の警戒を、そして、万が一にも手を出す者には最大限の攻撃を。それが彼女達の行動理念。
「……いや、いいんだ」
では、やはり俺は? 舞風は友人だ。この幻想郷の中でも信頼は上位に置いている。だが最高ではない。己の最高は恐らくアキで、次点に舞風や妹紅、慧音が来る。それが普通だと思うのは――まだ俺が人間だからなのか?
☆〇☆☆〇☆
「紫様……よろしかったのですか?」
言葉を選びながら、それでも気後れするのかおずおずと、傍に控える藍が口を開く。この子が私に意見するのはいつものことだ。最近は愚痴を隠そうともしない。それとて可愛げがあるのだから私は止めない。従順なだけではダメなのだから。
「いいのよ。博麗の巫女もこんなところに閉じ込められるよりだったらあの賑やかな山の方がいいに決まってるわ」
「そうではなくて、あいつのことです」
「…………まだいいのよ」
あいつが誰を指すか、分からない訳が無い。この場にいたもう一人。舞風が。
藍のその様子からは何処か不安げな雰囲気が漂っている。彼女は普段こそ舞風を邪険に扱っているが、それほど嫌い、と言う訳ではない。本当は舞風が只者でない事くらい理解はしている。私と肩を並べるほどの実力者であることに気付いている。
――何より、彼が私にとって数少ない友と呼べる存在であることを分かっていて、この子は意見した。
「――舞風の力は魅力的よ。そして、結界を張るのにあの力は不可欠。でもそれを明かすにはまだ時が早い」
「しかし、あの件を実行すれば――」
「藍」
呼ばれて慌てて口を閉じた藍が背を正す。別に怒った訳ではない。
「大丈夫、きっと上手くいくわ。私はそう確信している。言わないのは舞風の為。あの子の盾に、知られないためよ」
今の案件を舞風に話し、それを山の者に話せばどうなるか。最悪、地底の鬼神が出てくることになりかねない。ある程度の妖怪なら計画に問題など無い。だがあの山の二人、禍屡魔とアキは別格だ。あの二人は鬼神と同じ。舞風が第一の怪物だ。単体で幻想郷に放たれれば未曾有の異変レベルになりかねないのだから寧ろ助かったところか。
「幻想郷のため、そして妖怪たちの未来のため」
――八雲紫は、長年の友でさえ利用する。
最近は東方二次SSの良作が増えてきた気がする。去年からやっているのにあっという間に追い抜かれ、まぁ己の技量不足やら適当さは分かっているのですが……
あと知らず内に始まっていたとある方々のコラボ企画。いいなぁとか思いながら指を咥えてみてます。面白いけど見て無い作品もあってしまうのがたまに傷。