舞風と妖怪
前投稿から二週間と三日経過。かかりすぎだろ。
ストーリーの進め方は頭内で出来ている気がするけどそれにつなげるにはどうするべきかさっぱり浮かばない。これも一種のスランプなのか……
――幻想郷には多数の妖怪が現存している。
元々そのためにある場所であるのだからそれも当然である。未来において幻想の代名詞ともなるモノ達は、ここに確かに存在しているのだ。
故に、これは俺こと舞風が、愉快な愉快な妖怪たちと出会い、遊び、共に過ごしたときのお話である。
☆〇舞風と妖怪〇☆
「――そらを自由に、とびたいなー」
「飛んでるじゃない……」
呆れ顔の少女に言われた言葉を言いたかっただけだとぶっきらぼうに返す。そんなたまにあるやり取りを行いながら俺は霧の湖の真上で風に流されるままに浮かんでいる。初めて来た時の様な妖怪の穢れはないため、辺りは比較的綺麗である。
何もすることがなく、尚且つむしゃくしゃしている際、俺が訪れるのがここである。別に今むしゃくしゃしてるわけではないが。誰にだってあるはずだ。大自然を見ていたら悩みがなくなるとか。俺にとってはそれに近い。悩みも無いが。
要するに、何もする事がなく、尚且つ暇なのでこうして大自然を眼下に納めているだけである。広いからストレス発散にもいいし、いろんな意味で。
「さて……こんなところまで一体何の用なんだ? 紫」
「あら、友人の傍にいるのがいけないこと?」
俺は隣で隙間に座りながら胡散臭げな笑みを浮かべる妖怪の賢者こと八雲紫に目を向ける。別に嫌と言うわけではない、しかし普段いない存在が傍にいるのだから、聞こうと思うのはおかしいことだろうか?
そう思って、しかし口には出さない。この妖怪は大概の事は分かる。長い間付き合っているが、紫の頭の回転はは中にスーパーコンピュータ搭載してるんじゃないかってくらい早い。対するのは元々頭がよくはない俺なのだから、思考のパターンが理解されてるんじゃないだろうかと思うときがある。
これも一種の以心伝心。一方通行では在るが。
「ようやく仕事に区切りがついたのよ。そしたら久しぶりに会いたいと思ってね」
「ほほぅ。そんな事言って、藍に押し付けてきたんだろ?」
「そんなことないわ。私の分が終わっただけだもの。藍に任せたものはまだ終わっていないようだけど」
「……藍の奴も苦労してるな」
昔は自分もところ構わず隙間送りにされた訳であるから、割と同情できる。悲しきかな。
しかしまぁ、それを悪いとは思ってはいないのだろう。クスクスと笑う。場所を問わず着ているその服のフリルが小刻みに揺れているが、この歳になってまでよくもおしゃれなどするものである。俺など考えるのも面倒になるほど昔に決めたこの服しか着ていないと言うのに。
「じゃあ、俺には特に用事はないのか?」
「そうね。いや、一つだけあったわ」
「なんだ? また面倒ごとか? それか西行寺の誕生日か? 演芸はもうしないぞ」
「違うわよ。貴方、私をなんだと思っているの?」
「幻想郷の妖怪の賢者。実力はそのトップに君臨し、管理のために日々奔走するもの……ただし年を知る者はいない」
「ちょっと、最後なんなのよ」
口を尖らせてこちらを睨む彼女と目を合わせぬよう、明後日の方向を向く。とはいうが、実際明後日の方向とはどっちなのだろう? 太陽が昇ってくる方向は明日だろ?
そんなどうでもいい事を思いながらも尚目を逸らす。すると諦めたのか、ため息を一つついた紫が唐突に隙間の中に手を突っ込み、何かを探り出す。何をしているのかとそれを見ていると、見つけたと言わんばかりにその口元がにやりと歪んだ。
「はい。これ」
「……なにそれ?」
「見れば分かるでしょう?」
それはアクセサリー。俺の腕輪のような無骨なモノではない。ファッションのための、綺麗な赤い宝石を拵えた首飾り。男の胸になど絶対似合わぬだろう、そんなものを俺に対して差し出すこいつの気が知れなかった。
「だから、それが? まさか着けろと?」
「これはね、私がすい……とある知人にもらった首飾りよ」
「おい、今知人の名前出たぞ? しかもなんか物もらいたくない知り合いだぞ?」
「本人は何処かの妖怪からの献上品だとかで持て余してたから私がもらったのだけど、どうにもこれを身につけたものを弱そうに見せる効果があるらしいわ」
「……で?」
確かに、伊吹ならそんなものいらないか、もらって数分興味を示してあとはポイだろうな。しかし見た目どう見ても洋風なそれをあいつに貢いだのは誰なのか若干気になったりするが、まぁ人間からでも奪ったんだろう。
見た目だけをみるなら普通の宝石。微弱な力の感知は得意なのだが、そういったものを一切感じない。偽者ではないかとも思う。
「あら……好き好んで弱い姿を見せる貴方ならご用達だと思っていたのだけど?」
「分かって言ってるだろ? 俺は別に自分を弱く見せたい訳じゃないっつーの。余計な力を出さずに済むからこの姿なんだ」
烏天狗や鬼の姿では集中していない限り俺の妖力が駄々漏れになってしまう。随時集中するのも面倒だからこの姿なのだ。それに、あの姿で居座り、自分の力と認識してしまいそうで怖い、と言うこともある。これは俺だけの、大妖精舞風だけの力ではないのだ。
それを知ってか知らずか、口元を隠しながら笑う。差し出すその手は引っ込める様子が無い。それを見て一つため息をつき、その手に光るアクセサリを掴む。
「――まぁ、今更着けたところでどうってこともないだろうし、別にいいさ。稀にはお前の思惑通りになってみるのも面白い」
「ふふ、そういってくれると嬉しいわ――うん、似合ってる」
紐を首に通し、紫を見る。別段変わった様子は見受けられない。そもそも力さえ感じないのだから、それも然りなのか。しかし紫は満足そうに頷き、微笑ましいものを見るかのように目元を緩めた。
「……おい、やっぱり嘘じゃないか? 何も変わった気がしないぞ?」
「身につけているのは貴方なのだから変化を実感できる訳無いでしょう? うん……舞風。ちょっとこっちへ」
「ん?」
手招きする八雲の元へと寄る。何事かと尋ねる前に彼女の細く綺麗な指が俺の髪を梳いた。突然のことに驚きながらも、彼女の目は別にトチ狂った様子もなく、いつも通りであった。なので余計違和感がある、ということもあるが。
「……おい」
「なにかしら?」
「いつまでやってる」
そう声をかけるまで延々とその手は俺の頭を左右していた。すりすりすりすりと頭を延々と摩られる気持ちが初めて分かった。流石に鬱陶しく、その手を払った。
――が、いきなりその腕を握られる。それも凄まじい力で。普段の彼女なら絶対出さないような力の入れ方。
ハッとして、ようやくその顔を見た。
愉悦に浸るかのような目。赤く紅潮した頬。一目見ただけでいつもとは違うことに気付く。
――さっきのアレのせいか?
そう思考を巡らせ、直後ニコッと笑みを浮かべた紫。それを見た瞬間背を冷たい汗が流れる。直感が言っている。ここにいたらまずい。色々とまずい。
しかし掴まれた腕は万力に挟まっているかのようにがっちりと固定されていた。逃げられない。逃げたいけど逃げられない。
「――あっ!!」
「――?」
紫の後方を指差す。紫はゆっくりと振り返る。恐らく、気付いているのだ。そこに何もないと言うことに。それでも、向いた。絶対的な余裕。
直後、神風で自分の腕を切断し、急速にその場を離れる。切り離された腕は気化するかのように解け、やがて俺の元へと戻ってくる。そのまま咄嗟に転移結界でランダムジャンプする。光に包まれかけた瞬間、紫の笑みは三日月のように裂けて見えた。
「――とんでもない目に合った」
そこは人里の近くの森の中。昔設置した転移結界の一つ。人里の傍とその近くに二つ設置したのは人間側の警戒を和らげるためであったが、まさかこんな場で役立つとは思わなかった。
とは言え、紫ならすぐにこちらを見つけるだろう。幻想郷において八雲紫はほぼ絶対の存在だ。更に付き合いも長い身、プライベートなんて言葉は投げ捨てるかのようにこちらの場など把握するだろう。
「いや、これさえ外せばいいだけか」
そう胸元の装飾品に視線を落とす。あの八雲紫さえも惑わせるなんてどれほど恐ろしいものなのか。いや、恐ろしいかどうかは別にして、強い力を持っている事は間違いないだろう。念入りに調べてみても力の欠片さえ見られないのだが。
どちらにせよ、このままでは碌な事にはならなそうである。そこらの妖怪に襲われる程度ならまだいいが、強い力を持った妖怪に、それも自分のせいで交戦なんて、正直冗談でもない。
「――――?」
それに手をかけた、その瞬間である。大きな重圧の様な気配。それもすぐそこにである。
目を向けてみれば、木と木の合間を縫うかのようにこちらへと飛んでくる黒い、闇の球体。それだけ見ればなんとも怪しげな存在であるが、如何せん揺ら揺らと危なげに揺れているのだから素直に危機感を抱けない。
見るのは初めてではない。名を『ルーミア』と言う闇の妖怪。そう聞いた。信用しがたいベリー情報では在るが、今までは見かけても特に気に留めることもなくスルーしていた。そもそも”闇の”妖怪と言うだけで忌避するべき存在である。
”闇”と聞けば誰だって綺麗なものを浮かべない。闇に紛れるものは大抵良くない物である。故に、闇とは常に恐れられるものなのである。ならば、その闇への恐怖を糧にする妖怪がいたとして、それはどんなものなのか。
今までの経験上女であることは不思議と推測できるが、その強大さは別である。その球体から感じられる重圧のようなプレッシャーは何者をも押しつぶしかねない雰囲気を放っている。もし、俺がこれ関わったとして、その本質が破壊ならば、被害を食うのは俺だけではなくなる。だから幻想郷にいる妖怪の中でも、素性が知れない妖怪との付き合いは絶ってきた。
何一つ言葉を口にしないまま、闇の妖怪ルーミアはこちらへと真っ直ぐ進んでくる。その闇の中からこちらをどんな目で見ているのか。捕食者か、それとも興味本位なのか。下手な動きはしないまま、睨むようにその動きを見つめる。
揺ら揺らと曖昧に、されどこちらへ真っ直ぐに。
ルーミアはそのまま俺の眼前へと迫り――――
俺の頭上を通過したかと思うと――――
背後の在った木に派手な音を立ててぶつかり、大地に落ちた――――
「…………」
ガラガラと何かが崩れたかのような音が聞こえた気がした。そうも錯覚するほど、空気がシリアス(笑)になった瞬間であった。その闇は晴れ、木の傍で呻きをあげながら頭を摩るその姿形はやはり少女である。
短い金色の――と言うよりは黄色に近い――髪に赤いリボンをつけ、闇の妖怪を象徴付けるかのように纏う服――ドレス等は黒い。
頭を抑えたまま、こちらを見上げる。やや上目遣いな瞳は赤く、うっすらと涙が浮かんでいた。流石に痛かったんだろう。
「いたい……」
「……なぁ。お前って、闇の妖怪なんだよな?」
「そうだけど、あなたは?」
少女はその場に座り込み、こちらを不思議そうに見上げた。やはり、間違いではない。と、言うより自分で現場を見たはずなのに、やりきれない感覚でつい聞いてしまっただけなのだが。やはり、誤情報か、とベリーをやや恨みながらため息をついた。
いや、確かにあの闇は恐ろしいものであるその中身はどういうことか、見た目並に無邪気な心。今まで避けていた自分が馬鹿らしくなるほどである。
「――舞風。一応妖怪だ」
「妖怪?」
自己紹介と共に手を差し出してみれば、その答えを不服そうに首を傾げられた。そこで首を傾げられても困る。いつもならそこで皆納得するところなのに。
「……ああ、これのせいか」
そう胸元を見下ろす。身につけた首飾りが俺を弱く見せたのか。それなら納得できなくも無いが。
とりあえずそれはそれである、視線を少女に戻す。
――大きく開かれた少女の口が俺の指を内包する瞬間。
「あぁぁぁぁぁぁぶぬぅえええええええええいっ!!」
「あうっ」
正に神速とも言っていい速度で俺はその手を引っ込める。がちりと歯と歯がぶつかる音。勢いを込めたのかやや痛そうである。
「――っていやいやいやいやっ!! 何いきなり俺の手食べようとしちゃってる訳!? 一体受けたを教育をどんならばばばばばばばば」
「だって食べれば人間か妖怪か分かるもの……多分」
「いや分かるものって! 言ったじゃん!! 俺妖怪って言ったじゃん!! しかも何気にお前多分って付けたよね!?お前本当は食えたらいいなとか思っただけだろ!?」
口を尖らせる少女に対し、そうまくし立てる。しかしその顔は反省等の色に染まることは無い。
そこまで俺は人間に見えるのか。確かに姿形は人間なのだから妖力さえ取り去ってしまえばそれは人間にしか見えないのかもしれない。しかし、だからと言って食われかけたのは許容できない。
「……ふぅ、大体。俺なんて食ったって腹の足しにもならないぞ。俺の体は人間を参考に、妖精とほぼ同一の物質で形作られているからな」
「そうなの?」
元が妖精であるのだから、その先も妖精に近くなるのは当然である。違うのは通常の妖精より密度的な物が随分と濃く、血等を見た目それっぽく再現していることくらいだろう。腕がもげれば断面から血の変わりに粒子が漏れるくらいには、であるが。
そして、そんな物を食ったところで生きるものの糧になるわけが無い。俺の体を離れた時点で粒子状に分解される。それでも空気中ならばそれを再構成することも可能である。しかし腹に収められたならば、流石に新しく力を引き出すしかない。
「――とまぁ、そういうわけだ」
「そーなのかー」
適当に掻い摘んで説明すると本当に分かっているのかどうかすらも定かでなさげな返答が返ってきた。至って真顔なのだから尚怪しい。絶対分かって無いだろって思う。
しかしまぁ何度も同じ事を言うのも面倒なので、俺を食ったところで腹の足しにならないということだけ分かってもらえればいいか。そうして、ほわわ~んと何を考えているか分からない笑顔の少女に向き直る。
「……そういえば、なんでこんなところを漂ってたんだ?」
「あっ、そうだ。今日は皆と遊ぶんだった」
「はぁ……そうでございますか」
思い出したと言わんばかりの、しかしそれほど焦った訳でもない顔。思わず口調が変わってしまうほど呆れたが、少女の視線に気付き、首を傾げた。
「なんだ?」
「あなたも一緒に来る?」
「俺も? そうだな……」
別にこれと言った用がある訳ではないのだ。ならば言ってみるのも構わないような気がする。よくよく考えてみればこの少女は食には貪欲だが、人間にはこだわっていない様に見える。
ならば、それなりに仲良くなれるかもしれない。人食いを悪とは言わないが、少しばかり思うところがあるから出来れば人を食わない方が付き合いやすい。
「まぁ、暇だからな。いいぞ」
「暇人なの?」
「ほっとけ!!」
暇人じゃない。毎日遊んでいるんだから。そうは思うがそれはある意味暇人の概念ではないかと思う。なんだか心が抉られた。
少女――ルーミアと共に歩いてそれなりに時間が経過した。
道中は少なからず話をした。普段どんなことをしていると聞けば何も考えずに浮かんでいると言うし、さっき木にぶつかったのは何故かと聞けば闇で見えなかったと言うし、好きなことは何かと聞けば食べることだと言うし、何かとツッコミ所は多かった。
が、まぁ暇はしなかったのだから、これはこれで関係を築けそうである。
偶に食べられそうな目で見てくるのが危惧するところであるが……まぁそれも含めてである。
――と、やがて木で囲まれていたはずが気付けば小さな庭のような場所に出ていることに気付く。そこには見知った背中と共に、見知らぬ顔も見受けられた。
「――ついたぞ~」
「あっ! 遅いよルーミア!」
こちらにいち早く気付き、駆け寄ってくるのは背に鳥の翼を生やした少女。しかし、すずにその足は止まった。その顔はルーミアの隣に立つ俺を凝視している。その後ろに立つ少――年? いや少女か? どちらとも取れなくも無い頭から触覚のようなものを生やした少女もまた目を剥いている。
「あーっ! 舞風じゃん!!」
「おおぅい、チルノ親分。ご無沙汰」
羽を生やした少女の隣を駆け抜け、こちらに「たーっ!」ととび蹴りをかまして来たのは湖の氷精ことチルノである。けりが顎に入った。割と痛い。その衝撃のまま仰向けに倒れ、馬乗りにされる。いつもながら体温の割りにテンションは高い。
「痛いぞ親分」
「えへへ~。あたいが寂しかっただろ子分一号」
「……まぁ、それなりには」
「そうだろそうだろ」
ここで「そ、そんなことないんだからね!」などと返せばその言葉を愚直に受け取られそうなので暈さない。山の皆なら分かってくれるんだがなぁ……
はてされ、その様子を見て警戒が薄れたんだろう。仰向けで空を重点にした視界の中に先程の二人の姿が入ってきた。因みにルーミアは初めから視界の中でおどけた笑みを浮かべている。
「ね、ねぇ、チルノちゃん。その子って人間じゃないの?」
「んー? こいつは妖怪だよ? 確かに弱っちくてあたいの足元にも及ばないような奴だけど」
「そーゆーことらしいよ。私も最初は人間かと思ったけど」
恐る恐ると言ったように口を開いたのは先程もルーミアに声をかけた羽の生えた少女。頭にも跳ねの生えた珍しい帽子を被っている。その隙間から覗く髪の色は桃色っぽい。服はゆったりとした服を纏っていた。恐らく鳥に関連する妖怪なのだろう。
「わはははは。何、長生きの割の小妖怪や人間と間違われることは少なく無い。次回から気をつけたまえ」
「はぁ……そうですか」
「なんだその返事は」
さて、そろそろ馬乗りされた腹辺りが冷えて凍傷にでもなりそうなレベルなのだが一向に退いてくれる気配がないと言う。まぁいいかと痛覚を遮断しながらチルノの顔を見る。まぁ嬉しそうである。
「そっか。じゃああなたも私達と遊びに来たの?」
「ん、そういうことになるな。暇だし~、皆いないし~、なんだか邪険にされてる気がするし~」
「そ、そうなんだ……」
苦笑い――いや引きつった笑いを浮かべる虫少女。緑の髪の間からぴょこんと生える触覚はそれなりに目を引きはしたが、その身なりも白いブラウスの上にマント。下には短パンと見たことも無い暴挙である。こちらも見たまんま虫に関連する妖怪だろう。
「ところで、俺の名は舞風だが、君達は?」
「えっと、私はミスティアです」
「私はリグルだよ」
「私はルーミアだよ~」
「お前は知ってるし、何故言ったし」
ふむ、鳥の娘の方がミスティアで虫の娘はリグルか。ふむふむ、成る程。忘れそうだ。
リグルとか言う少女が「俺なんて変なの~」と笑う。そうか?
「それじゃあ君達。早速だがチルノ親分をなんとかしてくれないだろうか?」
「なによー。文句あんの?」
「文句はないけど俺の腹がやばい。マッハでやばい。嬉しくて凍りつきそうだ」
実際、多分大地に固定されるほどには凍ってると思うんだ。腰を持ち上げようとしてもピクリとも動かないんだもの。
「……じゅるり」
「おいルーミア。何故そこでよだれを呑む。おいやめろ、俺は食えない。食えないってさっき言ったじゃん。おいばか止せ――
――アッーーーッ!!」
あまり美味しくいただかれなかった様だが、問題はそこではない。俺が食べられた(食事的な意味で)と言うことなのである。
「――やれやれ、酷い目に合ったぜ」
「う~、口の中がじゃりじゃりする」
「お前もう石でも食ってろ」
文句をぶつぶつと口にするルーミアを他所に完全復活を果たした俺はようやく同じ目線で皆と話すことが出来る。見下ろされるのは嫌いなのである。こう見えても年だけは食ってんだぜ? ほとんど信じてもらえないけどな。
「それにしても、チルノ親分にこんな愉快な友人がいたとは知らなんだ」
「まぁ出会ったのは割と最近だからね」
「うん、それまでは私とミスティアだけだったけどいつのまにかチルノが増えルーミアが増え……」
「苦労してそうだなぁ」
「まぁ、うん。それなりには」
あはは、と苦笑いで頭をかくリグルはどちらかといえば苦労人の類に違いないと直感した。仕草が既にそれである。
その場の空気が完全にゆるくなったのを見抜いたか、チルノが前に出る。
「それでそれで、今日はなにして遊ぶ?」
「そうだなぁ~。今日は新しい顔もあるし、前と同じく湖で遊ぶ」
最後のその瞬間、完全におかしくなっていた八雲紫を思い出す。あの寒気が走る目つき。俺を何と思って見ていたというのか。
人間? いや違う。そんなことで見方を変えるあいつではない。では食料? 食料の頭を嬉しそうに撫でるものなどいるか。では……玩具。いや愛玩動物……まさか、な。
「それなら八目鰻を捕まえるの手伝ってよ。最近ようやくアレを美味しく食べれるたれを開発したんだからっ」
「えーっ。またぁ?」
「食べさせてくれるならいいと思うよ~」
「お前は食べることしか頭に無いのかと」
そう言えば自分で好きなことは食べる事だと言っていたことを思い出す。それなら仕方が無いのか。しかし食べられた恨みは忘れてない。
「でも鰻の仕掛けには時間がかかるからまた後で取りに来なきゃならないでしょ? ダメだよそれじゃ」
「えー、いいじゃない、少しくらい……」
「じゃあどうするの?」
「蛙を凍らせるのは?」
「それはやだ」
「それはいいよ」
「それはいい」
「なんでよ~!」
そりゃそうでしょ、と地団太を踏むチルノに目を向ける。一方俺はだんまりを決め込んでいるが、風の向くままに、要するに完全に任せるつもりなので口を出さない。
あーだこーだと話し合う、しかし決まらない。
「――もう! こうなったら舞風! あんたが決めてよ!」
「何故ーっ!?」
「いいから、アンタはあたいの手下でしょ!!」
手下が方針を決めるのか。そうなのか。珍しい。
そうは思いながらも視線で他の三人に助けを求めるが、もう舞風でいいや、舞風ならきっと何とかしてくれる! と言う雰囲気にまみれている。どうしろと?
「あー、うん。それじゃあ、こういうのはどうだろうか?」
俺は案を口にした。
「――ほい、到着っと」
そうして俺達が降り立ったのは結界山。行く宛てが無いのなら、とこの際招待してしまった。ベリーは引き篭もってるし、禍屡魔はどこかに飛んでいったし、アキは不在だし、別に構わないだろう。っていうかあくまで山の主は俺なのだから俺に決定権があるわけで。
「ふわー……」
「さすが舞風。それでこそあたいの手下ね!!」
胸を張るチルノ。口を開いて呆けるルーミア。いや、口を開いてないにせよ後の二人も呆けている事は間違ってなさそうである。見た目人間とも間違えかねない小妖怪がこれほどの山を所有していると知ったらそれもそうなのか。
と、未だ胸を張り続けていたチルノの腕が突如としてミスティアによって引かれ、なにやら小さな声でこそこそと話しているようである。
「ちょ、ちょっとチルノ。この子本当になんなの? そこらへんの妖怪レベルの力しか無いのに、こんな山まで所有してるなんて」
「いや、それより移動手段だよ。私達を一瞬でここに連れてくるなんて並みじゃないよ? もしかして正体を隠した大妖怪!?」
まぁ、本人達は小さい声だとしてもこっちにはバッチリ聞こえていたりする。ここへの移動には毎度おなじみ転移結界を用いたから一瞬である。だがこれは能力の恩恵による部分が多いので、寧ろ当然ともいえるのだ。
「ちょっと? もしも~し」
「ひゃっ――」
「ひぃっ――」
「いやどんな怖がりようだよ」
俺が鬼にでも見えているのか? と口にしてから一応鬼と言えなくも無いことを思い出す。今は妖怪だが。
人を喰らう妖怪が何を恐れているのかと、しかし見た目が少女なのだからこちらが悪いようにしか見えないのは不思議である。
「別にとって食わないよ……チルノ親分の友人なら尚更さ」
「ほ、本当に?」
「俺が大口開けて妖怪をばくばく食うような妖怪に見えるってのか?」
そう言うと首を振ったが、ふとルーミアを見る。ああ、確かにこいつなら妖怪だろうと人間だろうと頭からガッツリいきそうだ。見た目じゃないって本当だな。
「じゃなくて、こっちは例外だろ? 大体、俺は普段食事しなくても生きていけるから、わざわざ妖怪を捕まえて食う理由も無い」
「し、信じるよ?」
「おおぅ信じろ信じろ。この際ルーミアくらい愚直にな」
呼ばれた事に気付いて首を傾げる。何を考えているやら、もしくは何も考えていないのか。恐らく後者だろうが、これくらいでいいのだ。実際。
「じゃ、入るぞ。危ない妖怪はいないけど離れず着いて来いよ」
そうして山へと登り始める。結界を書き換え、四人の結界侵入を許可しながらも。
――俺の山が然程大きくないことを再確認した日であった。
天辺の大樹に登り、我が家に招待して簡単な食事を振舞ったり、出来ることはそれくらい。それでも精神が子供だからか、楽しんでくれたのは非常によかったと思う。初めはびくびくと怯えていた二人も時間が経つに連れて笑うようになっていたし、よい傾向なのだろう。
「それで、楽しかったか?」
「楽しかった! さすが舞風。あたいの手下」
「虫もいっぱいいるし、いい場所だと思うよ」
「鳥もね。幻想郷でここだけ生存競争が過去のままなんだもん」
「美味しかったよ~」
「おい最後なんだ」
チルノもさっきからそればっかだし、とため息をつく。高い高い大樹の上で。頬を撫でる弱い風が気持ち良い。
まぁ、気に入ってもらえたなら良いか、と笑う。風に揺れて胸元でちゃりちゃりと金属音がなる。紫にもらったアクセサリー。そういえばすっかり忘れてしまっていた。結局これはなんだったのか。正確なところは分からず仕舞いであった。
そう、それを首から外して掌に載せる。やはり何の変哲も無い胸飾りである。目線の高さまで持ち上げて見たり、光に通して見たりする。やはり、何も変わらない。
「――ん?」
ふと、ミスティアがこちらを見つめたまま目を見開いていることに気付く。俺がどうかしたのだろうか? ふとリグルに目を向けてみると同じように口を開いたまま目を剥いていた。
「どうかしたのか?」
「えっ、その、舞風……えっ? 舞風?」
「舞風だが、何か?」
「え、いや、だって――男の子だったの?」
「は?」
いや、いやいやいや。どう見ても男だろう。たとえ女装してもこの生まれ持ったダンディズムは隠せないであろうほど男だろう。
しかし二人の顔は困惑気味である。と、ふと目元の胸飾りに視線を落としてみる。まさかと思いながらもそれを身につけてみる。またもや二人の目が剥かれた。まさか、ああ、そうか、そういうことか――
――なんだよ、見た目を女っぽくする胸飾りって。
紫の策略にまんまと乗せられた。そう言えば一度もあの後自分の姿など確認していない。まさかそんな裏があったとは。試しに鏡に映してみれば確かに。身長も僅かに小さくなるわ胸も膨らむわ肩幅も小さくなるわ。
ただ、紫の身につけたものを弱く見せるというのも完全に間違いじゃないから困る。これには何の力も篭っていない。在るのは術式。見た目をそう見せる術式だけ。力は装備者から持っていく、そんな物。一体誰が何のために作ったのか。
「いや、別に騙すつもりは無かったんだよ。寧ろ騙された側と言うか……」
「舞風、なんか変わった?」
「ああ、うん。いやどっちでもいいや。とりあえずこっちが本当の姿だからよろしく」
訝しげな目で見る二人に謝り、今度紫に会ったらどうしてくれようと頭を悩ませる俺であった。
……今度ベリーにでもやるか。胸囲に関して泣き言を言ってたし。
「――ふぅ」
その日の夜。また俺は大樹の天辺でため息をつく。昼頃は涼しかった風は今は肌寒く思うほど。
日が落ち、暗黒の世界。幻想郷の闇は、どす黒い。昼の光が眩しいほど、受け入れたものは綺麗なものだけではなかったから。
ただでさえ、ルーミア等の比較的人間への興味が薄れているものは少ないのだ。理性の無い妖怪は夜、人里へと集まっているとも聞く。それは紫や藍でカバーしているとも聞いたが。
「妖怪、か」
妖怪は恐怖なくして存在できない。だから人間の滅亡はまた妖怪の滅亡を意味する。いや、人が妖怪を忘れてしまうだけで、妖怪は消えていく。
そして、やがて人が妖怪を忘れるときが来る。俺の生きた未来がそうであったように。
「その為に何ができるか……」
人の恐怖が薄れないよう、妖怪達で人を襲うようにするのか。最初はそれでいいだろうがいつしか人間の武器が発展し、百五十年もすれば妖怪は人に勝てなくなる。ミサイルなんて打ち込まれようものなら幻想郷は終わりだ。
ではどうするべきか?
「……紫が考えない訳ないな」
まだ実行に移すには早いのか、まったく考えて無いなんてありえない。それはいつか来る未来なのだから。
そう、俺も紫も、この幻想郷を守るために何をしなければならないのか、決断するときがきっとくる。
絶対に――
ぶっちゃけ胸飾りの話題がおまけっぽい。本当ならこれを通して少女達の深まる友情を描こうとしたはずなのにどうしてこうなった。
一気に登場、バカルテットと呼ばれてるらしいが実際リグルは賢そうに見えるのは何故か。ああでも四コマではあれだったか。うん、バカルテットだ。
大ちゃんは諸事情でまだいません。ま だ ! です当然出します。
因みに胸飾りをつけている間の舞風はチルノ以下の少女に見えているという設定です。メタい。
一話に一度シリアスがないと締まらないので最後におまけっぽく着いてます。これが後の複線に……なるかどうかは作者の気分次第(え?)
はてさて、多大な時間お待たせしてすいませんでした。
それはそうと、本作、『東方大精霊』もいつの間にかPV100万突破。本当にありがとうございます!!
それに準じて何事かの外伝でも書こうと思っているのですが……とりあえずストーリーを進めずに暢気に外伝書いてんじゃねえ、と自分でも思ってしまうので、ひとまず保留に致します。
では、次回もよろしくお願いいたします。