幕間
ギリギリの1月内投稿。ごめんなさい。なんか本当にごめんなさい。
一応前話からの繋がり(?)を含めた幕間であります。
最近リアルが辛くて、幻想入りしたいなぁ。迷宮入りでもいいけど(意味不)
「――またいなくなったのか? 舞風のやつ」
こくんと頷く少女――禍屡魔は不満顔でこちら側を見上げている。その手には紙切れ一枚。いつものような置手紙だろう。いつもの前分けの赤い髪の隙間からは不機嫌そうな目が覗いている。
俺こと、ベリーウェルはそれを受け取り、中身を見てみる。全く持っていつも通りの文面である。
舞風はこうして数年に一度放浪の旅に出て行く。ほとんどの妖怪が幻想郷から出ないことに対し、舞風のそれは頻繁と言っても差し違えないだろう。山の主として、そして大妖怪としての自覚があるのかどうか疑わしいものだ。
「ま、いないものは仕方ありませんわ。アキはどうしましたの?」
「人里の方に出払ってるよ。昼には帰ってくるって言ってた」
「はぁ……全く。私が今こうしてご飯にありつけないのは舞風のせいに他ならないですの。帰ってきたらびしっと言ってやる必要がありますわ」
そうぶつくさと呟きながら近くの椅子を引き寄せて座る。丈があっていない為、座るとその足は地に着かなかった。
この妖怪、禍屡魔とはこれで随分と長い付き合いになるが、恐ろしいほど様変わりしたものである。目を合わせるのすら怖かったと言うのに、今はその目線は俺のものより低いのだから。
それでも忘却の一端、”ど忘れを誘発する程度の能力”には手を焼かれている。主に悪戯のように使われているために俺と舞風への被害は甚大であった。最近はそれも少なくなったが、思い出したかのようにやるのだからやめてほしい。
「それでも律儀に部屋の掃除はやる辺りお前も中々出来たやつだよな」
「な、ななななんのことですの!? 全く心当たりが無くってよ!?」
そう焦りすぎては己から暴露しているような物だろうに。
とは言っても、俺が気付いたのもそう昔のことではない。たまたま舞風が数年家を空けることが在って、アキに掃除くらいするべきか尋ねてみれば嬉しそうに必要ないと笑われる。その後言われるままに舞風の家を覗いてみれば一人せっせと掃除をする禍屡魔の姿。
なるほど、微笑ましくもなる光景であった。どうやら今の今まで気付かれていないと思っていたようだ。
「そ、そんなことより、貴女は何をやっているんですの!?」
「ん? んー……実験?」
「私には小さな紙を量産しているようにしか見えませんの。それが武器にでもなるんですの」
「まぁ、そうだな……おい、別にこれで斬りかかるわけじゃねえよ」
禍屡魔の信じがたいものを見るような目を一喝し、それを眼前に突き出す。俺が一枚一枚丁寧に装飾を施す、掌に収まる程度のカード。紙といわれたらそれまでだろうが、これは今のところの俺の研究の集大成である。
『スペルカード』。未来で使われることになるであろう、弾幕ごっこと呼ばれる決闘に使われる札である。
「いいか? これにはあらかじめ仕掛けが施してある。これを持つ者の妖力、あるいは魔力に反応し、攻撃を保存する術式だ」
「攻撃を保存してどうするんですの? そんな事をしたところで所詮二番煎じですの。殺すなら裏をかいてこそですのに」
「あのな、言っとくけどこれは殺すための道具じゃない。寧ろ遊びとか訓練で用いる為のものなんだよ。それにただ保存するだけじゃない。術式をあらかじめ刻むことによって発動タイミングの高速化、力のコントロールを無理なく実現化したもので――」
「ストップですの。これ以上聞いても仕方在りませんわ」
禍屡魔はため息をつくと机の上の無地のスペルカードを手に取った。様々な角度でそれを見た後、小さく頷いた。
「実験中なんでしょう? なら私が実際に使ってどういったものか確かめてあげますわ」
「ん……まぁ危険は無いからいいか。でもやるなら外でだ。後でな」
こんなところでぶちかまされようなことならどんな事になるか。ただでさえ山の中であると言うのに。
「――ああ、あれ。私もベリーちゃんにもらいましたね」
「アキはもう持ってますの?」
「ええ、退屈だったときに一枚だけ、ですけど」
「ああ……あれか」
スプーン片手にアキがおかしげに笑う。それを見ながら俺はアキのスペルカードを思い出す。自分の試作段階のカード、つまりは同じ物を使っているはずなのに、アレはえげつない弾幕であった。
シチューを口に掻き込む禍屡魔が不思議そうに首を傾げた。
「あれ、と言いますと?」
「スペルを考えるのは力の持ち主だから当然個人差がある。俺も数枚試作してみたけど、アキのは多分避けられないな」
「ふーん……要するに自分の好きな技を考えて保存できるカード。と言うことですの」
確かにそれで間違いは無いが、実際に使ってこそのスペルカードである訳であって……俺もたまにストレス発散に用いてはいる訳であるし。
禍屡魔の笑みがこの日初めて嫌らしげに浮かんだ。そう言えばこいつのスペルも相当えげつなさそうである。昼食の容器を空にし、片付けもせずにそのまま外へと飛び出していく。些かはしゃぎすぎな気もするが。
「全く……せめて片してくれれば良いものを」
「いいじゃないですか。ああいう見た目相応なところがあって」
「年齢は相応じゃないけどな」
それは自分も誰かに言える事では無いか。この幻想郷に訪れ、もう三百年が過ぎる。更に生まれたのは五十年くらい前であるから、大体三百五十歳か。とんでもない数字だな。まぁ、俺以外の奴の方がずっと長生きなんだろうが。舞風にしろ禍屡魔にしろ、アキにしろ。
「……何か?」
「いや……なんでもない」
笑顔でありながらも冷たい目がこちらを射抜く。流石に考えがばれたようだ。苦笑いで誤魔化すと食器を――禍屡魔の物を含めて――水を張った桶に放る。跳ねた水が顔に当たって思わず顔をしかめた。
踵を返し、懐をまさぐる。手に当たる固い感触。掴み、それを眼前に持ってくる。装飾が加えられた一枚のスペルカード。絵柄には竜巻が描かれており、上部には大きく『Miracle Turbulence』の文字。俺のスペルカードでただ念じるだけで出来るような簡単な物ではない。イメージは当然、名前にも大きく左右される。
『Miracle』は奇跡。『Turbulence』は乱気流。それだけで呼べば奇跡の乱気流。もしくは乱気流の奇跡か。個人的には前者のつもりだ。
「それじゃあ俺は外に出てるから」
「ええ、私もそのうち行きます」
シチューを掬い、そのままの体勢でニコリと笑う。それを見てから俺もまた家のドアを開いた。
「――ベリー! 出来ましたわよッ!!」
カード片手にこちらへと向かってくる禍屡魔。それを見ると手に持った『Outer Witch』のカードを懐にしまい、こちらへと向かってくる禍屡魔へと向き直る。
珍しくはしゃいでいる禍屡魔。アキが言うように見た目相応な幼さを感じられるが、その口元の嫌な笑みは隠せていない。多分ろくなスペルを作ってないだろう。思わず苦笑いをする。
「そうか。じゃあ試しに勝負してみるか」
「上等ですの。では早速――」
「待った待った待った」
そう言って眼前にスペルカードを構えた禍屡魔に待ったをかける。今さも当然のように発動しようとしたぞ。この目前にて。
とりあえず最低限のルールくらい定めなければ。殺し合いにルールはないがこれは決闘、もとい遊びなのだ。
発動するときは一定以上の距離を取ること。それを使うときは込められたスペルを唱えること。一回被弾したら終わりと言うこと。大まかなところはそれでいいだろう。俺と禍屡魔は距離を取る。
「それじゃあまずは――小手調べからですの」
「――ッ!」
相対し、にらみ合う。禍屡魔の体からあふれ出す圧力。思えば禍屡魔と戦ったことなど一度もなかった。あって、それこそくだらないと思うような喧嘩程度。今の今まで、俺は確かに彼女を見くびっていた。
赤い髪と、丈の短いマントがはためいた。それと、同時に禍屡魔の周辺に無数の紅い妖力弾が出現する。手を掲げるとそれはこちらへ向かって飛来、慌てずにそれを避ける。一発一発、しかし確かにその紅い軌跡はこちらに狙いを定めておりおかげで止まらず空を飛ぶことを強いられている。
「ハァッ!!」
対抗するように俺の周りに出現する魔力弾。俺の周りを旋回し、留まり続ける。一瞬攻撃が緩んだところを見越してそれを解放させた。
禍屡魔のようにピンポイントで狙う訳ではなく、散弾とでも言うべき弾幕。そこに人が入り込むような隙間は、ない。
しかし彼女はその口元に笑みを零すとそれに真正面から突っ込んだ。小さな体はそれこそ紙一重と言ってよいほどに隙間を掻い潜り、こちらへ口の端を歪ませ、挑戦的な目を向けた。俺は若干の苛立ちと共に、腰の辺りをまさぐり、掴み取る。
「魔符『アウターウィッチ』ッ!」
一枚目のカードを切った。俺の目前に現れる五色の魔力砲台。それらが禍屡魔を囲い込むかのように飛び立ち、オートで攻撃を始めた。無論、俺とて何もしないわけでなく、先程より密度の薄い弾幕を放つ。
その時禍屡魔は感心するようにそれを見ていた。しかし攻撃してくる砲台たちに一瞬目を見開くと後に残すは楽しげな笑みであった。本当にゲームをしているかのような、まぁ実際にゲーム気分なのだろう。ゲームに本気になる俺がダメなのだろう。
「中々――でもその程度ではっ」
ひらりとその身を翻す。確かにその周りを檻のように囲い込む魔力の砲台を、しかし楽しげに避けていく。その身から忘却妖怪だった頃の『戦い』の記憶が消えていないと言う事を再確認する。
思わず舌を打つ。既にこちらの攻撃は見切られていた。これでは無駄に魔力を消耗するだけである。しかし、だからと言って自分にどれだけの対抗策が残されていると言うのか。
能力はほぼ同等。絶望的なまでに違うのは『経験』。力がある頃は舞風とさえまともに殺り合えたやつに、どうやって勝てというのか。
――手立ては浮かんだ。しかし――
「――余所見に加え、考え事などしてはいけませんわよ」
「ッ!!」
既に自分の真下まで迫っている禍屡魔を思い出す。今この瞬間、対抗策に囚われ禍屡魔を”忘れた”。己の未熟さに苛立ちながらもその場を離れる。数瞬のタイムラグを経てその場を紅い弾幕が通過する。完全に後ろを取られた。
『アウター・ウィッチ』はまだ生きている。しかしこのままでは時間切れで消えるのは確実であろう。俺を追いかけてくる禍屡魔は俺の五色の魔力弾を避け、時には弾き、こちらへと迫ってくる。振り返って攻撃すればその瞬間に紅が目の前に広がるだろう。
「冗談じゃ――ないっ!!」
こちとら戦いの経験などほとんど無い。しかし、このまま押し切られるのはあまりにも情けないでは無いか。こちとら三百年を生きた魔女だ。その名を、ただの伊達にしてたまるものか。
無謀と知りながら――反転。視界いっぱいに紅が広がる。
「封符――」
☆〇☆☆〇☆
勝った。確かな手ごたえがそう知らせる。最後の最後でこちらに向き直る。それから何事かをしようとした様であったが、如何せん反応が鈍い。何事かをする前にその姿は煙に紛れた。
まぁ、こんなものですの。そうここまで頑張った少女を褒める。立場を同等と見られがちで在るが、こちらとしては未だ負ける様な事は無いと確信している。弱体化した程度で簡単に負けるようでは『元』大妖怪は名乗れない。
あのタイミングで振り向くのはダメであろう。逃げ続けろとは言わないが簡単に切羽詰ってしまうようでは戦い向きではない。あそこはもう少し場を見極めるべきであった。
――どちらにせよ、結果は変わっていなかっただろうが。
「――いくらなんでもそれは悪手でしょうに――ッ!?」
そこまで口にして、急激な力の昂まり、粉塵から光が弾けた。白い、網膜を焼くかのような鋭い光。そこを基点とし、巨大な陣が広がった。何処か青っぽい白。それの形には見覚えがある。
――星の形。舞風が愛用した、『反星陣』と呼ばれし魔法陣
煙がはれたそこにはその魔法陣の中心の下に立ち、光に照らされた少女。奇しくも幻想郷の名を冠するかのように、幻想的な光景。手に握られた一枚のカード。少女の姿が粉塵に消えた瞬間時を同じくして五つの砲台は解除され、今使用されているそれが新しいカード。
二枚目のカード――そんな野暮なことは口にしない。まだ戦えるならばそれでよし。自分とて手の内は明かしていないのだから。
少女の手が空を走る。赤と紫の特徴的なウィッチドレスと金色の髪が大きく揺れる。
「『スターライトガーデン』ッ!!」
そして、宣言。星の陣からは無数の発光した弾が立ち上り、こちらへとゆっくりと進み始める。それは本当に緩やかで――遅い。こちらに辿り着くには未だ数秒が必要ほど。思わず首を傾げる。
しかし、陣が回転を始め、それに伴い弾幕が加速していく。滑らかでこそ在るが、それは現れる全ての弾丸に作用する。やがては高速の弾幕となり、こちらを狙う。それの狙いが精密でないことが救いである。
「――流石」
舞風と共に在るだけの事はある、と言うことだ。類は友を呼ぶ。それも決して間違いではないのだから。舞風はある意味一つの象徴。集まるべくしてそこに集まった者の一人。今はまだこれであるが、やがては大妖怪に近い力を持つ日が来るであろう。
だが、まだ早い。この”忘却妖怪”禍屡魔を相手取るには、まだ未熟。
仕舞っておいたカードを取る。先程作り上げたばかりの――スペルカードと言う物。ベリーの苦労の大半はこれの開発に重ねたのか。私の力を纏ったそれは、ひどく手に馴染む。
頬を弾が掠ったところでそれに力を込める。僅かに紫に発光するスペルカードから刻まれた術式が浮かび上がるように手に収まった。
「忘符――『ウィーク ア マインド』」
宣言――術式が拡大化し、その手に収まる。形が崩れた四角のような歪な陣。その手に力を込め、思い切り振りかぶる。
そして投擲。あたかもそれが物理的な物質であるかのように回転しながら標的へ。されどそれは命中しない。その下を通り過ぎる。かと思われた瞬間、その背後で強く点滅した。
「――――爆散」
「ッ!!」
それは弾け、無数の妖力弾となって再びベリーへと襲い掛かる。予想外の不意打ち、とでも言うのだろう。咄嗟に振り返ったその瞬間、驚愕に行動を停止した。しかし、ギリギリのところで反応。危ういところで避けられた。
しかし、それで終わってしまうような簡単な術式などではない。弾けたそれは再び形を形成する。形は歪に、されど二つに。放物線軌道を描いてクロスし、再び襲い掛かる。
「増えるのか!? っくぅ!」
その軌道から逃げようにも、それは宣言時に標的を定めることで追尾するように付与されてあるので避けるには直前で避けるしか無い。しかし、今回はそれが二つ。
悩みながらも瞬間的にこうするべきと判断したのか、ベリーの周りに浮かぶ弾幕を相殺するように向かわせる。今や回転の相乗効果を以って、その弾幕の速度は目を見張るほど。故に、それは相応の重さを持って不規則な陣を弾いた。片方だけ。
もう片方に目を向けた瞬間を見計らい、投擲。何を? それはそう、我が力の象徴でもあった白と黒の魔槍『タルタロス』。弱体化により、そのサイズはこの身に相応なほどに縮んでしまった。されどそれが持つ私の力は失われていない。
忘却を用いての『不可視』。それは寸分の狂い無くベリーへと突き進み、
「――――ッ!?」
そしてその目が見開かれる直後、その身に吸い込まれるかのように突き刺さった。
☆〇☆☆〇☆
「――あれ。痛くない?」
「……流石の私もゲームで貴方を殺すほど危険な思想は持ち合わせてませんの」
呆気にとられて自分の胸に突き刺さっているように見えるその魔槍を見下ろした。しかしそれは禍屡魔が軽く引っ張ればきゅぽんと情けない音を立ててそれは外れた。
それの先端に鋭利な刃は無い。あったのはそれこそ吸盤のような、どう頑張っても生物を殺傷足り得なさそうなもの。
「……で、これは私の勝ち、ですわよね」
「……うん」
「負けたからって気を落とす必要はありませんの。寧ろ私が負ける方がずっと酷い。貴方の戦い方は悪くありませんでしたの」
「そうかなぁ?」
実際、負けてしまったからどうしても腑に落ちないんだろう。確かに戦いの経験は圧倒的に向こうが上なのかもしれないが、ことこのゲームに関しては自分の方が上と自負していた。
「ところで、最後に使ったあのスペルは――」
「ああ、舞風のを参考にしたんだよ。星型ってのはやっぱり術式としても上等みたいだから扱いやすくてな。いっそこれを旗印にでもしようかと思うくらいさ」
「ふぅ~ん……」
禍屡魔が腕の一振りでその手の魔槍を虚空へと消した。こういった自分専用の武器と言う物にもやや憧れるが……今の自分にはスペルカードの作成が重要課題である。
よくよくはこれを用いた使い捨ての触媒と出切ればよいが、パッと出るほど一枚にかかる金は安くないのである。
「金も無限に沸く物じゃないからなぁ」
「そんなことは当然ですの。私達の生活の大半は舞風とアキで成り立ってるのですから」
「なんだよなぁ……」
俺は引き篭もって研究。禍屡魔は奔放に遊びまわる毎日。スペルカードにかかる金にしろ、禍屡魔が何処からとも無くつれてきた動物達にしろ、ただじゃないのである。
それが分かっていながらも決して働かない。ある意味ニートとも言える。だが、どこがまともに妖怪を働かせてくれると言うのか。あの二人は、ある意味例外なのだ。舞風は八雲紫からの仕事を受けているので一定期間ごとに賃金が送られてくるし、アキは自らの作った作物や器具を売りに行っている。
アキは、凄い妖怪だ。僅かな期間で人里の信頼を得た。元々人であるということも聞いているし、風貌が美人であると言うこともあるのだろう。たまに妖怪退治も受け持ったりするのでそれこそ人里からは一目置かれた存在となっている。
「――お疲れ様。ベリーちゃんも腕を上げましたね」
気付けばそこに立っていた。微笑ましい笑みを浮かべ、件の人物でもあるアキはいた。
一体いつから見ていたのか。一体いつから聞いていたのか。なんとなくその笑みが「テメェらは働いてなくて良いな」なんて皮肉に見えてくる。寧ろそうにしか見えない。
そもそも腕を上げたと言われたところで皮肉に感じてしまう。彼女の全てを知っているわけではないが、数百年の付き合いでアキが何でもかんでもこなしてしまう、言うなれば完璧超人であることを知っているからだ。
――そして、アキの最も得意とするところ。それは収束による砲撃。一点突破にかければ舞風の障壁すら打ち抜ける。それがどれだけ恐ろしいか。彼女は単体で、一つの里を滅ぼす力を持っていると同義だ。
「……まぁまずまずでしたわ。今後は体を動かすことをお薦めしますの」
「ふふっ。禍屡魔ちゃんも凄かったですよ。さすが大妖怪です」
「’元’大妖怪ですの。とてもじゃありませんけど、これじゃ大妖怪は名乗れませんの」
禍屡魔が胸にぶら下がる首飾りを掴んで目の高さに持ってくる。それは舞風の手によって何かの拍子に破壊されたりしないように鎖が部分的に固定されている。それを解くことができる者は幻想郷に両の指で数えられるほどしかいないだろう。
確かにそれは彼女の力を封じる物であるが、それを見る目に不満は無かった。彼女がそれの解放を頼んだことは知る限り一度も無い。恐らく、彼女もまた己の力に振り回される事を恐れている。そんな気がする。
「――それでは、最近私も運動不足でありますし、一手だけいいですか?」
「……あれやるの?」
「ええ、あれです」
満面の笑みで頷く彼女を見てまた頭が痛くなるのを感じた。何のことか分からない禍屡魔は首を傾げている。まぁ、百聞一見に如かず、と言うことであろう。
アキがカードを取り出し、距離を開けた。疲労した体。逃げるのはもう諦めた。
禍屡魔が構える。その顔が驚愕に染まる瞬間だけでも見ておこうかと思い、目を向ける。
「写本『――――――』っ!」
「――――ッ!?」
大瀑布のような弾幕。眩い光に巻き込まれ、結局顔など見れぬまま、意識は消えた。
――夢を見る。それはまるで空想のような世界だ。
世界は人口の光によって照らされ、空気には混じり物。沸いてくるといっても過言では無いだろう人間達。
数秒の時間を経て、そこが自分が今になる前に生きていた世界と重なることを思い出す。目を覚ましている際は断片しか思い出せないと言うのに、深層意識として残っているからなのだろうか。何処までも果てまでも、世界は見える。
どうして自分はこの世界にいたのだろう。どうして自分は今こっちの世界にいるのだろう。
暗雲とした世界。見上げた先に北極星以外の星は見えなかった。ここまで自分の世界は暗かっただろうか。そんな疑問を抱く。
ふと、世界を見下ろした。科学によって埋め尽くされた世界の一部分。三つの人影。二人の中良さ気な少女と、その後ろをついて行く、荷物持ちの少年。
何かの帰りなのだろうか。少女達は最新式のカメラを嬉々として眺め、後ろの少年は何処かげんなりとしたようにそれを見ていた。
ふと、その視線が空に固定される。こちらを見たわけではない。こちらとはまた違った空へ。
アレは――――
「――ん」
「あ、起きましたわよ」
そんな声は真上から聞こえてきた。頭上から照らす光に眩しさを覚えながら目を開く。やはり、赤い髪の少女が見下ろしていた。
ふとそこで妙な違和感を抱きながらも自分が気絶していたことを思い出す。多分家まで運んでくれたのだろう。体を起こしてみれば少し自分の体が重く感じた。
「まったく。ここまで運ぶ者の身にもなってほしいですわ。ただでさえ私より大きいのですから」
「……うん」
禍屡魔が頬を膨らませながらそういった。意識が混濁としている。なんだろう? 何かが釈然としない。
――なんだか、夢を見ていた気がする。そう、夢を見ていた。だがそれがどんな夢だったのか、まったく思い出せない。まるで思い出すのを拒んでいるよう。
「――ちょっと。寝ぼけてるんですの? これから晩御飯なのですから。起きなさいな」
「……え? もう?」
「もうですの。自分がどれほど眠っていたかも判らないんですのね」
窓を見てみれば確かに外は暗い。夕日すら既に落ちてしまったのだろう。
自分の体を見下ろした。いつも通り、細い腕に、小さな手。目には少し痛いのかもしれない、赤と黒のドレス。全部いつも通り。
いつも通りのはずなのに――――違和感。
「――――舞風」
彼に会わなければならない気がする。会って、何かを話さなければならない気がする。でも、何を話せば良いかわからない矛盾。
気のせいだ。そう決め付けるには余りにも……
「ベリー。さっきからおかしいですわよ?」
「禍屡魔……」
そう見下ろす少女の目には心配。確かに、深く考えすぎたかもしれない。
話すことだって、次に会う頃には思い出しているだろう。多分、きっと。
そう思って、重い体を持ち上げた。違和感は消えていた。
時間をかけた割にはオリキャラ回。しかも謎。ストーリーの重要部分に入る前にやっておきたいことがいくつかありますからねえ。
そうそう、ここでお知らせさせていただきます。なんと、私をお気に入りユーザにしてくださった方が30人を突破しました!! 登録してくださった方々、誠にありがとうございまう!!
次回の投稿はどれほどかかるか。安定できたらいいんですけど、最近は毎日補修漬けですからなぁ。良い訳にしては苦しいばかりでありますが。