幕間
文字数が最近一万文字をきるように(下回る意味で)なってきた。これは悪い傾向だ。早く何とかしないと。
とは言うものの、後期になって二倍に増えた実習+レポート。べ、別に勉強時間削ってニコ動なんか見てまへん。
――――誰にも理解されず。誰にも知られず。
目を開いたその時、広がったのは泥沼のように穢れた世界だった。
己の足で立つことも侭ならず、ただ自らさえ理解できない赤子その物。
それでも、それでも立ち、歩く。世界に色はなかった。あったように思ったが、なかった。
――――誰にも気付かれず。誰にも思われず。
拙い足取りで辿り着いた人間の集落は、その門を通る前に殺し合いが始まっていた。目前で起きている出来事の意味が理解できず、ただ煩いと、感覚で思った。
自分が何者か、未だ気付かない。
――――誰にも聞けず。誰にも言えず。
言葉を解すことは難しくなかった。人間の書物で独学で覚え、知識を得た。
しかし、言葉を交わす存在がいなかったのは、全くの誤算だったと言えるだろう。
――――誰にも撫でてもらえず。誰にも触れず。
人間には親というものがいる、と知った。自分には親はいない。だって生まれたその時から一人だったから。
もしも、自分にも親がいたとしたら、いろんなことを話したり、頭を撫でてももらったりできたのだろうか?
――――誰にも想われず。誰にも思われず。
気付けば一人が当たり前。当然だ。生まれたその時から一人だったのだから。それが当然。それが普通。
そのはずなのに、虚しく思うときがあった。
――――誰にも縋れず。誰にも届かず。
近づけば人は全てを忘れた。なにがなんだか分からないまま私と会話し、途方にくれたままやがて狂気に走り、首に手を添えられた事は両手の二進ですら数え切れない。
その度にただひたすら、たんたんとその首を捥ぐ。折る。砕く。会話は意味を成さないなら、殺すことしか出来ない。
――――誰にも笑えず。誰にも泣けず。
いつだって一人。どんな時だって一人。
生きる――意味はあったのだろうか? 生きる理由はあったのだろうか?
生きたいと、私は思ったのだろうか?
――――誰も知らず。誰も近付かず。
この世界が狂っていると、生まれて数千年。ようやく気付く。
狂っていなければ、私もまた狂わない。純粋過ぎる愛も、正義も、夢も希望も、それは歪み。狂い。
否――狂っているから、また私も狂うのだ。
――――誰にも――触れられぬまま――ただ、枯れてゆく。
永遠に咲く呪いの花。枯れぬ事を知らない毒の花。
枯れたのは――心。壊れ、狂うのも、また心。
――――誰にも覚えられず。誰にも、手を握ってもらえず。
死ぬときは二人で死のう。
名も、声も、顔も、何も知らなくていい。
ただ、私の名を、声を、顔を、そして存在を忘れず、ただ手を握って私を送ってくれるなら――それでいい。
「――――」
意識が覚醒する。見えたのは夕日のように赤ずんだ小屋の天井。木造であるそれは火の明かりに照らされ、陽炎のように揺らめいていた。
何処だろう。そう考える前に途方も無いほど心が空虚になっていることに気付いた。大部分を占めていた何かを失ってしまったかのような、そこにあった大切な何かは自分でも分からなかった。
半ばぼやけていた頭は完全に覚醒し、辺りの気配を探ることに全力を注いでいた。いる。すぐ近く。すぐそこに。
「――おっ。起きたみたいだな」
天井だけが映っていたはずの視界の中にひょっこりと一つの顔が映る。子供。それも忘れられないような顔。
その顔はどうにも感情が見えなかった。とは言っても無表情と言うわけではない。長年生きて、その類の表情を見たことがなかっただけである。
「……嫌な夢。閻魔様は私がお嫌いのようですの」
「夢じゃねーし。って言うかそもそもお前が綺麗な花畑のような夢を見れると思ったのか? だとしたら閻魔もビックリだよ」
「そんなことないですわ。私、こう見えて命には気を使っていますの。人と妖怪以外」
「……いやダメだろ。少し納得しかけたけどダメだろ」
皮肉の受け答えもいつも通りに。あの変身は解けたのか。角も無い。その背の翼も無い。
――ああ、私、負けたんですの。
そう、頭は理解した。初め戦いを挑んだときはさて置き、二度目――今回の戦いは勝てるとは思っていなかった。それでも、挑んだのは私が私であることを嫌うから。
「――それで、私の処遇はどうなりましたの?」
そう、尋ねる。我ながらなんとも冷たい声で、笑う。
まぁ、まず命の損失は免れないだろう。私はそれだけの事をしたのだ。自覚くらいある。
命を奪うことが罪なら、世界の全ては罪を背負う。それが世界の歪み。責のない生命など存在しない。人間然り、妖怪然り。
でも、私は意味も理由もなく、千の妖怪を意図的に殺した。追いやった、と言うのが正しいのか。結局自分がしたことに変わりは無い。
そして、そんな存在を生かしておく理由など、ない。
「――そうだな。一応希望はあるかい?」
「そうですわね。ここは貴方の胸の中で死にたい、とでも言う場面ですの?」
「ナンセンスだよ。お前はいつの時代の乙女だ。……あれ? いつの時代だっけ?」
「ふふ。なら――そうですわね。手を、握っていただけますの?」
そう、差し出す。見えぬところでその手に熱が灯った。
嗚呼――これが温もりか。これが温かいと言うことなのか。
長年見つからなかった答えがようやく見つかった気がした。いや、正確には人肌の温度が分かっただけだ。しかし、なぜか……嬉しいと思うのだ。
「――――」
悔いなど初めから無い。未練の置き忘れもない。
だから、もういい。死んでしまってもいい。いなくなってしまってもいい。
間違いなく、自分は舞風にとって忘れられない存在となったのだから。だから寂しくない。
私の心は冷たくない……
「――バーカ」
「…………」
雰囲気もなにもない。全てぶち壊しである。
ただ、それを期待することも馬鹿らしいことであったと再確認し、私はその手を払う。重い頭を抱えた。
――と、どうにもその手には違和感を感じた。はてそれは? と疑問を抱かれてもおかしく無いであろう事なのだが、何か変なのである。なんというか、真新しいものを得て間もないようなものを見るような感覚を覚える。
そして、両手を視線の高さに持ってくる。やはり、違和感がある。既視感は勿論あるのに、まるで自分n物で無いような違和感――
悪寒。重い体を瞬時に持ち上げる。毛布によって隠されていた体から素肌が除く。
「なっ、なっ、なっ――っ!!」
ぷにぷにとした小さな手。
虚しくも短い足。
首程度までに短くなった髪。
そして――
「胸が縮んでますのーーーーっ!!?」
「ってそっちかよーーっ!!」
小さい? 否、真っ平らな胸部が、私にこんにちはを告げた。
「ど、どうしてこんなことに……」
容姿は、自分の数少ない自信の元であった。他には強さ。それくらい。
努力をした、という訳ではない。しかし、アレはアレで気に入っていたと言うのに、目覚めていればこんなことになっているなんて……
「も、もう、お嫁に行けないですの……」
「元々行く予定なんて無いだろ」
「シャラップおちび!! 私の許可なくこんなことをしでかしてくれて、覚悟は出来てるんですの!?」
「はっ。今じゃおちびはお前だおまえ。ざまぁみろ」
「キィーーーーッ!! 何処の悪ガキですの貴方は!!」
よくよく体を探ってみれば、妖力も格段に小さくなってしまっている。大妖怪もこれでは形無し。いや、もう大妖怪と認識されることも無いだろう。
そうか。先程の虚無感はこれだったのか。道理で胸がすっとすると思った。
「……はぁ。負けた結果がこれでは救われませんわ。本当に」
「まぁまぁ、小さい体ってのも存外悪くないぜ。身動きは楽だしな」
「機能性なんて二の次ですわ。美しく無い私って一体なんですの」
「そうだな。今度からかるちゃんって呼んでやるよ」
「その舌引き抜きますわよ」
「やれるもんならやってみろ」
ほあちゃーと見た目だけ臨戦態勢に入る。どう見てもヤル気の欠片が見て取れないその姿に嘆息し、目を下に落とした。
本当に、忘却妖怪たる私が、本当にちっぽけになったものだ。
今身に存在する妖力はそこにいる舞風と差ほど代わりは無い。舞風の元々だって並の妖怪に毛が生えた程度の妖力しかないのだから私も随分弱い類に入るだろう。
「……どうして、生かすんですの?」
そして、この体になった元凶が、この胸で光り続ける小さな宝石細工だと言う事は考える間もなく分かった。”封を操る程度の能力”によって生み出された、言わば特注品。用途が力を封じるため、と言うのは癪であるが、自分が元々このような施しを受けられるような立場でないようなことくらい理解している。
「……だってお前、死にたがりだろ。だったら生かした方が罰になるじゃないか」
「それだけ、な訳ないでしょう?」
「さてね、ひとまずはそれだけさ。そういうことだから、その体で頑張って生きていくんだな」
――分かっている。その言葉がそれだけではないことくらい。
『生かす』だけなら、どうにもできる。舞風なら。
妖力を全て奪い、抵抗する力全てを奪い、身動きできないようにして、それで何処か密室に閉じ込めても、私は生きながらえる。この世から忘却への恐れが消えない限り。
だが、それをせず、こうして妖力を奪う”だけ”。これが施しでなければなんだと言うのか。
「生きる――本当に今更ですの」
「生きるに今更もないだろうよ。なんにせよ、お前は死なない。もう自分の力では死ね無い。忘却の力も大層弱まったからな」
「本当に。これではほんの一時記憶を消す事が精一杯ですの」
「”忘却を操る程度の能力”改め、”ど忘れを誘発する程度の能力”ってところか」
”ど忘れを誘発する程度の能力”か……まさに程度と言う言葉が似合う能力だ。
だが、そのおかげで、私は制御を諦めた能力を手放すことになったのだ。
これで私は――もう、何者も傷つけずに済むのだろう。
道を歩けば殺し合い、皆殺しを引き起こすようなことに、もうなったりはしないのだろう。
「ま、不本意ではあるが、お前は今日からこの山の一員だ。幻想郷は全てを受け入れる。災厄だろう。暴君だろうと。それが牙を剥かない限り」
「あら。私が牙を向かない保障はないですのよ?」
「その時は紫にきっついお灸をすえてもらえばいいんだ。そこまで面倒見きれるか」
ふんっ、とそっぽを向いて鼻を鳴らす。
その様は先程から友を殺した相手に向けるものでも、殺し合いをしていた者に向けるような態度ではない。
そうと分かって、その中毒的なまでの光に私は沈むことを選択する。
反抗する選択肢もあった。しかし、それをしようと思えなかった。怒りはなかった。諦めが希望に変わっただけ。生きる理由とか、生きた意味とか、そんなのはやはり分からないが。
ただ、思うのだ。
生きることに理由なんてない。生きることに意味なんてない。
その理由を、その意味を探すために生きるのだ。
それが理由と意味。なんとなく、遠目に見た過去の私の問いへの答え。
これから探せばいい。私は、昔ほど強くない。
「――私はアキ。この山に住む者の一人ですわ」
「同じくベリーウェル・ガラーンだ」
「禍屡魔、ですの。最も、今となってはその名も形無しに聞こえてしまうでしょうが」
そう、名乗った二人の妖怪に返す。どちらも何処か似た風貌をしてはいたが、大小で判断が出来そうな存在。
強い方がアキで、それほどでもないのがベリーウェル。印象はそう定まる。どちらも全盛期の自分だったら勝てそうではある。最も、アキと言う方はやや面倒そうではあるが。
そんな事を考えていると、ふと唐突にアキが頭の上にポン、と手を置いた。腕の高さは胸辺り。まるでちょうどよい場所に在るとでも言いたげにニッコリと笑う。
「ふふ。これからよろしくね。禍屡魔ちゃん」
「……生憎。私は禍屡魔”ちゃん”などと呼ばれるほど生は短く無いですの」
「そうは言われても、その姿じゃ嫌でもそう呼んでしまうわ」
さいですか。
と、私は心にどんよりと曇りが見えた気がした。勿論文句はあるが、今更そんなことで怒るほど子供ではないのだ。と言うか、この女ちゃっかり自分より長生きだったりしないだろうか。人徳とかそんなものが見え隠れしているんだが。
結局、それ以上反論することもなく、されるがままになっていると、やがてベリーウェルとか言う娘が自分の顔を見ていることに気付く。まるで観察するかのようにこちらを見ている。それは自分にしてもやはりいい物ではない。何か言おうかと口を開こうと思った瞬間、その視線がやや下にいく。
「……うん。よかった。俺より小さい」
「おいちょっとコラそれなんのことかキリキリ吐きやがれですの」
普段自分が纏っている物はどちらかと言えばぴっちりと体のラインが浮き出るものである。前はそれで体の線が強調されていたが、今となってはただただ虚しいだけ。
そう、手も足も、胸も、小さい。小さいのである。
それに詰め寄り、襟を掴んで持ち上げる。弱っても妖怪。小娘一人を持ち上げるくらい朝飯前だ。
「おいちょっと舞風!? このお方強暴だぞ!?」
「オラ知らん。オラ女じゃないから知らん」
「お前だって半分女みたいなもの――まっ、ちょ。く、首が……しまっ……qwhぐじょkftg」
「……おい、死ぬぞ」
「知ったこっちゃありませんわ。胸が小さいくらいでなんですの。優れてるとでも言い張るつもりですの?」
「言ってることとやってることが真逆だろ。気にしてないなら放してやれよ」
勿論、気にはしていない。ただ、ちょっとイラッと来ただけである。数刻前までは大人の体であったというのに、今となってはこの小娘にすらあんなことを言われる自分に。
「そもそも。元凶はあなたですの。どう責任とってくれるんですの?」
「後悔も反省もしていない。これは幻想郷を守る当然の措置である」
「貴方こそ言ってることと顔が真逆ですの。なんですの。そのにやけ面は」
腹立たしいほどの笑み。否、悪戯気な笑み。
怒りをそそられる事に今回は耐えながらも掴んでいた襟を離し、アキとやらに渡す。あらあらと嬉しそうにそれを受け取り、ぎゅっと抱きしめた。子供好きなのか。その様は遠い昔に見た人間の母子に姿を連想させる。
「……それで、まさかこれで全員ですの?」
「山に住んでるのは俺達だけだな。特別親しいのはここの管理者の八雲紫と鬼神の八斗蓮姫」
「前者はともかく、後者は知っていますわ。貴方とセットで有名でしたもの」
『八斗蓮姫』。それは畏怖の代名詞。遥か長い時を生きた、最強の力を持った鬼と謳われていた存在。その一撃は大地を砕き、天地を割る、天蓋のものと言う話。どこまでが真なのかは知らないが。
それに、鬼神という名については初めて聞いた。
恐らく、先程舞風の隣に立ち、結界の修復を手伝っていた者。
「……そう言えば、どうしてその鬼神は、私の妖気に晒されても大丈夫でしたの?」
「蓮姫の妖気もまた膨大だからな。大抵の能力は受け付けないんだよ。お前のせいで、妖力だけが勝負を分ける訳でもないってことも知ったし、それに……あいつも能力を持ってるからな」
「そう、ですの。鬼神ともあろうものなら大層強力な能力をお持ちでしょうね」
世辞でもなく。心からそう思った。元来鬼とは強力な種族。強固な肉体。順応性。莫大な妖力。鬼とはまた、一種の恐怖の象徴。であるからこそ、その能力は強力なものなり得る。
「まぁ、そうでもあるけど……それほどでもないんじゃないかな」
「? 歯切れが悪いですのね。言えませんの?」
「いや、言わないからどうって事もないな」
そう言うと指を三本、こちらに見せるように立てた。
それに首をかしげながらも、次の言葉を待つ。
「第一に、”忘れない程度の能力”。
第二に、”老いない程度の能力”。
そして、第三に”成長が止まらない程度の能力”。蓮姫はこの三つを身につけている」
「――み、三つ、ですの?」
戦慄。鬼神と謳われるほどの力を持ちながらも、それでも尚天蓋の能力。特に一つ目と三つ目。なんだこれは。一つ目だけで自分の能力はほぼ無効化されてしまうし、ただでさえ恐ろしいのに成長が止まらないなんてとんだ冗談。
二つ目だって、殺されたり病にかからない限りは死なないという事ではないか。そんな存在が、許されていいというのだろうか?
「……言葉にしなくても蓮姫の凄さ。というより恐ろしさ、は分かったみたいだな。本人もそれが分かっているから自分から戦闘に介入することは少ない。なんせ、幻想郷、ひいてはこの星上で、最強の存在は間違いなく蓮姫だからな。生半可な攻撃じゃ傷つけることも侭なら無いし、一撃あれば大妖ですら砕く。天蓋の存在って言うのはああいうのを言うんだろうよ」
――とんでもない存在と言うことは、とりあえず分かった。
しかし、老いないのに成長が止まらないというのは、如何な物なのか。
「へぇ……確かに、それはとんでもない力をお持ちなのね。鬼神様は」
そう、頭を抱えた小娘を支えるようにして立っていたアキが言った。
小娘のほうはまだ回復しないのか頭をぐらぐらと揺らしている。
「ま、蓮姫が生き残ってこれたのは元々の力量だな。能力は後付だし、蓮姫がいたからこそ、俺もこうして生きてる訳だし」
「殺しても死ななそうなくせによくもぬけぬけと、ですの」
「羨ましいわね~。私は特筆するほど特別な能力を持っている訳でも無いし」
「そうなんですの?」
眼前のこの女妖怪の力量は大したものであるし、能力の一つでもあってもおかしくないと思ったのだが……
「ええ、”魔術を扱う程度の能力”、だもの」
「正確には、”妖力と魔力を扱う程度の能力”、だろ?」
「あら、こっちのほうがカッコいいと思わない?」
それもそれで、今の私に比べれば随分強いだろう。今の私にあるのは戦闘の記憶だけ。力押しであろうと押し込まれる。一泡吹かせるのが精一杯だろう。
それでは、と今度は頭を抱える小娘に目を向ける。まるで師弟にも見えなくは無いが、小娘からは妖気を感じない。正確には妖気とも霊気とも違う。魔力だけを感じる。
「その小娘の能力は?」
「……”魔法を扱う程度の能力”だよ。生憎、未だ精進の身だ」
「はっ」
「鼻で笑いやがった!!」
ムキーー、と地団太を踏むその姿はまるで猿である。
しかし、並みの人間に比べれば優れているのは確かなのだろう。最も、魔法と言う物に何処まで出来たものか、把握できないが。
「まぁそう言うなよ。”ど忘れを誘発する程度の能力”さん」
「能力を名前みたいに呼ばないでほしいですの!! まったく、いいんですのよ私は。封印さえ解ければ元に戻るんですの」
「ま、解く気はそうそう無いけどな」
「シット! どうして私はこんな奴に負けたんですの」
今となっては非常に後悔できる。恐らく未来永劫変わらないだろう。小娘のにやけ顔もアキのほっこりとした顔も何処か腹が立つ。
露骨に口元を押さえやがって。後で絶対しばくですの。
「ま、まぁ、頑張れ。ど忘れ妖怪。くひひ」
「……いつか絶対その記憶を消して見せますの」
ど忘れを操ることが出来ない今ではは実行したところで思い出されるだけだろう。
それで、思い出されればそれを元にまた馬鹿にされるだけであろうし、今は黙って身を焦がすしかない。
「……そう言えば、先程言っていた八雲紫やらと鬼神はどこですの?」
「ん? ああ、あの二人は――」
☆〇☆☆〇☆
「…………」
「――――まだ納得がいかないのかしら?」
「……当たり前でしょう? 数刻前まで諸悪の根源とまで思い、憎んでいた存在が、結局こうして生かされてしまったのだから」
そう、鬼神はやや虚ろな目で大地を見下ろした。
忘却妖怪、禍屡魔が生かされたことがそれほど気に食わないのか。返答こそ返せど、その姿にはいつもの覇気がない。
「……本当は、なんとなくこうなる事が分かっていたのよ。あの子は優しすぎる。千の友を殺した妖怪でにさえ、情けをかけてしまうほど。そんな底なしの優しさがあの子を好きだった一つの理由だったはずなのに、今ではそれを腹立たしく感じてしまう」
「……そう」
相槌を打ちながら妖怪の山を見下ろした。いつも通り静かな山。
異常は妖怪の山と人里との間に存在していた。
まるで隕石でも落ちたかのように、大きく抉れた大地。その爆心地には今や何も存在してはいないが、残り香のように妖気が存在する。忘却妖怪の妖気。本来なら触れただけで記憶を失ってしまうほど、凶暴な妖気。
今は霧散し、何者にも影響を及ぼさないほど薄まっている。
「……いえ、違うわね。本当は怖いのよ」
「怖い? 一体何が?」
虚ろな目は恐怖を帯びる。その体に似合わぬ感情を灯らせる。その腕が、自らの体を抱きしめる。
「あの子にとって、千の友はその程度でしかなかったのかと思って仕方ない。いつか、私が逝ってしまうその時に、あの子が私の死を、割り切ってしまうかもしれないことが怖いのよ」
「……貴女は」
鬼神は、舞風がいてこそ成り立つ。それが恐らく、本人にとっての誇りであり、そして願い。
では、その逆はどうなのか? 舞風は、鬼神がいなくては存在できないと言えるだろうか?
それはそう、己の想いが一方通行かもしれないと言う事に対する恐怖。
「……全く。思春期の女の子じゃあるまいし。逆に問うけど、だからといって貴女は舞風を嫌いになれるのかしら?」
「そんな訳無いでしょう。あの子は今の私の全て。あの子がいて、私の世界はようやく成り立つのよ」
「なら、それでいいでしょう。覚り妖怪でもなければ舞風の心情など分かりはしないし、考えても仕方の無いことじゃない。貴女は貴女の想う舞風の為に命をかければそれでいいじゃない」
ただ、少し妄信的過ぎる気もするが……
そう、心の中で言う。だが、少しくらい心酔している方が、妖怪としてはちょうどいいのかもしれない。
その話はそこで切れる。そして、当初の目的について、まとめる。
「……被害は妖怪の山全域。それに人里の一部のようね。普通に見れば甚大な被害だけれど」
忘却妖怪の力はそこまで及んでいた。まるで汚染するかのようにその力は遠く広がり、妖怪の山を飲み込む。人里のほうは間に合わないものこそあれど、被害は少なかった。
本来であれば、そう、とんでもない被害。幻想郷の中でも極めて大きい組織の一つが直撃を喰らったのだ。本来ならば、見逃せない事態。
――だが、今回は大した被害は起きなかった。確かに妖怪の山と人里に忘却妖怪の力は及んだ。
しかし、全てを忘れるようなことにはならなかったのだ。
「……不幸中の幸い。いいえ、私にしてみればただ幸いでしか無いわ。形だけ言えば何の被害もなかったのだから」
「――ええ、本来なら奇跡と喜ぶべき幸運。でも、あの子には言い辛いわね」
そう、妖怪の山を見る。視界の端で先程事情を聞いた烏天狗の姿が見えた。名は確か、射名丸とでも言ったか。
全てを忘れ、殺し合いになるような最悪な事態を避けることは出来た。
しかし、被害を被った者達に、唯一共通した事柄が存在した。
「――まさか、舞風の存在を忘れてしまっているだなんてね」
この幻想郷に、結界山を残し、舞風を知るものはいなくなったとも言えるだろう。
忘却の異変は誰に知られることもなく、また異変の当事者も、解決した主すらも分からぬまま、終わりを告げることになった。
今回は忘却異変終了直後の出来事でした。
幼女化した禍屡魔は体にコンプレックスを抱くようになりました。でもなぁ……これ以上!! 大人の女性キャラはいいんだよッ!!
ベリーも流石に女に染まってきた今日この頃。しかし一人称は俺。いいじゃない。
妖怪の山の方々の頭から舞風が忘却の彼方。人里にはそれほど親しい人物はいない。山にもそんないないか。
さて、目測では人里、妖怪の山にしか被害が行ってないらしいですが、他の場所はどうなのか。はてさて。
↓ 参考ばかりに登場オリキャラの能力を表示してみる。
舞風 (通常)
”封を操る程度の能力”
舞風 (烏天狗)
”封を操る程度の能力”
”譲渡と譲受を操る程度の能力”
舞風 (鬼)
”封を操る程度の能力”
”力を奪う程度の能力”
舞風 (EX(仮称))
”ありとあらゆるものを奪い、押し付ける程度の能力”
”??????程度の能力”
八斗蓮姫
”忘れない程度の能力”
”老いない程度の能力”
”成長が止まらない程度の能力”
ベリーウェル・ガラーン
”魔法を扱う程度の能力”
アキ(????)
”魔術を扱う程度の能力”(魔力と妖力を操る程度の能力)
禍屡魔
”忘却を操る程度の能力”
↓
”ど忘れを誘発する程度の能力”
プチ設定集
・タルタロス
禍屡魔の槍の名前ですね。最初は忘却に関する神話が無いかと検索し、見つけたのは忘却の椅子、と言うものでした。
そして、この忘却の椅子があると言われているのが奈落、すなわちタルタロスな訳です。ぶっちゃけwiki知識。間違いだったらごめんなさい。
とりあえずは一覧ですね。今話と前話ででたものですし、まぁまとめて見れるように、ということで。
ただ、普通一つの魂が複数の能力をありえない、と言うのが本作品の持論であります。じゃあなんで蓮姫三つあんだ、と言うことに関しては悩めとしか言えない。
次回からはまたにぎやかわいわいとやりたい……な?