舞風と魔魅
新たな試みとは常に緊張感漂うものである。
今回は少しばかり資料等の調べを含めてからの投稿であったために余分に時間がかかりました。しかしそれでも完成度的なものはあんまりと言う。
恐らく誤字、脱字、その他諸々おかしい部分があると思われますが、そういった場合は優しく、そして時に厳しく、怒ってください。
――ある晴れた昼下がり、道の駅と言うにはやや小さすぎる食事処――
勢いよく蕎麦をすする子供。身に纏うものは総じて白く、その背には大き目の風呂敷で包んだ棒状の物を紐で括りつけた奇妙な影。普通なら珍しすぎて視線が集まりそうな風貌であるが、如何せん時間の都合上かそこにはあまり人がいない。
子供こと、舞風。どう考えても俺である。湯飲みに入った蕎麦茶を喉に流し込み、その渋さに思わずむせ込んだ。
「げっ、げほっ。なんだこりゃ。渋いなぁ」
思った以上にその茶の味が強烈であったため、蕎麦の後味は瞬く間に消えた。もう蕎麦茶など飲んでやるものか。そう意気込むことに不思議とデジャブを感じた。
――さて、俺は様々な場所を巡り巡り、そろそろ帰ろうかな? なんて思った時点で新しい妖怪の噂を聞いた。その場所はとある離島。地名等については聞く気が無かったために完全にスルーしている。
噂の内容は、簡潔に言うならば『化かされた』とのこと。それも大した被害が出るほどではなく、本当に悪戯程度のもの。故にそれほど広まっている訳でも恐れられている訳でもない。寧ろ数少ない観光理由のような物で許容されている節もある。
『化かされた』と言うと、パッと浮かぶのは狸や狐などが頭に葉っぱを乗せて印を組む絵。まぁいくらなんでもこれはないだろうが、昔から化かすのは狸や狐と相場で決まっているようだ。
どちらも雑食であると言うのに人が食われたと言う話は一切聞かない。聞く限りの狐狸の輩とも思えないし……今上手い事言った。
「ふぅ、ごちそうさん。勘定置いとくよ」
あいよ~、と間延びしたお姉ちゃんの声を背後に、俺は余り整備されていないだろう道を踏んだ。最近になってやはり道も舗装されているのであろう。とはいっても未だ踏み歩くことに違和感を覚えるほどごつごつしてはいるが。
離島なら空を飛べば良いじゃないと思ったものの、意外と見張りやら入島許可やらが厳しいために致し方なく船に乗った。久しぶりの船ではあったが出来れば帰りは遠慮したい。
空を見上げた。何度見てもよい天気。秋だというのに残暑を包み隠さず照らしつけるのは正直やめてほしい者だ。
「――よし。探すか」
時は18世紀後半。妖怪の影は薄れ始めている。
時間の経過はとても早いと言うことを再確認した。
その島の全てを回った訳ではないが、毎日足を使い続けながら一週間が経過したのだ。結果、その全てが無駄足。妖怪の発見には至らなかった。これを立てればこっちが立ち、こっちを下ろせば別が立つ。それを繰り返し、再び始点に戻ってきたところだ。
「……ちわーっす」
肩を落としながらも俺はいつも通りその暖簾をくぐる。そこは初日から今まで欠かさずに行っている蕎麦屋。ここで毎日蕎麦を食い、一日を終えることが習慣になっていた。
ここは立地条件からか、夜は人が集まりやすいのだ。故に、俺の情報収集の基盤地として利用させてもらっている。別に蕎麦食いたさではない。
「おお、またお主か。探し物は見つかったか?」
そう気さくに声をかけてきたのはその蕎麦屋の看板娘である。やや茶っぽい髪に丸眼鏡をかけた愛嬌のある顔。片目を閉じて首を傾げる。それを見て思わず苦笑いを浮かべた。
この女性と話すようになったのはここの蕎麦を三度食べた頃。流石に三日連続では興味をもたれたらしい。老人のような言葉が特徴的である。
「いや、中々見つからないな。このご時勢じゃ上手くいってくれそうに無いや」
「ご時勢のせいにしてはいかんよ。さて、何を探してるんじゃ? それが狐でもない限り力になってもよいぞ?」
それを聞いて苦笑いを深めた。昔からこの島には狐がいないらしい。その理由は昔狸がこの島の狐に意地悪したやら船に乗った狐を海に叩き落したやら、そんな逸話がある。
「まぁひとまず大根そば一つ」
「うむ。女将! 大根そばじゃ!」
そう厨房へと向き直り、口を開く。あいよー、と短い返事が聞こえた。これにも慣れたものだ。
珍しく空いていることに疑問を持たぬまま、座席に腰掛けた。向こう側に女性が腰掛ける。
「いやいやいや。なんであんたも座ってるの?」
「む? 何を言っておる。話とは向かい合ってこそ通じるものであろう」
「いや話って……あれ本気だったのかよ」
てっきり相談してくれるなら聞くぞくらいにしか思っていなかったのだが、どうも是が非でも聞くつもりのようだ。しかし核心にでも触れない限りは別段隠すような事でも無いし、話すだけならそれほどでもない。
「ちょいとね。妖怪探しって奴さ」
「……妖怪、とな? はてさて、どうしてまたたびんもんが妖怪探しなんぞ?」
「う~ん。まぁそういう仕事なんだよ。妖怪の世界を回って妖怪を調べる仕事」
まぁ嘘ではない。探すことも目的の一つではあるわけだし、まぁ大抵はこれを口にしたところで子供の言う事、と取られがちでまともな情報を得たことが無い。
19世紀を向かえ、数年が経過している中、妖怪の存在は早くも幻想の中へ消えかけている。
「ふむ、妖怪か。ならばあそこには行ったかの?」
「あそこって言うと?」
しかし女性はそれを馬鹿にする訳でもなくさも当然のように切り替えした。それにはて? と違和感を覚えながらも女性の言葉に聞き返す。
「あそこと言うとあそこじゃ。’二ツ岩大明神’。もしなにかがいるとしたらあそこしか無いじゃろう」
「え? あそこって寺じゃなかったの?」
「うむ。確かに寺では在るがあそこは妖怪を奉る寺じゃ。知らんかったのか?」
首を縦に振る。島の人は神社としか教えてくれなかったし、全く盲点であった。確かに、この島において妖怪の話はよく聞くが神様の話はほとんど聞かないのである。
と、そこで運ばれてくるお盆に載せられた大根おろしをこんもりと盛ったそば。しかしその数は二つ。それにどうと言う暇も無く、女性が片方を取る。ついでと言うかのようにもう一つを俺の目前に置いた。
「……仕事中じゃないのか?」
「なに、休憩じゃ。それにこれは賄ではなく正式な給料である故にの」
「へぇ……因みになんで俺の真正面で食おうとしてるの?」
「おぬし、固いことを言うのぉ。そんなでは大きくなれんぞ?」
「いいよもう。諦めたし」
妖精である俺の体を大きくするには妖力を得る事が第一となっている。しかし、封印により、一定量の力を制限されてしまった俺の背が伸びることは無い。封印を解放するなら話は全く別だが。
添えられた箸に手を伸ばし、そばの上の大根を汁に沈める。すぐ反対側ではずるずるっとそばを啜り、満足そうに頷く女性一人。
「うむ。やはりここのそばは美味いの。加えて誰かと共に食うのも悪くない」
「……これって一緒に食ってることになるのかね?」
「なっとるじゃろ。確かにただ向かい合って食べればよいと言う訳ではないが、今儂とおぬしはこうして話しておる。会話は食事における楽しみの一つでもあるじゃろう?」
「うーん。そういうもんなんだかね」
最近は誰かと共に食事をする、と言うこともなくなった。ここ数年はしていなかったと言うことになるであろう。そんなことを考えながら自分もそばを口に運ぶ。確かに美味い。
「それはそうとおぬし、どこから来たのじゃ? お主の様な子供が一人旅をする理由じゃ。それなりの理由もあったのじゃろう?」
「全然? 一人気儘なぶらり旅って奴だよ。妖怪探しだってそれのついでさ」
そうそばをつっつきながら間髪いれずに返答した。嘘ではない。実際自分がしたいからしている旅だし、ついでだって頼まれてやっていることだ。
「そっちこそ、さっきからただのそば屋のお姉さんには見えなくなってきたんだけど?」
「ほほほ。なに、儂は所謂ふりーたーと言う奴じゃ。仕事を選ばぬのよ。今回はここで働いているだけじゃ」
「へぇ。定職に就けない大人か」
「いや、そうなんじゃが。なんだか棘を感じるぞ?」
「気のせい気のせい」
確かに。この島にて他の人間と比べて気色が違うことを知っているのも頷けた。
――と、そこでようやく掻き込むそばがなくなっていることに気付き、懐に手を突っ込み銭を出した。
「ご馳走さん。勘定はここにおいとくよ」
「む? えらく早いのぉ。これから急ぎの用でもあるのか?」
「善は急げ。まだ日が落ちたくらいだし、今のうちに行かせてもらうよ」
「二ツ岩大明神かの。”善”とは程遠い気がするがのぅ。少し待っておれ」
女性もその容器を空にしてせっせと厨房へともって行く。置くものをおいてさっさと戻ってきた。その後ろから聞こえる声は確かに「お疲れ様~」と言っていた。
「さて、行こうかの」
「…………何処へ?」
「なんじゃむっすりしおって。二ツ岩大明神に案内してやるといってるんじゃ。感謝せんかい」
「別に頼んでない……でもまぁ、ありがと」
確かにその場所までは知らぬのだから案内してもらえれば時間は短縮できるだろう。迷惑と振り払う理由も無いわけであるし。
と、女性がなにやら意外そうにこちらを見ていることに気付く。思わず首を傾げ返してみた。
「いや、なに。そういった顔も出来るのじゃな。おぬし。憮然とされるかと思ったが」
「あんたの中じゃ俺はどういう奴なんだよ……」
「無論。無愛想な子供じゃ。それ以外あるまい?」
そう断言する辺り、自信があるのか。どちらにせよそう言われる態度で過ごしたつもりな手前、なんともいえない。
「そうじゃおぬし。そろそろ名を教えはくれぬかの? いつまでもお主ばかりでは嫌じゃろう?」
「確かに。それもそうかな。舞だ」
「ほほ。女子のような名じゃの」
「ほっとけ」
一瞬、彼女の目が訝しげに細められた気がしたが、口から出たのは茶化す言葉。
言わずもがな、偽った名である。己の名が一般よりやや外れていることは認識している。故に人間に名乗るときは一文字だけとって舞と自称している。とはいっても妖怪に関わりのある存在に対しては本名を名乗っているが。
「それで、あんたは?」
「儂か? 儂はな、『マミゾウ』と呼ばれておる」
「なんだそれ。そっちの方がよっぽど変な名じゃないか。男か女かもわかりゃしない」
「なに、名と言うのは印象深ければ深いほどよかろう? 意味がない名でもないしの」
女性――マミゾウはぱちっとウィンクすると諭すかのようにこちらを見下ろした。その顔は何を考えているのか、苦笑いであったがすぐにそれを消した。
――夜道。日は既に落ちた。
幻想郷ならば人間は確実に出歩かないであろう、そんな夜。そこを往くは女に子供。極めて無用心と思われかねない、そんな組み合わせ。
「……のう? 前から気になってたんじゃが、その背の物はなんなんじゃ? 随分大事そうに括りつけているようじゃが」
「大事な物だよ。何かは言わないけどな」
「けちじゃのう。そんなでは女子にもてんぞ?」
「余計なお世話」
そう背の風呂敷に伸ばされた手を振り払う。ちぇっ、と唇を尖らせると再び横に並んで歩き始めた。このご時勢、剣を持ち歩く子供がいたら怪しいだけであろう。しかもそれが反った刃で無いとくれば何を言われるか。
二ツ岩大明神とは思っているより遠い場所にあるようであった。そもそもこの島だってとても広いのだ。歩いて一刻程度ならまだ近い程度である。
しかし――
「マミゾウ。家に帰らなくて良いのか?」
「なに。儂の家もこちらだからの。寧ろ案内がついでじゃ」
「あ、そう」
山奥で、ほとんど民家が無いこっちのほうに自宅がある、と言うことか。
まぁマミゾウはどうにも変わり者のようだし、一概にありえないと言えることでもない。
「――お、これじゃこれじゃ」
「……へぇ」
マミゾウが指差す先。そこにあったのは鳥居。一般的な神社よりも一回り小さく見えるが、それに続くかのように奥へと続いていく鳥居の列。
真正面からそれを見る。まるでそれは延々と続いているかのように先が見えず、ぽっかりと穴が開いたかのように薄暗い。思わず手に力が入った。
「さて、先も見えぬ道筋じゃが、往くのか?」
「当然」
マミゾウの問いに即答し、一つ鳥居を潜る。瞬間、空気が変わった。
何かがいる。それが神か、それとも妖怪か。単にこれと決め付けることは出来ないが。二つ、三つと鳥居を潜り、少しずつ歩いていく。
「ほほ。本当に子供とは思えぬほど勇気があるのう」
「マミゾウ。着いてこなくて良い。こっから先は――」
「危険。それとも一人で問題ないとでも言うのかの? だとしたら――」
――瞬間。背後より強烈な怖気。
ばっと振り向いたそこには誰もいない。確かに彼女の声が聞こえたのに。確かにそこに気配を感じたのに。
戸惑う間もないまま、辺りから続々と気配が迫ってくる。個々からは大した妖気を感じないが、それでもこの視界の悪さでは些か面倒である。
「それにしても、やられたか」
まさか、とは頭の隅で思っていたからであろう。驚きは思いの他なかった。
マミゾウ、彼女はこの島で会ったものの中でも特に特徴的であった。それが真偽を分けるとは言わないが、珍しく映ることに変わりは無い。結果、それは疑いに昇華する。
「一、二、三……飛び越えて十ってところか」
既に俺は包囲されている。どれもが少しずつ近付き、尚且つ等間隔に距離を保っていることから随分犯行慣れていると推測する。よくこれで今まで大した被害が出なかったのか。
からかう? 違う。こんな個々全てが何を考えているかもわからない、石のような重圧を放っているのだ。力の強弱などでは無い。
「さて、夜は妖怪の世界と言うが、それが完全なアドバンテージになると、思うなよ」
そうして、指を鳴らす。夜の闇に響くそれは、音響の終焉と共に俺の背の魔法陣を作動させる。同時に風呂敷は解かれ、神風はその刀身を露出させた。
背に手を伸ばし、それを掴む。発光する光が辺りを照らす。森の中には慌てて隠れようとする多数の影。しかし目が眩んだのだろう。初動が遅い。
「封縛光波」
光は剣を中心にまるで影のように大地を走りぬけ、動いた者達を縛り付ける。確かな手ごたえを感じ、まとめて引き上げる。
闇の中から現れたのは、おかしなことに妙に小奇麗な小動物たち。犬、猫、兎、蛇まで。どうみても野生とは思えないのに、それらからは確かに妖力を感じ取れる。思わずその状況にも関わらず首を傾げた。
「ほう、見事じゃの」
無数に続く鳥居の先。そこから響いてきたのはパチンと指を鳴らす音。直後、暴れていた小動物たちの抵抗が一気に消え失せた。何事かと見れば、いつのまにかそれはボロボロの桶や木の枝などの物に変わってしまっていた。
ちっ、と舌を打った。今までの違和感を全て解決する理由に気付いたからだ。
「……お前がこの島の悪戯妖怪だったんだな」
「悪戯妖怪とは失礼な。ただのすきんしっぷというものじゃ」
そこに立っていたマミゾウの背には先程まで無かった縞模様の尻尾。それも犬猫の尻尾ではない。ふんわりと丸みを帯びたそれは、狸――ムジナの尻尾。頭にあるその耳も、ちょこんと載せられた葉っぱも、こちらにその正体を知らせるには十分だった。
「そういえば、一部の地域ではムジナを魔魅と呼ぶんだったか。通りで意図が判らない名だと思った」
「ふん。本名を名乗らぬ主に名をどうこう言われる筋合いは無いわ。男の癖に、玉はあるのか?」
「さて、どうだったか。それにしても偽名だって気付いてたんだな」
「化かすことについてはそんじょそこらには負けぬ」
腕を組んでふんっ、と鼻を鳴らす。化かすことと嘘とでは少し違う気がするが、騙すと言う部分ではやや似ているか。
その手の剣を持ち直し、切っ先を向けた。マミゾウの目が細まる。
「それで? この真夜中の歓迎にはどういった意図が?」
「今おぬしが言ったじゃろう。歓迎じゃ。それ以外には無い」
「だからその歓迎の理由を聞いているんだ」
「ふむ。なら聞くが、今や随分と数を減らしてしまった『同類』を歓迎することにそれほど理由が必要かの?」
……ばれている、か。
それも当然か。力のある妖怪ならば俺の擬態などすぐに見破ってしまう。人を化かすことに慣れているなら、尚更俺の姿は滑稽に映ることだろう。
「そう。それで、マミゾウの眼鏡には適ったかい? 俺は」
「なんとも言えんの。わしとて見極めるつもりでそれらをけしかけた訳ではない故に」
「これか? 穴の開いた桶にボロボロの枝。とんだ手品だ」
最も、手品などと言う種があるものでなく、妖怪としての超常の力なんだろうが。
狸と言えば狐との化かし合いなんかの話が有名である。他には人を化かして、それがばれて折檻を受けるような昔話。それの例に漏れず、こいつも他者を化かす存在なのだろう。
ニッ、とマミゾウは笑みを浮かべた。しかしそれは先程までの軽薄なものではなく、それこそ感情が詰まっているもの。
「さて、それでは改めて自己紹介をしようではないか」
「……舞は仮の名。俺の名は舞風。八雲舞風」
「わしはマミゾウ。時にはそば屋で働く美人店員。時には漁師の漁を手伝い、また時には名の売れた金貸し。しかし、その実態はッ!!」
その身を翻す。その姿を何処からも無くスポットライトが照らし、その頭上には紙ふぶきが下りてくる。
「さどうちもんの大妖怪。二つ岩のマミゾウとは、儂のことじゃあっ!!」
夜に、その声はよく響く。
ああ、今日の風は妙に冷たいなぁ、とそんな事を思った。
「――なるほどのぅ。おぬしは幻想郷から来たのか」
「知ってるのか?」
「どんな妖とて噂には聞くだろうよ。いつかは己も行くかも知れぬ場所なら尚更の」
いくつもの鳥居を越えた先、そこに建った年季がありそうな寺。もともとは来客用ではないのであろう、お堂には仏像が一つ立ち、こちらを見下ろしている。しかしマミゾウはそれを全く気にした様子も無く酒瓶を取り出した。
まぁ、マミゾウの言うことが本当ならばそもそも彼女がこの寺に神様でもあると言うことなのだからその態度も理解できなくは無いが。
妖怪が神になることは決してありえないことではない。妖怪と言っても一息に色々いるし、中には俺みたいな人を狙わない妖怪だっているかもしれない。そういった妖怪たちが忘れられる代わりに神へと変わっていく。
「おぬし、酒はいける口かの?」
「どちらかと言うといけない口だ」
「連れないのぅ」
つまらなそうに唇を尖らせ、一人とくとくと杯に酒を注いだ。このままでは酒に酔われて話が面倒だからさっさと大事な話をすることにする。
「さっきも言ったけど、俺は幻想郷の妖怪だ。その役割は幻想郷の外の妖怪を幻想郷に導くこと」
「ほほぅ。久しぶりの同士かと思えば、あっち側のお誘いかの。長い生は本当に色々な事がある」
クククと腹を抱えて笑う様子を見せるマミゾウ、子芝居染みたそれに首をかしげながら、直後、背に走る怖気。お堂に唯一存在した火がゆらりと揺らめいた。
先程まで優しげであった眼鏡の置くの瞳は見た目こそ笑っていたがあまりにも空虚であった。直感的に、拙いかもしれないな、と頭の端で思った。
狸と聞いて、正直油断があった。先程の牽制などとは比べ物にはならない。背に冷たい汗が一筋通った。少し驚いたが、でもそれくらい。日々大妖怪と共に暮らしすぎた俺にはこれくらいならまだ軽く思えた。
数秒、いや数分だったか、その緊迫の時間は続いたが、やがてマミゾウの笑い声によって区切られることになった。
「ほほほ。その小さな体と小さな妖気でよく耐える。なに、とって食ったりはせんよ。だが、まかり間違ってもこのマミゾウ、命令されて動くことは有り得ん」
気のよさそうな女性。そのイメージはガラガラと崩れ、そこにあったのは仁義に溢れた、とでも言うべきか。少なくとも自分の知る妖怪のカテゴリーからは随分と遠のいている。
「……そう。別に俺だって強引に連れて行く気なんかないよ。いつかは訪れることになるだろうし」
「ふむ。では些かわしの早計だったか。怖がらせて済まんの」
「別に」
怖かったわけでも無いし。そう心の中での呟きをどう捉えたのか。マミゾウはにやりと笑った。
「……ふぅ。一応、理由を聞いても良いか?」
「理由とな?」
「別にないならないでいいけど。島への思い入れとか。もしくは狐のいるところに行きたく無いとか」
「ふむ。その二つも最もじゃが……そうさな。待ち人じゃ」
「待ち人?」
マミゾウが遠い目で虚空を見る。過去に思いを馳せているのだろう。ふっと笑みを零した。
「そうじゃ。わしとしては破ってしまいたい約束なんじゃが、これも仁義。約束を破ることだけはどうしても出来なんだ。だからわしはあやつが戻るまでこの地を離れるわけには行かんのじゃ」
「……なるほどね。因みに、その待ち人との約束はどれくらい前の話なんだ?」
「ざっと千年じゃな」
「せっ……おいおいおい」
人間に比べてしまえば永遠にも近いときを生きる妖怪であるが、千年も昔の約束となれば向こうはもう忘れているか、もしくは……
「たとえ千年経とうが、二千年経とうが、約束を交わしたことに変わりはなかろう? 約束は、そして誓いは守り続けることに意味がある。そうは思わんか?」
「そう……だな。ああ、その通りだ」
約束をした時の、その時の気持ちは嘘ではないと、そう己を戒めるからこそ、約束は意味がある。効果を成す。
久しく、そんな事を思い出す。己が己で無かった頃の約束が脳裏を過ぎった。
「……ま、それならそれで気長に待てば良いさ。そもそも俺が導くべきは今すぐに影響が出そうな弱妖怪だからな」
「影響……と言うとやはり妖怪が忘れられていることかの?」
「ああ。マミゾウみたいに大明神にまでなる奴なら早々問題が起きたりはしないだろうけど、問題はそこらにちらほらいる野良妖怪の方だからな」
妖怪は畏れを、神は信仰を。どちらも似て異なるものであるが、なくなってしまえばその先に在るのはその対称の消滅。幻想が幻想へ。ただただ還っていくだけ。それが許容できないから幻想郷はある。
……だが、今のままではいけない。年々拡大する人間の波に、いずれは幻想郷も押しつぶされる。その先にあるのは幻想郷の、ひいては妖怪の消滅。これだけはなんとしても阻止しなければならない。
「ふむ。すまんがこの島ではわし以外の妖怪の話は聞かんの。化けだぬきは別じゃが」
「それはお前の手下かなんかだろ。探し出さなくても良いような、なにか対抗策があればいいんだけど。今のままではどうにもならないな」
「おぬし、見た目に反してしっかりものだの? 意外とわしより年上だったりせんか?」
「さて、どうだろうね?」
まぁ年上の自信はあるが、口に出して教えることでもあるまい。それはそれ。これはこれである。
……なんだか口元が寂しくなってきた。目に映ったのはマミゾウの片手に握られた徳利。
「……なぁ。一杯もらっても良いか?」
「む? さきほどはいけぬ口と申したくせに……よかろう。一人で飲むのも嫌になっていたところじゃ」
ぽん、と気の抜けた音がするとマミゾウの手には一つの杯。なにか変化させたんだろう。変化させたものを物理的に用いることが出来るなんて、一体どんな仕組みなのか。
「……ん? おい待て。それはいったい何を変化させたんだ? 何も持っていなかったように見えたけど」
「はて、なんだったかのぅ? まぁよいではないか。呑め呑め」
「ふん……まぁいいか」
深く考えすぎるのも馬鹿馬鹿しいだろう。受け取った杯を受け取り、それに映る火を暫し見つめる。そうしている間にマミゾウも自分の容器に酒を次いだようで、にかりと笑ってそれをこちらに向けた。
「さて。では乾杯しようかの」
「乾杯も何も。お前はもう飲んでるだろ」
「そんなことは関係なかろう。いいからほれほれ」
「はいはい……」
かつん、と互いの杯を鳴らす。そうしてマミゾウからの目配せを見て首を傾げる。
「二人の出会いに、かの」
「あいよ。二人の出会いに」
そのままグッ、と酒を流し込む。久しぶりに呑んだそれはやはり子供の舌の自分には途方も無い苦味を感じさせたが、同時に悪く無いとも思わせる。
そんな、とある旅の終わりの出来事。
マミゾウさんがいる。でも喋るのは普通の標準語と老人語。仕方ないじゃないか。私は東北在住なんだ。米の産地なんだ。佐渡弁とか調べたけど使いどころが判らないんだ。よんどこねえ。
前書きにて記した資料と言うのは勿論佐渡島についてでございます。調べが足りず、正直地名やらなにやらが抜け落ちております。
マミゾウさんが出て来る東方SSって今のところ短編以外はあまり見かけないもので。どういった登場が好ましいか考えた結果がこれでした。鵺も出て無いのにね。
実際に佐渡にご在住の方、もしくは住んでいたお方。大変申し訳ありません。指摘当あれば喜んで聞きますのでどうかお教えください。
※作者は来週より期末テスト週間に入ります。特に私はもう単位一つでも落としたら留年確定と言うそれなんて綱渡り状態。恐らく来週再来週ですが、それのため更新が滞るかもしれません。気晴らしに書くかもしれませんが。
まぁそんなことなんで、留年しようがしまいがこれからも作者をお願いします。流石に留年したら小説はやめなきゃいけないかな(汗)
では、これにて。