舞風と月人
大分遅れながらも執筆。英語の点数が死んだ。34点。
でもめげない。頑張って執筆する。
アクセラレーションを<一方的に~>と訳した俺が書きましたよっと。
過ぎてしまえばあっという間。なるほど、それも確かなことだろう。
三年などまるで寝て覚めたかの様にも思えた。勿論60×60×24×365×3、つまり九千四百六十万八千秒が経過するまでそれなりの出来事は勿論あった。答えを忘れて計算をし、こうして暗記に至るまでの過程もあるわけだが。
その年月、どうしたかと聞かれるといつも通りに過ごしたとしか言えないだろう。元々八雲との契約もある訳だし、妹紅にはよろしく言って旅に出る。初めこそ寂しがってはいたが、一ヶ月もすれば帰ってくるのだからそんな気持ちもなくなるだろう。
かぐや姫にも帰ってきたら出来るだけ顔を見せるようにした。最初こそ警戒を解かなかったが、時間が経つほどそれは薄れた。完全な信頼を得るまでには至らなかったようだが、それも仕方の無いことだ。
八雲の頼みは説得から荒事に偏るようになった。相手は妖怪、そして神。どいつもこいつも八雲の指先一本でダウンするのがほとんどだったと言っておこう。俺いらないんじゃね?
ついでに、八雲が俺を観察的な目で見ることが多くなった。理由に関しては大よそ予想がつく。恐らく俺の正体がらみだろうが、言わない限り気付くことは無いだろう。そして言う必要もつもりも無い。
さて、ようやく三年に至ろうとした時、都からのお触れが出回った。
『かぐや姫を迎えから守る人材を募る』、まぁそんな感じだ。
急ぎ、俺は都に戻ることにした。これで間に合わないものならこの三年が無駄になると言っても過言ではないのだから。
☆〇☆☆〇☆
「――で、なにやってるの?」
「しゃちほこっ!!」
私は珍しくも一月立たないうちに戻ってきた舞風を迎えた。最近この藤原家を仮宿のように思われているような気がしてならない。別に金銭的な問題はないけど、なんか嫌だ。
そして早々に変なことを始める子供――そう、子供。うつ伏せになるといきなり体を逸らせて頭と足の先を付けようと躍起になっているこの子供は、会った時に比べて更に退化しているような気がしてならない。体も全く成長しておらず、いつのまにか私の背が追い抜いてしまっている。そしてそれについて何も言わない侍女たちも気になる。
「まぁ、それはどうでもいいんだけど……」
「どうした? そんな如何にも憂鬱ですって顔して、幸せが逃げるぞ? いや、寿命が縮むんだっけ?」
「どっちにしても自分のせいって言う自覚くらいは持って欲しいよ」
必死の形相で体を逸らせながら言葉を投げる舞風。怖いよ。せめて顔をこちらに向けないで欲しい。
先程も言ったが、こいつは会うたびに子供っぽくなる。と言うよりその片鱗を見せ付けている、と言った方が正しいかもしれない。その人との付き合いが長いほどその人を知ることが出来る、とは言うがこちらからすれば見せ付けられているようにも思えてくる。
「まぁまぁ、そんな怒るなよ。一緒にしゃちほこごっこやらないか?」
「やるかっ!! そんな乙女の尊厳を捨て去るような真似を!!」
「大丈夫。既に捨ててるから」
「捨ててない!!」
へ? と言わんばかりにポカンと口を開いてこちらを見た。だが数秒経って理解したのか手をポンと叩き、頷いた。その一連の作業をその体勢のままでやるのを止めろと言うのに。
「ああ、そうかそうか。そう言えば言ってなかったもんな」
「? 何を?」
「別に知らなくてもいいこと。まぁ当然の帰結か」
一人で会話を勝手に完結に持っていく。そこがまた子供らしくなくて。こういった時は大概問い詰めても答えないので諦めるようにしていた。
妙な体勢をようやく止め、胡坐をかくと近くにあった三方の上の団子に手を伸ばす。と、その手は空を切る。ぼんやりとした様子で団子を見つめていた。
「……どうかしたの?」
「いや、うん。大したことじゃない……」
「ふーん……そう言えば聞いた? かぐや姫にもうすぐ迎えが来るって話」
「ああ……小耳に挟んだ」
「それで帝様も父上も必死になってるみたい。私は帰ってくれるならそれでいいんだけどね」
一度話し出すと止まらない。いつものように愚痴を零す時間がやってきた。舞風はそれについてとやかく言うわけではないが、相槌をうって聞いてくれる。話すことが重要なのだ。
――ただ、その日の舞風は相槌の数すら少なかったことに、私は後に気付く。
☆〇☆☆〇☆
欠けない月。満ちた月。
真夜中の割には騒がしい屋敷。それが耳に障って鬱陶しくも感じられた。
とうとう迎えが来る。分かっていたことだ。だから私はここに落とされたとき、無駄な感情を抱かないようにした。しかし、そんな想いはすぐに崩れた。
元々自分が好奇心旺盛な人間であることを知っていた。分かっていたから、私は想いを振り切り世界を見たいと思った。
心優しいおじいさんとおばあさん。拾ってくれたのがあの二人で本当に良かったと思う。あの二人だけが私を私として、自分達の子供として見てくれた。金などに執着せず、私を一番に考えてくれた。
迎えが来ると分かったとき、帝に進言したのも二人だった。それも全て自分を思ってのこと。
しかし、それは全て無駄だ。月人の技術力の前には地を歩く人など蟻のように蹴散らされてしまうだろう。そして、私はそれが見たくなかった。だから無駄だと分かっていながらそれらを拒絶した。結局、こうして傭兵達は集まってしまった。
いつものように縁側から月を見上げる。いつもの共の団子はない。今日ばかりは手をつける気にはなれなかった。ただ、ただ黙って満ちてしまった月を見上げるのみ。
「……帰りたく、ない」
ふと零れたその言葉は胸中に渦巻くただ一つの想い。諦めようにも諦めきれず。世界に願う私の言葉。
思えば何故私はこんなにも、この地上にいたいのだう? 確かに月は嫌いだった。しかし、暮らせない訳ではない。自分を第一に考えてくれる従者もいればここよりもずっと豪勢な暮らしだって出来る。
――なのに、何故?
ふと頭に再生されるのは一つの映像。学びを嫌だ嫌だとだれる自分にその時はまだ教育係だった従者が語ってくれた地上の話。
――怖い場所よ。痛いことも、苦しいことも、汚いこともある。
彼女は思い出しながら語り始める。時には食糧危機だの妖怪の襲撃だのとエピソードを混じえて地上の話、もとい当時の嫌な話を聞かせてくれた。それだけ聞けば逆に嫌になりそうだが、彼女は付け加えるように、一つの話をした。
――友達がいたの。妖精の友達。今じゃ名前も思い出せないし背格好も朧気だけど、彼が居たと言うことだけは確実に覚えてる。妖力を持つ者は里に入れないのに、その子だけが結界を操って侵入してきたの。それもただ私と話をするだけのために。おかしいでしょう? でも……そんなあの子が嫌いじゃなかった……
それが彼女の一番言いたかった事だと言うのは何と無く分かった。珍しく瞳を潤ませて、その遠い日の思い出とやらを語った。あの彼女がだ。多分、そのときだ。私が本当の意味で地上に興味を持ったのは。
いいこともあり、嫌なこともある。そんなことは生きる過程において当たり前。当たり前であるはずなのに、私にはソレがなかった。姫としてまるで軟禁されるように屋敷に置かれ、ただ毎日を惰性と共に過ごす毎日。だから私は飲んだんだ。不老不死の薬を。その結果が、これ。
――帰りたく、ない。
「――帰りたく、ないよぉ――ッ!!」
ほろほろと零れる涙。頬を伝うしょっぱい水。見る者など誰一人いないのに、私は隠すようにその顔を覆った。
「――――なら、抗えばいい」
「――え?」
そこにいたのは何度も見たその存在。姿形は子供の癖に、妙にませたような言動ばかりする。
「――それは罪じゃないんだから」
「舞、風」
――大精霊、舞風。
☆〇☆☆〇☆
――もう二度と、この地に訪れる事はないと思っていた。
私は近づいてくる世界を見下ろしていた。それは遥か昔となんら変わっている様子は無い。蒼と白と緑の美しい世界。
少なくともあの遠い日に、罪を忘れないと誓った時はもう地上を踏むことはないと信じていた。
――私達の所業により、あの子の湖が枯れる姿を見下ろした、あの時は。
悔やんでも悔やめない。懺悔する相手がいない。妖怪は悪だ、穢れだと吐く連中に何度言葉を叩きつけてやりたいと思っただろう?
妖怪は悪ではない。ただ、私達にとっての肉や魚が、妖怪たちにとってのそれであったに過ぎない。妖怪に食われる人を惨いと言う。確かにそうだろう。だがそれに対し、憎しみを抱くのは本当に正しいことなのか?
言ってやりたかった。私達にとって無害な妖精がいることを。そしてそれと戯れる妖怪が居たと言う事を。
言ったところで信じないだろう。例え信じたとしても月の都市では穢れを忌むべきものと決め付けられている。
せめて、一人でもいいから知っておいて欲しいと言う私の欲が教え子を地上へ落とした。不老不死になる蓬莱の薬を呑むと言う罪。それを私は犯させた。ほんの一時、目を離した時に起きたこと。
こんなことなら、地上の話などするべきではなかった。そう後悔する私はあの子を叱ることが出来なかった。
――そして今、地上に堕とされたあの子を連れ帰るために、私は隊を率いて月を離れた。私以外にも二十人近い月人。一撃で妖怪を葬る銃を装備しどこぞに戦争にでも行く気なのだろうか?
いや、私は気付いている。これらは私に当てられた見張りだ。前々から裏で動いている私を危惧しての行動なのだろう、が私は何の行動も起こすつもりは無い。
今更起こしたところで、意味など無い。
雲を割り、地上に舞い降りる引く物のいない大きな籠。その全ては月の科学で出来ている。真下を照らす光にさえ意欲を削る催眠効果がある。
嗚呼、とんだ紛い物だ。月人は地上の人々を毛嫌いしている。ただ穢れに触れているだけで。だが私に言わせればそんなことで毛嫌いできる月人の方が穢れているように見える。その証拠がこれ、紛い物の光で地上の人を操ろうと言う魂胆。
弓を構えた屈強な男達は光に照らされた直後にそれを下げ、唖然としてこちらを見上げている。
一人の月人が雲に擬態した乗り物を駆り、屋敷へ降りていく。嫌々と言う心中が手に取るように分かった。
かぐや姫を出せ、と月人は言う。それを拒否する老爺。そうして何度か問答が続く内、屋敷の奥から着物を引きずり歩いてくる。
蓬莱山 輝夜――それが彼女の名前。月人の中でも秀でて美しく、それ故に大罪を犯したにも関わらずこうして月からの迎えが来る。
必死に止めようとする老爺に小さな小袋のようなものを渡す。それは月人が彼女に渡した物。恐らく、蓬莱の薬。世話になったお礼に、と。
そして誰もが呆けて見上げる中、月人と輝夜が帰還する。第一に私を見つけ、胸に飛び込んでくる。
「会いたかったわ、輝夜」
「私もよ……永琳」
それを聞けて今更ながら目頭が熱くなる。輝夜は顔を私の胸に埋めているため、その顔を見ることは出来なかった。前よりいくらか甘えん坊になったようだ。
と、唐突に籠が浮上する。ガタンと揺れて反動からか輝夜の顔が耳元に来る。
「永琳。―――――――――――」
「……え? 輝夜。今、貴女――」
沈黙の中、籠はだんだんと月へ昇っていく。もう屋敷は遠くて見えないような位置まで差し掛かったところで事は起きた。
――ボン! と言う小さな爆発音がしたかと思うと籠が下降を始めたのだ。
「何事だ!!」
「重力を操るシステムの一部が破損しました! 浮上できません!!」
「なんだと!?」
月人の慌てふためく声。そんな中私は輝夜の顔をただ見つめていた。
――浮かべていた表情は、笑顔。
「まさか、貴女――ッ!!」
先程耳打ちされた言葉。あまりにも短い。そしてあまりにも分かりやすいその想い。
『永琳。私、月には帰りたくない』
下降を続ける籠。なんとか修復しようとする月人を放り、私達はそれから飛び出した。
少し遅れて、轟音。籠が山中に落ちた。
受身も取れず、私は輝夜を腕の中で庇いながら山中に落ちた。背中を強く打ち付け、鋭い痛みが走ったがそれも瞬時の事。倒れ、縺れ込んだまま赤く燃える山を見た。
あまりにも咄嗟でつい身を任せる形で飛び出したが、事を性急に運びすぎた。
「……輝夜。貴女がやったの」
「違うわ。頼んだのよ。心強い知り合いに」
「知り合い……?」
輝夜は嬉しそうに燃える山を見ていた。一応一通りの訓練はこなしているし、あれくらいで月の兵が死ぬとも思えない。
だとするならば、今すぐ決断するべきだ。
「輝夜。貴女本気なの? 今ここで逃げれば一生月人に追いまわされる事になるのよ」
「分かってるわ。そのくらい。これからは今までみたいな裕福な暮らしは出来ないだろうってことくらい」
「なら――」
「でも、それはきっと私の望まない世界だわ。永遠に変わらず、退屈な世界を永遠に生きるなんてまっぴらごめんよ!!」
まだ間に合う。その言葉を飲み込んで私は彼女の想いを聞いた。ああ、きっとそうだろう。月に帰るなどと言って、彼女を再び屋敷に閉じ込めるのが月の方針。私は彼女の選択を間違いだと言うことは出来ない。
ならば――
「いたぞ! 八意様と輝夜姫だ!!」
武装した月人がこちらを発見し、近づいてくる。目と口以外が隠された防護ヘルムによりその顔は見えない。少し、気が楽になった。
「……え?」
信じられないと言うかのように目を剥く月の兵。その左胸に突き立っているのは一本の矢。
私が射った。
崩れ落ちるその体。私は手の中の小弓を下ろし、再び輝夜に向き直る。
「……仕方ないわね。付き合ってあげるわ」
「それでこそ永琳よ!」
嬉しそうに綻ぶ輝夜。私はそれを見ながらも気持ちを切り替える。すぐに追っ手が来るのだから。
「ようやく尻尾を出したか」
「――ッ!?」
気付いた時には既に囲まれていた。いや、この隊形はあらかじめ配置されていた……?
こちらの、輝夜の意図を読んでいたのか……
「月の裏切り者、八意永琳。貴方にはスパイ容疑がかけられている。そして姫と結託しての逃亡声明、しかと聞かせてもらった」
「……やはり初めから」
「そういうことだ。捕えろ。抵抗するなら発砲するのも辞さん」
その言葉と共にじりじりと近づいてくる。自分のせいで出端からこうなってしまうとは、輝夜に申し訳ない。
と、輝様がこちらに顔を寄せ、小さく耳打ちをした。
「大丈夫よ」
何が、と聞く前に私達を結界が囲った。それはまるでガラスのように薄いが、感じられる力の密度はとんでもない量が込められている。
月人達の? いや、ならば向こうが焦る理由などは無い。その答えは、頭上にあった。
――光り輝く、神々しい白い衣。
その姿には見覚えがあった。忘れようにも忘れられなかったから。
――その背にくるくると回る五芒星の術式を貼り付けて、舞い降りる。
その姿は前に見たときとなんら変わり無いように思える。
――ふわり、と結界の天辺に立ち、見下ろす。
ああ、彼の名はなんだったろう? 磨耗した時のせいでそれが思い出せない。
「――舞風」
舞風、そう舞風。それが彼の名前。私が見捨てた彼の名前。
大妖精、舞風――
☆〇☆☆〇☆
皮肉。それは言うなれば嬉しい誤算。かぐや姫と交わした約束。それは彼女の逃亡の手助けをすること。だがそれは俺一人で実行するには荷が重い。そう言った俺に彼女は自慢の従者がいると言った。それが遠い日の知り合い、あまりにも皮肉だろう。
再開を喜ぶ自分がいるのに気づく。それを素直に嬉しく思う。
「久しいね。永琳」
「舞、風?」
信じられないと言う様にこちらを見る。それはまるで幽霊を見ているかのようにも感じられた。まぁ当然だろう。ただの妖精だった自分がこうして生き残っている事実、到底受け入れられるものではない。
そして驚いたのはこちらも同じ。ただの人間だった永琳が生きていることなどありえないと脳内から考えた。蓬莱の薬を作ったのは誰かと言う考えを完全に除外して。迂闊だったとしか言い様の無い。
……まぁ、今は再開を懐かしむ他にするべきことがあるだろう。暗くてよく見えないが、囲まれている。十、いや二十近く。
「……転移結界作動」
「待っ――」
ひゅん、と風切音のようなものが鳴ったかと思うと俺の真下の結界が消滅する。そこにいた二人はもういない。転移結界、隔絶された二つの空間の中身を入れ替える術式。勿論封の力だけでは実行は出来ないが、その術式を模索する時間はあった。これが始めての実践。恐らく成功だろう。
辺りの気配がどよめく。自分達の捕縛対象が一瞬のうちに消えたのだから当然か。
「何者だ……」
「ませてるガキです」
「ふざけるなっ!」
こちらに向かって銃を一斉に構える。俺は後方の術式を固定化し、大地を踏む。これだけはどうあっても譲れない。
あの時の想い。何億何千万と言う時が流れ、この精神さえも磨耗してしまうかもしれないと思いながらも心に残り続けた一つの感情。言うなれば透き通る水の中に黒ずんだビー玉を投げ込んだかのような覆しようの無い違和感。
――その正体は憎悪。幾万もの時を経て、ここに蘇るもの。不確かな自分に残された確かなもの。
「ふざけてたのは……多分アンタ等だったのさ。いいじゃないか。俺が何者かなんて。人間だろうと神様だろうと妖怪だろうと。だけどなぁ、アンタ等が月人で、俺が俺なら、理由はあるんだ」
「訳の分からぬことを――」
「五月蝿いよ。蝿虫」
自分の心が透き通っていくのを感じる。純粋に埋め尽くされていく。だがそれは純粋な悪意と狂意。
息を呑む音が聞こえる。だがそんな事はどうでもいい。ずっと困っていたんだ。このやり場のない感情の矛先を。
「お前らはただ、消えてくれればそれでいい。世界を疎み、そして世界に疎まれた者達。世界を受け入れない者達。今こうしてこの大地を踏むだけで、大地は、怒ってる!!」
「ッ!? かかれえぇーーーーーーーーッ!!」
それは一つの暴力。一つの世界。相手にするのは極小な存在。
抗うことなどない。ただ、消すだけ、徹底的に。
☆〇☆☆〇☆
圧倒的。と人は言うだろうか?
そう圧倒的。圧倒的な数の暴力に押されるように舞風は月人の放つ閃光を避けることしか出来ない。端から見ればそれは舞風が不利なようにしか見えない。
しかし、彼のその口元はまるで裂けていると言っても過言で無いほど歪んでいる。
空中にて停止、手足が貫かれるのも構わず後方の五芒星は回転をしながら発光を始め、そして。
「破ぁっ!!」
即座に分裂、地上にに光を降らせる。大地を浅く傷つけるそれは月人に対しては優しくない。一人の月人がそれに当たった直後、痕跡も残さず消えた。
驚愕、そして恐れを抱く。むやみやたらに乱発される閃光は彼の頭部を穿った。光を零しながら落ちていく。誰もが安堵に胸を撫で下ろした。
しかし、光が集まったかと思うと即座に復元。再び狂った笑いをその顔に張り付かせた。
――元々月人では内乱以外の戦いは無い。そしてその際玉兎――月の妖獣が前線に立たされる。月人自らが戦場に立つことはぼ稀と言ってもいい。
故に、錯乱する。今までにない恐怖。これはかぐや姫を連れ戻すだけの簡単な任務だったはずなのに。目前で起きるのは正に生きるか死ぬかの瀬戸際。
――唯一密命を受けていた男はただ無様に落ちてくる光を転げ逃げるしかなかった。目の前にいた兵士が閃光に当たり、消える。髪一本残さずに。
アレはなんだ? 人間? そんなはずがない。妖怪? そんな生温い物ではない。神? そう、言うなればそれが一番しっくり来た。だが違う。神々しさを感じることができたとしても、その後に来るのは逃れられない畏怖。
気付けば残っているのは自分だけになっていることに男は気付く。見上げればアレがいた。満月にて照らされた影。目は見えなかった。まるで三日月のような笑みだけがそこにあった。
光が降り注ぐ。逃げる場所など何処にも、無い。抗い様もなく、男はその場から消えた。
視界は移り、次の瞬間自分は似たような景色の場所に落とされた。見ればそこには消されたと思った兵達がいた。
だが、それは個室。まるで荷物のように結界と言う箱に詰められ、そして今定員を迎えた。彼らは消えたのではない。この密室に閉じ込められたのだ。
「死体なんて、残さない」
見上げる。神々しい光。やはり、狂気に歪んだ笑み。そして、
「圧縮されて、滅しろ」
憎悪に染まった、目。
自分達を閉じ込める結界が狭まってくる。どんどん近づいてくる限界。その結末がどんなものか全員気付いている。泣き叫び、悲鳴を上げる。家族の名をただ狂ったように叫ぶ者、月の指導者に助けを乞う者、黙って神に祈り、己の運命を受け入れようとするもの。
――男は、何もしなかった。このままいけば魂すら残さず消滅するであることは間違いないのに、その目は空中の何かを捉えていた。
見定めるような目、己の命を既に諦め、それに意味を見出そうとする行動。やがてそれ自体を無意味と悟り、静かに目前を闇に落とした。
結界によって囲われたそこには内からの声は外に聞こえない。狭まり、小さくなっていく結界は中のモノを押し潰す。
やがて全てを赤く染め、塵一つだけ残し、消滅した。
「――ださっ」
残った一つの声。だがそれはいなくなった者への侮蔑の言葉ではない。
「――カッコ悪」
自虐に歪んだ笑み。先程までの狂気は存在を潜め、その目は寂しさだけを残していた。
☆〇☆☆〇☆
「永琳、貴女舞風の事知ってたの?」
「ええ、話したでしょう? 妖精の友達の話。それが彼よ」
場所は変わり、景色こそ変わらないがそこにいるのはたった二人。永琳と輝夜だけだ。
「……でもそれって変じゃない。ずっと昔の事なんでしょう?」
「でも私の事を知っていたみたいだし、他人の空似じゃないのは確かよ。『久しい』なんてことも言っていたし」
「訳が分からないわ。こうなったら本人に直接問い詰めた方が――」
「黙秘、させてもらうよ」
声が降ってくる。バッと上を見上げると先程別れたばかりの舞風がふわふわと浮いていた。
力学的な事象を完全に無視したそれを行わせているのは背後の術式だろうことはすぐに分かった。
「……久しぶりね。生きていてくれて嬉しいわ」
「そっちもご存命だとは思わなかった。硬いこと抜きで喜ばせてもらうよ」
「ええ、でもどうして? 確かに貴方の源である湖が汚染されるのを見たのに」
「……色々あったんだ。気が遠くなるようなことが」
彼は遠い目で過去を懐かしんでいるように見える。だがすぐにそれを他所にやり、腕を組みながら尋ねた。
「それで、これからどうする気だ?」
「私は、輝夜に着いて行くわ。元はと言えばこの子の案なのだし」
「勿論旅に出るわ。見たいこともしたいことも沢山あるから」
そっか、と寂しそうに笑うと彼はふわりと大地に降り立った。
「ま、縁があればまた会えるだろう。お互い寿命は長い訳だし。しかし、女の二人旅で大丈夫か?」
「私達は不老不死よ? それに戦う力ならある。心配なら貴方も着いてくる」
「それは勘弁。今は一人気ままな旅を謳歌したいんでね」
お互い、クスリと笑みが零れた。長い長い時を経て、こうして話せることが嬉しいのだ。
「じゃあな。八意永琳。また会おう」
「貴方もね。舞風。楽しみにしてるわ」
再び交わった二人の存在。意図すらしない再会に、『彼』は懐かしさを感じることができた。
月の姫はこうして自由を得、その従者は彼に感謝を告げる。
誰も知らない。誰も気付けない一端の物語である――
長い。俺にしては長すぎると言っても過言ではない。そして読みにくい。ほとんどの人がそう思ったに違いない。グダグダ感さん初めまして。え? 初めてじゃない?
舞風個人の初戦闘。後方では魔法陣クルクル。憧れるね。星ってなんだか憧れる。魔理沙と被ってしまうのはご愛嬌。気付けば書いてる小説の主人公が全員少年(15歳未満)だったことに気付いて絶望した。
当然、かぐや姫関連のも物語はこれで終わりじゃありません。大切な一人を忘れるわけが無い。次回はそこですね。
さて、長くなりましたが、悪い点、おかしい点、変な点見つけ次第言ってくださると助かります。Mじゃないよ? M……じゃないよね?
いい点もどしどし書いて下さい。どっちにせよ励みになります。誰かコラボとか書いてくれないかな?