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東方大精霊  作者: ティーレ
2.ソレハ空白ノ時ヲ経テ再ビ現世ニ舞イ戻リ
38/55

舞風と信貴

ただでさえ少なかったクラスメート(17人)は今日気付けば10人になっていました。なにそれこわい。



さて、つい一昨日ごろにこれの最初の部分を読み直してみました。凄まじいまでの変わりよう。最初はギャグを重視してましたから、どうしても舞風の心の声的なものが文中に紛れるんですよね。


皆さんはどうですか? 最初の方が読みやすかったか、今のほうがいいか。よければ意見を寄せていただけると助かります。



今回は信貴。信貴山。と、くれば分かりますね?


では、どうぞ~





――幻想郷を訪れ、時は流れた。


そこに在る事が退屈をもたらすことは無い。しかし、いつまでもそこに居続ける、と言うことも無いのだ。



「――外もまだ変わらないか」



見上げた日の光は幻想郷とさほど変わる様子も無い。そこは幻想郷から見た外の世界。俺にとってつい数十年前までは未だ現実だった世界。


幻想郷を出て、そんなところを歩いていることにはとある理由がある。八雲紫の頼みでもあるのだ。















「――妖怪が足りない?」



珍しく暇を持て余していた紫が俺の家を訪れ、口にしたのはそんなことであった。俺にしてみればなんだそんなことかと思うようなことは眼前の女にしてみれば俄然重要なことらしい。



「舞風。幻想郷は妖怪と人間両方が共存することで成り立っているの。分かるでしょう?」

「そりゃあね。妖怪は人間の恐怖と血肉を糧とし、人間はまた自らより弱い生命を糧にする。それが今の在り方だ」

「そう。でも最近は妖怪は減少傾向にあるわ。何故か分かる?」



そう言うと手元のお茶に手をつける。持て成す、なんては言えないが、これくらい出来ねば主は務まらない。


さて、それよりも妖怪の減少である。理由はそれぞれ色々挙げられるだろうが、最たる物と言われると少し分からない。



「答えは割と簡単。人間が力をつけたから。又は弱い妖怪が多かった、と言うのもあるわね。それらを妖怪として頭数に区分したおかげで予想が若干狂ったわ」

「なるほど。最近人里に行かないからベリーの話ばかり聞いていたけど、強い妖怪退治屋もいるらしいな。となると弱いものが次々に狩られてもおかしくはないか……」

「貴女の事だから人里に通い続けると思ったものだけど、それほどまでに稗田の事がショックだったかしら?」



稗田乙女。阿悟は、初めて会ってたったの十年ほどで逝った。それが稗田乙女の運命さだめなのだと最後まで破天荒に笑っていた。


別に、死別など何度も繰り返してきた。だから特別気に病むことなどない。しかし、あの少女はまた出会う。一度見たものを忘れない能力を持ちながら、俺を忘れた状態で。


それに、なんだか思うところがあった。



「――百年すればあの魂にはまた会える。それより、そんな話を俺にするってことは何か頼みたいことがあるんだろ?」

「ええ。貴女にはもう一度外の世界で妖怪を集めてきてもらうわ。断られたら無理せず、勧誘だけでもいい。急を要することでないと言え、何か手を打つ必要があるわ」

「外か。確かに幻想郷で外を自由に歩け回れる存在も少ないからな……分かった。ただし、俺が気が向いた時だけな」



それで構わないと了承を得た後、しばらく留守にする旨を知り合い全員に伝え、旅立った。















さて、いくら俺が数えるのが面倒になるほど長い時を生きているにしても、時間の感覚だけはまだ人間の時のものを忘れないでいる。しかし、頭の中だけであるが。ふと思い出したように、旅に出てもう何年か。なんて考えると即座にやべえやべえと焦るのである。


長旅をする必要は無い。短い旅を何度も繰り返せばいい。急ぐ話ではない。



「……目的地もあるわけだしな」



そもそも、普通なら紫が言うような事にはならないはずであった。彼女が作りあげた『幻と実体の境界』は外の世界の妖怪を自動的に呼び込む力を持っていた。故に、こうして俺が旅に出て妖怪を探す必要など無いはずだったのだ。



そう、その境界に当てはまらないほどの存在でなければ――



八雲紫と言う大妖怪が張ったこの結界はかなり強力である。その影響はこの国だけに縛られず、外の国々にまで及ぶほどに。


しかし、その対象が彼女並の力を持っている場合、どうしてもその強制力が動かなくなる。これも仕方の無いことである。どれだけ凄かろうと一妖怪。限界は勿論ある。


この結界は力が弱まった妖怪、元々力が無い妖怪を対象とする。力を持つ者までは、どうしても及ばない。


つまり、今や外の世界にいるのは名を馳せた妖怪、と言うことになる。



「まぁ、だからこそ見つからないんだけど……」



大妖怪足るものが道端を徘徊する訳も無い。長い時を生きた妖怪は人の恐ろしさを知っている。いや、一部の人間と言うべきか。大抵は自らの領域テリトリーを持ち、そこに住まうものである。


なればこそ、俺は名の知れた怪奇スポットでも巡るくらいしかできないのである。お化け怖い。


さて、そういうことで今回来たのは地元の方に噂の錆びれたお寺、があるらしき場所である。らしき、といまいち不確定なのは実際に目撃した者も少ないからだ。それはなんとも山奥の自然が茂る場所にひっそりと建っているらしく、気味悪がって近づく者もいないらしい。



「はてさて、当たりかな? はずれかな?」



先程までは日差しが差し込んでいたと言うのに、今ではすっかり木に隠されてしまった。薄気味が悪い一本道。何かの足跡がある様子も無いし、特別妖気も感じない。


はずれ、だとは思いたくないのだがな……せめて妖怪に詳しい奴でも連れて来ればよかった。はて、この山の名は何と言ったか。



……ああそうだ、『信貴山しぎさん』だ。



はて、待てよ? なんだか思い出しそうである。確か割りと有名な話にそんな山が出てきていたような。


そんな事を思い出そうにも出来るはずも無く、なんだか胸にしこりのような物を残したまま、再び登山を始める。なんにせよ、やはり期待できそうである。















「――これ、か? これだよな?」



予想とは大いに外れた。頭の中のその寺は、小さな。そして寂れた見るのも虚しいものを想像していたのだ。


しかし、どういうことであろう。確かに人の気配もなく、寂れてはいるがそれは驚くほど規模の大きいものである。どうして寂れたのか、不思議になるほどに。


山門を潜り、真正面の本道に進む。柱はボロボロだ。時代を感じてしまうほどに。踏むたびに軋む音がする段差を登り、本殿の入り口を押し開ける。


乾いた空気が頬をなで、通り過ぎていった。中は暗くていまいち奥まで見通せない。すたすたと歩き、正面に何か大きなものが在ることに気付く。



「……反星陣」



明かり代わりに術式を展開。眩い光が本殿を照らした。



「――これはっ!」



それは像であった。それだけは本殿とは合わず、手入れがされており、未だ光沢を放っている。そして、それには見覚えがあった。



「まさか……毘沙門天王?」



遥か、遥か遠い記憶。誘われて訪れた一つの寺。なんと言う名前か忘れてしまった。しかし、不思議と印象に残っていた像。それがこれ、だった気がする。


だとしても、何故こんなところに……



「――ここは、元々毘沙門天様を奉るお寺だったのです」

「ッ!!」

「もっとも、ほとんど廃れてしまいましたが、ね」



声に驚き、振り向いたそこに立っていたのはおおらかな笑みを浮かべた、一人の女性。


その人は虎模様の着物を纏い、更にその髪も虎を連想させる黒と黄であった。その手には一本の棒と、掌サイズの宝塔を載せていた。


まったく気付かなかった。元々ここにいたのか。それとも迂闊にも俺が思考に沈んでいたのか。



「さて、貴方はどうしてここに来たのですか?」

「……俺は、幻想郷の者だ。外の世界の妖怪を幻想郷に誘うよう、言われている」

「――幻想郷?」



女性は首を傾げる。その様はまるで分かっていないようである。そういえば、毘沙門天の使いの片方は虎であったか。となると、彼女は毘沙門天に関連のある存在なのだろう。


警戒を緩めない。しかし、どうも向こうにはその様子が全く見られないのだ。頭の耳を見れば、女性が妖獣の類だと言うのはすぐに理解できると言うのに。



「……ところで、貴女は?」

「私は、寅丸星。毘沙門天の代理です。今はこうして、人も来ないここで信仰を続けていますが」

「代理? こんなところで?」



こんな、山奥で人などまるで入ってこないような場所で、ただそのために。ここにいるというのだろうか。だとするならば、それはなんと、辛いことだろうか?


こちらの思案を解することもなく、柔らかく微笑んだ。その姿はまるで妖怪とはかけ離れており、非常に優しげだ。



「貴方のことを、聞かせていただいても構いませんか?」

「……ああ」



――だが、何処かそれが、もの悲しく見えたのだ。まるで、感情を失ってしまったかのように。















「――そうですか。時代は知らぬ間に大きく動いていたのですね」



本殿の傍にあった、小さなお堂。そこに腰を下ろし、寅丸は興味深そうに頷いていた。そこは本殿とは違って丁寧に掃除がされており、暮らすことには難もなさそうであった。


俺もまたそこに座り、辺りを見回してた。とても一人で生活しているようには見えず、もしかしたら同居人がいるのかもしれないと思い始めていた。



「それで、舞風、でしたか? 貴方は妖怪なのですか?」

「藪から棒だな。確かに種族的には妖怪に区分されるけど、それが?」」

「いえ、それにしては貴方からは様々な力が感じられたので。それに、その名に聞き覚えのある気がして……」

「? 名を売るような真似を下覚えは無いし、気のせいだろう。それより聞いていいか?」



話を区切り、思案する寅丸に声をかける。虚空を見つめ、思い出そうとしていたが声でこちらを見、なにかと首を傾げた。



「どうしてこんなところにお寺が? 毘沙門天と言えば仏教の大層偉い神のはずだろう?」

「ええ、確かに毘沙門天様は強く信仰されていました。それが変わったのは今から五百年も昔の事。その時、一つの悲しい事件が起きました。発端になったのは、一人の心優しい僧」

「僧?」



僧。とは当然神に仕える僧なのだろうが。毘沙門天に仕えていたのだろうか?



「彼女は実に立派な尼僧でした。他者を幾つしみ、悲しみを理解し、そう、ありとあらゆる人の目標となれる人物でした。しかし、彼女には一つだけ、人間達への隠し事がありました」

「……それは?」

「それは、彼女が寺に妖怪を擁護していたこと、です」



その言葉に思わず目を剥いた。ただ人の身で妖怪を想い、守ることができたと言うことに。



「彼女は人と妖怪とのいざこざに常に心を痛めていました。妖怪の中にも心優しい者がいることを知っていたからです。そして、彼女は人と妖怪の中間の立場となり、表では人間からは頼りにされながらも裏では妖怪を助けていました」

「しかし、それも長くは続かなかった、か」

「はい……彼女の行いは人間に知られ、たちまち逃げ場を失いました。そして、抵抗もせず、彼女は封印され、それからこのお寺は急速に廃れ始めました」



人妖との間は谷のように深い。恐らく、それらを埋めようと己を捨てたものは実際には数え切れないほどいるのだろう。しかし、その全ては同じ存在の手により、もしくは守りたかった存在に消されていったのだ。



「仕方ない、としか言えないな。恐らく、本人も覚悟の上だからこそ最後は抵抗しなかったんだろう。志半ばな事を、構わないと思うほどに」

「ええ、彼女は最後まで私達を案じてくれました。彼女の残したこの寺も時間が経ち、こうして茂って埋れてしまいました。結局、私は何にも返せないまま」

「寅丸……アンタは憎いのか?」

「……どうして、そう想われるのですか?」



だって、その目は先程のような温和なものでは無い。虎のように、野生的な目だ。秘めた心の内を出さずにはいられない目だ。



「……憎い、ですよ。あの方を、人の道を外れた愚か者だとっ、裏切り者だと罵った人間達が、憎かった。でも、怒りのまま暴れることを彼女は望んだのではない。だからっ、だから私はっ」



――恐らく、彼女はこういった言葉をずっと吐けずにいたのだ。


恐らくいるであろう同居人に迷惑をかけたくないがために、積もり積もるほどの想いを全て溜め込み、せめて彼女が悲しまないようにと尽力したのだ。



「……正直、俺は部外者だ。その尼僧がどれほどの人格者だったのか知らないし、どれほどの想いを貴女が重ねたのかは知らない。だが、今ここにいるのは俺と貴女だけ。言いたいことは吐き出してもらって構わない」

「――ッ!! 私はっ、私は、臆病なんです。いざとなれば、毘沙門天として人間を止める事が出来たかもしれません。でも、私はこの地位を与えてくれた御方を、見捨ててしまった……ッ! 仕方ないんだと、自分に言い聞かせるほど惨めになって、でも誰かに当り散らすことも出来なくて……お寺に来て、ただ彼女を罵倒して去っていく者を見るたびに、どうしようもなくなって――」



背を丸め、嗚咽を漏らす寅丸の頭に手を伸ばす。抵抗もなく受け入れられ、まるで子を撫でるかのように出来るだけ優しく。


確かに、今日初めて会ったばかりだ。しかし他人と思えなかった。俺もまた、妖怪と人間を別にし、それぞれを残そうとした者である。その楽園は、一人の妖怪によって壊されてしまった。死んでいく妖怪たちを見て、目前の状況を信じたくなくて、信じられなくて。



――だから、自分で自分を封印までした俺だから。



夢が形になった瞬間、俺の世界は輝いた。まるで道端の石まで宝石になったかのように、全てが光って見えた。


それが形を失った瞬間、全てがもうどうしようもないほど壊れてしまった気がした。


だから、何と無く分かる。寅丸の気持ちが。全てとは言わないが。ほんの僅かに。


それからもしばらくの間、俺は彼女の頭を撫で続けていた。















「――す、すいません。みっともないところを見せてしまいましたね」

「なに、こういうのは慣れているよ。それだけが長生きの知恵みたいなものだし」



目元の雫を拭い、寅丸は笑った。顔はやや紅潮している。見た目子供の奴に慰められて、恥ずかしいのか。



「そうですか。ふふ、まるでひじりと話しているかのようでした。話し方などは全然違うと言うのに」

「聖、と言うのは先程の話の尼僧のことかい?」

「はい。今は魔界、と言うところに封ぜられているそうです。今でこそ力が足りませんがいつかは助けに行きたい。そう考えているんです」



魔界。俺も聞き覚えの無いところだ。疎まれた存在が封印されるのは皆地底だと思っていたのだが。恐らくそれ以上に過酷な地である事は想像できた。



「きっと、出来るさ。封印されているならば老いもしないだろうし、余生を笑顔で染めてやればいい」

「あ、いえ。確かに彼女は人間でしたが半分妖怪でもあるんです?」

「? 半妖?」

「いえ、それとも違います。彼女は妖怪の力を分けてもらう事で若返り、永らえたのです」

「うん? もしかしなくても、それって……」

「はい。人の道を外す。禁忌です。外法と言うべきですか」



それを聞くとその聖人君子の想像が随分異なってくる。結局、それは妖怪ではなく自分のために体よく起こした行動なのではないか。


俺の顔を見て考えを悟ったのか、寅丸は苦笑いをするとああ、と言葉を漏らした。



「私も初めは貴方と同じく、あの人を疑いました。私達はただ利用されているだけなのではないか、と。しかし、共に過ごしていれば例え種族が違おうと気付きます。聖は確かに妖力を吸って生き永らえていました。ですが妖怪を守る事とは事情が別です」

「お前さんにそこまで言わせるって事は大層な奴だったんだろうな。その聖って奴は」



その言葉に微笑む。自らが尊敬している存在を褒めてもらって嬉しいのであろう。


俺だって、そんな時もあった。今だってそうだろう。自慢の家族が、友人が、褒めてもらったならきっと心を良くする。



「勿論。私は彼女ほど馬鹿みたいに笑っていた人間を知りません。どんな逆境にも笑って立ち向かい、傷ついた者達にその聖母のような笑みで語りかけていました。だから、このお寺にいた妖怪は皆聖を好いていました」

「となると、ここには寅丸以外にも妖怪が?」

「はい。とは言うものの、今残っているのは私を慕ってくれる者一人。その子も諸事情で今はいません」



ふむ、いないのは一人だけ、か。会ってみたい様な気もするが、話を聞く限り直ぐにとはいかなそうである。



「ふふ。ここまで思いの内を話せたのは、貴方が初めてです。ありがとうございました」

「何々。今は気ままに旅をする妖怪だからな。畏まって礼を言わずともいいよ。こちらとしても、こんなところで妖怪に会えて嬉しい限りさ」

「そうですか。よろしければ貴方のことを聞かせていただけませんか?」

「別にいいが、いきなりどうした?」

「単純に貴方が知りたいから、それではダメですか?」



寅丸がやや心配げな目でこちらを見る、元が虎なだけにその姿はまるで雨に濡れた子猫を連想させるかのようで――



「いいよいいよ。でも、聞いてからつまらなかった、なんてのはなしで頼むよ」

「そんなことありませんよ。貴方は私の話を親身になって聞いてくれたと言うのに」

「寅丸。お前は生真面目でいい奴だけど、たまにうっかりとか言われないか?」

「えっ? どうして分かるんですか?」



どうしてもこうしても、こんな天然っぽい空気を纏ってる奴が違う訳も無いだろうに。



――まぁ、向こうの事情を聞くだけ聞いて、と言うのも失礼なのは確かである。悪い方向へ行かない程度に話してやるとしよう。















☆〇☆☆〇☆















「――ふぅ。やっと帰ってこれた」



両手にある手提げ篭とロッドを再び強く握り締め、私は帰りの道を飛行していた。空からは一面緑しか見えないが、何度も出入りすれば目印は自然と自分の中で出来る。


今回は面倒なことに、魔界に至る方法についての調べ物の為にわざわざ都にまで出向いていた。ようやくで戻ってきたのでもうくたくたである。


そんなことより、今の自分には心配して止まないことがある。



「ご主人。大丈夫かな……」



それはお寺に一人置いてきた情けない我が主の事。置いてくることが初めてとは言わないが、あの主を一人残していくのも非常に不安である。


物はなくすわ、調味料を間違え、尚且つ料理はぶちまけるわ、終いには、一人で悲しむときたものだ――


どれほど悲しくとも、どれほど苦しくとも、弱みを吐かれたことは一度もなかった。本人は心配をかけまいとやっていることだろうが、逆にそれがこちらを心配させるのだと気付きもしない。


……心配が寧ろ怒りに変わってきた。今日こそはたとえどんなことがあろうが追求してやろうと心に決めた。


お寺の近くの目印を見つけ、その元に降り立つ。がさがさと葉を掻き分け、降り立ったのは見慣れたお寺。ものの見事にシーンとしている。流石に一人でギャーギャー言われるようなことあらば流石にどうしようもないと思ってしまうが。


まずは本堂に入り、中の様子を見る。見る限り目立った汚れもなく、本堂は綺麗であった。



「……ちゃんと頼んでおいた掃除はやってくれたようですね」



と、言うよりは本人が留守中変わりに、と率先して口にしたのだが。それはとりあえず割愛しよう。私にとってはしたかしないかで別なのだ。


本堂の脇を通り、お堂へ。いくら代理と言えど、最近はめっきり人が来ない。その上黙っていると言うのが苦手なご主人は普段瞑想しているはずである。


締められた戸をがらりと開き、そこで見たものは――




「う……うむむむむ」

「……むぅ、ナズーリン……貴女は、柔らかい?」




布団の上に寝そべり、子供を抱き枕にする主人、寅丸星と、それに押し倒され――否、押し潰され、ご主人の胸に顔を埋めた子供、であった。


何かを口にする前に猛烈に頭が痛くなった。



「――ご主人っ!!」

「うわっ、わわわ! ナ、ナズーリン?」

「こんな朝っぱらから何をしているんだ! いや、そもそもその子供は何処から連れて来たんだ! 攫ってきたのか? それとも迷子をずっと置いてるのか!?」

「ちょ、ナズーリン。ちょっと落ち着いてください!」



それこそ無理である。ようやくの思いで帰ってきてみれば、お堂に料理がぶちまけられていたり、大事な宝塔をなくしていることより性質の悪い面倒ごとを置いているなんて。



「――と、寅丸。ど、どいて……死ぬ」

「わっ、わっ! 舞風!? 貴方どうして私の下に?」

「その子がご主人の下にいるんじゃなくてご主人がその子の上にいるんだよ!」



慌ててご主人が退くと、ぶはっとまるで呼吸困難のように荒い息をする。いや、実際にそうだったんだろうが。



「はっ、はぁ、はぁ。こ、こんなところで死んでなるものか。おのれ。お、俺は舞風だぞ……ッ!」

「死の淵で悪いけど、この子は誰だい?」



最初は随分いきなりで普通の子供と思ったが、普通の人間とは色々と異なる部分が存在している。まず、服がおかしい。白を基調とした服なんて、そもそもこんなひらひらとした物では動きが取り辛いだろう。

二の腕のやたらごつい腕輪が目に付く。


――と、僅かに思考しているとようやっとそれが人外の存在であることに気付く。



「君は――妖怪だったのか」

「ふぅ……え? なに? なんか言った?」



その姿はまるで子供である。力もそれほど強くは無い。その素行だって、まるで子供である。偶然現れたこの妖怪をご主人が保護したのか……いやそれにしたって。



「ご主人。いくら子供とはいえ、いい年の女性が男にそうして肌を晒すのは感心できないよ」

「大丈夫です。舞風はそういうことしませんから」

「そういう意味じゃないんだけどなぁ……」



はだけた寝巻きを直そうともせず、困ったように頭を掻く。その際また胸元まで落ちてくるが、少年がそれに反応する様子も無い。無邪気なのか。


大人なのだから、そういうだらしない様子を子供に見せない方がいい、と遠まわしに――というかほぼ直接――言っていると言うのに、それに気づく様子はなくいつものように笑って――



――心なしかその笑みは普段と比べて少し――いや随分、輝いて見えた。ここまで心のままの笑みを見せるのはあの人が封印されて以来……



「ってそうじゃない! ひとまず、頼まれたものは一通り集めてきた。もう朝なんだから起きるんだ」

「……お~い。寅丸ぅ?」

「どうしましたか?」

「お前、朝ごはん作るって言わなかったっけ?」

「あ」

「え?」



再び、頭を抱えた。幾分か気が和んでいるとは言え、うっかりは倍増しているではないか。


朝帰ってきて早速であるが、早くも忙しくなりそうである。















「――で、詳しい話を聞かせてもらうかな。まず最初に、君は誰だい?」

「ナ、ナズーリン。そういった会話は食事の後でも」

「その食事を、へとへとで帰ってきた私とこの少年にまかせっきりだったのは誰だ!!」

「うぅ、ごめんなさい……」

「……うむ。鮭が旨い!」



肩身を小さく、しょぼくれたように飯を突っつくご主人から視線を外し、正面で黙々と食を進める子供に目を向ける。確かに害こそないように見えるが、人外である。多少の警戒は当然では無いだろうか?


だと言うのに、会って間もない男女が隣合わせで布団に転がり眠るなど、無警戒過ぎる。



「と、まぁまぁ、そんなに寅丸を怒らないで。俺が頼み込んでここに居させてもらってるんだから。多少のことは目を瞑ってくれないかな?」

「……それで、君はなんなんだい?」



子供と言えど、人の子などよりは随分生きたであろう妖怪。流石に話し慣れているか。


しかし、諫めるようでやはりその箸がおかずに伸びるのは、やはり子供か。



「俺は舞風。ここらにお寺があるって聞いて来てみて、こうなったと」

「……割り合いし過ぎだよ。もう少し事細やかに話せないのか?」

「ぐーぜんだよぐーぜん。で、世話になるのは今日で三日目かな」

「……三日ぁ!?」



それはつまり、私がこの寺を朝早く出た日にこの妖怪がお寺に来たということになる。偶然。と言うより三日間もご主人と寝食を共にしたと言うのか。妙に仲がいいのも頷ける。



「……ご主人んんッ!!」

「ひぃっ! ゆ、許してください! いたっ、ロッドで叩かないでくださいっ」

「大体! 仮にも毘沙門天とあろうものがっ、そんなおどおどしていてどうするんだ!」

「ナズーリン!」

「!!」



突然、声を上げる。その目は真っ直ぐとこちらを見る。その表情は先程までと比べ物にならないほど真面目であった。


そして、その表情のまま、その口が開かれ、




「とりあえずご飯を食べましょう」

「食べれるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



と、やっぱり大して変化のない主人に脱力ばかりである。



「あ、寅丸。今日も本堂の掃除手伝った方がいいの?」

「なに手伝わせてるんだ! 一人でやれよ!!」

「そ、そんな、あんな広い場所を……」

「言い出したのは御主人アンタだろうがぁぁぁぁ!!」



少しでも見直したと思えばこれである。恐らく食事だってこいつに作ってもらったに違いない。


こちらは早く休みたいと言うのに、休む糸口が無いではないか。















「――すまないな。随分御主人が迷惑をかけてしまったようだ」

「一応泊めてもらってる身だからね。それに、見てるとハラハラするからさ。気が気じゃないんだよ」

「……ああ、分かる」



数百年ぶりにこの共感を得る事が出来た気がする、と何処か嬉しいような悲しいような気持ちになった。


その話の当人は向こうで毘沙門天の像を念入りに磨いている。本堂は一般的なお寺なんぞより随分大きいがために、雑巾がけすら容易くは無い。結局、早く終わらせるためと自ら進言までしてくれた舞風と今はこうして共に掃除に勤しんでいる訳だ。



「……君も存外妖怪らしくない妖怪だね」

「そう……なのか? まぁ最近は人に紛れて過ごすようになっていたからな。それの影響かな」

「ほう。まだそんな妖怪もいたのか。皆既に山にでも隠れてしまっているかと思ったが」

「ま、よくも悪くも見た目が人寄りなもんで。割と気付かれないもんさ。ま、気付かれたらどうって訳でも無いし」

「?」



下手に長生きをしている妖怪などよりも随分世渡りが上手そうに見えてくる。こちらが基本山に篭ってばかりなことも関係しているのだろうが、そもそもこうして寺に妖怪の来客があることなど何百年ぶりか。



「それで、奈頭雨林なずうりん、だっけ? 珍しい名前だな」

「……ん? 確かに私はナズーリンだが……」

「なずー、りん? なずー……りん? ああ! ナズーリン! いやいやはやはやあっはっは。聞きなれない体系だな。そうか。伸ばすのか」



この妖怪も対外変である。いや確かに私の名を珍しいと思う者もいたがそれくらい。名の呼び方を誤る者と言うのは初めて会った。



「……うん。苦労してそうだな。なんて言うか、上司に苦労してますって空気が垣間見えるよ」

「見える、と言うか分かるものなのかい?」

「一時的はちょっと妖怪な妖怪の式紛いなこともさせられてな。酷いもんだったよ。用事があればこっちの都合は構いなし。能力使って呼び寄せて、荒事やらの面倒ごとを頼むときたもんさ。ああなんかムカついてきた。帰ったら一発殴ってやろうか。でも絶対藍に妨害されるな……」



なにやら疲れたように肩がガクンと落ちた。まるで重い荷物でも背負ったかのようである。


しかし、そうか。子供とばかり思っていたが自分が思っているより歳月は重ねているのかもしれない。長生きなら強いと決まった訳でも無いし。主にその過去に悪い意味で積み重ねがありそうである。



――いや、待てよ。まいかぜ……舞風……どこかで聞き覚えがあったかのような。



「――あーっ!! 寅丸! それ以上磨いたら毘沙門天が美肌になっちまうぞ! せめて筋骨隆々でいさせてあげて!!」

「えっ? あ! しまった! つい楽しくなって」

「その心がけはいいけど相手にもっと目を向けろーーッ!!」



…………変わらないと言うかなんと言うか。三日にしては随分の仲のよくなり様だ。最も、元々御主人が人懐っこい性格だとは分かっているが。



――しかし、これでは、少し嫉妬してしまうな。



「おーい。ナズーリン。ちょっと助けてくれよ。ちょっ、これどうすればいいんだ」

「あわわわ、私に造型技術はないのですが」

「俺もねえっス。ナズーリン。金属弄れる?」

「……ふぅ、まったく」



ある意味、手のかかる者が増えてしまったかのようにも感じる。まぁ、それを悪くないとも思うのだが。














「あれ、一応ご神体ってか大切な像なんだよな。あんな誤魔化しで大丈夫か?」

「問題はないんだよ。悲しいことに。本来ならある方が一番なはずなのに」



掃除を終えてお堂で一時をまったりと過ごす。多彩なことに、お茶を淹れてくれたのは舞風。こういったところは本当に見習って欲しいものだと思う。



「あの像は確かに大切なものだけど、肝心の毘沙門天がこのお寺に下りないのさ。朽ちた寺には用が無いとでも言うように、ね」

「でも、寅丸が代理までしてるってことは忙しくて来れないだけじゃないのか」

「それもそうですが、それだけじゃありません。元々この寺が妖怪を匿っていたって話はしましたよね。毘沙門天は有名な神様でしたから、妖怪たちが退治されるかもとお寺を恐れるようになったのです。そして、その為に一介の妖怪に過ぎなかった私が選ばれた、と言うことです」

「……ああ、寅丸は元々虎の妖怪じゃなくて毘沙門天の代理だから虎の仮装をしてるのか」

「正確には代理になったからこそ虎の妖怪になった、ですが」



割かし重要なことを舞風に話してるな。うっかり重要なことを言ってなければいいけど……


まぁ、それは過去の事。それが憚られた過去であることは舞風も理解しているように見えるし、特に心配することも無いか。



「そういえば寅丸。幻想郷の話。考えた?」

「幻想郷……え、ええ。勿論考えてましたよ。忘れてなんかいません勿論!!」

「……へぇー」

「幻想郷、とは巷の妖怪連中で有名なあれか? 人と妖怪が共に生きる世界とやら。眉唾物じゃないのか?」



じっとりとした目で御主人を睨む舞風に尋ねた。いや、そもそもどうしてそんなことを彼が聞くのだ?



「眉唾じゃないよ。ま、未だに人と妖怪は不仲だがね。かろうじて世界として成り立っている状態かな」

「そう言えばナズーリンには言ってませんでしたっけ? 舞風はその幻想郷から来たらしいですよ」

「幻想郷、か。聞こえはいいが、やはり私は人妖の共存がそう簡単にいくはず無いと思うがな」

「そりゃ勿論。上手く言ってないよ。里では人を襲ってはいけないって言う最低限のルールがあるくらいさ」

「それは……」



ほとんどダメなんじゃないだろうか? つまり、人の里から一歩出れば人間は食われても文句が言えないと言うことだ。そもそも、妖怪がわざわざルールに従うものばかりとは限らない。むしろ簡単に破綻するだろう。



「ま、確かに無謀かもしれないけど人里での殺し合いにはならないよ。こわぁい管理人がいるからね」



舞風はやや不気味な、しかし悪びれた笑みを浮かべた。


それでも、いやそれだけで、妖怪は自制出来るものなのか。それに、妖怪にとってそれは自由な理想郷なりえているのか。不可解である。



「ひとまず、保留と言うことにさせてください。離れるにもここは気に入りすぎていますから」

「そう。まぁ早々に決めることでも無いからね。」

「何の話しだい?」

「幻想郷への移住についてですよ。舞風は妖怪を勧誘してくるよう命令されて妖怪のいそうなところを回っているそうです」

「でも途中でだるくなったからしばらくここに置いてもらおうかなって魂胆」

「聞いてない!」



どうして今の今までそれを言わなかったと言うのか。舞風もである。どうして教えてくれなかったのか。



「どうしてそんな重要な話を黙っていたんだ御主人!」

「どうしてって、保留のつもりでしたから。さほど重要ではないかな、と」

「……はぁ」

「そんな落ち込むなって。ほら、寅丸のせいでナズーリンが泣いちゃったじゃないか」

「えぇっ!? 泣いてるんですか!?」

「泣くかっ!!」



てっきり舞風は真面目な妖怪だとばかり思っていたが、そういうわけではないと――恐らく今更――知る。その顔は悪戯気であった。



「ま、なに。これもいい主従関係って奴かね」

「締めるな!」

「よし、ご飯を準備しよう。寅丸」

「何か手伝いますか?」

「何もしないで寝てろ。その方が早く終わる」

「……それって」

「遠まわしに言うとお前がいない方がはやく終わるから、って言うかぶっちゃけ邪魔だから寝ててくださいって事さ」

「遠まわしどころか直通!? 酷いですよ!」





――その妖怪は笑っていた。


妖怪らしからぬ、人染みた――いや、聖人染みた気を漂わせる彼は妖怪であるはずなのに。力など小さく、微小であるはずなのに。


不思議と、その背が大きく見えた。









星ちゃん可愛いよ。ナズーリンも可愛いよ。ミッ〇ーとか言うな。


とは言っておいて、実はわたくし、未だ星蓮船には手を出しておりません。地霊殿まででございます。故に、最もキャラ崩壊的なものが起きていそうですが、近いうちにプレイして台詞を編集する予定です。


wikiを見ると星ちゃんは虎の妖怪ではなかったという話。ショックでした。


本作のナズーリンは苦労人。真面目な奴は苦労するものである。


やや星が豆腐メンタルっぽいですが、おおよそ600年近く、後悔を続ければ誰でも(人間そんなに生きれねえよ)こうなるんじゃないでしょうか?


舞風と聖の共通点。それは人と妖怪をどちらも平等に見れること。お互いが元人間。故に、お互いが似たような結論を出しました。


しかし、舞風が出した結はあくまで妖怪の郷を作ること。人間には何もしていません。それもまぁ、色々ありますが、後ほど。



さて、次話ですが、もしかしたら遅くなるかもしれません。


事情はいろいろ。研修的なものもあるので。



では、また来週~


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