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東方大精霊  作者: ティーレ
2.ソレハ空白ノ時ヲ経テ再ビ現世ニ舞イ戻リ
41/55

舞風と忘却の異変


学校祭が間近となっております。今回はそれや後期によって増えたレポートを処理することが忙しく、30分前に予約投稿しました。


学校祭……15分の1の確率でカラオケ当たりました。ぱるぱる歌おうか考え中。みんな~しねばい~のに~(笑)


さて、これにて禍屡魔の乱。終局となります。


その果てに、舞風はどういった選択をするのか・・・





――夢を見た。



「――――ッ!!」



悲鳴を上げる。怨嗟を叫ぶ。


泣きながら、我武者羅に突撃する。


アレ・・が笑いながら、自分の仲間達だったもの・・・・・の頭上を飛び回り、笑う。妖艶に笑う。


何も考えられなかった。考える気にもなれなかった。


ただ、目の前のそれを壊すことに、命を使った。


封印など知らない。力が、力がただ振り回されるためだけに存在しているのだとしたら、それは使う側と使われる側が反転してしまっているだけだ。


だから、使った。


最終封印。具現結晶の解を――――






☆〇☆☆〇☆






「――――ああ。嗚呼。嗚呼ッ!!」



その声を上げる。頬を吊り上げ、口元を歪め、うっとりとするように目を垂らす。


不思議とクリアな頭で、うるさいと思った。



「そうっ、それですの! 私は貴方のその姿が見たかったですの!!」



その目にあるのは底知れぬ狂気。不快だった。しかし、何処か清清しさすらも感じる矛盾。


自分の手を見た。白く、細く、それほど大きくも無い手だ。


安心。否、これが普通。まるで今までがこうであったかのように感じる。



「さぁ、さぁ! さぁっ!! 踊りましょう? 死ぬまで、壊れるまで!!」

「――先程も言った気がするけれど」



手を握る。結界は全て正常に作動中。保護結界を強化。何も問題ない。





「――――一人でやってろ」

「――ッ!?」





瞬間、殴打する。止まらず拳を振り下ろす。


加減は、している。最も、加減が加減にならない力ではあるが。


ただ、無為に、何も考えず、その拳を振り下ろす。その顔はさぞ冷め切っているので在ろうと思う。確認する気になれない。



「ガッ――うぅぅぅっ!!」



呻きのようなモノをあげながら、しかしその顔のゆがみは消さぬまま、手をこちらに向ける。発光。そして発射。光弾と化した妖力が弾幕となって襲い掛かる。



「――法陣」



自分の周りの術式をいじくり、壁を作り出す。何重にもわたる、馬鹿馬鹿しいほど強固な壁。


弾幕の全てを弾き、辺りへと散らした。それに混じって突撃してきた光は一つの槍となって障壁に突き刺さる。



「――貫く忘却、タルタロスッ!!」



それは白と黒とが混ざり合った混沌の色をした二又の槍であった。それがいくつもの障壁を貫き、こちらに近づいてくる。


だが――



「無駄だ。禍屡魔。今の俺・・・をお前は殺せない」



背の翼・・・をはためかせ、反星陣は輝く。背に張り付くそれは空を踊り、やがて反転・・する。


風が吹く。反星陣から放たれた衝撃波は容易く禍屡魔の体を吹き飛ばし、距離を生み出す。


反星陣は、基本飛行にのみ使われている術式である。


しかし、一度反転すればそれの効果も反転。無重力を生み出す術式は相手を押し出す一撃へと変化する。



奥の手の奥の手。その更に奥の手。


本来ならここまで手を切る事はない。万が一にも在りえない事であった。


ただ、今回がそれ未満の可能性で発生してしまった事態であるというだけ。


背後からの衝撃を結界が吸収する。否、吸収するのは衝撃だけではない。妖力も、また。



「ふ、うふふ。あはは、あははははっ!!」



禍屡魔が笑う。愉快そうに笑う。心の底から。腹の底から。


それを煩わしいと思った。その目を見た。


相変わらず、狂気しか見えない。不思議なことに、それ以外が、見えないのだ。



「ああ。それでこそ、それでこそ舞風。それでこそ『無慈悲な暴君』。会いたかった。ずっとお会いしたっかですの」

「……『無慈悲』、それに『暴君』か」



否定しない。否定できない。


暴君が、愚かな王であると言うのならば、俺はそれを否定できない。


故に、言葉には力を以って返す。


『無慈悲』で『残酷』で、『最低最悪』な能力ちからなのだとしても。






☆〇☆☆〇☆






「――アレ……が。舞風?」



ようやく出た声が、それだけであった。


一瞬、空が光に埋め尽くされたと思った次の瞬間、そこにいたのは、そう妖精でも、烏天狗でも、鬼でもない、全く新しい何か。


白い、ヒラヒラとした服は相変わらずながら、その胸元は大きく膨らんでおり、背から生えた烏天狗の黒い翼。そして、頭から生えた鬼の象徴。白い、双角。


今までに見た舞風の姿をそのまま足して割ったような姿。それが舞風であると分かっていた。分かっていたはずなのに。



――一目見た。その時俺は怖いと思った。



目が合ったわけでもない。ただ禍屡魔を見ていたのに、俺は舞風を怖いと思った。そして、それに愕然とした。



「……鬼神。今言った言葉の意味、説明なさい」

「八雲紫。分かるでしょう? 貴女なら。三つの魂が不安定に交じり合い、アレに至った理由が」

「いいから言いなさい! どういうことなの? 魔王って、どういうことなの!!」



魔王。それは、ある意味ではそれなりに聞いていた。いろんな物語には最後に強い敵が勇者を待ち受けていて、それの名前が敵、魔の王。すなわち魔王であるということ。


言ってしまえば、正義と悪が存在するとして、圧倒的悪であるのが魔王。それが――どうして繋がる。



「――三人の魂の融合は、完全なモノには至らなかった。長い年月をかけても、それが変わらなかった。だから、一つ一つの魂に封印をかけた。烏天狗の封印。鬼の封印。そして、それらの間の壁を作り出す最終封印。具現結晶を。それを成したのは他でもない、あの子が自らの力を制御できなかったから」

「それは――」

「”封を操る程度の能力”。”譲渡と譲受を操る程度の能力”。そして、”力を奪う程度能力”。魂に内包された能力が互いに交じり合うことにより、一つに変わった。皮肉にも、彼が最も嫌った理不尽をそのまま具現したような能力に」



舞風が持っていたのであろう、三つの力は。元はあいつのものではなく、誰かであった名残であって。


では、それが一つになれば? それほどの能力が、一つになれば、どうなるのだ?



「”力を奪う程度の能力”を基盤に”譲渡と譲受を操る程度の能力”から拒否を”封を操る程度の能力”で封じてしまったのならば、どうなってしまうか。分かるかしら?」



それは、そう、記憶だけ・・を消してしまう忘却妖怪よりも、ずっとずっと強大で恐ろしい能力になりかねるのではないだろうか?







「”ありとあらゆるものを奪い、押し付ける程度の能力”。それが、あの子の封印された力。封印することを望んだ力」







――ふと、思い出す。



『『最低最悪』の妖怪を見せたくなかった。ただ、それだけ――』



舞風は、一度として、忘却妖怪が『最低最悪』だと、言っただろうか?



「考えなかった? 妖怪は恐怖さえあればいくらでも蘇ることができる。でも、その妖怪が蘇ったと言う話を私が一度もしていないということ」

「……記憶を失って、形を失えば妖怪とて無事ではいられない、そうではないのですか?」

「そんなことない。妖怪は複雑に見えて単純。例え記憶を失ったとしてもその状態のまま復活を遂げる。でも、あの千の妖怪が再び蘇り、私の前に姿を現したことは無い。どうしてか、分かるかしら?」



鬼神はそう聞いた。いや、違う。言っただけだ。俺たちがその答えに既に気付いている事を前提として、ただ、言っただけ。


それに気付いたのは、また自分が気付いてしまったから。自分が気付けて、博識な二人が気づけないはずが無いという当然の帰結から。




「”ありとあらゆるものを奪い、押し付ける程度の能力”が、制御できなかったんだな……」



妖怪たちは、蘇らないのではない。蘇れないのだ


とても悲しい現実として、舞風が、その存在か、もしくは重要な何かを、奪ってしまっただけなのではないだろうか?


認めたくないにしろ、それなら合う、忘却妖怪にも完全に消すことが出来ないはずなのに、それでも尚消えてしまった存在達。



――――恐らく、舞風も気付いていたのだ。だから、言わなかった。願わくばバレない様にと。願わくば、俺たちが知らずうちに禍屡魔を消すことができるようにと。



それが叶わなくなって、断念した。諦めて、晒したくない姿を晒すことになった。恐らく、こうなるだろうことに、初めから気付いていて。


あの、最後に背を向けたとき、舞風は、本当は泣いていたのではないだろうか? 涙は流していなかったかもしれない。嗚咽は漏らさなかったのかもしれない。しかし、その後姿が、とても、とても悲しげに、今なら見える。


気付けば空を見上げていた。相も変わらず禍屡魔に目を向け、こちらに背を向け。初めて見たとき、背に感じた悪寒はもうなかった。いや、本当は在ったのかもしれない。しかし、感じる気にもなれなかったのか。


その後姿が、最早泣いているようにしか見えなくなっていた。小さな背中が被って見えた。






☆〇☆☆〇☆






「――月下、狂笑きょうしょう

「――ッ!?」



全方位に渡る衝撃の刃。その手に神風はないのだとしても。先程までの単調すぎる攻撃と変わり、世界を引き裂く。そして、禍屡魔の体をも。



「う、ふふふ。あは、あはは」

「……しっ」



狂った目は、消えない。大きく抉られた肩を手で抑え、それでも尚愉悦の笑みを浮かべていた。


別段不快は感じなくなっていた。いや、何処か虚無に近い、無感情のようなモノが浮き出ていることを他人後のように感じた。


その手の槍を、こちらに向ける。タルタロス。神話の神。もしくは奈落を意味する言葉。どちらを意識した名なのか。恐らく後者。いや、こいつが封印される頃は神話はまだそれほど知られていなかったから全く関係ない可能性もあるか。


対して、俺も手を掲げる。目下より飛来する剣。神風は俺の手に填まるかのように収まる。これは俺の半身のような物なのだから、何処にあろうとこの手に戻ってくる。



「……満身創痍だな」

「ふふ、そう見えますの? だとしたら――とんだ勘違いですの!!」



その槍が白と黒を無理矢理混ぜ合わせたよう妖力を纏い、渦巻いた。


アレは、少しまずいかもしれない。アレは禍屡魔の本質そのものを槍に纏わせている。掠りでもしようものなら、記憶は全て喰らい尽くされることになるだろう。



封刃ふうじん――」

「タルタロス――ソレイドッ」

縛風ばくふうッ!!」



僅かなモーションで放られたそれは、しかし威力は凄まじく、障壁を次々とぶち抜いてくる。


心の中で舌を打ち、平行になるように切っ先を向けた。そこから放たれたものは、神速の風。


背の反星陣が一際大きな輝きを見せる。数瞬、均衡を保ったように見えたが、それは難なくその槍を弾き、禍屡魔の隙だらけな体へと突き刺さる。



「――あ――あっ」

「――天減てんげんの結界。施工」



風は、突き刺さりはしたものの貫かず、ただ禍屡魔の周囲を周期的に回転する。高速で。


それだけやって、やはり見る。狂った目で俺を見る。その、底にある感情は――



「――やっぱり、か」

「ふ、ふふ。何が、ですの?」



虚勢。ととられかねないその言葉。その顔。確かに。痛みを堪える分は虚勢と言えるのであろう。だが、絶えずその目に映るモノは――





「――お前――死にたいんだろ?」

「――――どうしたら、そんな言葉が出てくるんですの?」






その笑みは消えない。表情も目の狂気も、何も変わらない。



――故に、一際目立った一瞬の間。



思えば、おかしいのだ。どうしてこいつは希望の里に攻撃を仕掛けたりてきたのか。


妖怪が妖怪を滅することに、際立ったメリットはない。縄張り争いか、鬼のように好戦的か。妖怪が妖怪を喰らうなんて普通なら考えられないことであるし、なんにせよ、疑問が伴う。


忘却妖怪――それは、妖怪にすら忌避されかねない能力を持つ存在。全ての存在が持ちうる恐怖を喰らい、孤高の大妖怪ともなって。



――それを、寂しいと思うことがあったのではないだろうか?


――それを、辛いと思うことがあったのではないだろうか?


――それに、絶望することがあったのではないだろうか?



「――お前は、狂気に汚染されているように見える」

「私自身が望んでそうなったのですわ。貴方にどうこう言われる筋合いはないですの」



そう、その目には狂気しかないのだ。愉悦しかないのだ。恐怖がないのだ。底の底は隠れていて、欠片を見つけることすら出来ない。


まるで、死ぬことを欠片も恐れていないように。まるで、傷つけられることを求め――否。死んでしまうことを求めているかのような。


妖怪は、簡単には存在を殺せない。その世界から存在を消し去り、その恐れを忘れ去られたとき、本当の意味で死を迎える。では、忘却が、忘れることが、恐れられなくなることがあるだろうか?


恐らく、ない。忘却妖怪は死なない。死ねない。生きたくもない世界に存在し、ただ他から忌避される生など、誰が望むか。



――だが、俺は妖怪と言う存在に欠かせない、かたちを奪うことが出来る。妖怪は形を失った瞬間、崩壊を起こす。存在そのものを非常に不安定にし、蘇ることすらも出来ずに。



「どうして戦う。どうして笑える。どうして、死を恐れない」

「――生と死に意味などない。ただ今、こうして在ることが全てですの。さぁ、聞きたい事は無いですの? なら、さっさと再開しませんこと?」



その手に槍を呼び、強く握り締める。尚も周りを回り続ける風の結界にまるで見向きもせず。


こちらもまた、剣を握った。脳裏に過ぎったのは、希望の里を作る前。仲間達と夢を語り合った、その瞬間。





――争わないでただ笑えるだけでいい。


――優しい毎日を過ごしたい。


――こんな自分でも存在が許されたい。


――貴方と共にいたい。




――――ありとあらゆる妖怪が、苦しまずにいられる世界を、作りたい。





「――――禍屡魔ッ!!」

「――――ぁ、これで――」



迷いを振り切るように。強く、強く握り締めた剣を、思い切り、振り下ろした。















「――――?」



その目を開く。直後、その目は怒りに歪む。狂気をも含めた怒りを作り上げる。



「――どうして殺さないッ!!」



先端が砕けた槍を手放し、その首に当てた神風を強く引いた。しかし、微動だにしない。それ以上刃が進めばその喉元を突き破るのが目に見えていた。



「……結局。お前はただの死にたがり、って訳か」

「――ッ! それで結構ですの! 殺しなさい。殺してみなさいよ? 憎いでしょう? 殺したいでしょう? はらわたが煮えくり返るような想いでしょう? だったら殺しなさい」



異常なまでに死を求めるその目に、恐れが浮かぶ。殺される恐怖ではない。言うなれば、殺されない恐怖・・・・・・・とでも呼ぶべきものが。



「――馬鹿馬鹿しい」



怒りは、あった。夢を壊され、絆を壊され、そして、千の友を失った。だが、さんだんと冷めていくような感覚を覚えた。癪なのだ。ここで殺してしまえば、結局自分はこいつの思うままに踊る道化に過ぎなくなる。


それに、例えどれほど恨みたい存在であろうと、その存在に同情してしまう。そんな能力を持ってしまったために忌避される。恐らく、地底の妖怪とて彼女ほど闇は深くあるまい。



「――三度目だよ。一人でやってろと。死にたければ、自分でどうにでもなるだろう?」

「それは――私は――」



初めて苦痛とでも呼ぶべき感情が浮かぶ。


こいつは、己と言う存在を忘れさせることさえ出来れば自決など容易なはずなのである。


しかし、それでも尚希望の里を巻き込み、怒りを買い、果てに封印され、今こうして剣を突きつけられるだけで、殺せと渇望する。死ぬなら、迷惑をかけぬまま、逝ってしまえばいいであろうに。



それこそ誰にも気付かれぬままに――



「――嫌。一人で、誰にも知られぬまま……」

「――――」



か細い、小さな声は。俺にその理由を知らせた。


自分を殺すには、自分と言う存在に能力を行使すること。つまり、自分を世界から忘れさせること。だが、それはあまりにも、心を持ってしまったものが実行するにはあまりにも……



そうだったのか。こいつは、ありとあらゆる存在に忘れられたまま、一人で消えていくのが怖かったのか。



孤独に生まれ、孤独に育ち。そして、孤独に死んでいくことが、なによりも怖かったのに過ぎなかったのか。



「――バカか?」

「――なん、ですって?」



俯いた顔は見えなかった。しかし、そう思えて仕方なかったのだ。


哀れだとは思う。同情だって出来る。だが、そこまで。


能力の制御が出来ぬまま、忘却を撒き散らし、そして誰にも気付かれぬまま世界を生きて、誰にも頼ることができず、知られれば忌避されて、近づこうとすれば逃げられる。とんだ生だったに違いない。


しかし――いつか能力が制御できるようになるのかもしれない。その考えを捨て、自殺に走るようならそこまでの奴だろう。



「――あなたにっ、あなたに、何が分かるとっ!? 私がどれだけの時間を苦しみ、何百何千何万死にたいと思ったかなんてっ、分かる訳が無い。嫌われ者の能力を持ちながら人に好まれるような私と貴方は違うッ!! あなたを知ったその時、私は初めて殺意を覚えましたわ。初めて誰かを手にかけたいと思った。いい様ですわ! 里の妖怪は殺し合い、死んでいき、歪むあなたの顔は爽快。歓喜するほどの喜び。向かってくるあなたを叩き潰して殺したいとっ!!」



憤怒と悲哀と狂気を全部ごちゃまぜにしたような形相で咆哮する。


思いの丈を吐き出し、息を荒く、額に汗を滲ませた。結局、何処まで行っても妖怪。歪みを持っている存在なのだ。


しかし、それでも尚――






「――――それでも、私は、あなたの力さえあれば、もうこんな想いはしなくて済むかもしれないと、幻想を、抱いて――だからっ、だから私はっ!!」






――それでも、やはり生きたいと思ってしまうのかもしれない。


いや、彼女は生きたいなんて高望み・・・はしていない。せめて、せめて忘れないでほしいと、それだけの想いで。俺に縋ったのではないだろうか?


もしかしたら、希望の里の住民を皆殺しにする気など、なかったのかもしれない。ただ、俺の力を借りたくて、俺の能力遮断の結界を頼って、その為に、希望の里を訪れ、結果的にああなってしあったのではないだろうか?


その結果を知った上で、耐え切れない孤独を消したくて、消しきれない感情を狂気に落とし、それでも尚求めたのではないだろうか?


自分に非はない、と思っていた。そちらの都合で攻め込まれ、それの犠牲は甚大で、この怒りは当然のものと認識していた。


他人事であることに変わりはない。しかし、まるで自分にも非が在るかのような、そんな気がしてくるのだ。それも錯覚と消し去るには無視できないほどに。



「――やっぱり、バカだ」



そして、言葉になったのはそんな一言。今更自分を否定できない。間違いだったと口には出来ない。だが、禍屡魔を否定することも、また出来なくなったのだ。


一人で孤独に、全ての存在から忘れられて死ね、なんて、俺には口に出せない。それがどれだけ恐ろしいことか知っているから、尚更。



「――来いよ。まだ終わっていないだろう?」



故に、俺に出来ることは許すことでも、許されることでも、増してやトドメを刺してやることでもない。ただ、その想いの丈を全力で受けるだけ。


その意図を理解したか。否、していないだろう。その手には砕けた槍が握られ、白い手は血管が浮き上がるほどに強く握り締められる。



「――お前の絶望と、悲哀。希望と願い。怒りと狂気。全てまとめて、受け止めてやる。この大精霊がっ!」

「――――舞風ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」



その身を封じていた風の結界が霧散する。驚くほど、容易く吹き飛ばされた。


しかし、無傷とはいかない、体のいたるところに風の刃によって裂傷を負い、それでも尚その顔は歪んでいた。狂気と、怒りと、しかし僅かな安心と。


槍を振るう。白と黒とが混じり合った、異端の槍。



「オブリヴィオン ヴィブレーションッ!!」



その手を離れ、高速で周囲を回転。縦横無尽に飛び回る。否、槍は見えない・・・・。ただ風を切る音と感覚だけが存在するのみ。


不可視で、且つ高威力の魔槍。それだけではすまない。その手から生み出された妖力の輝きがその周回軌道に乗り、俺を囲う。逃げ場はなかった。



「――――烈震れっしん天翔てんしょう



否、逃げる気など、毛頭無い。口にしてまで決めたのだ。受け止めると。


見えないからなんだ? 強力だからなんだ? 危険だからなんだ?


どれもこれも戦闘を回避するような理由になれど、約束やくそくを反故にする理由になどなりはしないはずだ。



「――神風かみかぜ三神さんしん舞踏ぶとう連破れんぱ



神風を基点に、風が覆う。妖力を纏った大いなる風。それに僅かな神力と魔力をのせて。



――こいつがありとあらゆるものを貫く槍となるならば、俺はありとあらゆるものを守る盾となる。



出来る出来ないなどでは無い。やるかやらないかが重要。いつだって、心は強く持てば、答えてくれるのが己だ。誰よりも自分を信じ、そして他を信じる。


間違いなどとは、言わせない。それだけでは守れないものもあった。だからこそ、今はッ!!



「――――沈みなさい!!」

「――――開ッ!!」



禍屡魔の槍が収束し、結界に突き刺さった瞬間、身を守る風が爆散する。


急激にまで圧縮された風が凄まじいエネルギーをもって炸裂する。空を真っ白に染め、諸刃となって俺の体に裂傷を作り出す。しかし、禍屡魔の槍は爆発によって吹き飛ぶ。





――それは、勢いを失わないまま、結界山の結界を突き破った。





「ッ! 結界がっ!!」



その言葉を上げたのは現状最も敵に近かった禍屡魔であった。まるでガラスかなにかのように結界を割り、彼方へと飛んでいく槍を驚愕と焦りを含めた目で見た。



――やはり、初めからこいつは他を巻き込むつもりなどなかったのだ。優しさでなく、臆病だから。



しかし、臆病だから優しくなれるのも確かなのである。こいつをここで、無にしてしまうには惜しい。そして、それだけで一人はい終わりといなくなってもらっても困るのだ。



「……陣の形成。妖力の合成。楔は剣。三本の剣は……蓮姫ッ!!」

「大丈夫。傍にいるわ」



いつ、そして何故の問答を交わす前に、蓮姫は事態を察知し、俺の傍に立つ。その手に二本の剣を持って。その二本を以って、結界山の封印はなされるのだから。


忘却の力が幻想郷に及ぶ前に結界山の結界を再構築する。元に存在する術式に直接干渉し、手探りで操作する。






――――封鎖大結界二号破損。事故修復は不可。


――――『大精霊』の妖力を確認。


――――楔、『神風』、『真撃』、『天破』の三振りを確認。


――――世界の境界線から力の吸引を開始。


――――結界の修復を開始……再生率80……89……96……100。


――――封鎖大結界二号再生完了。続いて禍屡魔の結界を修復。


――――エラー。エラー。再接続……修復かい……エラー。エラー。


――――禍屡魔の結界修復不可。現状にて固定。


――――新たな入力を感知。登録名「禍屡魔の結界二号」。


――――接続。起動。演算開始。構築開始。


――――構築完了。以後、腕輪式限定結界「禍屡魔の結界二号」は境界線から力を用いて動作します。






「――殺さないの? そいつを」

「甘いと思うか?」

「……そうね。ここまでくると優しいとは言えないわ」



そう、眼下で息を荒くする禍屡魔を見下ろす。その瞳は冷たかった。


一応、自分でも分かっているのだ。これが優しさなんて綺麗なものでない事くらい。



だが、疎まれる力を持って、嫌われたのだとしても。


それが否定される理由にはならないはずだ。だって望んでそうなった訳じゃない。それを正しいと信じて、信じたくて、生きてきたはずなのだから。


そんな考えに、『僕』と『私』は救われたのだから。



だから、いいじゃないか。もう一度くらい、やり直す機会があっても。



「――禍屡魔。お前は能力の制御ができない存在だ。俺にもお前の能力を無理矢理制御させる方法なんて一つも思いつかない。だから、お前がとれる選択はこれ一つ」



そうして、一つの首飾りを取り出す。先程構築した新しい封印結界。禍屡魔と言う世界に一人しか存在しない妖怪を弱体化させる結界。



「これをつければ、お前は急激に弱体化し、並みの妖怪ほどの力に落ちるだろう。だから、問う。お前は、これをつける覚悟があるか?」



返事は、なかった。気付けば荒い息は身を潜め、浮遊から静かに落下を始めようとしていた。


気を失ってしまったのだろう。仕方なくそれを抱きとめる。思った以上に、その体は軽かった。今の自分と比べてしまえば小さなものである。


答えがないとしても、同じく猶予も無いのだ。俺はその首飾りを小さな首にかけた。



「……後になって、恨むなよ」



そう、だんだんと小さくなっていく禍屡魔の妖力を感じながらため息をついた。


辺りの妖力も霧散していく。噎せ返りそうな妖力の霧の中で、ただ俺と蓮姫は立ち続けた。






☆〇☆☆〇☆






「――では、どうあってもそれを殺すつもりはないの?」

「――ああ。これが、俺なりの決着だからな」



そう、と八雲紫は目を静かに瞑った。どうしてそんなに簡単に納得できるのか。


舞風はその腕の中のそれを抱えたまま、苦笑いをした。自分の選択の厳しさを理解し、それでも尚彼女に納得してほしいと頼み込んだようなもの。禍屡魔と言う爆弾を幻想郷に抱え込む選択は、本来の彼女なら間違っても了承しなかっただろう。



「……でも、それは貴方に一任するわよ。文句は無いのでしょう?」

「当たり前だ。掴んだ直後にポイなんて真似、そうそう出来ない」



それはその空気の中も小さな寝息を立てて眠りについていた。それを図太いとも思いながらも、最早それが恐怖の対象を外れたことを理解したためか、苦もなく舞風に近づくことが出来ていた。



「ベリー」

「……どんな風の吹き回し、だなんて言わないぞ。それを言えるほどお前と俺は知った者じゃなかったみたいだし」



それにやはり苦笑いした。いつもと同じような顔なのに、いつもより低いはずの背は頭二つ分も大きく、口調とは裏腹に女性を象徴する胸部。頭の高さがそれくらいなので結局そこを見ているかのような気になってしまう。



「――今度はちゃんと話せよ。聞いてやるから」



過去を知ったとしても。裏を知ったのだとしても。


今更こいつを嫌いになれない。避けようとも思えない。だって、こいつは自分を偽ったりしていた訳ではない。過去があって、今がある。極めて当然の存在だ。


今更能力で嫌いになるなら、そもそもこうして出会い、共に山に暮らすような事になりはしなかったはずだ。



「――そうね。舞風ちゃん。秘密については後でおしおきするとして、今はおかえりなさい」

「アキ……うん。ただいま」



穏やかな、まるで母のような温かさを感じる笑みで、彼女もまた舞風を迎える。


舞風に近づき、その腕の中の禍屡魔に目を向ける。悪戯気な笑みが零れた。



「ふふ。可愛い寝顔ね」

「……本人が聞いたら怒り出しそうな言葉だな。まともな会話もしてないから分からないけど」

「でも、貴方はこの子を生かした。それはこの子を殺さない方がいいと理解したからでしょう?」



そう、柔らかな笑みのまま紅い髪を撫でた。そしてまた悪戯気に笑う。



「それにしても、貴方。怒られても知らないわよ? その前に驚いちゃうでしょうけどね」

「……だよなぁ。俺としてはこんなことするつもりはなかったんだけど」



そう言い、腕の中の少女・・を見下ろす。首から銀色のネックレスをかけた禍屡魔の体は三周りほど小さくなり、俺よりも小さくなってしまっている。



「弱体化の副作用かな。まぁ。こっちの方が可愛げがある分いいさ」

「そうね。こんな子なら私も大歓迎ですもの」



そう、あどけない顔で眠る禍屡魔を二人で見下ろす。その様がまるで父親と母親にも見え、僅かに笑みが漏れた。


あの忘却妖怪、禍屡魔もこれでは形無しである。と心の中で呟いた。



「……楽しそうね。貴方達は」

「それが舞風のいいところでもあるのは貴女も知っているでしょうに」



そう、呆れたようにこちらを睨む八雲紫と僅かな笑みを零しながらこちらを見る鬼神と。


それを言われてやはり舞風は笑うが、何処か悲しげでもあった。



雨は晴れていた。ずっと、ずっと、前に。






☆〇☆☆〇☆






こうして、幻想郷はまた一つの危機を乗り越えた。


事実を知る者によってそれらは『忘却異変』と呼ばれ、しかし当事者以外には誰にも知られることもなく、再び幻想郷は回り始める。



――いつか、この事さえも、笑って話せるような日が、訪れるのだろう。








悪気はあった。勿論あった。


禍屡魔は忘却を撒き散らすことしか出来ず、己の存在を疎ましいとまで思っていた。


そんな彼女の力をどうにかするためには弱体化しかない。


つまり、よ――少女化。反論は受け付けよう。ぶっちゃけ大人の女性はアキと蓮姫でゆかりんで足りてるんだ! たまに誰がなに言ってるかわからなくなるし。


そう言う訳で、禍屡魔にはやや特徴的な、言うなればお嬢様的な?を意識して台詞を構築しました。頭のねじが数本飛んでましたが。(ジャッジメントです(ry)



当然、この終わりが気に入らない肩もいらっしゃるでしょう。しかし、救われると言う意味ではハッピーエンドが大好きな作者ですので、こうなるのです。鬱とか書けない。本当ダヨ?




さて、そろそろ誰かとコラボしてみたりするのもいいかもなぁ……とか思う作者でした。



東方大精霊はまだまだ続くぞい。



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