舞風と覚醒
※本日夜前半部分を修正して投稿しますが、ぶっちゃけ一部分の二ページを一ページにまとめたくらいの差しかないのであまり気にしないでください。
覚醒、なんてカッコいい言い方しておきながら只起きるだけです。いいじゃない。そういう意味なんだから。無駄に壮大に聞こえるくらい。
目覚めは上々。しかし時間は経過し、周りは変わるでしょう。それでも彼は変わらない。
――私は強い。そう思っていた。他の妖怪と比べてしまえば間違いなく上位にはいることは自負している、実際それだけ恐れられていた時期もあった。
私は胎児に憑依する事で身を若返らせる。言ってしまえば意識の確立していない存在の体だけを奪ってまた力を蓄えるわけだが、その体が17になる頃、国の頂点、帝とやらの目に留まった。
それからは非常に豪勢な暮らしをするようになった。旨い物を食い、好きに遊び、偶に夜の相手を求められるが、それは全て幻術で誤魔化した。何故私が人間などを受け入れねばならん。
初めは中々楽しかったが、慣れてしまえばだんだんとつまらなくもなってくる。帝に称えられた博識も美貌も、私にとっては正直どうでもいい。いつしか堕落に過ごすのが当たり前になっていた。
――やがて、私の妖力にでも毒されたのか帝が病に倒れ、解決策が見つからない帝は陰陽師を呼び、原因を調べさせた。
そして、私の存在がバレた。恐らく狂い始めたのはその頃。
たかが人間と侮り、私は何度も逃亡を繰り返した。時に罠を、時に美貌を、時に策略を武器にして。
しかし、いつしか追い詰められる。その身に二つの矢を受け、こちらに向かい刀を振り下ろしてきた男の姿を見、私は己の詰みを悟った。
死にたくないと思った。長い時を生きた。それでもまだ生きたいと思っていた。何故? そんな物に理由は無い。生存本能とでも言うんだろう。なんであれ、心の底から生きたいと思った私は聞こえた悪魔の言葉に知らずと頷いていた。
気付いた時には既についていた式神。妖気も何もかもが空の状態で私は寝かされていた。傍に佇んでいたのは口元を扇子で隠す妙に派手な衣装を着た女。私と同じ妖である。
初めは気付いた時既に付けられていた式に抗議の声を上げたが、言質は取ったのこと。死に掛けの状態で迫られれば誰だって頷くだろう。
だがそれに私が応じてしまったのも事実。更には長い時を生きた私よりも、この妖怪は強い。加えて力も何もかもが無い現状。答えは決まっていた。
そして私は妖怪、八雲紫様の式となった――
――ここまでが過去の話。それほど昔と言うわけでも無いが。
日夜忙しく国を駆け回る紫様のサポートと家の家事が私の主な仕事だ。初めは当然嫌々だったが、今となってはもう慣れた物である。
式神とは聞こえが悪い言い方をすれば『使われる存在』だが、存外悪いものではない。人間に追い回されるうちに薄れた傲慢さも式神となって加速し、紫様を見る度に自分が弱いように感じてくる。
そして、それに不思議と安心感を覚えたのだ。思えば私は孤独だった。売れた名が他者との交わりを断ち、傲慢を形作った。人間と相対することが馬鹿らしいと思う時だってあった。
しかし、今はどうだろう? 紫様の仕事は何かと面倒ごとが多いが、初めは何かと気を使ってくれていた。彼女の式となることで様々な妖怪と出会い、会話した。
今更ながら、私は助けてもらってよかったと、心の底から思っている。
だから私は自分の名を自身を持って名乗ることが出来る。
八雲藍と言う、あの方と同じ姓を。
「――この部屋も、これで終わりか」
私は紫様が不在の間、基本的に家事に没頭している。今日は屋敷内の掃除。中々に広いので困るところだ。
水を入れた桶を持ち、雑巾をそれに入れると次の部屋へと移動する。確か次の部屋が最後だったなと思い出す。
この屋敷の部屋数は多い。初めて掃除をした時は始める前から溜め息が止まらなかったものだ。境界で様々な場所と繋がっているため、手間はあれど部屋の増加は思うがまま。しかし大概が空き部屋なのはなんとかしてほしいところだ。
最後の部屋、そこの掃除も慣れたものである。その部屋が一番異彩を放っていたので記憶するのは容易かった。別に内装が変な訳ではない。誰も暮らしていない割には妙に生活感を保ち、中央に剣が一本突き立っているだけである。
その剣も妙に古しい物で、なにかしらの力が込められた魔剣であるということだけは分かったが、それ以上深いことは分からなかった。
ただ、紫様に尋ねてみると妙に明るくなり、気にするなと言った挙句、独りになった瞬間に妙に悲しげなご様子で目を伏せると言う見たことの無い姿を晒した。
見た目や戦闘方法からしてあの方が剣を振るような戦い方を用いていないのは明らかだった。と、言うことはそれは元々あの方の物ではなかったのだろう。
……恐らく、亡くなった友人の形見と推測した。
それもあって私はより彼女を好ましくも思えた。正に妖怪と言っても過言ではない性格の割には、時々妙に人間染みた様子を見せる時もある。
それにより、親近感が沸いたのかもしれない。
「――と、掃除掃除」
回想に浸るのをやめ、私は部屋無いの掃除を始めた。時々目に入る剣が気になって止まない。
先程それを古しい物と語ったが、実際は錆の一つもなく、年代を感じさせる一つの芸術品にも思える。
ふとこれを振るったのはどんな妖怪だったのだろう? と思った。あの八雲紫の友なのならば最近来る酒呑童子殿のように強く、西行寺様のように飄々とし、また主と張り合えるほどの知識持ちなのだろう。
そう考えるとその剣に積もる埃が申し訳なく思えてきた。紫様には触らないよう何度も念押しされていたが、だからといって汚れを放置するわけにもいくまい。
懐から磨き布を取り出し、剣へと手を伸ばし、それを持ち上げる。
――この日、私は今まで生きた生の中で最大とも言える間違いを犯したと、後の世に語り継ぐ。
☆〇☆☆〇☆
「――ふぅ」
「あはは。お疲れだね。紫」
「当たり前でしょ。まさか貴女のところの鬼を全て幻想郷で受け入れることになるなんて……またパワーバランスが崩れるわね」
疲労で肩が重い。最近働き詰めだと自分でも思う。幻想郷が完成したら絶対半年くらい寝てやる。
そんなことを思いながらも私自身幻想郷の完成がまだまだ程遠いことを理解している。様々な妖怪の受け入れは忙しいし、その住処の契約も面倒だ。幻想郷の戦力が増えるのはありがたいが、その分アクの強い連中ばかりで苦労ばかりだ。
そんな私の隣で飄々と笑っている少女。名は伊吹萃香。彼女もまた鬼である。それもただの鬼ではない。
嘗て――と言ってもそれほど前でもないが――悪名を馳せた鬼の頭領、酒呑童子その者である。初めて会った時は(主に見た目的意味で)大層驚いたものだ。何度か会い、時には拳を交わし、今の仲まで至ったのだ。
今日はこれから私の家で宴会だ。とは言っても私と萃香、それに幽々子を呼んで魂魄と藍に酌をさせるくらいだろう。大体そんな感じだ。
隙間を開き、私は境界に存在する我が家を見る――
「って、何よこれ……」
愛しき我が家への道は結界により遮られていた。それが誰のものか妖気を見てみれば我が式の物。主を家に入れないつもりだとでも言うのだろうか?
「嫌われたんじゃない? 昨日なにかしてないか思い出してごらんよ」
「何もして無いわよ! あ、でも残してた最後の煎餅食べたっけ。まさかそれのせい?」
「煎餅で割れる従者との絆、か」
「不穏な事言わないで頂戴!!」
兎にも角にも今はこれをこじ開けて説教をするべきだ。ご主人様に逆らったらどうなるか、忘れたわけじゃないでしょうね?
結界に干渉、分析、思ったより薄い結界で難なく解除。若干拍子抜けかと感じながらも私は再び歩を進める。
と、
「――紫。いつの間に新しい従者を雇ったんだい?」
「はぁ? そんなの何処に――」
圧ッ。
私の屋敷から感じる藍以外の存在の力。それに身構える萃香。しかし、私が身構えるにはその感覚は慣れ親しんだ物であった。
「――そう。目覚めたの」
中からなにやら争いの音がする。大方勘違いから始まった物であろう。私は玄関の戸を開け――
「取ったーーーーーッ!!」
「貴様! 尻尾から手を離せ!! そ、そこは。ふわぁ!」
見えたのは自分の式神の尻尾を抱きしめて離さない子供。そしてそれを掴もうにも尻尾まで手が届かずグルグルと周り続ける式。
……どういう状況?
私も萃香も訳が分からぬまま立ち尽くすまま。
そのうちこちらに気付いた藍が助けを求めてくるまでそれは続いていた。
☆〇☆☆〇☆
「いやいや。久しぶりに目を覚まして少々高ぶってしまった。面目ない」
「それはいいけど……体の方は?」
「バッチリ。ぐっすり眠って全快よぅ!」
一瞬なような、はたまたとんでもなく長い時間だったような。そんな眠りから覚め、体は動くことを望んでいる。実際長い時間だったろうことは増えた面子を見て何と無く分かる。
ついさっきまでもふもふを楽しんでいた妖獣――恐らく妖孤――にしても並ではない力を持っているし、八雲の隣でからから笑っている鬼少女なんか八雲にも匹敵する力を持っているだろう。
「貴方も相変わらずね。安心したわ」
「たかだか数十年単位で代わっちまう舞風さんじゃないですよ。ところで、紹介してもらえないかい? そっちの妖孤と鬼さんの」
「貴方、自己紹介もしてない相手の尻尾を掴みにかかったの?」
「いやはや、話せば長いんだけど――」
『……ようやく目覚めか』
『な、お前は何者だ!!』
『名を名乗るなら自分から先にしたらどうだ? 正直どうでもいいが』
『なんだと!?』
『あいや。貴様、中々いい尻尾を持っているな。ちょっと私に触らせろ』
『ふざけるな! 誰が貴様なんぞに!!』
『貴様の答えは”はい”か”YES”に限られる。さぁ、俺にその大きな物を揉ませて感触を確かめさせろ』
(※尻尾です)
『く、来るなッ!!』
『ふふふ。我が前でフリフリとそれを振りおって、誘っているのか?』
(※再度言いますが尻尾です)
『っく、何とか外に出させないようにしなくては、紫様。早く帰ってきてください!!』
『さぁ! 俺にそれを触らせてーーーーッ!!』
「――なんてことが」
「私の式になんて事してくれてるのよ貴方は!!」
「いやはや。封印の解放直後は心が抑えられなくて」
「そう言えばあったわねその無駄設定」
「無駄とか言うな。しかし悪いな。お前の式を傷物にして」
「全然反省して無いじゃない」
ギョロッと鋭く睨みを利かせてくる。おぉ怖い怖い。仕方が無いので土下座した。
「紫。アンタも中々奇怪……愉快な友人を持ってるねぇ」
「欲しいならあげるわ」
「遠慮しとくよ……さて、自己紹介だったね。私は伊吹萃香。見れば分かると思うけど鬼さ」
「おおう! やっぱりか。それだけ立派な角生やして腰の瓢箪と来たらやっぱりそうだよな。俺は舞風ですよ。姓は未定」
胸を張って自己紹介。お互い張る胸もなく、身長も近しい。仲良くなれそうな気がする。
「舞風ね。アンタは何の妖怪なんだい?」
「さぁ? 俺も分かんない」
「舞風。知ってると思うけど鬼相手に嘘をつくのはおススメしないわよ?」
知ってるよ、と零す。こちとら結構長い間鬼とは触れ合ったりしてきたものだ。今更である。
「嘘じゃないし。実際確かなことは分かんないし」
「それホントかい? なんか見るからに嘘っぽいねアンタ」
「何処吹く風の様に飄々としている男、舞風と人は呼ぶ」
「それ嘘でしょ」
「俺の信頼性の無さに泣いた」
嘘だけど。実際嘘ですけど。
と、未だに八雲の後ろでこちらを睨んでいる妖獣一匹。なんだか気になる。
「もう一回もふっていい?」
「断固拒否する。先ず手つきがいやらしい」
「藍。諦めなさい。こういう奴なのよ。前より酷くなってる気がするけど」
主と従者のダブルでクールアイ。俺は前からこんなはずだと思案する。突発的に思った事を口にしている気がするので我ながら保障できない。
「類は友を呼ぶって言うけど。紫も随分な奴と友達だね」
「おおぅい! それは俺が貶されている様にしか聞こえないんだがその辺どう?」
「まぁそういうことだね」
「嘘をつかないって残酷。それを今初めて思い知った」
からからと笑い、悪びれた様子もなく瓢箪を傾ける伊吹。凄いやつだって事は分かるけど見た感じこれだから違和感しか感じない。幼女が酒飲んでるようにしか見えん。
「……八雲藍だ。紫様の式をしている。貴様と紫様の関係は?」
「友じ――」
「奴隷」
「奴隷? えっ、今八雲奴隷って言った? なにそれ怖い」
八雲もまた扇子で口を隠しながらくすくす笑う。なんだか取り残された気分。そんなことを思いながらもそういったやり取りが随分久々に感じて、なんだか楽しくなってきた。
「八雲ぉ~。腹減った。飯にしようぜ!」
「何で貴方が決めてるのよ……まぁいいわ。藍? お願いね」
「……はい」
なにやら不満げに、八雲藍とやらが台所へと歩いていく。八雲はそれを見届けると隙間に入り、消えていった。
しかしアレだな。八雲が二人に増えたからこれからどう呼ぶべきか悩むな。やくもん? それともいっそ名前で呼ぶか。悩む……
しばらくして紫が戻ってくるまで俺は伊吹と雑談しながら待っていた。一度暇つぶしで腕相撲して負けた時はどうなるかと思った。これ真理。
「――ご馳走様。旨かったよ八雲」
「そういうことは作った藍に言ってあげて頂戴」
「旨かったよ藍」
「名で呼ぶな! それと呼び捨てするな!!」
結果、そういう固定。やっぱり八雲は八雲である。名で呼ぶのはまだいい。
では何故藍は八雲と呼ばないから。それは勿論分ける必要はあったし、今更普通に紫と呼ぶのもアレだし、藍は紫の式神だからよくよく考えると俺の後輩? と言うことにもなるから。
間違ってる? いやいや……
「愉快ねぇ」
「愉快だねぇ」
笑いながらその様を見るもの二人。片方は伊吹、そしてもう片方は、驚くなかれ、西行寺幽々子である。
若干の不安要素でもあった現世への固定化に成功していたことはそれなりに嬉しいことであったが、どうにも記憶が消えているようである。初めましてと言われた時はつい恐縮して頭を下げてしまったものだ。
しばらく――と言っても時間間隔が曖昧なのだが――会わぬうちにその性格も随分変わったものだ。元はちょっと変わり者のお嬢様に思えていたはずが、今となっては人を笑ってからかえる女に。これは八雲のせいだ。間違いない。
「――そういえば、貴方」
「ん?」
「剣、どうしたの?」
「……あれ? おっかしぃな。どこに投げたっけ?」
投げんなよ、と八雲に心の中で言われた気がする。主に目がそう言っている。目覚めた直後に先ず尻尾が目に入ったのが覚えている。確かその時は――
「……藍が持ってなかったっけ?」
「私? ……ああ、そういえば抜いてしまったのは私だったな。剣……はて? 何処に置いたか」
「なんだよー知らねーのかよー。使えねーなー」
「無限の地獄が見たいのか?」
「申し訳ありませんでした」
目が、目が本気だった。なにこの子怖い。
それはさておき、藍が剣を持っていたのは確かである。となると追いかけっこの最中で落としたか。今更ながら反省。しかし後悔はしていない。
「ん~~。これじゃない? 三つほど隣の部屋に違和感があるけど」
「おおぅ。落し物探査の能力? 貴女いい鬼ね」
「違うよ。私のは”密と疎を操る程度の能力”さ。大まかに言えば私の力でここらを覆って違和感のあるところを探し出したって訳。確かに探し物には向いてるかもね」
「へぇ~。そんな大事なこと言っても良かったの?」
「アンタのも教えてもらえば問題なし」
「ちょ、おまっ」
思いもよらぬ交換条件である。しかしここは紳士的に誠意を持って答えを返すべきである。
俺は胸を張り、腕を組み、精一杯見下ろす姿勢を作りながら言った。
「だがこ――」
「知ってるかい? 私の能力を使えばこんなことも出来るんだ」
「――とわるなんて言うわけ無いじゃないですか伊吹さん」
幼女である。まごう事なき幼女である。そして俺は今幼女に見下されている。地に這い蹲っているわけではない。まるで遠近法の逆作用のように伊吹の身長が俺の大きさを越して天井に着くほど大きくなったのである。縮尺がおかしい。
「俺の能力は”封を操る程度の能力”。封印関係なら施工、解放にせよ何でもござれ」
「封印か。居そうで今まで見つからなかった能力だね。しかも防御寄りの万能系。やっぱり類は友を呼ぶってのもあながち間違いじゃないね」
「そう? でも重要な攻撃能力がなぁ。結界に閉じ込めて圧死できるけど」
「私は相手を一撃で死に落とし入れられるけどね~」
「何故会話に混じったし西行寺」
桜柄の扇子で口元を隠しながらこちらに歩み寄ってくる。その姿はさながら……って言うか紫に似ている。絶対なんか吹き込んだろ。
「アンタの能力は別格だからね。指一本で人間を死に誘えるなんてとんでもない能力だよ」
「貴女だって指先一本もあれば人間相手に無双できるでしょう? それと同じよ」
「もうやだ。混じりたくないこの会話。ちょっと剣拾ってくるわ」
いそいそと廊下に出て三つ隣の部屋に行くと我が剣は無残にも転がっていた。泣ける。
「――そう言えば八雲」
「何かしら?」
食事を終え、縁側で涼んでいる頃。ふと気になったことを八雲に尋ねることにした。縁側と言っても空は見えない。なにやら固定されていない空間が陽炎のように揺らめき、視界いっぱいに広がるだけである。
俺は屋敷内で酒を飲む伊吹と西行寺に酌をしている藍を見る。
「随分あの二人は強いみたいだけど、何者なんだ?」
「藍は玉藻前。萃香は酒呑童子よ」
「……ちょっと耳が遠くなったみたいだな。もう一回言ってくれない?」
「玉藻前と酒呑童子よ」
「……いやいやいやいやいやいやいや。お前も随分と凄まじい友人と式を持ってるんだな」
玉藻前に酒呑童子。それは日本では非常に有名な妖怪だ。妖怪やらの知識に疎い俺にもこの妖怪は知っていた。
『日本三大悪妖怪』。その名のとおり日本を代表とする三体の悪妖怪である。普通妖怪と聞かれれば河童か天狗辺りしか浮かばないだろうが、これは特に力の強い者の証である。
玉藻前、そして酒呑童子。どちらも日本最強の妖怪では無いだろうか? その片方が友人。もう片方を式神にするって、八雲って本当に何者なんだろう?
……しかし、実際に会ってみるとこんなものかと若干の落胆があるような気もする。史実が嘘なのか、それとも何か別な理由があるのか。藍はともかく萃香に対しては愕然である。
「見た目で判断するなって言葉は貴方だけの言葉じゃないって事よ」
「いや、それもそうだけどアレはなぁ……」
「実際萃香は鬼達の頂点に立つほどの実力者よ。貴方でも勝つのは難しいんじゃないかしら」
「……本当に酒呑童子ならほぼ絶対勝てないな。少なくとも今のままじゃ」
「そう……」
それだけ話すとなにやら考え込むようになってしまう八雲。聞きたい事も聞いたし、俺からはひとまず離すことはない。
「……妹紅。何してるかなぁ」
何も言わず別れた少女。封印の弊害で恐らく護符の力は失われただろうし、もしかしたら死んだと勘違いしているかもしれない。
――まぁ、それならそれでもいいのだが。そのうちまた会うだろう。妹紅は不老不死だし。旅でもすれば会える。
ふと上を見上げる。ここからは空も見えないが、恐らく外の夜空は星でいっぱいなんだろう。
なんとなく、そんな気がすると思いながら、静かに目を閉じた。
☆〇☆☆〇☆
「――寝たみたいだね」
「……なにかしら? 萃香」
「分かってるだろ? 八雲紫なら、ね」
「舞風の正体、かしら?」
「嘘は言って無い。でも本当の事も言ってない。そんな妙な違和感があるんだ」
「でしょうね。彼は正体を知られるのを嫌っているもの」
「その言い方だとアンタは知ってるみたいだね」
その目はギラギラとしたまま、私の目をまた射抜いている。
萃香がこんなにも他者に、それも大した力を持たない者に興味を持つなど珍しい。
「言っとくけど、私はそいつがただの弱小妖怪だとはまったく思っちゃいないよ。能力があるくらいでただの妖怪があんなにも図々しくなれるわけが無いからね」
「聞きたいなら本人から聞けばいいじゃない。力づくでも、ね」
「それも考えた。でもね、違うんだよ。そいつは『話術』で私に勝負を仕掛けている。本人は無意識かもしれないけどね。まるで鬼と話し慣れてるみたいだ。だからそれ以外で水を差すわけにはいかない。でも俄然正体は気になる。言いたくないならいいよ。自分でなんとかするから」
そう言うと萃香は掌に拳を叩きつけ、野性的な笑みを浮かべた。
明日は泣いて喚く事になりそうね、と早くも舞風に同情した。
最初の玉藻の前のくだりがやや長いところが気になるところ。知らぬ間に会ってみたかった妖怪のうち二体と邂逅。感想は予想外。そりゃそうだ。
まだまだ原作スタートまで大層時間があります、が。
あまり長引かせるのもまだるっこしい。
次話もまた一場面飛ぶかもしれませんが、ご容赦を。