幕間
投稿がままならない。というより少し詰め込みすぎて文字数が多くなった。
一週間ぶりの投稿とか、いくらテスト週間だからって……でもやばい。主に二教科くらいやばい。
と、これはあくまで、ほんの気まぐれで、「仕方ないから入れてやるか」程度の感じでいいのですが、評価をつけていただけるとより励みになります。
と、言うことで、幕間スタート!
朝である。
そう告げたのは俺の体内時計。毎日朝ごはんの時間とおやつの時間にだけは敏感である。
「……んあ?」
周りを見回してみればそこら中に横たわる酒瓶。酒の匂いがまるで染み付くかのように匂っている。周りには見慣れた鬼。それに昨日出会った妖怪。それを見てようやく前日に起きたことを思い出し、ため息をついた。
「……俺の体内時計が、狂った」
これが封印解除の弊害だと考えてみるとちょっとなんとも言えない気持ちになった。
「――結局、アンタって一体なんなんだい?」
「秘密。絶対守秘義務」
「そんな事言って大丈夫?」
「……ぼ、暴力には屈しないっ」
一昔前の恐喝――この場合は未来と言うべきか――のようにこちらに攻め寄る伊吹と星熊。流石に正体については完全に信用できる存在にしか話せない。
よって俺が首をふるふると振りながらじりじりと足を戻す。背中に壁がぶつかった時、思わずはぅっ! と漏れた声。しめしめと歪む二人の顔。
――その顔の間からニコニコと笑いながら腕をバキバキと鳴らす蓮姫。
「アンタ達? 舞風に何してるのかしら?」
びくっと体を震わせて恐る恐る振り返る鬼二人。
「い、いやっ、これはだね」
「いつもの、いつものことだって」
「へぇ、いつもこんなことやってるの……歯ぁ食いしばりなさい」
有無を言わせず振り下ろされる鉄拳。伊吹と星熊終了のお知らせ。
「ふー、助かった」
「でも、実際貴方何者? あの鬼神に親類なんて聞いた事が無いのだけど」
そう尋ねて来たのはやや気分が悪そうな水橋。疲労に酒が混ざったか。その後ろではキスメが大の字でばたんきゅーしている。
「ま、それに関しては流石に実際の母って訳じゃないよ。会ったときから俺が子供で蓮姫が大人だったから自然とそういうのに似た関係になっただけ」
「……それだけでも随分規格外なんだけどね」
それもそうだろう、と無意識に頷く。誰が俺のように力の弱い妖怪と最強の鬼神が家族のような関係だと考えるか。
「……ん? そういえば……」
寝る前までいた一名がいないことに気付き。俺は周りを見回してみる。確かに自分に結界は張ってあるのに、姿はみえないのはどういうことか。
おもむろに転がっていた釣瓶を掴み、中を覗いてみる。案の定、こいしがまるくなって眠っていた。無意識にでも入り込んだのだろうか? 不思議である。
そんな、朝――正確には昼――の出来事である。
「――で、この妖怪が今回の首謀者なのか?」
伊吹はこくりと頷いた。そうしてすぐに瓢箪を傾ける。あれだけ飲んだのにまだ足りないと言うのか。この酔いどれ幼女は。
そんな事を思いながらも俺は小さな独房の中で両手足を縄で縛られ、転がされた妖怪を見る。やはりと言うかなんと言うか。今更な事は既に理解しているが、少女である。
金髪の髪を雑に下ろし、その顔はやや泥で汚れている。纏っていたのは茶と黒の服、大きく膨らんだスカート。見ようによっては、蜘蛛、を模しているようにも見えるのだろうか?
少女は土蜘蛛。数百年前に地底に封印された妖怪の内で、その性質は好戦的である。とは鬼達の談。
そんな少女は親の敵でも見るかのようにこちらを睨みつけ、その目を逸らさない。ただし、向けているのは俺でなく伊吹である。単に俺の顔がワれていないことが理由なのか。
「さて、そんじゃ聞くけど。なんで暴動を?」
一応名目は尋問と言うことで今ここにいる。しかもわざわざ独房の中に入ってまで。それを何故、俺がやらせられているのはいまいち分からないが、一応八雲に面倒ごとの対応を頼まれている以上はやることやらにゃならんのだろう。
……まぁ、大体の予想はついているのだが。
「……アンタは?」
「舞風。一応鬼の引越し担当者、とでもいうところかな?」
正しくは鬼の引越し”の際の面倒ごと”担当者、である訳だが。それをどう受け取ったかは分からないが、血走った目は伊吹から俺へと向けられた。人の怨を受けるのはあまり慣れていないのだけど。
「……アンタ達の目的はなんだ?」
「いや、今聞いてんのこっちだから。出来れば先に答えてほしいかな、なんて思ったりする」
「答えろっ!!」
鬼蜘蛛の目は鋭い。昨日奪いつくしたはずの力は一夜である程度戻ったのか、その身に妖気を纏う。ブチン、とその両手足を縛っていた縄は切れ、こちらに臨戦態勢を向ける。意味無いとは思ったけど、もうちゃっと働け縄。
「――理由は、そうね。多人数の方が楽しいから、かしらね」
俺の背後から現れたのはそれはそれはとてつもない妖気を滾らせていた蓮姫様でした。普通から大妖まで、彼女を見れば大半が戦意を喪失してもおかしくはないだろう。それだけの力を彼女は有している。
それは目前の鬼蜘蛛も例外ではなく、漏れなくフリーズしている。その顔はそう、顔面蒼白である。結局、彼女のいま持っている力は蓮姫にして見れば非常に微々たる物である。言っては悪いが、それこそミジンコと象と言っていいほど。
じゃあお前はどうなのかと聞かれたら俺もそうですとしか言えない。泣ける
――まぁ、実際はそういうことなのである。
鬼と言うのは、非常に強力な種族である。単体で雑魚妖怪など軽く葬れるほどに。そんな鬼が、わざわざ疚しい事を考え、地底の妖怪を利用する理由も無い。嫌われているのだって一般常識的な範囲であり、その枠に鬼は収まっていない。
結局は、そういうことだ。
「もしもお前が、自分達の存在を危惧して暴徒を起こしたって言うなら、それは勘違いだよ」
「……?」
「基本、鬼なんてのは道楽なのさ。嘘を許さないところだって妙に堅気だし、それでも細かいことは気にしないやつばかりさ」
「鬼であるアンタがそれを語るかい?」
「いいんだよ、俺は。暫定的には鬼じゃないんだから。なんなら聞いてみればどうだ? 鬼は嘘つかないんだぜ?」
鬼蜘蛛の目は蓮姫へと向かう。しかしそれに首を横に振ると親指で伊吹を指した。現鬼神は伊吹だからな。
「……鬼神様言ったことを否定したらそれこそ嘘をついたようなものじゃないかい。勿論、アンタ達はもうこの地底の、繁華街の住人さ。悪いことしたらしょっぴかれて、いい事したらそれなりには感謝されるような。寧ろ、そっちが先住民みたいなもんだし、よろしくするのは寧ろこっちさ」
「その言葉、信じてもいいんだね」
「当然。鬼に二言はないよ」
実に男前な伊吹。カッコいいとは思いながらもそのなりのお前が言ったらアウトだろ的な物が心中から消えない。
「それじゃ、さっさと罰でも決めるかい?」
「ば、罰って……」
「言ったろ? 悪いことしたらしょっぴかれる。今回も事が事だ」
やや色が戻ってきていた鬼蜘蛛の顔色が再び真っ青になったということはすぐに分かった。それどころか差し伸べられた手が実は幻でした、並みの感情を抱いているのではないだろうか?
「よし! それじゃ、今日は私の酌でもしてもらおうかしら」
「って鬼神! 何横から勝手な事言ってるんだよ!」
「いいじゃない。鬼の宴会に参加するってことがどれだけの物か。それだけでもずいぶんな罰になるだろう?」
それを否定できない俺である。実際、飲んで飲まされの絶望的ループは軽く死ねる。
「っと、そう言えばまだ名前も聞いてなかったね。なんて言うんだい?」
「黒谷、ヤマメだよ。鬼神」
――結局、今回のことはちょっとしたいざこざとして処理され、特に不遇な扱いを受ける物もいずに収束したことになる。
――と、まぁそんな事があったわけだが。
「……昨日の今日だと言うのに、随分状況が変わっているんですね」
心の中でそう語る。それがまぁ彼女に対する応対である訳だが。ためしにこちらは口を一度開かずに会話して見ようなんて考えが浮かんで、こんなことになっている。
「……鬼神に余計なことをして消されたりしてないか少し心配でしたが、まさか顔見知りとは思いませんでしたよ」
あれ? 俺そんなこと考えたっけ?
「いえ、お燐が教えてくれました。あの娘はあれで情報収集は得意ですので」
「ふーん。やべ、喋っちゃった」
「……違和感があるのなら実際に話した方がよろしいですよ」
そういうわけにもいかない。男に二言はない。さっきの伊吹の真似だけど。
「……貴方も大層変な妖怪ですね。いきなり押しかけたかと思えば、まさか事後報告ついでの雑談のためとは」
違う。雑談がついでなんじゃない。事後報告がついでなんだ。
「そうですか……」
なんだか目が冷たくなった気がする。やめてっ! そんな目で見ないで! 僕悪い妖怪じゃないよっ!
「その在り方はともかくとして、大多数の妖怪は悪と認識されているはずですが」
だけど、それは人間の偏見だ。まぁ人間からしてみれば悪戯や捕食の対象だったりするし、いい印象は持たれないかもしれないが、それこそこっちからしたら知ったことじゃないはずだし、弱肉強食って言うか、まぁ仕方ないことなんじゃないだろうか?
「……意外ですね。八雲紫の計画に協力している以上、貴方も人間が好きなのかと思いましたが」
勘違いしてもらっては困るが、俺は人間は好きだよ? 食ったことも無いし。これはあくまで一般論、誰かを納得させる詭弁に過ぎない。食われる側からしたらいちいち理由言われても困るだけだろう。
……ま、色々在るのだ。長生きしてれば、ね。
「貴方と言う妖怪は、本当によく分からないですね。ぽんぽんと言葉が浮かぶのに、それは言っていることと矛盾がありますし、結局本音はなんですか?」
「笑えよ。古明地さとり。何を持っているにしてもさ。多分、何にも無いよりはいいはずなんだ。沢山失って、嫌になっても、お前は結局お前なんだからさ」
やや呆けたような様子でさとりが眉を潜めた。蓮姫に会ったからか、昔のことばかり気にしてしまう。
「貴方はいったい何を――」
「失った者の、ただの懸念さ。幸せは、逃げていくからな」
少なくとも、自分はそうだった。分不相応を望んだ結果がそれだったのか、今となっては考える気もおきないが。
「――さて、説教おしまい。さとりも今日の晩の宴会に来ないか?」
「……私が、行っていいんでしょうか?」
「いいんだよ。俺が許可する」
その時のさとりの笑みは見た目相応の、柔らかい笑みであった。
☆〇☆☆〇☆
――鬼神。
小さな屋敷の中心に佇み、静かに目を閉じているその姿には欠片のざわめきも存在していない。他の者は皆出払っているようで、室内は非常に静かだ。
と、
「――いるんでしょう? 出て来たらどうかしら?」
「……気付かれない自信はあったのだけれど」
そして、僅かな亀裂を更に広げ、私一人が通れるほどの隙間を作り上げる。それを潜って未だ目を瞑ったまま佇む鬼の前に下りた。
「――初めまして。私は――」
「隙間妖怪の八雲紫。でしょ? 有名よ。舞風が随分と世話になったみたいね」
その身に警戒と言う様子は欠片も見られず、至って自然体のまま、その目を開いた。金の髪は手入れを怠っていないのか、流れるように肩まで下ろし、星熊勇儀のように一本だけ角が顔を覗かせている。
「――そう、自己紹介は不要のようね。出来れば貴方にも名乗ってもらいたかったのだけれど」
「私に名は必要ない。ただの前鬼神で十分。私はあの子以外に私の名を呼ばせるつもりはないわ」
……これはまた随分な熱の入りようである。結界山の、アキより酷いのではないだろうか?
それにしても、違和感が起きるほど場が澄んでいる。音が聞こえない。声と声だけが場に響く。
「そう、では今は鬼神と呼ばせてもらいましょう。貴方は舞風とどういった関係なの?」
「本当なら一言で言えるほど簡単な関係では無いけれど、強いて言うなれば親と子、かしらね。あの子はそう思ってくれてるみたいだし、私も同様に思っているわ」
「……随分と絆が深いのですわね」
「ええ、なんてったって。数万年以上の付き合いだからね」
自身あり気な笑みを浮かべた。
……なるほど。ならばそこまで仲がいいのもうかがえる。同時に、沸いた問題もあるが。
「――して、何用かしら? 貴方ほどの者が私に気に留めるほど暇とは思えないけれど」
「その暇をなんとかやりくりして、ここに参ったのです。どうか無下になさらないでいただけますか?」
「……聞こうかしら。その件、私達に関係あることなのでしょう?」
鬼神はやや表情を歪めるとやや不機嫌そうにこちらを睨んだ。
本当なら今すぐ立ち去りたいが、懸念を残したくは無い。私は恐る恐る、それを口にした。
「――遥か昔に存在した『希望の里』。これに聞き覚えは――」
直後、私は考えられないほど濃密な妖気に囲まれていた。思わず悲鳴をあげそうになったのを必死に堪えた。
目前の鬼神は不機嫌を通り越し、射殺されそうなほど敵意を含んだ鋭い目でこちらを睨んでいた。そう、それだけ。しかし気付けば体の至るところより冷や汗が流れ、己の死を幻視するほど。
「――答えなさい。どうして、貴女がそれを知っているの?」
今にも掴みかかってきそうな勢い。理由を口にしようにもそれすら震え、発言が儘ならない。それでも時間を少しかけ、私はなんとか言葉を口にしようとする。
「し、知り合いの、残した資料の中に、残ってたのよ……ッ!」
「ッ! ……そう」
風船がしぼむ様にその敵意や妖気は姿を潜めた。それだけでその空間が天国に感じてしまうほど。いや、アレが地獄だったのだ。
とんだ規格外だ。萃香との差が大きすぎる。いや、そもそも強すぎるほどの妖気。何故今までこれほどの妖怪が姿を潜めていたというのか。
「……わざわざ聞きに来るということは、それに私か舞風の事でも書いてあったのでしょう?」
「正確には、それらしき存在。あなた達に似ている妖怪、ですが」
鬼神はやや放心した様子で虚空を見つめていた。過去を懐かしんでいるようにも見えたが、すぐにそれは消え、こちらを睨む。
「存在した年号は不明。場所も不明。そもそもあったことすらも分からない。しかし、貴女の反応を見る限りは存在したのですね。『希望の里』は」
「……ええ、確かに存在していた。今はもう、ないけれど」
「文献の著者は生死すら不明。故に、書いた者に聞くことは出来ません。そもそも死んでいる可能性もある。教えていただけませんか。どうして、『希望の里』は滅びたのか」
それは舞風物語という物語よりもっと古い文献。それに名は無い。文献の再生もほぼ不可能で、唯一残っていた文末だけが読み取れた。
そこに残されていたのは、過去、『希望の里』と言う妖怪の隠れ里が存在していたこと。そこには多数の妖怪がおり、強大な二匹の妖怪に守られ、管理されていたこと。片方は鬼、しかしもう片方には詳細なことは分からず、姿は人間の子供であったこと。
――そして、著者が僅か一日離れている間に、『希望の里』が滅ぼされていたこと。
「……本当ならそれは、私一人で進めていい話じゃない。でも、今のあの子には聞かせられない、か」
目を伏せ、悲しげに。いや、何者かを哀れむように。そんな目をしていた。
「約束しなさい。決してあの子を裏切らないことを。そして時が来るまでこれから話すことを内密にすること。今の世界に、私の次に信じられるのは恐らく貴女。もし反故にしたなら、私は全力を以って貴女に敵対する」
「――分かりました。誓いましょう。聞かせていただけますか?」
鬼神の目に覇気は失われていた。その目に残されていたのはこの世の闇を敷き詰めたかのような、濁りきった黒。
「――希望の里を作ったのは彼。妖怪を集め、認識を阻害する結界を張り、それが妖怪なら来る物を拒まず、去る物は追わない世界の仕組みを作り出した」
「人間がいない、妖怪だけの世界を、本当に?」
「妖怪を一箇所に集めてしまおうと、その頃の妖怪は強い力を持っていたから、外で恐れが失われることはなかった。全員が全員、里に集まった訳でも無いし。舞風によって妖怪たちは一致団結したわ。それだけ聞くと夢物語か妄想にしか聞こえないだろうけど、確かにあの時はそうだったの。今思えば穴だらけなプランだったけれども」
それは、自分の常識を真っ向から否定する言葉だった。妖怪とは利己的で、自分勝手で、人を食らう。それが今の妖怪だ。
「一致団結が出来た理由の一つに、皆それほど大妖と呼ばれるほど強い力を持ってはいなかった。でも数は千を越えるほど。皆、舞風を信じ、彼をリーダーとして認めた。希望の里は私達から見ても順調なスタートを迎えたわ。妖怪は人を食う、など言っても人を食わねば生きれないわけではない。食料等は肉や魚、果物で遣り繰りし、襲う必要も襲われる心配もなにもなく、まるで人間染みた、穏やかな生活を送ることができた、はずだった」
「はず、だった?」
鬼神の瞳が閉じられた。その手は小さく震えている。こうして傍にいて分かる。抑えきった、故にどれほどか知りたくも無いほどの怒り。
「想定外の事態……いえ、想定はしていたのよ。でも、それの対策が完全に出来上がる前に、時は来てしまった。
――結論だけ言うわ」
蓮姫の目は歪んだ。苦しげに、憎憎しげに、悲しげに。搾り出すような声と共に、それを言った。
「『希望の里』を滅ぼしたのは――最低最悪な性質の、一匹の妖怪なのよ」
「…………え?」
今、なんと言っただろうか?
たった一匹の妖怪が? 『希望の里』を? 千もの妖怪の世界を、壊したと?
「詳しいことを今語ることは出来ないわ。少なくとも、今すぐ危機が訪れる問題でもない。また、あの子の気持ちの整理がつくまで、待って頂戴」
「…………一つだけ聞かせて頂戴。その妖怪は、まだいるの?」
そんな、存在その物を危惧するような妖怪が、まだこの世に存在していると言うならば……
「――ええ、まだ生きているわ。舞風によって封印された状態で。けれど、舞風の目覚めと同期し、それもいつかは目覚める。でも、心配は必要は無い」
「……その根拠は何処に?」
「私が戦うから、よ。それでは不服かしら」
見れば不敵な笑みを浮かべてはいた。しかしそれは見かけだけであることはすぐに分かった。そんな余裕が、その目にうかがえなかったからだ。
「――数百年の内には目覚めるはずよ。そして舞風もそれには気付いている。あの子が完全に心の整理をつけるまで待って頂戴。もし、それまでに間に合わない場合は私だけの手で決着をつける」
「……貴女を心配することなんて、私にはおこがましいだけじゃないの」
圧倒的に自分より格上の相手の勝利を心配する必要は無い。増して、彼女ほどの妖怪を未だ嘗て見たことが無い。それほどまでの妖怪が大丈夫だと豪語するのだ。信じる他あるまい。
「そういうことよ。八雲紫。これからも舞風をよろしく頼むわ」
「……ええ。あの子には恩もあるもの」
まだ返しきれていないような。大きな恩が……
☆〇☆☆〇☆
「――灼熱地獄? なにそれこわい」
実は地霊殿は灼熱地獄の上に建てられたとの事。足元が妙にほっこりするような気がしたのは気のせいではなかったと言うのか。
「いえ、それは気のせいです。いくら灼熱地獄と言えどそこまで酷くはありません」
「で、では俺の足元がほっこりするのは?」
「知りません。地底が身に合っているのでは?」
う~む。より星の深域に近いから活性化しているのだろうか? いやしかし、それにしたって……
「? 星の深域やらなにやらと何を考えているのです?」
「いやね、まぁそれなりに俺は星に縁のある存在だから。深いここではより力が出せるかな、なんて」
なんせ、元は妖精だからね。俺。なんてちょっと重要なことを暴露してみる。さとりの表情が目に見えて驚く。
「妖精!? 貴方がですか!?」
「元よ元。昔は大妖精とか名乗ってたりしてたもんよ」
「……一体どうすれば一介の妖精がそれほどまで強くなれると言うのですか」
ハハーーン。一日三食10時間の睡眠を欠かさねば楽勝よ。
「……まぁ、いいでしょう。灼熱地獄は私の飼っている子が管理しています」
「スルーされたことをどうでもいいと思うほど凄いこと聞いた。灼熱地獄をペット任せって一体どういうこったい!」
「大丈夫ですよ。あの娘は自分の仕事を忘れることだけはしませんから」
「……へぇ~」
いるんだねえ。そんな仕事に対して真面目な妖怪なんて。見るからに真面目そうな形をしてるんだろうな。エリートキリッ! みたいに眼鏡とかかけてそう。
「……そういう意味で言った訳ではないのですけど、いいでしょう。地底の名所とも言える灼熱地獄ですが、見学なさりますか?」
「灼熱地獄……暑そうだから行きたくないような、でも一度は見てみたいような……」
「ただ、そこでは人間の死体が焼かれていますので、貴方にとっては嫌な物かもしれませんね」
「なにそれこわい」
一体それを何処から持ってきているのか、非常に疑問なところである。
しかしまぁ、珍しい物であることも変わりない。一度見てしまえばそれで観光になるし、いいことだろう。
「じゃ、行ってみようかね」
「そうですか。燐。お燐? いませんか?」
「はい、ただいま~」
まるでそこにスタンバイしていたかのように、扉を開いて入ってくる猫耳少女。始めてここに来たとき出迎えてくれた子だ。確かこいしもお燐って呼んでたな。
「……え? 貴方、こいしに会ったんですか?」
「あれ? 言わなかったっけ?」
そう言えば、騒動以外の話は割りと簡単に話したからなぁ。抜けていたかもしれない。それほど意外そうな顔されても困るのだが。
「……まぁ、覚りの能力を無効にできるくらいですし、あの子の”無意識”も消せてもおかしくは無いですね。次に会った時は顔を見せるようにと言っておいてくれませんか?」
「あいあいさ~」
まぁ、多分宴会に来ると思うけどね。こいしも。
まるで捨て台詞の如く、それだけ考えると俺はドアをバタンと閉じた。
「……さて、連れて行ってもらおうかね。灼熱地獄」
「あいよ。案内は任せな」
そうして歩く。地霊殿の未だ踏み入れない奥へと更に進んでいく。心なしか、気温が高くなってきたような気がしなくも無い。
「――アンタ、舞風って言ったよね」
「ん? まぁ、そう名乗ってるけど?」
「アンタはさとり様を、その、怖いとは思わないのかい?」
お燐はやや恐る恐る尋ねた。少しだけこちらを振り返っており、片目だけが見える。やはり不安に揺れているようにも見える。
「まぁ、多分本来なら忌避されてもおかしく無いんだろうな。俺にはちょっと分からんけど」
「――どうして?」
「そうだな~、深くは考えて無いけど。俺、才能とか生まれ持った物や考えで人の見方を変えるのが嫌いなんじゃねぇかな? どんな親の下に生まれようと、どんな才能を持って生まれようと、それがどんな考えを抱こうと、それはそいつのせいじゃないだろ? 悪用してるんならともかく、普段通りに生活するような奴を嫌うって、なんか間違ってる気がするじゃん」
元の力がどれだけ違おうと。
仲間とは違う考えを抱くのだとしても。
それが否定される理由にはならないはずだ。だって望んでそうなった訳じゃない。それを正しいと信じて、信じたくて、生きてきたはずなのだから。
――そんな考えに、『――』と『――』は救われたのだから。
「――ま、これからも仲良くしたいと思ってるよ、さとりとは。こいしは、そうでなくても輪には入ってくるだろ。拒否はしないさ」
「……そう。アンタがここに来てくれて、本当に良かったよ。さとり様も喜んでる」
「そりゃ嬉しいことで」
お燐が安心したように笑った。いつの間にか道は一本道になっていたが、それを進めば進むほど気温は増しているような気になってくる。どうしてお燐は涼しい顔を出来るのか。
やがて、そこがトンネルの中であったかのように錯覚するような光が道の先から零れだしていた。
「――うはーっ! これが灼熱……地獄?」
灼熱地獄。個人的な印象を膨らませておいて非常にアレなのだが、正直言ってそんなもの見当たらない。
巨大な部屋の中心に、なにやら轟々と熱気を上げる穴が存在しているだけである。だけ、と言う言い方も酷いか。気温が想像していたよりも低いのは正直助かったと思う。
「これが灼熱地獄さ。正確には、あの穴の下が、だけどね」
「なるほど。まぁそんな地獄と言うほどの暑い場所でどんな管理方法をしているのかは疑問に思ってたけど、そういうことか」
それに寄っていくと熱気に隠れて見えなかったか、反対側にいる一つの影に気付く。遠目では大きな翼を持った者である事くらいしか分からないが。
「あっ。お空ーーッ!!!」
「……お空?」
お燐に声に気づいたのか、影は翼を広げるとこちらに向かって飛んでくる。それの姿形は少女である。最初はやや笑みを浮かべているようだったが、こちらの姿を認識した途端、なにやらムスッとした表情になる。
お燐と言い、お空と言い、なんだか時代を感じる呼び方だなぁ、なんて思いながらこちら側に降り立った少女に歩み寄るお燐の後を着いた。
「……お燐。そいつは?」
「さとり様に来た客の一人だよ。あたい言ったよ?」
「そうだっけ?」
「そうだよ!!」
そんな一通りの会話をするとやはり怪訝そうに見る少女。それには無表情でこそないが、こちらに対する興味が無いように見えた。お空と言う名らしいが……
「舞風だ。本日は灼熱地獄を見学に参った故」
「そう」
「……返答短ぇ! アレ? なんで? ここまで嫌われること私なんかしました!?」
相も変わらず、どうでもよさげな少女だったが、なにやら俺の言葉を聞くと豆鉄砲を食らったような顔になり、お燐へと目を向けた。それはなにやら助けを請うているようにも見えたが。
「……霊烏路空。見学は勝手にやって」
「う、うむむ。ガイド無しの個人観光って……」
「ま、まぁ、分からないところはあたいが教えてあげるから」
そう言ってお燐が苦笑いを向けてきた。それを聞いてなんとか立て直した俺は更に穴に近づき、膝をつくとそれを覗き込んだ。
穴の底は何メートルあるか検討もつかない。ただ、果てに何かが点滅しているようにも見える。ややからくりを利用しているのか、穴は何処か機械的である。
「うぉー。こえー。灼熱地獄こえー」
熱気だけで顔が溶けそうである。手でも出したらどうなることか……
「――あじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃっ!!」
本気で燃えた。じゅ、とか言いながら俺の手が燃える。真っ赤にじゃない。ただもう、やけどである。再生するけどやけどである。
「こいつ馬鹿なの? お燐」
「お空。これでもお客だから」
お燐、これでもとか言うな。あとお空。お前はストレート過ぎだ。ちょっと自重しろ。
もう、灼熱地獄の上に手を翳したりするもんかと心に誓いながらもふと気になったことを尋ねてみることにした。
「――お前ら二人ともさとりのペット……もとい飼われてるんだよな」
「そりゃあね。さとり様とはここが地底になる前から一緒にいるよ」
「ほほう……じゃ、親も同然か。いいな。なんかそういうの」
「そうかな? そう言ってもらえると嬉しいけど……」
本当に、羨ましいと思う。本来ならそんなこと思わないのかもしれないが――
「――ああ、羨ましいな。ずっと、大事な人と一緒にいられるなんて」
零してしまった言葉を自分で嘲笑う。沸いたそれは羨望じゃない感情だった。ただ、言わずにいられず、溢れてしまった。それだけの一言……
「――さて、そろそろ行こっかな」
「……アンタって、とびっきり変な奴だね」
「そういう感じの言葉は褒め言葉として受け取るようにしてる」
「褒め言葉だよ。アンタみたいな奴だからこそ、さとり様も気兼ねなく話せるのかもしれないね」
それでも、まだ完全にそうなった訳ではない。まだ距離はある。主に向こうの抜け出せない想いがあるのだろうが、それでもこれから距離は縮めれば言い。
「じゃな。お空とやら。見学させてくれてありがとさん」
「……うん」
それの感情は読み取れなかったが、初めのように無関心の無表情では無い気がした。ひらひらと少女に手を振り、その場を後にする。
「……賑やかだねえ」
確かに宴会をするとは言っていたが、場所を選んだ方が良かったのではないだろうか? 蓮姫の屋敷では元々多人数での生活が考えられていないので、正直足場が無い。
「……これなら地霊殿に呼んだ方が良かったのではないですか?」
「いや、うん。それは俺も思うけど、言うな」
誘っておいたさとりを初め、その場には蓮姫は元より伊吹と星熊。キスメに水橋。それと鬼達にせっせと酌をしている黒谷がいる。姿が見えないこいしは……まぁどこかに隠れてるんだろう。
ためしに結界を張って探してみると、何故かキスメと共に釣瓶に入って顔を覗かせていた。キスメは気付いていないようだが。
「――あの子はいましたか?」
「ん? ああ。キス――釣瓶落としと一緒に釣瓶の中」
指を指して教えると目が合う。なにやらムッとして釣瓶から抜け出すとこちらへ駆け寄ってくる。
「ちょっと、教えないでよ!」
「今は俺の目前辺り」
「ねぇ! 聞いてるの!?」
「そうですか……」
手をいっぱいに振り上げてこちらに講義するこいしをとりあえず無視してそれとなく、場所を教えてやる。姿を晒してやろうかとも考えたが、それには及ばないと言うようにさとりはこいしがいるであろうところを見る。
「こいし……聞こえてますね」
「聞こえない」
「まぁそんなことは関係ありません。聞きなさい」
なんでか酷いねさとりさん。そうは思っても今この場で自分が余計なことを言うのも悪いだろうと黙って見守ることにする。
「貴女が覚りの力で人に嫌われ、恐れられることを拒んで、第三の瞳を閉じた事は知っています。でも、それについて今まで一度も咎めたことはありません。それが何故か知っていますか?」
「…………」
「それはですね。私もまた、覚りの力が恐れられ、嫌われることを知っていたからです。この瞳を閉じれたら、そう思っていたこともあります」
「…………?」
「ですが――」
さとりは柔らかい笑みを浮かべていた。その目は確かに見えないはずの、こいしの姉を見返す目を見つめていた。
「――私達の能力を嫌わないでいてくれる妖怪だって、います。お燐やお空だって本心で貴女を心配していますし、私だって勿論そうです。舞風だって、少しおかしな方ですが、きっといい友達になれると思います。だから――次に顔を見せてくれる時は、笑顔を見せて」
「――ッ!」
言葉を聞くことに耐えれなくなったか、それとも終わったことを見越してか。こいしは俺の傍を通り抜けて蓮姫の屋敷を飛び出していった。
「頑張ったな。さとり」
「……ええ、あの子にも届いてくれればいいのですが。能力を嫌うということは自分を嫌うことと同じ。そんなことに、ようやく気付けた私のように」
「届くか届かないか、ね。ま、アフターサービスくらいは受け持ってやるよ」
皆が宴会で騒ぐ声を背に、俺もまた蓮姫の屋敷を出た。さて探そうと思う前に、その姿は見つかった。
こいしは屋敷のすぐそこ、川のほとりに座り込んでいた。それがまた子供にしか見えず、思わず笑みを浮かべた。
「見事に黄昏てるな。そんなにさとりに言われたことが効いたか?」
「…………うん」
「能力、嫌いか?」
「…………うん」
「そうか……」
ゴロリとそのそばに転がり、空を――と言っても地底だから見えないが――見上げる。
俺には覚りの気持ちは分からない。故に知った口を聞くのはきっと彼女には失礼なことなんだろう。
「そうだな……俺もさ。嫌いだったんだ。能力。
「……え?」
思い浮かぶ、あの時のこと。後悔しないためにした行動の結果が後悔に繋がってしまった、俺が今の俺になった時のこと。
「とある事情で、とんでもない能力を手に入れてさ。でも素直に喜ぶことが出来なかった。それさ、友達を犠牲に得た力だったんだ」
「…………」
「そうまでして得た力。本当はそんな力欲しくなかった。友達と一緒に笑って暮らせればそれでよかった。でもどうしてかそうなっちまった。虚しかった……でも、捨てる訳にもいかなかった。否定して、なかったことにすれば、それがまるで二人を否定することになってしまうような気がしたから」
目を閉じて、記憶を掘り返す。今では朧気にしか思い出せない、楽しかった日々。今が楽しくないと言う訳ではない。でも、あの頃は何よりも輝いて見えた。
「その友達は、どうしてそんなことをしたの?」
「……俺を助けるため。消えかけていた俺に、その全てを擲ってくれた。嬉しかった。でも悲しかった。いろんなのに怒りをぶつけて、それでもそばにいてくれたのが、鬼神だった。きっとそういうこと」
「……どういうこと?」
「自分を嫌うな。それは自分を好きでいてくれる人物を否定することに繋がる。なんて、ちょっとした名言だ。こいしは、そうなるなよ」
今の状態も、”二人”を拒否しているように見えるのかもしれない。でも、根本的な部分で繋がっているから。だから、俺は寂しくない。そう思えるのだ。
……なんて、詭弁で偽善で言い訳にしか聞こえないか。
小さく笑う。自嘲の笑みを浮かべる。心配げな顔をするこいしを見て今度こそ笑う。嗤うではなく笑う。
――――今度は、今度こそは……
「――舞風! 貴方も飲みなさい!!」
「どわっ! なんでわざわざ屋敷の外まで出てくるんだよ!!」
「いいからいいから。中に入って飲みまくりな」
何故か背後から現れた蓮姫にのしかかられ、そのまま屋敷まで持っていかれる。そこで待っていたのは釣瓶いっぱいに酒を入れたキスメであった。当の本人は流石に中には入っておらず、顔を赤くしてむくれている。
「ちょ、待て。押すな。押すなよ? 絶対押すなよ!? これは変なふりじゃないから絶対押すな――あばばばばばばばばばばばばばばっ」
それに顔ごと突っ込み、目すら開ける事も出来なくなってしまったり。泣ける。
☆〇☆☆〇☆
「――ふぅ」
屋敷の中へと運ばれていった舞風を見てフッと安堵の息をもらす。そして彼が今まで寝転がっていた辺りを見る。
誰もいない、ように見える。昨日のようにそこまで自分の妖気が分散しているわけでは無いし、分からない。
「……聞こえるかい? さとりの妹……こいし、だっけ?」
返事はなかった。いないのか、それとも姿を現さないだけか。どちらでも構わない。これから言うのはひとりごとのつもりなのだから。
「貴女が第三の瞳を閉じたって事は聞いてたわ。能力が嫌いって事も推測ながら分かってた。貴女を励ますような言葉を言えるほど私は誰かに関わって生きてきたわけじゃないから何も言えないけれど、これだけは言わせてね。
――あの子の話を聞いてくれてありがとう」
彼は、何処まで言っても孤独だ。周りに誰が居ようと、その根本の想いだけは消えない。本人は気付いていないふりをしているが、いつも気丈に振舞っている。そして、誰もその影に気付けない。
力も、想いも、意味をなさない。彼がもっと必要としているものは、そんな物じゃない。
「出来れば、あの子と友達になってあげて。何年一緒にいようと、あの子は私のたった一人の家族だから。心配なの」
言いたい事は言った。背を向け、屋敷へと戻る。姿を現さないということは、元々いなかったのかもしれない。
「――頑張ってみる」
そう思った直後、聞こえた声。それに安心するともう速度を緩めることなく、私は足を進めた。
今回は少ししんみりした話が多くなりました。少しばかり過去を覗かせる断片的なものを。
未だ色々なことが明らかになっていない本作でしたが、やや胡散臭い物が現れました。
まぁ、それについてもまたそのうちって感じですね。未だときは千五百年代。原作にはまだまだ遠い遠い。
最近は東方のVocalばかりを聞いています。作者です。
車の中で熱唱したら音漏れてました。通行人の目がイタイ。