舞風と釣り
投稿は遅れるばかり。レポートの提出も遅れるばかり。
さて、企業実習無事に終わりました。とある『さ』のつく宅急便です。皆まで言いません。
今日も考えてみると八日で一話投稿になってますね。流石にそろそろ修正したいと思ってはいるのですが・・・
俺は忙しい。
と言っても責務がある訳でも、特別やらなければならないことがある訳ではない。では何故忙しいのか?
言ってしまうならば、『遊ぶのに忙しい』。
――と、ベリーや紫辺りに聞かれたらまた白けた視線でも送られそうな言葉でもあるが、割と本当の話であったりする。
先も言ったとおり、俺には特別やるべき事が無い。では普段どうやって過ごしているのか?
答えは簡単。俺は毎日を友人と会うことに費やしている。ただし、友人と言っても毎日同じ奴に会っているわけではない。会うのは毎日違う妖怪。妹紅達、妖精達、地底の皆、射命丸、あと偶に星とナズに。ナズとはナズーリンの愛称である。
一番最近が射命丸だから、間隔的には次はまた妹紅達と、ある意味規則的な生活をしている。
そんな俺であるが、流石にいつも通りに動けるわけではない。結界山の皆と共にいる時間だって設けている。最近、特に禍屡魔が我がままで煩い。あいつはウチの周りをペットランドに改築するつもりじゃないだろうか?
そして、今日は珍しく、滅多に頼みごとなどしない彼女が言うものだから……
俺は、妖怪の山の中腹から流れる川に、訪れていた。
「――ほう。これは中々……」
大きな、美しい滝があった。
人の手の入っていない自然、と言うものは今の時代であればそれこそ無数にあるものの、未来においては非常に貴重である。
人は自然を我が物顔で汚し、利用し、自らの行いにも構わず『汚い』などと言う。なんて、元そうであった自分が偉そうな顔で言える事で無いのも確かなのだが。
「そうですね。こんな綺麗な水は霧の湖以外では初めて、かしら?」
「そうだな……結界山の湧き水もここまでじゃないし……」
そう、俺の隣に立つ女性、アキに目を向ける。
今ここにいるのは俺とアキだけ。これはそれなりに珍しいことだ。アキはベリーと一緒にいることが多い。それはベリーが魔法関連でアキに師事を受けていると言う理由がある。故に、二人が時間を違えることは少ない。
しかし、ベリーだって妹紅や慧音と言う友人もいるし、そっちと共に過ごす時間もあったりする。そんなときはアキが一人で何かしている場合が多い。『何を』かまでは流石に分からないが。
そんなこともあって、アキがこうして俺に頼みごとをすることは珍しい。まぁ、頼んできた内容が……
「……釣り、だっけ?」
「ええ、一度やってみたかったの」
とまぁ、そんな理由なのである。アキは数百年を生きてはいるが、割と常識を知らなかったりする。一緒に旅を始めた頃は突然『塩と砂糖の違い』を尋ねられたのはいい思い出である。返答は一言、舐めれば分かる。
そんなことを言い出す彼女に初めは料理を任せることが非常に心配だったりしたものの、今となっては完璧である。器用なので初めは不得手でも練習すれば大概の事は上手くなるのだからちょっと嫉妬する。
「……それじゃ、まずは餌と竿の方をどうにかするか」
「貴方が持ってるんじゃないんですか?」
「え?」
「え?」
いきなりそんな事を真顔で言われるものだからつい返答に困ってしまった。確かに、あるにはある。しかしそれは俺専用の一本。こうすればいいんじゃね? と言う試行錯誤でいろんなものを付けまくったので最早釣竿の原型を残していない曰く物である。
そんなものを初めて釣りを体験する者に使われては間違いなく釣りが誤解されてしまう。故に持ってこなかったのだが……
「あ、ああ。悪いな。ついこの前使った時壊れてな。新しいのを作ろうと思ったのさ」
「……そう」
少しばかり残念そうにアキの顔が歪んだ。しかし何処か疑っているように見えて仕方ない。
まぁ無いものは無いのだ。それに、凝ったりしない限り作るのは簡単であるし、我慢してもらうとしよう。
「じゃ、早速材料集めだな。ちょうどいい枝があればいい――」
「舞風」
と、言葉を言いかけた状態でアキに声をかけられる。その声色がやや真剣みを帯びていたこともあり、すぐにその顔を見る。彼女の目は俺の背後を向いていた。
俺も習ってそちらを向いてみたが、特に変なところは無い。茂った草があるくらいで。
――いや、あった。不自然に倒れた草。一部分だけがそう、何かに押しつぶされているようである。まるで透明な何かがいるかのようである。
ふむ、と首を捻らせる。まぁ何かがいるとしてもそこに何かの気配を感じることは勿論、妖気の残痕もない。別段危惧する存在でも無いだろう。
そんなことよりも、と俺はアキに向き直って――いない。なんだかデジャブを感じるのだが。
「――こんなところで何してるのかしら~?」
「――――ひゅいっ!!」
やはりか、と再び不自然な方へと向き直る。そこでは頭を抱えたままがくがくぶるぶる少女とその背後に立つアキがいた。
アキも可愛いものが好きである。禍屡魔ほど病的ではないが、それでも見かけたら頭を撫でる位には好きだ。そんな彼女だからこういった者には敏感なのだろ。最も、姿は見えないはずなのだから、雰囲気で察したとか。
「あ、あわわわーーっ!」
「おい、アキ。怖がられてるぞ」
「どうしてでしょう? 私何かしました?」
そりゃあ後ろから突然声をかけられたらびびる。しかもたった数秒前まで監視していた存在が、だ。それを知ってか知らずか、当然のように首を傾げるのだから困ったものだろう。
ただでさえアキの力は大妖の域なのだ。そんなモノは普通見かけただけで恐れる。
そんな訳で、必死にこちらへと後ずさってくる少女にはなにやら同情のようなモノを禁じえない訳だ。
「あんまり怖がらせるなよ。ここら一帯は一応妖怪の山って扱いになってるんだからさ」
「ひっ! に、人間!?」
「あん?」
俺の方へ振り向くとそう言って今度はアキの方に後ずさっていく。ほほう、俺が人間に見えるか。そうか。
確かに姿形は人間そのものだし、妖力は体外に感知が難しい程しか漏れていない。故に勘違いされるのは慣れている。あくまで人里では、だが。
この少女、妖怪ではあるが未だ生まれて浅いのだろう。妙にポケットの多い、レインコートのような衣服。種族はいまいち分かりにくいが……
「お前、河童か?」
「!!」
その反応でやはりか、と嘆息する。
『河童』と言えば日本の中で天狗に並ぶほど知名度のある妖怪である。頭に皿があり、その体は緑色。水かきがあって、人を川に引きずり込む妖怪、と伝えられている。
が、実際はその真逆と言っても変わり無い。頭に皿なんぞないし、体だって一見人と違わぬ肌の色。水かきなんてなければ川に引きずり込めそうなほどの筋力があるようには見えない。尻子玉云々の話については分からないが、それだってどうだか。
「河童って、頭にお皿があるんじゃないの?」
「俺の知ってる河童に皿はなかったよ」
自ら河童を自称する友人はいた。そいつだって俺と何一つ変わらない人型で、何故か無駄に臆病であった。懐かしい記憶である。
まぁ単に身につけている帽子とリュックで皿と甲羅が見えないだけなのかもしれないが。
「さて……どうするべきか……」
「あ、あのっ!!」
「え?」
少女はいきなり地べたに正座をし、アキを真っ直ぐに見つめる。真面目な、しかし赤い顔で少女は叫んだ。
「弟子にしてくださいっ!!」
「「……はぁっ」」
言葉が見つからなくなったのは仕方のないことである。
「――え? 人間じゃなかったの!?」
「ああ、残念ながらな」
そんなぁ、と河童少女――名は河城にとりと言うらしい――は目に見えて落胆した。
確かに、妖怪に人間と勘違いされるのは今に始まったことではないが、それに僅かながらも罪悪感が沸いたりしたのは初めてである。
「俺が人間じゃ無いと不都合でもあるのか?」
「いやぁ、出来ればそこの方に人間と仲良くなる方法を教えてもらおうかなぁ、なんて思ったり」
照れ隠しのように頭を掻いたまま、その目はアキを向いていた。流石の彼女もそれには困ったように笑った。
河童は臆病であるが、他の妖怪に比べ好奇心が強く、また他者と関わりを持ちたがる。加えてやけに人の発明品に手を出したがったりする。それは全体的に手が器用な河童の数少ない趣味なのかもしれないが。
「ふぅん……別に人里に行ったところで避けられるようなことにはならないと思うがなぁ」
「へぇ、人里に行ったことあるの?」
「まぁ、割と最近」
ほんの数日前だ。自分にしてみれば珍しくも無いことなのだが。
まぁそれも目の前の河童にしてみればそうでもないらしく、その目は先程の輝きを取り戻し、膝を折っているにも関わらずしゃかしゃかと驚くべきスピードでこちらに迫ってきた。
「人里ってどんなとこ!? 人里ってどのくらい人がいるの!? 人里ってどれくらい広いの!?」
「おい、少しは落ち着け――」
「人里ってどんなもの売ってるの!? 人里って何が美味しいの!? 人里って――」
ダメだこいつ。はやくなんとかしないと……
そう思って俺はその肩をがしっとつかみ、少女を真っ向から見る。その俺の様子に何かを感じ取ったか、いきなり顔を赤くしてばたばたとし始めた。しかし、逃がさない。目と目が合ったのでにっこりと笑ってみる。
「慧音直伝『教育的指導』っ!!」
「ひゅぅっ!!」
そのまま頭を振り下ろす。流石に慧音ほどで無い上に自分にもダメージが来るが、この河童にも大層効いたらしい。流石慧音。歴史の詰まった頭は伊達ではなかった訳だな。俺にもいろんなものが詰まってるはずなんだけど……
ぐるぐると目を回す少女をアキに任せ、とりあえず釣り竿の道具を探し始めた。
「あたたた……酷いじゃないか師匠」
「誰が師匠かと」
そこらへんの丈夫そうな枝を拾い終え、削っている頃にようやく目を覚ました河童は開口一番そんなことを口にした。お前が弟子入りしたのはアキであって俺では無いだろうが。
「そんなこと言わないでさ~。なんか師匠って人間っぽいよね」
「話を聞けよ。そしてどこがと聞き返したいね」
「うん? そりゃ言動とか雰囲気とか」
前者は全く当てになら無いだろうが。俺以上に人間っぽい喋り方をする妖怪なんて腐るほどいる。まぁ、後者に関しては少し首を傾げたが。
「それは私も思いますよ」
「ですよね? ですよね~」
「なんでそこで混じってくるんだ……」
両手を合わせながらにこやかにそう口にするアキ。
そこまで俺は人間っぽいだろうか? はるか昔に比べれば随分人外に染まっていると思っているのだが……
「それで、河童。お前さっきはなんで隠れてたんだ?」
「河城にとり! 一度名乗ったじゃないか。それに隠れてたんじゃなくて見えなくなってただけさ」
「……見えなくなってた?」
はて、それはどういうことか。そんな能力を持った河童なのか。しかし能力持ちの河童か……
そんなことを考えていると河城はなにやらヒラヒラとした一枚の布を取り出した。非常に薄い、しかしそれ一枚で少女の体躯を覆える大きな布である。色が服と同じ色なのはどういうことか。
怪訝そうにそれを見る俺に自慢げに掲げると、徐にそれを被った。そんなことをしても水色の丸い何かにしか見えない。
「……よし、それでこれをこう、それをこうしてっと」
「?」
何事かをぶつぶつ呟いている少女に声をかけようと思ったが、それは止まる。眼前では少しずつ少女の体が消えていた。やがて、声をかけることも忘れたまま、少女の姿は消えていた。
「ふふふ、どうだい? これが河童の発明品。透明布さ。試作品だけどね」
「あらあらあら……」
「! おいおい……ここは幻想郷だぞ」
何も無いはずの場所から聞こえた声は確かにあの河童の声だった。ためしにそこに手を伸ばしてみると、なるほど、布生地の柔らかい感触が手に当たる。加えて触れた部分が妙に変色する。これでは体を動かせば色が浮き出てしまうだろう。
まぁそれでも何も無い場所に何かがあると言うのはとても妙な感覚であって、思わずそれを手でなぞって見る。
「――うわわっ! ど、何処触ってるのさ!!」
「ん、何処触ったんだ?」
焦るような声が聞こえたが、何分見えないのでそんな事を言われても困る。
あわあわと声を漏らしながら目前で妙な色に発光する。やがてそれを取り払ったときは顔を真っ赤にして詰め寄ってきた。
「何するんだよ! それでも妖怪か!」
「いや妖怪ですけども」
「そうよ舞風ちゃん」
「そうだそうだ」
「あたかも当然のように便乗してくるんじゃない」
それに、寧ろ妖怪って言葉だけで聞けば非常に悪いように聞こえるのは、人間としての先入観だろう。
河城だけならまだしもアキも混ざって女の子の扱いは云々かんぬんなどと言われては流石に折れるしかなく、素直に謝ると二人はハイタッチした。どういうことだ。
「時に河城」
「にとりでいいって。何?」
「なんで俺はそんな口調なのにアキに対しては敬語なんだ?」
何を当たり前のことを、とでも言うかのように首を傾げた。何と無くそんな感じの勘違いをされている事は想定していたが、ここまでいつも通りだとため息でもつきたくなる。
「いや、だってどう見てもこの人は大妖怪じゃん。でも師匠はどうみても妖精レベルだし」
「……さいですか」
結局ため息を漏らす。
半ば自分のせいな為、怒るに怒れないのが現状なのである。
「――ふぅん。釣り、ね」
「そういうことだから、人間の事を教えるのはまた今度な」
「いやいや。釣りをしながらでも話は出来るでしょ?」
「……はぁ」
枝を削って、人里で買った糸を括りつけ、適当な団子でも括りつければまぁ簡単。非常に簡易的な釣竿を作り上げてみればどういうわけか並んで釣りをするようなことになってしまった。俺も太公望を自称するほど釣りが好きでもない為、正直片手間である。
そんな片手間の更に片手間に少女の相手をすることになってしまった。釣りに行きたいと言いだした本人も釣りよりこっちに興味があるらしい。最も、すぐに離れていったが。アキは人と友好的ではあるが人里に行くことが稀ならしい。理由は知らない。
「じゃあ、人里ってどれくらいの人がいるの?」
「そうだな。ざっと三、四百人くらいじゃないか? 数えたことないけど」
「へぇ~。思ってたより多いんだ」
「幻想郷の妖怪に比べれば少ないほうだろう。森だけでも数百はいるだろうし、妖怪の山だって天狗全部でどれほどになるか……」
妖怪の山、いるのは主に烏天狗に白狼天狗であるが、この少女、河童も一応はこの妖怪の山の一員と考えるべきか。この川も妖怪の山に入るのか定かでないが。
白狼天狗はともかく、妖怪の山の上層を束ねる烏天狗の数はそう多くない。その中で更に力を持つ者となると数人しかいないだろう。若輩ながら、射命丸もその一人であったはずだ。
「まぁ、人は何もせずとも増えていくだろうよ。そんな生き物だ」
「そうかなぁ?」
「そうだよ。ただでさえ紫、妖怪の賢者が外の方から誘ってるからな」
主に霊力のない人間を、であるが。
力を持った人間を呼び込んだりして、最悪人里で争うなんて事になっても困るからな。
「ふぅん。それはそれとしてさ、人間ってどう? 話してて面白い?」
「……あのなぁ。人間って言っても一人一人違うんだし、面白いのもいれば面白くのないのもいるのは当然だろうが」
「じゃあいたんだ。どんな人?」
「さて、妙に天真爛漫だったことは覚えてるよ」
そう、稗田を思い出しながら言う。その含みの言い方で気付いたのか、河童は声を漏らしながら気まずそうに目を逸らした。
人間とはなんとも寿命の短いものなのだから。なんて、今こうして妖怪やってて言えることなんだろうと目を閉じる。思えば妙な因果である。考えるのも面倒になるほど昔に生まれ、今こうして隣の少女と話しているなどと。確率だけで言えば奇跡に近いのではないだろうか?
「ま、人間に近付きたい理由も分からなくは無いけどよ。付き合える時間も、いざって時の覚悟を決める時間までも決めるのが短いから困る」
そう言って、話を切り上げる。なんとも気まずい空気となってしまった。視界の端ではアキが嬉しそうに魚をフィッシングしている。どういうことだ。
今日は楽しく釣りをしに来た訳であって、こういうのはまた別でいいのだ。そんなことを思いながら、とりあえず気にするなとか言いながら頭でも撫でようかと手を伸ばす。
――――と、
「にとりに手を出すなぁぁぁぁっ!!」
「どふっ!!」
聞こえた雄たけびのような声。横っ腹に突き刺さる鋭い蹴り。すぐそばの川へと吹き飛ぶ俺。その瞬間がまるで走馬灯のように短くも感じたが、結局俺はあたかも日常の一コマであるかのように大きな音を立てて落下したのであった。
――最近の俺って、運悪いよな?
しみじみとそう思った。
「――すいませんでしたぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
そんな言葉を体の水を払いながら聞く。眼下には土下座する白狼天狗がいた。川から上がってみれば既にそんな状況であった訳で、やや困惑したがその隣で引きつった笑みをする川城を見て納得した。
と言っても、どうもその白狼天狗見覚えがある。しかし顔が見えないので完全に思い出せない。誰だっけ? と思いながら首をかしげていると恐る恐る顔を上げた。目と目が合う。
「……おお! 犬走か!」
「えっ? どうして私の名前……あぁっ!!」
突然奇声を上げて俺の顔を指差す。とりあえずその頭をごんと叩いてそれを辞めさせる。いきなり人を指差すのは失礼である。
その少女は先日、俺と禍屡魔で妖怪の山に行った際出会った白狼天狗の犬走であった。流石に印象に残っており、容易に思い出せた。
「なになに? 椛って師匠の知り合い?」
「知り合いって言うより、この前いきなり妖怪の山に来て烏天狗様達に会っていったんだよ。この人と……もう……一人……」
そこまで言うと犬走は顔をさっと青く染め、挙動不審に周りを見回し始めた。
川城はそれを不思議そうにみているが、俺には分かる。これは半人前ながらに必死に警戒している。身近な危険に対して。
「舞風ちゃん。糸が切れ――」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「え?」
現れたのはアキ。しかしその場所が犬走立ちの背後と言う最悪のポジション。その小さな尻尾を丸めたまま、俺の背中へと張り付いた。お前が隠れる場所はそこじゃないだろう。
声をかけたらいきなりビックリされたアキはあらあらと口に手を当てたままおかしそうに笑った。
「ほらほら落ち着けって。あいつは来てないよ」
「うぅ、本当に?」
「本当にっ。白狼天狗だったらもっとしゃきっとしろしゃきっと」
「で、でも……」
子供である。と言うことも加えて考えても大分臆病な気がする。まぁ、事情の一端が自分にあると考えると見捨てられないのが悲しいところである。
「あらら。可愛い子ですね。子犬ちゃん?」
「白狼天狗だって。禍屡魔が容赦なく弄り回したせいちょっとトラウマ抱えたっぽい」
「大変ね」
「……あぁ、本当に」
そう、未だに離れてくれない犬走を見ながら思う。川に落とされたことはすっかり有耶無耶になってしまった。
「そう言えば川城。こいつお前の友達なのか?」
「そうだよ。私の数少ない遊び友達」
「ふ~ん。人を川に蹴り落とすのはどうかと思うけど、中々良い奴なんじゃない?」
「あはは、まぁね。悪気があった訳じゃないから許してあげると助かるんだけど」
「ん、別に怒ることでも無いさ」
前なんか悪戯兎に落とし穴蓮落ちさせられたが、あれくらい悪意が無い限りは怒っても仕方が無いだろう。それに、友達を助けるための勘違いとか言われたら正直怒るに怒れない。
「それで、アキはどうかしたのか?」
「釣竿の糸が食いちぎられちゃったみたいで。どうにかなりません?」
「あいよ。すぐ直す」
困ったように笑うアキから竿を受け取ってみると確かに糸が切れていた。竿のすぐそこで。どう見ても食いちぎられたようには見えないのだが……まぁよしとしよう。
「……釣り? 釣りやってるの?」
「まぁな。俺としては魚取るだけだったら水の底に結界でも張ってそのまま持ち上げたいくらいだが……」
「舞風ちゃん?」
「――とか言う人が気分を害すらしいので、仕方なくこうしている訳だ」
まぁ面倒も何も、獲れなければ獲れないで俺は構わないのだ。無理して食わねばならない体ではないし
。一応同居人や友人に習って食っているだけだ。
そんなことを言ってやったわけだが、どういうわけか犬走の縮こまっていた尻尾が小さく揺れていた。そして、その視線は真っ直ぐにこちら――釣竿を向いていた。
「……なんだ?」
「ふぇ? い、いやっ、なんでもないです、よ?」
「なんだそりゃ……」
釣りをやってみたいと言うならそうといえば言い。もしくは腹が減っているのか。どちらにしたって口に出さなければ分からないではないか。
糸の先端に団子をつければはい完成。それをアキに手渡す。視線がそっちへ着いて行く。思わずため息をついて、地面に転がした釣竿を犬走に差し出してみた。尻尾の動きが激しくなる。
はて、犬が喜ぶと尻尾を振る話は常識だが、狼もそうだったのか……まぁ似てるし同じなのか。
「ほら、やりたきゃやれ。やり方分かるか?」
「……! うん!!」
やはり、子供は無邪気なうちが一番可愛いものである。尻尾をパタパタと振るわせる犬走を見ながらそう再確認した。
成果は上々。アキにしても犬走にしても飽きることなく釣り続け、いつのまにか日は西へと下り始めていた。
やはり子供か。川城は水遊びするし、犬走は釣れかかった魚を獲るために川に飛び込むし、久々に子供と戯れるような事をした気がする。やはり自分は何かと考えるよりその場で考えて遊ぶ方があっているのかもしれない。
結局、疲れて眠ってしまった二人はアキの膝の上で眠っている。そんな姿を見ると、俺は背を向けてせっせと焚き火の準備を始めた。釣った内のいくらかは子供達のものだし、勝手に持ち帰るわけにもいくまい。
「……ふぅ、こんなもんか」
適当に枝を重ね、それに火をつける。微量ながら存在する魔力では指先からちろっと火を出すくらいしか出来ないが、種火としては上等だ。
――と思ったのだが湿った枝に中々火はついてくれない。なるべく乾いた奴を持ってきたつもりだったのだが、となんとか火であぶり続けていた。
と、アキのほうからどう聞いても呆れたため息にしか聞こえないもの届き、ムッとして振り向くと俺の頬を火の玉が掠めていた。それはボトリと枝の上に落ち、静かに、しかし強く燃やし始める。
「……最初からそうしてくれればよかったのにさ」
「生憎ですけど、今の私は動けないのよ」
そりゃあ二人も膝枕してればそうなるだろうが。そんなことを心中で思いながらその顔を見てみると、 優しげに微笑みながら二人の寝顔を見つめていた。
その様はまるで母のような、もしくは聖女か何かか。そう錯覚するほどに安らかな表情。だが、それも僅かに疲れているように見える。
しばらく、ぱちぱちと炎が燃える音だけが響いていた。
「――舞風ちゃん」
「なんだ?」
串に魚を刺しながら見もせずに聞き返した。日は先程よりも少し落ちた。
「――私、今幸せよ」
「――――そうか」
つい手が止まったが、それだけ言って再び手を動かし始めた。
背後からはクスクスと笑い声が聞こえた。
「多分、こうなることをあの時の私は思ってもなかった。今でも不思議な感覚に囚われる事があるんです。まるで今この時が夢であるかのように」
「現実さ。それじゃ俺までお前の夢って事になるだろう?」
「それもそうですね。だからこれは現実。幻想郷と言う不思議な世界で、幸せに暮らす。そんな現実」
現実と言う部分を夢に変換しているかのような物言い。思わずそちらを向いてみたが、そこには子供達の髪を優しく撫でるアキがいるだけだった。
「貴方がいるから、今の私がある。だから、怖くなるの。もしも貴方がいなかったら私はどうなっていたのかって、考えると怖くなるの」
「それが全て。もしもはない。それは過去だ。だから、俺はここにいるんだ。違うか?」
「――そうですね。分かってはいるのです。分かっては、でも、夢に見るの」
アキの表情が強張った。救いを求めるかのようにこちらを見た。
「落ちて、落ちて、ひたすら落ちて。そこにいるあの子が言うの。苦しい。助けて。なんでお前だけ、って」
「――悪い夢だ」
「ええ、分かってはいるの。所詮夢だって。でも、思うの。ただ苦しくともあの子の傍にいるべきじゃなかったのかって」
「そんなこと、ない」
そう、否定する。真っ直ぐ否定する。これは肯定してはいけない。曖昧に濁して良い場所でもない。
ただ、アキの目を真っ直ぐに見て、そう言い切ってみせる。
「……そうね。弱気になっちゃったみたい。ごめんなさいね舞風ちゃん」
「分かったならいいさ。昔を思い出したのか?」
「この子達を見て、ね。でももう大丈夫」
そう、アキは先程までの笑みを取り戻して言う。
それを見て、俺は再び作業へと戻った。串を焚き火の傍に突き刺し、焼けるのを待つ。
アキは、アキは――――
「なぁ、アキ?」
「なぁに?」
「――いや、なんでもない」
背を向けたままそうして言葉を濁して会話を終わらせる。聞くような内容でもなかった。
と、今の会話で目を覚ましたか、呻き声のようなものが耳に届いた。まぁちょうどよいくらいであろう。
俺は炎に枝を投げながらそう思った。
空には薄く、満月が浮かんでいる。
にとりと椛って子供って印象があります。まぁ二次の影響でしょうが。
そういうこともあって、一応二人の子供時代、馴れ初めは1700年近い頃。と言うことにしました。三百歳って妖怪だとまだ子供、ですよね?
俺は19歳ですが。どうでもいい? さいですか・・・
アキの正体は未だはっきりとしないまま。この際もう出さなくてもいいかな? なんて思い始めたり。それもまずいか。
それなりに予測を立て、実際は云々なんて考えてもらえれば良いな。一応言っておきますが、実際にいて実際にいない存在です。訳分からんな。
さて、次の更新は火曜日になってしまうのか。やだなぁ・・・