そして、その先にある未来と――
――ちっぽけな山。それが私の住まう場所だった。大きくは無いものの、この山は様々な物が豊富だった。湧き水、山菜、動物。生きていくには十分すぎる。たった一年ながらそれなりの愛着を抱き、だからこそ私はそこを守ることを決めた。
あの鬼の天正や烏天狗の真可とやらが人間に遅れを取るとは思わなかった。捻っただけで腕が捻じ切れる様な貧弱な存在に劣るとは決して思わなかった。唯一の心配は舞風だったが、彼だって死にはしないはずだ。
自分が守るべき山に立ち、向かってくる人間達を蹴散らした。共に戦った山の妖怪たちはいくらかその命を散らした、僅かながら共に過ごした事で少しは感情を抱けていたと言うことが嬉しく、また悲しいとも思った。
人間達の拠点を壊滅にまで追い込み、生き残りを一掃した私はアレが落ちてくる瞬間、彼らの山とは全く逆方向の場所にいた。
焦った。そして少し前まであんなにも楽観視していた自分を殺したいほど憎みたくなった。
走った。己の心と力が感じる方向に、思うがまま走った。
――たどり着いたそこにいたのは、天正でも、真可でも、舞風でもなかった。
ただ、ただ悲しげに咆哮する存在が佇んでいた。
そしてそれが発する妖気から分かってしまう。それが誰でなんだったのか分かってしまう。
『いない……何処にもいない。真可がいない。天正がいない。舞風が……『おれ』ってなんだ? なんなんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』
その心は折れていた。目に見えるほどまでに壊れていた。
現実も、現状も、そして己の実情までも、何もかもを理解しようとしながらも理解できない。
それは『彼』ではない、『彼ら』であった者。
黒い髪と翼を生やし、頭から二本の角が突き出ていた女性……そう、その体付きは女性なんだろう。しかし、心は入り混じり、固定されていない。
ずれている。
私に出来ることはただ強く抱きしめて、それが暴れようとも抑え付け、泣き疲れて眠るまで抱きしめ続けることだけだった。
歯がゆい。そして唯一彼に己を託した二人に恨み言を零した。
あの二人だって、こうなることくらい分かっていただろうに。なのに一人残して……
眠り疲れたその大きな子供を私が住む山に連れ帰った。彼らの山は形こそ残していれどそこに住まう妖怪は全滅、何より今更思い出だけが残された場所に連れて行かれても、虚しいだけだろう。
連れ帰っても彼、いや、『舞風』はしばらくの間目を覚ます事はなかった。しかし偶にうなされるように叫びだすことがあった。その度に何とか寝かしつけてはいたが、その時の悲鳴は聞くに堪えないものだった。
目覚めてからもまるで気が触れてしまったかのようだった。一日中虚空を睨みつけたままボーっとして、何も考えていないように見えた。だが実際はその逆、その頭の中では様々な感情や思考が渦巻いていたのだ。
それに気付いたのはそれから更に数日、以前のように食事をしない訳にもいかなくなってしまった舞風は、しかし出された物に一切手を着けなかった。
その時点で意識は既に覚醒しており、話にも耳を傾けることができるようになった舞風に食事を取るように促した。しかしどれだけ言っても一口も食べない舞風に対し、私は思わず溜まっていた怒りをぶつけてしまったのだ。
それへの返答は――嗚咽と罵声によって返された。
何が分かるんだ、そんなことは自分の勝手じゃないか。まるで子供のように怒鳴り散らした
――否、舞風の魂は恐らく未だ子供、しかも二人分の魂と合わさった弊害により更に退行してしまっていた。
妖精にとっては食事すら今まで無縁だった。なのに今更それを必要とするようになるなんて、きっと彼本人にとってはとても悲しいことだったのだ。
怒鳴り散らした後、その思いの丈をぶちまけていた。
なんで自分だけ生きている。なんで守れなかったんだ。守りたかったのに。その為に山を守って、守れたと思ったのに。
皮肉、守りたくて己を犠牲にした舞風はその行動によって全てを失うことになってしまった。友人も、湖も、たったの二人の大事な存在さえも。
――そして得たのは力。鬼と烏天狗の持っていた力を内包しながらも妖精としての性質を残してしまった存在。もう彼は妖精ではない。
絶えず吐き出された言葉を聞きながら、抱きしめ続けることしか出来なかった。
最強の鬼姫と呼ばれた私に出来る事はそれしかなかった。
☆〇☆☆〇☆
「本当に、行くの?」
朝靄も晴れぬ山、舞風は、いや『舞風であった存在』は旅立とうとしていた。
アレからそれほどの時間も経っていない。その心は未だに傷を負ったままだ。だが彼は思い止まらない。
『いつか話したんだ。皆で旅に行こうって』
彼はそう言って笑顔を、その見飽きてしまった『作り笑顔』で私に笑いかけた。それでも私はそれに気付かないふりをした。そうしなければならなかった。
断言する。彼は舞風だ。いくつかの記憶と、力と、そしてらしさを受け継いでしまったが、それは紛れも無いあの妖精だった。角と翼を生やしてしまおうが、その目だけは変わらずにあった。
私も同行すると頼み込んだ。彼を一人にするのが心配だった。昨夜ですら魘されていた彼が心配でならなかった。
しかし、断られた。彼は笑ってこういうのだ。
『俺達の山を、守っていてほしい』
その俺達の中に『私』は含まれているのだろうか、とふと考えてしまった。それについては問いを口に出すことも出来なかった。恐らく、怖かったのだろう。きっと彼はそうだと言うが、それが本当か分からないから。
そして、彼は旅立つ。その際の言葉は上手く口から出なかった。言いたいことはたくさんあったが、いざとなって蓋でもされたかのように口は開かない。
しかし、それでも一つだけ、これだけは絶対に伝えなければならないことがある。
だから、開け。
「――行ってらっしゃい」
ポカンとして目を瞬かせた彼は作り笑顔を崩し、その瞳に雫を溜める。
溜まり溜まった雫が頬を伝い、顎まで行くとき、彼はようやく言葉を返した。
「――――――――うん。行って、きます」
ぽたり、と雫が零れ落ちた。
☆〇☆☆〇☆
全てを失ってしまった。
全てを守りたかったはずなのに、その結果がこれだった。
あの二人を恨みたくもなった。でも、恨めるわけも無い。恨みたいわけが無い。
感じる、真可の妖力、天正の力、身に滾る溢れんばかりの力。全てが脈打ち、体全体に流れていくのを感じることが出来る。
一人じゃない。俺の中には二人がいる、しかし、何故だろう?
こんなにも、寂しい――
理屈では分かろうとしても心が理解しない。だって温もりを感じないんだから、真可と手を繋ぐことも天正に頭を撫でてもらうこともはもうないんだから。
「でもまぁ、仕方ない、か」
試しに言葉を零してみる。それでも胸は苦しい。まるでぽっかりと穴が開いてしまったかのように空虚だ。どうしようもなく一人が怖い。ああ、子供みたいなことは自覚している。だが、それでもあの温もりが恋しい。
どうしようもなく、辛い。でも、生きなきゃならない。あの二人は俺を生かすために消えた。だから、俺はこれからもこの世界を生きなきゃならない。
もしも生きることに義務があるんだとしたら、俺はその三倍責任を負わなければならない。それが選択の結果、後悔はしても足りないけれど。
なんて、そうでも思わなければこの弱弱しく震える足が一歩目で止まってしまいそうだから。
気付いたら大事な物を得て、気付いたら大事な物を失ってしまった。
それでも俺は、生きていくんだろう――
何も無い、しかし朝日が昇る方へと向かい、その足を進めた。
雨が止むことが当然のように、心地よい日の光もまた閉じた。
一寸先も闇である旅路、彼はまた光を求めて歩き出した。
彼は大妖精、であったもの。
光はまだ見えない。しかし、いつかきっと見つかると、ただ信じ続ける。
さて、これが真の始まりだ!!
と、勝手に書いてみたり。
上の画像は一応自作ですが、英文の方が心配。俺の英語の評価は2だ。テストが赤点でも課題だけ出せばいいのさ!!
東方projectにおける精霊の意味合い、妖精以下の存在すらあやふやなものであることをご存知でしょうか?
てっきり妖精より上位の物を想像なさっていたら、残念ながらそれは間違いです。では何故「東方大精霊」なのか?
それに関しては追々……
これからも「東方大精霊」含め、『東方大精霊-The Existed In Ancient-』(仮)をよろしくお願いします。
……ところで、英文間違ってませんよね? もしも間違ってたら締まらな過ぎる。