舞風と鬼神
あらすじ
紫「地獄に落ちろ」
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キスメ「地獄だけど落ちてきました」
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スイカ「橋姫さっさと連れてこんと、どうなるか分かってる?」
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パルパル「その春な頭が妬ましい」
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勇儀「地霊殿に行くZE!!」
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おりんりん「こちらでお待ちください。永遠に」
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こいし「お茶と私の時間と尊厳を返せ。倍にして」
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今ここ。
うん、大体あってる。
「――初めまして。私がこの地霊殿の主。古明地さとりです」
なんだかなぁ、と思いながら。俺は相対する者の顔を見た。ん、似ている。先程会った少女、こいしと。今改めて名乗られ、ようやく古明地の姓を思い出した。
目の前の少女は先程会った者と違い、やや大人びているように感じる。悪く言えば暗そうにも見える、とも言うが、どちらにしても未だ一屋敷の主としての貫禄は欠けている様にも見える。
「…………」
「……あの、聞いてます?」
「ん? ああ。悪い悪い。ちょっと考え事があってね」
「そう、ですか。どうも心の見えない妖怪の相手はやりにくいですね」
「あ、やっぱり見えないんだ。皆それが普通なんだよ。因みに俺は舞風」
さとりの顔は目に見えて曇る。やはり、能力については己が一番コンプレックスを持っているのだろう。
「……ま、そうだね。俺もなにか特別な用があって立ち寄ったわけじゃないけど、ちょいと試してみるか」
「……え?」
直後、俺は自分を守る最後の、”干渉を遮る結界”を霧散させる。これがないと俺はただのちっぽけな妖怪である。大して力の持たない妖怪に完全消滅させられるデメリットまで浮き上がる。
「……! そんな重要な結界を解いて、大丈夫ですか」
「あん? なんで……ああ、読んだのか」
大した問題ではない。それこそ、八雲紫や伊吹鬼のような能力を持つ妖怪でない限りは。もしもここにいるようなら大問題だが。
「……いえ、そういった妖怪はいません。いるのは私が飼っている動物か妖精くらいです」
「動物?」
動物好きなのだろうか? と頭の中で頷くとさとりははにかんだ笑みを見せた。
「ええ、いつの間にか増えていっているんですけど。あの子達は、私を恐れませんから」
「そりゃ動物だからな。寧ろ読んでほしいと思うくらいか」
確かに。喋れない物の言葉を聞けると言うことはそれだけ見ればとても素晴らしい事かもしれない。しかし、その能力の程度は如何ほどなのか。
「私の能力では表面意識を読み取る程度しかできません。しかし、問われれば考える物です。それがどんな秘密だろうと、それが心です」
「真理だな。でもそれくらいなら会話が楽って程度だろ。妖怪ともあろうが秘密の一つや二つばれるくらい、どうってこともないだろうに」
「……本気で言ってるんですね。そんな言葉を聞いたのは初めてです」
しかし、実際に話してみると何と無く話がかみ合わないような感覚。こちらの言いたい事は簡単に伝わるが相手との会話に困るのが難点か。
「……すいません。相手の考えることを読み、会話することが癖になっていますので」
「謝る必要もないよ。わざわざ結界解いてまで俺が望んだことだし」
「――そうですか。初めてです。そう言われたのは」
「初めて? 伊吹辺りなら気にしなそうだけどな」
「自分は好きに見られているのに相手は晒さない。それが鬼にとっては嫌悪対象なんでしょう」
「ふ~ん。相変わらず鬼は気がいいんだか頭が固いんだか」
嘘など、己らに課した何かに対して異常に厳しく、それでありながら人間との絆を取り戻したがると言うのに。
「……おっと。頼むから今考えたことは伊吹達に言わないでくれよ。また殴られちまうよ」
「……ふふっ。貴方、よく分からない方ですね。確かに心を読めると言うのに、まるで雲のように浮き足立っている」
「それを言うなら風と言いな。俺は舞風なんだから。お前さんも、せっかく可愛い顔してるんだから、そんな暗い顔ばっかりしなさんな」
「――そう、でしょうか。いつも私は恐れられてばかりの私が笑ったところで、どうせ気味悪がられるだけでは無いでしょうか?」
「はははっ。んなことある訳ないだろう。だって……」
――だって、もっともっと、最低最悪な妖怪は――
そこから先は考えない。秘密にするでもなく、それを頭の隅に追いやる。
「……ま、長生きしてれば色々と、嫌な奴にでも会うもんさ」
「……それについては聞かない方が?」
「聞かない方がいいよ。聞いても、嫌な後味が残るだけだから」
思い出さないように、思い出してしまわないように。それを記憶の底に沈めてそっと鍵をかける。
「そうですか。少し気になりますが、辞めておきます。でも、こうしているとやはり私の能力は嫌な物でしょう?」
「それに関しては断固としてノーだ。少なくとも俺は忌々しいとは思わないし、勿論さとりを嫌いになるなんて事も無い。それは君の生まれ持っての力だろう?」
「それも、そうですが……」
「達の悪さで言えば紫のがよっぽど酷いよ。境界を曖昧にすれば心の声と実際の声をどちらも出す事だってできるだろうし」
それだけ、彼女の境界を操る程度の能力は万能なのだ。境界を曖昧にすると言うことはその世界に解けて消すことも可能。創造と破壊すら思いのまま。俺だって結界がなかったら指一本で消滅しているだろう。
「……貴方は八雲紫と知り合いなんですか?」
「知り合いって言うか……やべ」
「……! 八雲紫の縁者にして協力者。それがここに立ち寄った理由なんですね」
「お願いだから誰にも言わんでね。紫にしても伊吹にしても絶対怒られるから」
まぁ、この少女にばれてしまってもそれほど問題じゃないだろう。話し方からしても嫌っている訳でも無いようだし。
「ええ、まぁ。どちらかと言えば私は静かな場所が好きでしたから。そもそも私自身、追いやられたわけでもなく、自分の意思でここにいますので」
「そりゃ助かった。それはそうと、心を読み取られるってなんか新鮮な気分」
「……貴方が考えているような意味ではないと思いますが。私にしか伝わりませんし」
「むむむ、ダメか。以心伝心」
「ダメですね」
上方修正。堅っ苦しい話ばかりもつまらないし、この際読めるだけ読んでもらおう。
「――ではその幽々子さんという方は?」
「ああ、八雲紫の嫌なところばかり引き継いで、更には独特の冷たさ。アレは怒らせたら絶対やばいタイプだね」
「では、先程言っていた藍さんは?」
「ああ、やたらと俺を嫌ってるみたいでな。あの鋭い視線は毛根が死滅すると思ったね」
「でも、確か白面金毛九尾の狐って大層な齢ですよね。それを下すほどの力を持つ八雲紫って」
「……そう言えば、歳を聞いた事がなかったな」
一応女性の年齢は聞かないべきと考えていたから。聞いたのは人間くらいだ。
さて、大層長生きのはずの藍を下すほどの紫は何歳なのか。聞いただけで怒られそうだな。私は永遠のじゅうきゅうさいッ! キリッ! とか言われそうだし。
「え、永遠の19歳……プッ」
「ま、実際は大層歳食ってるんだろうなぁ。俺が言えた事じゃないけど」
「……貴方は一体……ああ、自分でも分からないんですね」
「なんせ長生きなもんで」
歳を数えるのを辞めたのはいつだったか。この際だから俺も永遠の14歳でも名乗ってみようか……辞めよう。鼻で笑う奴らの顔が目に浮かぶ。
「――おっと、つい話し込んじまったな。そろそろ行かないと怒られそうだ」
「……そう言えば、貴方はここに何をしに来たんですか?」
「八雲から頼まれたのは面倒ごとの処理。挨拶は当然だし、まぁそのくらいか」
「そうですか」
「ああ。あ、でも個人的用件がもう一つ」
「? ……ッ! 本気ですか?」
本気も本気。個人的な興味はこれが一番大きかったともいえる。
「――それで、先代鬼神とやらは何処にいるかな?」
今の鬼神は伊吹。しかしそれは代理でしかない。では何故代理なのか? 隠居するならまだしも、それなら代理を立てるのもおかしい。伊吹は寝ていると言っていたし。
「……鬼神はこの地霊殿から少し離れた小さな屋敷に居を構えています。知っている通り、鬼神は基本寝ています。どれほどの歳月を経て、あれほどの物になったのかは、定かではありません」
「やっぱり強いのか?」
「強い……そんな次元で表せる存在ではないと、私は思います。半端な力しか持たない妖怪は彼女に近寄っただけで消滅します。彼女も恐らく、例外なく地底の妖怪と言えるでしょう」
そこまで言わせるほど強大な存在。期待は高まる。
「嫌われ者の鬼、か。それだけ聞けばらしい、けど鬼達は代理を立ててる辺り復帰を諦めて無いんだろうな」
「強い者が頭領です。何者かに下されるた時、鬼は代替わりします。しかし彼女はおよそ800年前、唐突に位を譲って放浪を始めたそうです。そしてその500年後、ここに行き着き眠るようになったそうです」
800年前、それに500年後か……偶然にしては出来てるな。
そんなことを思っているとさとりが訝し気にこちらを見た。
「出来すぎている、とは?」
「それはこっちの話だよ。とりあえず俺はそこに行ってみる。結界さえあれば消滅なんてしないさ」
「……そう。また、来てくれるかしら」
最後の最後だが、口にする必要は無いと思った。それが彼女の力なのだから。
勿論。また来る。たったそれだけを思い、俺はその場を後にした。
「――意外と近いな」
それは地霊殿からそれほど離れていないところにあった。見れば分かる。目に見えてしまうほど、余剰揚力が辺りに漂ってしまう。当の本人は抑えてしまっているのだとしても、ちょっとしたことでそれに綻びが出来ることはある。
そんな、僅かな綻びですら、まるで陽炎のように世界を歪ませていた。
「星熊達は……どっか行ったかな随分長時間話し込んじまったし」
地霊殿の目前で別れた彼女達は皆どこかへ行ってしまっていた。それが何処かは分からないが、分からない以上鬼神のところへ行くのも悪くない。
屋敷の前に立ち、それを見上げる。規模で言えばそれは家と言った方がいいだろう。民家の、少し大きいか同じくらいしかない。しかし、その造りは値段の張りそうな物ばかりを使用している。金が余っているか、それともあまり執着が無いのか。
引き戸を開き、中を覗く。誰かがいる気配はしない。ように感じる。眠りながらも上手く気配を消しているのか、不在なのか。
「――――」
何も言う気になれず、中へずんずんと入っていく。一番近い戸を開けばそこにいたのは鬼一人。
鬼神、で間違いないんだろう。睡眠での気の抜けが原因か。彼女を覆うように禍々しいまでの妖気が存在している。心が、期待に膨らむ。
「……やっぱり、か」
躊躇いもなく、その傍に腰を身を寄せる。妖気はまるで拒絶するかのように俺から離れていく。何も変わらない。
最後に別れたあの時と、なにも。
「――おーい、起きろ」
肩を揺する。静かに声をかけながら。身じろぎし、薄目を開いてこちらを見る。未だ寝惚け眼のそれは確かにこちらを捉えた。
「……舞風?」
「ああ――おはよう。蓮姫」
そして鬼神――否、敬愛すべき最強の鬼、八斗蓮姫は目を見開いた。
「ッ!! 舞風ぇッ!!」
「おぅふ!」
盛大に抱きつかれ、顔をその胸に埋める。相変わらず胸は大きいし、抱きしめる力は強い。いや、強すぎる。
「ちょ、痛い。痛いって」
「舞風! 夢じゃないわよね!! 絶対に夢じゃないわよね」
「夢じゃない。夢じゃないから離しゃぁああああああああ!!」
手が回された背と頭からメキメキと言う音が止まらない。再生力を持って尚現在進行形で壊れていくマイボディー。
「ああ! ごめんなさい。でも、本当に本当よね?」
「本当に本当に舞風です。蓮姫が自分で俺だけ妖気の対象外になるように術式を組んだんじゃないか」
「会いたかった! 舞風。何千。いえ何万年ぶり?」
「さてね。俺もずっと封印で時を過ごしてたし、正確なのは分かんないな」
最後に会ったのはいつだったか。しかし彼女は俺の記憶に残るままの姿でそこに存在していた。何一つ欠けることなく。また強くなったようだが。
「そうね……そんなこと考えても仕方ないわ。話をしましょ! 確か800年位前に貴方の封印が解けたのを感じて旅を見つけたんだけど、確か300年位前にまた貴方の気配が世界から消えて。貴方がまた眠りに着いたことが分かってから私――」
「やることがなくなったからここで寝てた、と」
「ここで待ってた、と言ってほしいわ。たったの数百年で眠るなんておかしいと思って私、地獄の奴らに聞きに来たのよ。でもどいつもこいつも頭が固いから全員潰して聞き出そうとしたのよ」
なんだか知らないうちにこのお方はとんでもないことをしている。今回の地獄のスリム化って蓮姫追い出すためなんじゃない?
「聞いたよ。伊吹に鬼神の位押し付けたんだって? いいのか本当に」
「伊吹、萃香のこと。いいのよ。元々興味なかったし。三千年くらい前にいきなり勝負挑まれて勢いで叩き潰したら勝手に祭り上げられたんだもの。一発で瀕死になるような奴に鬼の頭領が勤まるわけ無いでしょ」
「いやいやいや、どう考えてもアンタが強すぎるせいだから」
「貴方のせいよ。責任取りなさい」
「いやそりゃそうかもしれないけど」
一端。というよりは元凶に俺が存在するのは間違いないが、ここまでなるとは俺も思わなかったわけで。
「――寂しかったんだから」
「――――」
ただ、その言葉だけは染み入るように心の中に解けた。彼女は封印され眠るように時間を越えた俺と違い、その身で数万の時を孤独で過ごしたのだ。
それでも、こうして何一つ変わらない応対をしてくれる。
「ところで舞風、聞いていい?」
「? 何を?」
蓮姫の目は入り口へと向いた。そこには誰もいない。誰もいないはずだ。しかし、違和感。誰もいないのに、何かがいるように充満した妖気は移動していた。
まさかと思い、自分に結界を張りなおす。そこにいた存在を見る。
「そこにいるのは――」
「こいし! どうしてここに?」
「あっ! やっと気付いてくれた!」
なにやらぽわぽわとしたように、少女、古明地こいしはあっけらかんとするようにそこで笑っていた。
「――と、言う訳で、無意識に舞風の後を着けて来たの」
「どういうわけだよ! 色々と過程が抜けてるぞっ!!」
そこにいるのは三人。俺に蓮姫にこいしに。暖炉を囲んで座り込んでいる。
こいしは諸事情で普通の姿が人に見えないそうなので、わざわざ彼女の周りに結界を張って蓮姫にも見えるようにしてある。流石の蓮姫もいきなり追い出すようなことはせず、不機嫌そうに睨みながらもどっしりと腰を落ち着かせている。
「で、誰?」
「あれだ、地霊殿の当主? だかの妹。ん? 姉か?」
「妹だよ」
「だそうだ。さっき知り合った」
まぁ大して深い仲で無いのは確かである。しかしわざわざ着いてくるとはどういうことか。
「そう。ならさっさと出て行きなさい」
「えぇー。私もいていいでしょ?」
「嫌よ。何が嬉しくて舞風との再会に水を刺されないといけないのかしら?」
「いいでしょ? 舞風?」
ここで振られても非常に困る。本当なら俺も断りたいところ、なのだが、こうして俺達に突っかかってくる以上、彼女を見ることが出来る存在は本当に稀なのだろう。そう考えると無下に断るのも可哀想な気になってくる。
と、なると俺もまた蓮姫に困った視線しか遅れないのである。
「~~ッ! 分かった! 分かったわよ!! 好きになさい!!」
「うん! 好きにする!!」
蓮姫から敵意が消え、僅かながら漏れ出していた妖力は姿を潜める。ややむくれながらそれでも、僅かばかりに漏れ出している妖気はご愛嬌としかいいようが無い。
ニコニコと笑いながらここにいることを決めたこいしは何かを切り出す様子も無い。こちらの話を聞きたいだけなのか。多分蓮姫が気付かなかったら黙って聞いていたのだろう。
「――じゃ、改めて。語りますか。俺の800年を」
観客は増えた。せいぜい、おもしろおかしく話すとしよう。
「――ま、こんなところかな」
目覚め、八雲に会った時のこと。月の人間に会ったこと。不老不死の娘と旅をして、変な神様に出会ったこと。能力に悩む、一人の少女のこと。それをなんとかするために、再び眠りに着いたこと。伊吹との出会いのこと。それからまた旅をして、仲間が二人増えたこと。そして、八雲に頼まれこうして地底に来ていること。
全てを話すならば一時間そこらで終わるはずの無いそれを、秘密にするべき場所と面白おかしくして簡略的に語った。蓮姫はそれに相槌をうち、こいしは興味深そうに聞き、時に質問などを投げかけていた。それに返すのもまた面白いところだろう。
「そう、いろんなことがあったのね。とりあえず、その八雲紫ってのとはしっかりお話しないとね」
「お手柔らかに、頼むよ」
蓮姫のお話では騒ぎごとになりかねない。それは身に染みていることだが、それにもまぁ慣れたものだ。
「そう? それはともかく、貴方はこの幻想郷に協力しているのよね」
「ああ、それが?」
「……本気なの。あの時と何一つ変わらないそれを認めるの」
「――――」
あの時とは俺と蓮姫が別れた日。希望を願った。しかし悲劇の結果。
こいしがあの時? と聞き返す。だがそれに答えを返せない。
「――――あの時とは違うよ。蓮姫も強くなったし、地上の妖怪も随分強くなった。力はある」
「力だけではどうしようもない相手ってことは分かってるでしょ?」
正論。力だけでは勝敗は決まらない。それが現実だ。だから、更なる力で障害をぶち抜くしかない。
「――だから、頼む。俺の余剰封印を、解除してくれないか?」
「――――」
蓮姫が絶句する。そしてこちらを睨む。封印の解放が何を意味するのか。分かっているからだ。
「――また戻る気? あの時の、あの時の力を求めるの?」
「さっき、言ったよな。亡霊姫の話」
西行寺幽々子の、西行妖の封印の際。左手の封印だけで戦った。その時に初めて気付いた。雑魚ならそれで構わない。だが、伊吹レベルの強大な力を持つ妖怪には、このままでは敵わない。
「自分の力量不足を棚に上げるわけじゃない。でも、どんな力だって、あったらもっと上手くできたって思うときが止まらないんだ。最悪の場面でしか両方は外さないって誓う。だから――」
「……舞風」
頭に温かさが灯る。くしゃくしゃと少し乱暴に、しかし優しく。
自分にとって、蓮姫の存在は唯一の心の支えだった。今では母のように想っているほど。だから、彼女がいない間、寂しかった。一人でするたびは辛かった。
蓮姫がいたから、今こうして自分は前を向いていられるのだ。
「――貴方は、少し周りを見なさ過ぎよ。貴方の隣にはいつだって貴方を助けてくれる存在がいたはずよ」
「……ああ」
「貴方が守りたいと想う者に。守られなさい。それで初めて形になる。守るだけでも、守られるだけでも意味が無い。共に守りあうことで、ようやく形を成す。貴方は、一人じゃないわ」
「……ああ、そうだな」
自分で自分を見失って廃人になりかけたとき、唯一手を差し伸べてくれたのは彼女だけだった。
それすらも払い、放浪し、帰ってきた自分を抱きしめてくれたのも彼女だった。
「貴方の力は危険よ。それを三均等にしてようやくバランスを保てる力。この世の理不尽そのもの。全てを開放するのは、貴方の存在に関わるわ」
「大丈夫。絶対無茶なんてしない、約束する」
「……そう。ならもう言わないわ。『天破』、『真撃』」
彼女の言霊で現れたのは二振りの剣。彼女が愛用していた物。それにそのまま途方も無い力を込め、封印の要とした。
「ねえねえ、何をするの?」
「ちょっと離れててくれ。すぐに終わるから」
そう言って俺はこいしの頭をポンポン叩くと、腰の剣を抜く。
封印は蓮姫の持つ二本と俺の持つ一本で組まれている。剣の銘は分からない。だから勝手に名をつけた。
鬼の力を封印した剣が『天破』。烏天狗の力を封印した剣が『真撃』。そして、俺が持つ剣は『神風』と。どれも封印されし力に因んだ名ばかりを。
決して忘れることなどないように。
「――外が騒がしくなってきた。急ぐよ。覚悟はいいね」
「当然だろ! 術式解除!!」
部屋の中が光で埋め尽くされた。
光の中で見えたのは、大きな影。懐かしい。俺を助けてくれた大きな背中。
☆〇☆☆〇☆
「――ああもう!! 舞風は何処に行ったんだい!!」
「ぶつくさ言ってないで。さっさと止めるよ」
突如起きた嫌われる妖怪達の暴動。戦闘に立った妖怪は土蜘蛛。数百年前にこの地底に封印された、特に強い力を持つ妖怪。その力は下位の鬼にも勝る。その上厄介な能力を持つ者も多数いるので、やりにくい。
「ったく。こんな時のためにアイツは着いてきたはずだろ?」
「地霊殿にも騒ぎは行ってるだろうし、気付くのは時間の問題さ」
舌を打ちながらも構える。手には釣瓶。キスメは戦う気など欠片も無いけど、放っておけば大事に至るからと保護したが、些かやりにくい。
「うるさい奴らね。妬ましいわ」
「そうは言っても、手は貸してくれるんだね」
「鬼に敵対したところで勝てるわけも無いでしょ。ならこちらに着くのが一番のはず」
「そういうことじゃなくてね。まぁいいさ。ありがとね」
パルスィもまた共に戦っている。しかし、限界が近いのか。肩で息をしている状態だ。
負けはしないだろうが、このままでは争いが広まるだけである。早期になんとかしなければならない。
――と、直後。立ち上がる光の線。それは遠い場所からである。しかも良く行く場所なだけにそこはよく覚えている。
「萃香!! あそこって鬼神の家じゃないかい!?」
「んな馬鹿な! 誰が鬼神に襲撃なんかかけるのさ」
鬼神の力を知らないものはいない。同時にあれが滅多に動かないことを知らないものも。しかし、彼女とて降りかかる火の粉くらいは払うのだ。手を出せばどうなるか分からないくらい、地底の妖怪も馬鹿ではない。
――そして、その考えはある意味で当たったと言える。
「おやおや、随分派手にやってるわね」
「その声ッ」
「鬼神様!?」
気付けば頭上にはぷかぷかと飛んでいる者。誰も彼女の名を知らない。誰にも名を教えたがらないからだ。故に、彼女は鬼神、もしくは鬼姫と呼ばれ畏怖されている。
「萃香! 勇義! だらしないわね。それでも鬼?」
「アンタと一緒にしないでもらいたいね! 全力で山を動かそうとする私達を尻目に、片手で動かすような化け物と!!」
ずば抜けていると言うレベルではない。私は鬼神以上の妖怪を見た覚えが無い。大妖を一撃で粉砕し、退治に来た陰陽師は一割どころか一分にも満たない力で加減する。正真正銘の怪物とは正にこれだ。
しかし、自発的に屋敷から出るなんて珍しい。いや、あの屋敷から出たところを見たのは初めてだ。
「まぁいいわ。下がりなさい。後は私とあの子がやるわ」
「あの子……?」
直後、更に飛来する影。それは青年である。頭からは萃香よりも立派な白い角が二本生え、反って今にも両端が付きそうだ。髪の色は角と同じく真っ白だ。背に背負ったのは剣。
その鬼は鬼神の隣にふわりと止まり、涼しげな笑みを浮かべている。筋骨隆々と言えない。男の鬼にしては非常に細い。しかし、何故だろう。勝てないような気がしてならない。
「無意味に戦うのも面倒ね。一気に吹き飛ばすのは容易いけど……」
「このくらいなら僕の能力だけで十分だよ。下がってて」
「そう、怪我しちゃダメよ。晩御飯は久々に奮発するから、後で一緒に食べましょ。仕方ないからあの子も一緒にね」
「ああ、母さん」
「母さん!?」
青年がなにやら悪戯気にそう笑い、鬼神もまた笑ってそれを受け入れる。
そして、妖怪達に向き直り、その手を掲げた。
「――力を、奪え」
それは目には見えない何かの現象。辺りで戦いを続けていた妖怪達から何かが溢れ出し、青年に向かって飛来する。鬼達にまでそれが起きているのが見え、無差別かと思いきや私や萃香、キスメにパルスィだけにはそれが及んでいないようだ。
力を奪えといった。そして今その手には莫大な妖力が存在している。あれが妖力を奪うと言うことなのだろうか。何故それが自分達には訪れないのか。
「……だ」
「え? なんか言ったかい、キスメ」
キスメは七色に光る妖力を集めるそれを見上げ、呆然としたように呟いていた。
「――あれ、舞風だ」
「……はぁ!? あれの何処が舞風だって言うんだよ!!」
「……あの、剣」
青年が腰に背負った剣。ここからでは少し見えないが、それは確かに舞風の剣だった。特徴的な年代物の剣。そう言えば服装も、左だけの腕輪も、そのままある。
と、そこで右の腕輪が無い事に気付く。だからどうと言うわけではないが、何も関係が無いようには思えなかった。
「……一体なんだって言うのさ」
「舞風、綺麗」
「……鬼神の隠し子? まさか、ね」
「……どうでもいいけど、妬ましい」
――かくして、その暴動は私達を除く、地底の妖怪、全ての鬼の妖力を奪うことで終わりを告げた。
そして、再び鬼神が表舞台に立った時でもある。
蓮 姫 推 参 !
ついでに『僕』登場!(少しだけ)
何人かは疑問に思っていたやもしれませんが、前鬼神とは八斗蓮姫その方です。ティーレの小説で文句なしのチート的存在。
題で分かると思いますが、実は今回はこれがメインでした。
個人的にはさとりんとこいしちゃんをもっと書きたかった。地霊殿一家は基本的に大好きです。ただ、都合上一名が名前すら登場できていません。それについてはまた今度。
前後半に分けようかとも思いましたが、それだと前半が短くなってしまう恐れがあったので、分けずに投稿しました。
舞風の空白の過去がほのめかされる内容が僅かに。一行程度ですが、次話は恐らくそれが主軸になる? ってけーねが言ってた(焦)
今回は特に話の流れ方がいきなりすぎるかと思いますが、それが作者のクォリティー。特に戦闘描写が苦手。
P.S
しかし誰もこの始め方にツッコミをくれない。