舞風と博麗
結局ここまで時間がかかってしまうとは……明後日から学校だし。時間が経つのは早いねホント(泣)
今季からもう就職シーズンだし、今以上に忙しくなって執筆も難しくなりそうです。ああ、もう卒業したら流浪人でいい気がしてきたんだ。
※博麗の麗が『霊』になっていると言う重要な誤字を指摘されたため、修正しました。己の顔をぶん殴りたくなるほど恥ずかしくなりました。
ニコ動では考えるまでも無く「はくれい」で変換できたから盲点だったぜ。言い訳じゃないよ? ホントだよ?
時は妖怪が徘徊する時間。果てしない闇が世界を包み、生んだのは静寂。
人気のない神社。その場において蠢くものはいない。少なくとも普段は。
境内に立つ二つの影。片や全身純白の、闇の中でもくっきりと見える衣服を纏う少年に片や紅白の巫女服を纏う少女がその手の大幣を少年に向けていた。
少年に存在するのは警戒、加えて呆れか。対する少女が纏うそれは半ば殺気にも近い敵意。いや、何処か緊張が見受けられるような気もしなくは無い
「――そう、それじゃあ私に何か用なの? 妖怪さん?」
「……そうだ。と言いたいところだが、ひとまずこの空気を一掃しないことには始まらなそうだな」
少年が腰の無骨な剣を抜き、少女へと切っ先を向けた。少女は何処からともなく符を取り出し、また少年を睨む。そこは確かに人気の無い神社であった。人が生きる世界。その場において、一つの戦いが始まろうとしていた。
……これを説明するには、数刻時を遡る必要がある。
☆〇☆☆〇☆
「――で、呼び出した用は?」
そこは空間の狭間。境界を操る程度の能力によって生まれた一つの異空間。その空間には一本の道があり、それを辿った先には一つの屋敷。それこそが隙間妖怪、八雲紫の住処。
そこに呼び出された俺が相対するのは勿論屋敷の主、八雲紫……ではなく、その式である八雲藍であった。その背後の尻尾をふっさふっさと揺らしながらお茶を呑み、一息つく。
「……例の件の目処が立ったそうだ」
「例の……幻想郷の存続の話か」
それは前々から妖怪の賢者と呼ばれる者達によって話の議題とされていたもの。このままではやがてこの幻想郷が見つかるか、もしくは幻想が忘れられるときが来る。そのどちらかが起きた時点でこの幻想郷は終わり。未だ幻想郷は不安定な地盤の上に成り立っているのだ。
それについて、対策が話されていた。幻想郷の妖怪が消えないために、人間を消さず、尚且つ忘れられず。そして見つからないためには。
そう、簡単だ。この世界と外の世界とを隔絶してしまえばいい。
とは言っても、あっさり事項に移せる内容では無い。この幻想郷一つ包む結界を作り、尚且つそれは一枚壁ではなくどんなことがあろうと破壊されないほど強固にしなくてはならない。崩れた瞬間、幻想郷が終わるかもしれないならばこの先永久に持続させる術式も必要だ。
「目処ってなんだ? 並大抵のものじゃ代用も出来ないだろ?」
「そうだ。理論上は可能でも、それを実行するには膨大な妖力が必要となる。それはお前辺りから賄うとして」
「おい」
「重要なのは紫様の”幻想と実体の境界”の持続のための術式だ。強固にするならばお前の力でなんとでもなるからな」
「……俺への負担も少しは考えろよ。それで? 宛があったのか?」
言いたいことが色々あったが、ひとまずそれを置いておいて藍に問う。こくっ、と一つ頷き、再び茶を飲んだ。飲むのは良いが俺の分は無いんだな。客として意識されて無いのか。
「……博麗神社。そこにいる巫女が鍵だ」
「博麗神社……って巫女!? 人間!?」
「たかが人間……私も紫様に言われたときは内心鼻で笑っていたが……アレは昨今の人間とは訳が違うようだ」
「へぇー。お前がそこまで言うのか……面白いじゃん」
彼女はいまこそ式であるが、かつては都を騒がせた白面金毛九尾の狐だ。そんじょそこらの妖怪では相手になら無いほどの力を持っている。そんな彼女が言うのだから結構な相手なのだろう。
……とは言うが、それほど驚くようでもない。所詮人間と言う先入観があるからだ。科学を武器にした人間を恐ろしいと思う故に、こちら側の力を用いるものには余計分かりにくい。
「じゃ、今回はその巫女さんをこっちに連れてくるのか? そんなことなら俺は必要ないだろ」
「いや、今回は説得だ」
「尚更俺いらないじゃん!! 頭脳戦はお前や紫の担当だろっ!!」
そもそもそういったごたごたは藍が紫の式になって以来、自分に回ってくることは無くなったはずなのである。確かに幻想郷に住まわせてもらっていると言う恩こそあれど、それを果たす義理まではなくなったと思っていたのに。
と、藍はそれはもう大きなため息をついた。そしてやや白けた視線でこちらを睨む。
「今回の相手は、正直計りかねている。どうなるか分からん」
「で、俺は保険?」
「いや、囮だ」
「言い難い事としゃくしゃくとお前さんは……」
要するに、相手が話を聞かずに攻撃してきた場合、俺に囮になれというのだろう。たったそれだけ。後は藍が上手くやってくれるのか。いや、もしかしたらこちらの力を信じていないと言うのもあるかもしれない。
「……お前さ。もしかして紫に何か言われてないか?」
「ああ、いざと言うときはお前を好きに使っても構わないと仰られていた」
「…………あいつめ」
いつになっても俺が雇用期間は終わらないようである。さしずめ不老不死者の終身刑とでも言うべきか……
いや、訳わかんないな。
――博麗神社。人が住むところの少し脇道とでも言うところに建つ、正直立地条件が悪いんじゃないかと思うところにあるそれは、やはり見た目もそれなりに年季が入っており人気が無い。
加えて夜と言うこともあり、辺りは闇が支配している。視界が悪いため神社の全貌すら見ることもできやしないが、とりあえず真正面から見据えてみている。
「……ふぅん」
ところどころ染色が剥がれ落ちた鳥居をパンパンと叩く。流石に壊れるなんてことはなかったが、ぐらぐらと揺れる。これでは神様もいないだろう。ふと昔の神社めぐりでであった神様達が浮かぶ。
さて、目的の人物はこの神社の巫女さんらしいが、そもそもいるのかさえ疑問に思うほどの寂れっぷりである。神社の中に人の気配は無いし、不在か、元々いないんじゃないかと思ってしまう。
藍は辺りを警戒するとか言って他所に行くし、まさか嘘、なんて考えまで浮かんでしまう。無用心に、とまでは言わないがそれとも気にせず神社に近付いてみる。
――――瞬間、空気が変わった。
気配が辺りに濃密に現れる。無数の反応。それは恐らく、一定以上近付いた際に反応する結界……否、それならば自分が反応できないわけが無い。これは結界とはまた別の力か。
突き刺さるような殺気が己を指す、それは神社……ではなく、闇に包まれた森の中。風を切る様な音が鳴った直後、足元が爆散した。
「ちっ! 罠かっ!!」
恐らく簡単な動作で爆発するようなもの。やや回避が遅れたため足が焦げたがそれほど気にする必要も無く、口内で反星陣を復唱する。背に星型の陣が現れてくるくると回り始める。
さてどうするか、と考える間もなく四方八方より飛来する無数の針。あれが当たるのは痛そうだなと思いながら全方位に障壁を張る。針の弾幕がそれにぶつかる瞬間、思わず目を向いた。
「……なんとっ!」
障壁に針が突き刺さった。この結界とてそんじょそこらの雑魚妖怪には耐えられる代物なのに、それを貫くようなものをこれだけ出してみせるとは。
瞬間、結界を三枚重ねに修正する。その針は二枚目までを貫通していたがなんとか三枚目で止まった様だ。まるで剣山のようになった結界を消すとジャラジャラと針が地面に落ちた。
「どひゃー……偉い目にあったぜ」
そう呟くと、再び神社へと目を向ける。そこには、やはり誰もいなかった。寂れた神社の前に置かれた寂れた賽銭箱が目に映る。そして、その傍のやたら大きい柱に目を向け、ため息をついた。
「……隠れても無駄だ。お前は圧倒的に殺気を隠すことに慣れていない」
その身は見えずとも、こちらを射殺しかねない殺気は全く隠されていない。それはこちらに場所を知らせる要因となるのだ。
やがて、諦めたかのように出てきたのは、一人の少女。世間的には美少女とでもいうであろう。身に纏う紅白の縁起がよさそうな巫女服はしかし妙に脇が露出されている。やや勝気に釣りあがった目の整った顔立ちと吸い込まれるかのような黒い髪は少女が純粋な東方の血を表すのか。それを大きな赤いリボンでまとめ、ポニーテールのように下ろしている。その手には神社の祭事に用いられるような白い紙のついた棒を持ち、こちらに向けている。
「……そう邪険にしないでもらえないか?」
「冗談。こんな真夜中に現れる妖怪に尽くす礼なんてないでしょう」
「それもそうか……」
寧ろ、警戒されても当然なのか。その目は俺の一挙一動を見逃さぬと言うように鋭く細められ、隠された片手は何かをまさぐっている。わざわざこちらに見せるようにやるのは余裕なのか、それとも……
「そりゃ滅多に妖怪も出ない外界じゃ経験豊富って訳にはいかないか」
「……っ!」
こちらに向けていた棒が大きく揺れた。どうにも図星のようだ。どれほどの才覚があろうと、修行だけでは一流にはなれない。実戦を以って経験を積むからこそそれは高みに至るのだ。
この少女が相手にするのは、それこそ怨霊やらそこらの妖獣程度なのだろう。ソレも仕方の無いことだ、と一つ頷いた。だからこそ不可解なのは、何故この少女の相手が藍が言うほど拙い事であるのか。今の俺でも本気を出せば倒せてしまいかねないような相手に藍が手間取るはずも無い。
「それで、その未熟な腕で俺とやり合うつもりか?」
「……あんた程度なら、何も問題は無いでしょう?」
「これだから……そもそも俺がお前に手を出したか?」
「――そう、それじゃあ私に何か用なの? 妖怪さん?」
「……そうだ。と言いたいところだが、ひとまずこの空気を一掃しないことには始まらなそうだな」
仕方無しに、腰の剣を抜く。そもそも人と妖怪。そう簡単にはその距離を縮めることなど出来はしない。なればこそ、一度ことらの力を見せた上で話を聞かせた方が、ずっと手っ取り早い。
引き抜いた神風はいつもと変わらない力を発し、体に馴染ませる。その切っ先を巫女に向け、にらみ合う。一触即発の空気がピンと張り詰め、互いに無言で立ち尽くす。
対する俺も隙を伺う――なんてことはなく、早く動いてくれないかなー、なんて考えながらやはり少女を睨んでいる。
「…………」
「…………そろそろ動いたらどうだ?」
「嫌よ。あんたが動きなさい」
「なんでさ。いや別に俺は動く必要ないし」
「そう、動かなくとも私なんて一ひねりと」
「いやそんなこと言って無いでしょ」
「じゃあ動きなさいよ」
「嫌でござる」
互いに一歩も動かぬまま、緊迫状態……とは少し違うような状態を維持していた。俺はこいつを倒しに来た訳でも捕らえに来た訳でもない。協力してもらえるよう説得しに来たのだ。
そう言えば未だ協力云々の話をしていないことを思い出す。
「まぁ聞けよ。俺はだな……」
「しっ!!」
「いえ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛あ!!」
いざ話そうと口を開いてみればそこに吸い込まれるように飛んでくる針。狙いがえげつなすぎる。口に針なんて、暫く尖ったものが食べられなくなりかねないぞ。
これには流石にメラっと燃えた怒りの炎。この状況において初めて攻勢に出た。
「ふんっ!」
手に持った剣を、垂直に大地に突き刺した。なんらかの意図があると取られかねないその行動に博麗の巫女は身構えた。それを見て、にやりと笑みを浮かべた。
「いいのか?」
「……?」
「足元が……留守のようだが」
「ッ!!」
反射的にその場を退く。大地から現れるのはそれこそ肉を抉るほどに鋭い岩の牙。ネズミ捕りのように挟み込むそれはしかし少女に間一髪で避けられた。まぁそんなもんだろう、と俺は剣を地面から抜きながら思った。
「ん~。素直なのは良い事だね。でも敵の言うことを鵜呑みにするのはどうかと思うんだ」
「……なんで教えたのよ」
「教えるつもりは無かったんだけどねぇ……いや、人間ってのはそれこそ狡賢いものじゃん? 裏の裏をかいたつもりだったわけよ」
「……ちっ」
憎憎しげに睨まれて、されどそれを軽く受け流す。過去にぶつかってきた強敵の射殺されかねない殺気に比べ、少女の殺気は風のようなものだ。飽くまで比べてなので刺すようなものに変わりないが。これで確証は得た。少女は……やはり少女である。巫女なんてやろうが、程ほどに人の言うことを聞くようないい子である。常識に囚われているといってもいい。
これで幻想郷で生き残っていけるというのか……正直気になるところである。
……と、そこで初めて少女がこちらへの警戒を薄めた。ため息をつき。如何にももうやめたと言う雰囲気をさらけ出している。
「……で、あんたの目的とやらはなんなのよ」
「嫌にあっさりと応じたな。さっきまでのが嘘みたいだ」
「アンタみたいなのはまともに相手するだけ無駄って悟っただけよ」
「それは重畳。しかし解せぬ」
口遊びはそれほど得意ではないのだが……少なくとも紫なんかと比べれば圧倒的下だと思っている。いや、比べる相手を間違えたか。あれに勝る者はそういないだろうし。
それはそれとして、話を聞いてくれるならばそれはそれでありがたい。何処に言ったのかも知れぬ藍を待つよりこちらで話を進めてしまえばいい。
「ッ!!」
「……ん?」
そこで、まるでぞっとするかのような空気が走る。それを感じたのは自分だけではないようだ。目に見えて揺らいだ少女の姿。しかし俺が抱えた想いはそれを生み出したであろう存在への呆れであった。
「なにやってんだよ……藍のやつ」
紫にやや似ていて、それでもその感覚はそれに比べると小さい。この辺り一体の空間を囲い込む結界。それを張る者に心当たりは一つしかない。と言うかそれ以外無い。
気付けば隣には闇が生まれていた。自然に発生するにはあまりにも不自然な、一部分だけを塗りつぶしたかのような闇。力及ばぬものにはその内を見ることすら適わぬような、妖気の塊。少女はじりっと足を一歩引いた。
「……あのさぁ。そういうパフォーマンスはいいから。さっさと姿見せて欲しいんだけど」
「――ふんっ。お前にはこれの重要性なんぞ分からないだろうよ」
分かるかそんなもん。心の中でそう返した。そしてそこから現れたのは、一つの影。人の形をしていながら、その背にあるものは人ならざる者の証。
「……妖獣。それも九尾の狐」
「分かるか人間。この私の圧倒的な力が」
「いやだからお前は何がしたいんだよ」
ここぞとばかりに胸を張る彼女に思わず白けた視線を送るがそんなことを気にもせずに巫女への圧力をかけている。対する少女は、気丈にも藍を睨み返していた。少女はこれほどまでの妖怪を相手にしたことがあるだろうか? いや、ない。
虚勢としか取れない少女のそれを賞賛するべきことだと思いながら一歩でた。このままでは話が面倒になってしまうだけである訳だし。
「あのー、もしもし?」
「なんだ。今大事なところだ」
「何処がだよ。いや本当に」
ため息混じりに指をクイッと曲げる。今こちらを包んでいる結界の核を繋ぐ楔のような物を解いたのだ。敢え無く消えていくそれに驚きながらも藍がこちらを睨んだ。
「余計なことをするんじゃない!」
「えぇー……」
それほどまでに上下関係をはっきりさせておきたいのか。余計な威圧は無駄な闘争を招くものだと思うのだが……見解の相違か。実際、眼前の少女はこれくらいで正気を失うような脆い存在で無いようだし、やや余計なお世話と思うこともあった。
「――――?」
……なんだ? 藍とどうでもいい事を話している内に、博麗の巫女の圧力がやや強くなったように感じる。やはり、その姿は一歩足を引いている辺り、実力差を理解しているんだろう。
ならば――どうして未だ気丈にも睨み返すことが出来るのだろうか。
「……ま、俺としては従わせるより仲良くする方が好きだからね」
「ちっ」
舌を打つと後はお前がやれと言わんばかりに背を向ける。それに苦笑いをしながらも紅白巫女に歩み寄る。
あの不思議な威圧感は気付けば波が引くように消えていた。
☆〇☆☆〇☆
――何気ない毎日であったはずなのに。
それを思うと腹立たしくてしょうがなくなる。一撃でも攻撃を当てられたなら少しは気も晴れるだろうが、こちらが動きを見せた瞬間に相手は容赦ない攻撃を浴びせることだろう。何と無くだがそう思った。
目前の二人組。片や驚くほどちっぽけで弱そうな妖怪。そして片や今まで見たことも無いほどの力を持つ妖獣と言う釣り合わない存在。しかしながらもまるで肩を揃えるようにこちらを見定めるその様は価値観を崩されそうなほどおかしく見える。
弱いほうは、それこそ小細工が得意なだけの小妖怪と思っていたが、その考えは改めなければならない。こいつらの力量差は小細工でどうにかなるほどの物ではないのだから。改めて見直すほど妖獣の力は不確かなものでは無い。そこにいるだけで全身の寒気が止まらない。初めてのお祓いだってここまで恐れを抱かなかった。
それほどの妖怪と簡単に肩を並べることが出来る。その奇妙さに。今だからこそ慄きを覚える。これらはなんだ。私の昨日までの平穏な日々は何処に行ったと言うのか。
思わず愚痴でも呟きたくなるほどのその状況で、先に動いたのはその小妖怪であった。唐突にその手の剣を腰に納め、こちらへと寄って来た。思わず身構えた途端、その足を止めて大きくため息をついた。
「いや……確かにこんな時間に現れる様な存在は信用できないかもしれないけどさ、ちょっとは話をするのはいいだろ?」
「警戒するなと言う方が無理でしょ。アンタ達、自分がどれだけ怪しい身なりをしているか分かってんの?」
「え、嘘。俺ってそこまで酷い?」
ややぶかぶかな裾を持ち上げながらもそいつは怪訝そうに自分の体を見回した。確かにそれは物珍しい事には違いない。纏っているものなどは少なくともこの国の物とは思えないほど端正な造りである。だがそれが怪しいかどうかと聞かれれば正直頷きがたい。
では何故か。そんな物を身につけてここにいること、それ自体がまるで悪戯に人を騙る様な仕草が、気持ち悪い。よく言えば人らしい、しかし悪く言えば人間くさい妖怪。代々伝わる妖怪の気配を察知するモノがなければ気付けなかっただろう。
いや、そもそも前々からそれが一瞬だけ反応を示したりと不自然なことがあった。小妖怪がどこかに現れたのかと探してみたが見つからず、腑に落ちない点を抱えながらも結局気のせいと片付けてしまったそれらは、もしかしたらこいつらの仕込だったのかもしれない。
「……近いうちにデザインを考え直してみるかな。でも愛着あるんだよなぁ……ま、いいや。それで、何処まで話したっけ?」
「まだ何も聞いて無い」
「あれ? そうだっけ? 随分話が進まないな」
頭をかくその仕草は隙だらけだ。一瞬のうちに封魔の針を眉間に突き立てることも可能な間合い。しかし、それをやればあの九尾に敵と認定され、攻撃を受けるだろう。そもそも、この小妖怪が何も考えなず向かってくる愚か者とは思えない。恐らく何かしらの手を打っているのだろう。
となると、迂闊に動けば待っているのは己の死――
「まぁ結局はあれだ。俺達の計画に一枚噛んでほしいんだ」
「……拒否すれば」
「いいよ別に」
「は?」
あっけらかんと肩を竦める。あっさりとそう口を開く姿に思わず呆けてしまうが、しかしその妖怪は口を三日月のように裂いて笑う。ぞくりと、何か冷たいものが背筋を走った。
「それならそれで、いいと言うまで頼み通すから」
先程までのケロリとした顔に持っていたソレ。一瞬だけ、それは人を人と見ないような笑みを浮かべていた。いや、そんな気がしただけだ。しただけ。今のは恐らく私の見間違いだ。そうでなければ、もう膝をついてしまいそうだ。
ちっぽけなその力とその体で、一体中に何を飼っていると言うのか……ッ!
「……聞かせてもらうわ。話はそれからよ」
――やはり今日は厄日だったのか。そうでなければ一夜にこう何度も肝を冷やすような想いだってしないで済むはずなのに。
手に持つお祓い棒を下げ、一つ息をついて私は再びソレを睨み返した。先程までの感覚は嘘のように、それがただの子供に見えた。
☆〇☆☆〇☆
「――で、連れ帰ったのはいいけど」
「紫様は不在だ。今日帰ってこれるやも分からんと言っていたよ」
「じゃあ何で今日連れて来たんだよ……」
さも当然のように胸を張る藍に手の甲でビシッと突っ込んだ。一瞬でその顔が不快そうに染まった。何故だよ。当の話の主要人物でもある巫女は傍若無人と言うか、むすっとした顔で客間の卓袱台についていた。
「ちょっと。お茶頂戴」
「中々言うな。この巫女。だそうだよ藍」
「何故私が人間なんぞの茶を……」
「じゃ、俺がやろっかな。いやぁ、どうして他人の家の台所を漁るのはこんなに胸が踊るんだろう」
「……くっ。この小妖怪め」
握り拳隠さずに如何にも嫌々渋々と言うように藍は奥へと消えていった。それを笑顔で見送ると俺は博麗の巫女の対面についた。
「……何よ」
「いや、なに。人間とゆっくり話すのも結構久しぶりだなぁって」
「ふんっ……私は妖怪とこうして面合わせて話すのさえ初めてよ」
妖怪なんて最近ほとんど見かけないし、と何も無い方へと視線を向けながら口を開いた。外の世界ではもうほとんど妖怪は見られない。その大部分が退治され、一部が幻想郷へ、一部が忘れられ消滅したものだ。今や名もなき妖怪や力のない妖怪は消えていく、世知辛い世の中である。
「ま、外のほうじゃ妖怪なんてほとんどいないものとして扱われてるだろうからな。寂しくなったもんだ」
「外?」
「いや、こっちの話」
この巫女にはまだ何も説明していない。まだここに連れてきただけである。便利も便利、転移結界のおかげだ。その陣の中にも恐れず入ってくる辺り、人間の中でもよほど肝が据わった女である事は間違いないだろう。
と、そこで一つ大切なことを思い出す。
「なぁ博麗の巫女、アンタ名前なんだっけ?」
「そんな事も調べずに連れ去ったの? 考え無しね」
「いやぁ、俺なんて使いっ走りみたいなもんだからね。詳しい話は聞けないのさ。因みに俺は舞風」
「……博麗 霊華、よ」
と、そこでお盆に茶の容器を載せた藍が戻ってくる。やはり不快そうな顔は戻っていない。乱暴にそれを卓袱台に置く。そして容器を巫女の前に置く。
「……おい、藍。俺のは?」
「何故私がお前にまで茶を出してやらねばならない」
「くっ、やりやがった。まさかと思ったけど本当にやりやがったよこの狐」
一応式として先輩でもあるんだぞ、と言う言葉を心の中で噛み締めて卓袱台に突っ伏す。黙って袖を濡らし続けた。博麗の巫女こと霊華は興味無さ気に茶を飲んでいた。一口飲むと意外にも美味いわねと言い、藍が当たり前だ、と返す。その言葉に棘は無かった。
ちくしょう。まずは好感度を上げる事から始めるべきだったのか。いや、まだ遅くないはず。これからでも頑張って高感度をあげていけば、あるいは……とりあえず今度揚げを買ってきてみよう。
そんな事を思いながらも改めて霊華に目を向けてみる。やはり、それほど恐ろしい相手にも見えない。確かに才覚は認める。経験さえ積めばいつか藍ともいい勝負をするやもしれない。だが、そこまでだ。いい勝負はしてもやはり藍を打倒するほどの実力までは届かないだろうし、その主である紫などもっと無理だ。しかし、紫は己の最も信頼するであろう式に最大限の警戒をしろといった。
いや、そう言えば藍自身もこの人間は違うと言っていた。なんだ? この博麗霊華と言う少女に、俺の気付かない何かがあると言うのか?
「……考えても到底分からない事かね」
唯一気がかりであったのはあの威圧感か。まるで藍が現れてから竦むどころか逆に力を増したかのような違和感を感じた。いや、そんなことは有り得ないんだろうけど。
大きく伸びをすると頬杖をついて虚空を見つめた。なんとも無い、沈黙した空間にしかし誰も文句を言わない。いつもなら何か茶々をいれるが、そんな気分にもなれないので黙って目を閉じることにした。
それは数分であったか。それとも数時間であったか。半分眠りについていた体が気配を感じて目を覚ます。そこにいたのはやはり仏頂面の紅白巫女であった。しかしその視線は先程の藍を見るかのような鋭いものへと変わっていた。
「――起きなさいな。舞風。お客様に失礼でしょう?」
寧ろ目を閉じたくなる衝動に駆られたが、渋々起き上がって伸びをした。その何も無かったはずの空間に開いた隙間から、こちらを見ている妖怪。
「……なんだ紫か」
「なんだとはご挨拶ね。まぁしっかり藍の言うことを聞いてくれたようで良かったわ」
「聞きたくて聞いたんじゃないよ。俺はお前の頼みを聞く義理はあっても藍の頼みを聞く義理は無いんだぞ?」
「私と貴方の仲じゃない」
「……借りを作る相手を間違えたかな」
幻想郷に住むだけでこいつの借りを作っていることになるのだから。今後一生頼まれ事を聞かされ続けるんだろうとしみじみ思った。
「……それで、アンタはなんなの?」
「あら、申し送れました。私、八雲紫ですわ。以後お見知りおきを」
一触即発、と言う空気が流れている。流れているといっても実際動きそうなのは巫女だけだし、紫は口元を扇子で隠しながら余裕の笑みを浮かべている。何故隠しているのに笑みを浮かべているか分かるか。そんなもの、長い付き合いなのだから分かるものだ。
紫の背後には藍が膝をついていた。従者と主の関係、と言うものを目に見えて表現しているのは、藍の発案だろうか。俺はこんなの初めて見た。
「さて、それでは貴女には聞いてもらいましょう。私達の計画を」
「……言っとくけど、気に食わなかったら即行で蹴るからね」
圧倒的とも言える紫の存在感に真っ向から睨み返す少女。計画を蹴ってそれからどうなるかも分からないと言うのに威勢がいいのかそれとも考えなしなのか。
そうして、博麗の巫女、博麗霊華と妖怪の賢者、八雲紫の対談が始まった。
外界から招くは博麗の巫女。動き出すは賢者の目論見。
幻想郷を生かす為の結界。それは……?
って感じですかね。色々と言わなくとも結界はあれで巫女さんはこれです。今話より久しぶりに一話完結日常物以外が始まる訳です。
幻想郷の規模って正確なところは分かりませんけど、相当苦労して結界を維持してるに決まってるでしょう。ぱりんで妖怪消滅ルートですから。そうなると元々の強度、持続させる方法、そして管理者。色々必要ですしね。
これからまた更新が遅れるかもしれませんし、二次創作規制のことも在ってなろうも随分寂しくなってしまいましたが、これからも見ていただけると助かります。