外伝
外伝的なもの。
珍しく真面目な内容ですが、挟ませていただきます。
☆ ~天狗と妖精と~ ☆
私の名は真可。鬼の天正様が治める山に住む烏天狗だ。
自慢に聞こえるかもしれないが、私は強い。他の烏天狗達とは一線を引いた妖力に身体能力。扱いも仲間達の中では一番上手く、生まれてすぐに私は皆の注目の的となった。
その時のわたしは子供っぽいところもあったのだろう。他者からほめられることがとても嬉しくて、更に実力に磨きをかけようと思った。
だが、そう時間も経たずに気付く。いつの間にか私を見つめる羨望は嫉妬へと変わってしまっていた。私はそれに戸惑いながらも自分の力に磨きをかけようとした。一緒に仲間と遊んだりはしていた。でも何処か一線を置いた、まるで腫れ物のような扱いに何処か侘しさを感じながら。
しかし、唯一天正様だけは何事も変わらずに接してくれた。だがそれが単に天正様の方が私より遥かに格上だから気にしないのだと知っていた。だから、心の中に生まれた孤独が埋まるようなことはなかった。
ある日のことだ。私はいつも通り、仲間達の元へ向かっていた。いや、今言うならば仲間だと思っていた者達、の方が確かだ。
この時ほど自分の優れていた物のうちの一つである聴覚を呪ったことはなかった。
――今日もアイツ来るのかな?
――来ないうちに始めようぜ
――そうすりゃ諦めるよ
『アイツ』が誰で、そうしようと頷きあっているのが誰かなんて考えなくてもわかった。冷静に頭が処理しようにもガンガンと内側から殴られているような衝撃のせいで上手く作用しない。そんな頭で私が理解したことは一つだった。
――私は、必要とされていない。
思ってしまったことを否定したくて、でもどうしようもなく疼く頭が嫌で、私は飛翔した。
高い高い空だったならこの焼けるように熱い頭を冷やしてくれると思ったから。
でもどうしようもないほどに私は苦しかった。もう頭は熱くない。変わりにどうしようもなく空虚な感覚が私の胸を締め付けるだけだった。
だから私はなんでもいいからこれをぶつけたかった。だから、視界の端に映った妖精の群れに手を向けたのだ。
弱い。弱すぎる。
私は逃げ惑いながらこちらに健気にも反撃してくる妖精達を冷めた目で見ていた。こんなにもちっぽけで、弱弱しく、見ていて情けなくなるような最弱の存在。
それでも、群れて存在できるこいつらが羨ましくて。それを思うとまた更に腹が立った。
妖精程度が羨ましい? こんなにも弱くて脆い存在を一瞬でもそう思った自分に反吐が出る。
私は無数に飛んでくる妖力弾を掻い潜り、一匹の妖精に手を伸ばす。体つきは子供そのもの。小さい腕を私は腕力で引きちぎった。すると悲鳴のような声を上げながら肩辺りを押さえて妖精は落ちていった。
楽しいとは思えなかった。ただくだらないと思った。どうしようもなく熱いこの体は止まることを知らない。
目前の出来事をまるで他人事のように、何をしているのだろうと思う自分がいた。自分で自分が分からなくなる。いつの間にか自分そのものを蔑むように、自嘲の笑みを浮かべていた。
その時である。突如真横から接近してきた妖力弾を間一髪で回避した。妖精は適当にばら撒くようにしか妖力弾を撃てない。もともとの知能が低いのだ。教えたところで一日で忘れるだろう。
つまり、妖精に為せることではない。そうなると妖怪、しかも空を飛べる奴だ。瞬間的にそう判断し、文句を言おうと妖力弾の飛来した方を向き、唖然とした。何故ならそこにいたのは只の妖精だったのだから。
――いや、只のと言う言い方は少しおかしい。普通の妖精の髪の色が水色や緑色だったりするのとは違い、そこにいる妖精の髪は白銀と言ってもおかしくないほど美しい色をしていたのだから。あと何故かは知らないが服も着ていなかった。
唖然としたのも一瞬、攻撃してきたのが格下の妖精だと気付いた私は憤怒に表情を歪めていた。
「妖精風情が私に攻撃を仕掛けてくるの?」
「こりゃ失礼。手が滑りましたよっと」
何を馬鹿なことを、と私は心の中で吐き捨てた。だがその直後に一介の妖精が私の言葉に言葉で返したことに内心驚く。もしかしたら突然変異なのかもしれない。
「失礼ながら、俺達に攻撃を仕掛けてきた理由は?」
「理由? 弱者を圧倒し、屈服する。その工程に理由なんてあるの?」
嘘だった。本当はそんなこと考えてはいない。だがただ八つ当たりだと言ってしまっては余りにもちっぽけだ。幸い、相手はただ言葉を解すだけの妖精だ。さっさと片付けてしまうに限る。
「そうですか。んじゃ、試してみますかい? 窮鼠が猫を噛む瞬間ってものをさ」
「ほざけ妖精!! お前程度のちっぽけなものが妖に挑むなど。身の程を知りなさい!!」
その言葉を期にし、私は両手から妖力弾を発射する。妖精どころか並みのの妖怪でも沈める私の攻撃を掻い潜るように避けていく。なるほど、口が達者なだけはある。
それからも距離を取られ、私の攻撃は一度として当たらない。それがだんだんとイラついてきた。妖力弾では埒が空かない。しかもわざわざこちらの神経を逆なでするようなことばかりを口にする。特にこちらをイラつかせるのはまるで必要ないとでも言うように攻撃の一つもしてこないことだ。
何故? 自らが疎むこの力は肝心なときに役に立ってはくれない。先程冷やしたばかりの頭がまた熱くなって行く。
認めたくない認めたくない!! こんな妖精ごとき、私が勝てない訳がない。
こんな、たった一匹のちっぽけな――――
そこで私は気付いた。この妖精はたったの一人で私と戦っていることに。今更だと言われかねない。だがこれは明らかにおかしいことなのだ。妖精は基本的に単独だけで行動することはない。それは今までの例を見ても明らかだった。だが、目の前の妖精はただ一人。先程まで私が追いかけていた妖精の群れはもう塵ほどにしか見えない距離まで逃げている。
――孤独。その言葉が私の頭を過ぎった。
目の前の妖精はちっぽけだ。妖力も普通の妖精となんら変わりない。
なのに、何故今の私と被る――!!
私は体の奥底が熱くなるのを感じた。ダメだ、もう止まれない。自分の事なのに随分客観的に物事を考えているものだと自分ながら思った。まるで体が何かに操られたかのようだ。いや、『怒り』と言う感情に振り回されていることを考えればその考え方もあながち間違いじゃないかもしれない。
大振りの拳を振るったが、しかしそれは避けられた。そして妖精が私の視界から消えたかと思った瞬間、頭に強い衝撃を感じた。やられたのだと何と無く認識したときには私の体は真下の湖に落下を始めていた。
まさか自分の生がこんなところで終わりを告げてしまうものとは思いもしなかった。だが、怒りの炎が静かに消えていくように感じた。変わりに心の中に残った安堵感。
嗚呼、そうか。そうだったんだ。
私は、ただ寂しかったんだ。一人が怖かったんだ。
再び目を覚ましたとき、目の前にあったのはあの妖精の顔だった。まず私は反射的にそいつの顔を殴っていた。実を言うとそいつの心配げな顔が妙に恥ずかしかったのだ。後悔はしていない。
だが目の前の妖精に何故助けたとは聞けなかった。どうせ聞いたところで私の望んだ答えは返ってこないだろう。そんなことより、話してみるとこいつは中々話のわかる奴だ。それに喜怒哀楽がはっきりと表情に出て面白い。裏表がない、と言うより裏と表がほぼ同じなんだろうと思う。だから常に自分の考えを選択できる。
なんにしても、私はこの妖精を好きに、本当の仲間になれるような気がしていた。
彼が困ったような笑みを浮かべながらも、その目にはこちらを拒否する感情が見られなかったから。
「それにしても、アンタホントに妖精なの? アンタみたいなのは初めて見たよ」
「どうにも妖精みたいですね。他の皆より若干恵まれてそれが幸か不幸かを左右してますが」
「ふぅん。あたしは烏天狗の真可」
暗にお前の名前を教えろと言っているような言い方だが、彼はなにやら困ったように口ごもった。もしかしたらと思いながら尋ねた。
思ったとおり、彼は名前がないと言った。だから私がつけてあげようと思った。他でもない私が、この子と末永く共にいれるように。
――舞風
あの大空の風のように舞い、烏天狗を押し上げてくれる心強い親友の名前を――
☆ ~鬼と妖精と~ ☆
――名は天正。姓は無い。とある山の長として君臨するしがない鬼だ。
こんな言い方をすると大体がご謙遜をなどと口にする。だが、実際はそうではないのだ。
僕が強いのは僕だからではなく、鬼だからなのだ。
元々鬼という種族は戦いに長けており、特に人間に恐れられている。その枠にはみ出ることもなく、自分は鬼としての実力を持って生まれてきた。しかし、自分は他の皆とは違っていた。見た目でも実力でもない、考え方が違っていたのだ。
普通、鬼は戦いに対して強い意欲を持つらしい。僕の周りでは戦いが絶えなかったのはよく覚えている。戦いなどと言ってもほとんどが身内同士のものだ。他種族との戦いになればこちらの無敗は決まっているようなものだったのであからさまに攻撃を仕掛けてくるような妖怪たちはいなかった。
でも、唯一僕は戦いを好まなかった。いや、多分鬼としては戦うことは好きだったのかもしれない。だが同時に相手を傷つけることを嫌い、戦いのない平穏な温かい日々を求めた。
だから僕は生まれ育った場所を出た。逃げ出したといってもいい。見聞を広げるためと言う理由付けで、もう戻るつもりはなかった。そしてありとあらゆる場所を放浪した。時に滝に打たれ、時に妖怪に奇襲され、時には迷子の人間の子を助けたりもした。最後のはちょっとした気まぐれである。こんな日々をすごしているといつの間にか能力などと言うものを得てしまっていた。
そうしてたどり着いた山は烏天狗が支配する山だった。別に誰が治めようが知ったことはなく、さっさと素通りするつもりだった。しかし、その烏天狗が鬼に対して底知れぬ恨みを持っており、たまたま通りかかった僕に襲い掛かった。どれだけ痛めつけても諦めないそいつに僕は手加減を間違え、死に至らしめてしまった。
山の妖怪は揃いも揃って怯え、僕を新しい長にと祭り上げた。最初は断ってはいたが、押しと罪悪感に負け、引き受けてしまった。
――アレは今から何年前のことだったろうか。
そうして山の頂点に立ってしまい、今ではあの時の選択を嫌悪するに至った。妖怪たちの怯えに怯えた表情も、媚を売ってくる弱小妖怪も。最近唯一興味を持ったのは普通の烏天狗より強い力を持って生まれた少女だった。一目見てこの子は前のこの山の主より強くなれると分かった。しかし、どれほど力が強くとも僕に対する態度は他の妖怪と変わらない。
興味もない彼らの名前は忘れてしまった。そう言えばあの少女の名はなんだったろう?
嗚呼、もう最近ではあの時の罪悪感などすっかり消え去っていた。当たり前だ。元々襲ってきたのは向こうなのだから。平穏な日々こそ手に入れたがこれは消して温かなものではない。僕はこの山に対する興味を全て失った。だから出て行くつもりだった。
――しかし、一つの噂を聞いた。
なんでもあの烏天狗の少女が妖精を仲間に迎え入れたらしい。興味は沸かなかった。でも何故か行かなくてはいけない気がした。
僕はその妖精に会いに行った。だが、半ば嫌々だった。自分から行かなくてはなどと言っておきながら無茶苦茶かもしれないかが、妖精はそもそも知識がない。それにイタズラ好きだし、旅の途中は僕の妖気に当てられて錯乱して襲い掛かってきたりもした。妖精は脆く、弱く、害だとその時点で思い込んでいたから。
初めて会ったとき、はじめてみる白銀のような髪の彼はあの烏天狗の少女と一緒に山菜を拾っていた。妖精は食物を必要としないから恐らく少女のだろう。
なんだ、ただの召使のような者なのかと半ば幻滅したとき、驚いたことに妖精が少女に今掴んでいる山菜が食せるか尋ねたのだ。長年生きて言語を扱う妖精は始めて見た。そしてあろうことか喧嘩まで始めたのだ。いや。アレは多分少女がからかったのだろう。少女は笑っていた。
それを見た僕は今までにないほど心を奪われた。あんなにも楽しそうに笑っている。妖精とともに笑っている。今までに見たことが無い光景で、だから僕は自然と足をそちらに向けていた。
近づいてくる僕に気付いたのか少女は驚いて礼をした。それが少し残念で悲しくなった。隣の妖精は戸惑ったような表情を浮かべていた。
僕を知らないからだ。僕は高鳴る胸を押さえながら妖精に笑いかけた。言葉を紡いだら裏返ってしまいそうになったからだ。
そして少年は――
「こんにちは!」
悪意も、恐れも、卑しい思いも何一つない。少年の声が耳に届いた。満面の笑みを僕に向けている。胸が高鳴った。幼い頃に、悪意も何もない世界に聞いていた声。それが今再び僕の耳に届いたのだ。
心の底から望んでいた。僕の普通をあるがまま受け入れられる者。
嗚呼、そうか。僕がこの子に会いに来たのは、興味なんかなかったのに会いに来たのは、
期待していたからだ。次こそは、もしかしたら、僕が望んだ真のものを、と。
「どうかしたのか~?」
「っ! なんでも、ないよ」
考えに夢中になり、僕は口ごもりながらも返した。少年は心配げに僕を見上げていた。こんな表情を向けられるのは一体何年ぶりだろう? いや、もしかしたら初めてかもしれない。だって僕は鬼だから。強い、強い鬼だったから。
「こら! 天正様には敬語を使いなさいって言ったでしょう!?」
「えぇっ!? この人だったの天正って。普通に気のいいお兄さんかと……」
そんな少女と少年の会話が耳に届く。それについクスリと笑みがこぼれてしまった。笑みを零さなければ感極まって涙を零してしまいそうだったから。
「敬語なんか使わなくて構わないよ。元々誰にも強制なんかさせてないんだ」
「だってよ。よろしくな! 天正!」
嗚呼、温かい笑みだ。冷めていた心がどんどん温かくなっていくのを感じる。僕が求めていたものはここにあったんだ。
「君の、君の名前を聞かせてくれるかな」
ありとあらゆるものに興味をなくしてしまったはずだった。名前などどうでもいいものであったはずだった。でも、彼の、この妖精の名だけは――
「舞風。妖精の舞風だ」
心に、刻み込みたいと思う。
我が友、舞風よ。
――確かに、平穏な日々だった。でも、温かくはなかった。
鬼である僕にとってないものねだりと諦めかけていた存在、鬼である天正ではなく、ただ天正を受け入れてくれる存在を、僕はとうとう手に入れたのだ。
舞風と真可を戦いに巻き込んだ。本当なら叫びたいほど嫌だった。でも彼らの助力なくばこの山は存続できない。でも、舞風は笑顔で引き受けてくれた。それどころか思慮深い面をも見せ付けてくれた。普通の存在とは一線を記した二人だからこそ能力に目覚めると信じていた。
二人が能力に目覚め、制御ができるようになり、作戦も決まった。まさか早くもこうして背中を合わせて戦うようになるとは思わなかった。いや、舞風は反対していた。可能性の一つとして口走った策を僕が認証したから。彼が必死に止めようとしたのはただ危険だからではない。僕と真可が危険だからだ。
その優しさには嬉しくなる。だが、大丈夫だ。だって彼がいるのなら、負ける気などしないのだから――
上は2話の真可が妖精を襲っていた大まかな理由ですね。
どっかの話でも言うとおり、変わり者は好かれないんでしょうね。同じ変わり者ではない限り。
だから同じ穴の狢とか類は友を呼ぶとかそれらしい言葉が生まれるんだと思います。
下は天正もお話。彼に考えていたのはこれ。「価値観の違い」ですね。鬼でありながら戦うことを好めない者。無条件で優しいわけじゃないんですね。
主人公がザコだと仲間が異常に強くなるのは何気にお約束。
まぁそこらの妖怪には負けないんですけどね。