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東方大精霊  作者: ティーレ
1.目覚メレバ幻トナッテ存在セリ
14/55

妖精と戦争

久しぶりの更新。そして急展開。


急ぐ余りこのページだけ違和感を感じる部分があるかもしれませんが、その時はお知らせ願います。


尚、更新は急ぐ限り頑張ります。




――人の夢と書いて『儚い』なんて、一体誰が言ったのだろう?


今なら分かる。俺は妖精だ。だが人だ。所詮人だったのだ。


それに気付いたのは、余りにも遅すぎたのかもしれない。



冷たくも降り頻る雨に、小さな体は打たれていた。


突き刺すような痛みは俺に今の現状を知らしめている。














☆〇☆☆〇☆














その日、俺は久し振りに永琳の元に向かっていた。


会いに行くのは実に一週間ぶり。この一週間は個人的な理由で通う事が出来なかったのだ。やや申し訳なく、しかし久し振りに会えるという事が楽しみで、上気分だった事には我ながら気付いていた。


しかし、辺りへの警戒は忘れない。最近は人間がこの辺りに現れる事が増え、多くの妖怪が仕留められているらしい。俺は撃たれても再生できるから別に危険という訳でもない。


ただ真可が危険だから行くなと渋っていた事が記憶に残っている。


しばらくして里のある森まで来てみると違和感に感じた。結界を感じることが出来ないのだ。元々封じることが能力な俺は直感的なものでそれを感じることが出来た。しかし、今はそれを感じられない。


嫌な予感が過ぎった。羽を隠すことも忘れ、俺は里の方向へ急いだ。


たどりついたそこにはやはり結界が張られておらず、小妖怪が徘徊していた。だが人間の姿は見えない。俺は焦る気持ちを抑えながらも永琳の家へと向かった。


里の中には人の気配が皆無だった。欠片も感じることが出来なかった。妖怪にやられたという訳でもないだろう。それならば流された血がこびりついていてもおかしくないはずだ。


乱暴に破壊された様子は見られても、争いあった様子は見られなかった。


やがて、永琳の家についた俺は早々に飛び込み、屋内を見て回った。誰もいない。果てにはいつも永琳といた研究室まできてしまう。


そこで再び確認する。物がないのだ。アレだけあった薬剤や標本は何一つ余すことなくなくなっている。


一体何故?


そう考えていると、机の上に唯一残されている物に気付く。手の平大の小さな機械。永琳が教えてくれた。いつもは留守を知らせるのに使うボイスレコーダーだった。


見るとなにやら音声が残されていることが分かり、俺は恐る恐る再生ボタンを押した。



『…………』



声は聞こえなかった。変わりに小さくザーザーと雑音だけが聞こえている。だが、僅かながら聞こえる息遣いがそこに誰かがいることを知らせている。



『――これを聞いてる貴方は舞風かしら? 違うなら、早々に再生を止めてこれを廃棄することを願うわ』



聞こえてきた音声。そして直後に沈黙。出来れば無関係な者には聞かれたくないと言うことなのだろう。俺は再び声が聞こえ始めるまで固唾を呑んで待った。



『――舞風、なのね。まずは貴方に謝らなくてはならないわ。本当に、ごめんなさい。貴方との約束は守れそうにない。今日これを置くのは前回貴方が来てからちょうど四日目よ。出来ればこれを聞いて、判断して欲しい』



つまり、今日から三日前の出来事と言うことになる。しかし、約束を守れないって?



『話を戻すわ。三日前、私の父が急死し、この里での最高権力が他の者に渡ったことである計画が可決されたわ。それが月への移住計画……馬鹿馬鹿しいことかもしれないけど、それほどまでに妖怪の存在が月夜見には気に入らないみたい。妖気を穢れと呼んで忌み嫌っているわ。生憎、私達には月まで行く技術とそこで生きていく技術を持っている。恐らく、三日、遅くとも四日後には私も月に行くわ。貴方には悪いと思ってるけど、私もこの里の人たちを放ってはおけないもの』



今日、もしくは明日にはもう行ってしまう。永琳のお父さんがそこまで酷い状態だとは全然気付けなかった。そもそも会うこともなかったから。月、そこで人類が生きることができると言うのか……だが永琳が嘘を言うとは思えない。多分本当なんだろう。



『そして、力のある者、この地に残るものは、妖怪に最後の戦いを挑むわ。数じゃ勝る事は出来ても、小妖怪じゃ太刀打ちはできないわ。結果的に妖怪の軍勢が勝ったとしても、恐らく被害は免れない……


――これを聞いている貴方は、私を恨むかしら』



恨むものか。



『私を、憎むかしら?』



憎むものか。



『貴方がどう思うか分からないけど。私は、貴方がいてくれて本当によかったと思っているわ。ありがとう舞風』



音声はそこで途絶えた。雑音すら聞こえなくなり、沈黙が部屋を支配した。


――人間が攻めてくる。


ただそれだけのことが頭にぐるぐると巡っていた。永琳は不必要な嘘をつかない。誰のためにもならない嘘をつかない。


月に移住する人間と、残された人間。その人間が妖怪を殺しに来るのだ。とんでもない、未曾有の災害レベルの事が起きる。


逃げる、と言う選択肢が頭を過ぎったが、それは無理な事だ。俺は湖から生まれた妖精。あの湖から離れることは出来ない。


どうするべきか、と考えた直後、里の中に轟音が響いた。爆発音に近い気がした。だがそんな音は小妖怪に出せるものではない。まさか、と俺は部屋を、そして屋敷を飛び出し目を剥いた。




人と妖怪が戦いを繰り広げていた。お互いに血を流し合っていた。妖怪の爪が人体を抉り、鮮血を撒き散らす。人の兵器が火を噴き、妖怪の体が爆散する。


地獄絵図、一瞬それが過ぎったが違う。これ(・・)が戦争だ。



俺は不快感がぶちまけそうになるのを感じた。嘔吐するときの感覚に似ている。生憎吐き出すものがないが。


今はこれに構っている暇はない。目の端でまた一人妖怪がバラバラになるのを視界に捉えながらも俺は飛翔した。雲行きが怪しくなっていた。今にも雨が降り出しそうだ。


高く高く、そして俺は気付いた視界の広がる範囲で、それを捉えていた。


戦争だった。殺し殺された人類の忌むべき歴史。何度も何度でも繰り返される。


見えるそこでは息のない妖獣に縋りつくこどもたちがいた。

死んだ人間の臓物を食らう妖怪がいた。

泣きながら戦うものがいた。

憎悪に身を任せて暴力を振るものがいた。


思わず奥歯を噛み締めた。今自分の目の前で理不尽が起きている。搾取する側から抜け出そうと戦い続けている人間と生きるために戦う妖怪がいる。


どちらも悪くない。生きるために戦う両方を自分勝手に白黒付けることができない。


ただ、ただ今は歯がゆかった。


遠回りをしている暇はない。俺は真っ直ぐ自分の山への帰路につく。たとえその道が戦場の真上だとしても。


襲い掛かる流れ弾を避け、ただ真っ直ぐ。山は見えていた。それに隣接する湖だって見えていた。


しかし、一瞬の油断、流れ弾は羽を捥ぎ、俺を戦場に叩き落していた。体に激しい痛みが走ったがすぐに体は修復を開始する。


痛みに顔をしかめているうちに、すぐ傍で何者かの断末魔が響いた。思わずそちらへ視線を向けるとすぐ傍に一人の男が横たわっていた。


いや、違う。横たわっているんじゃない。だって、腰から下が■■んだから。



「――――ッ!!!?」



声にならない悲鳴が口からもれた。足が震えた。歯がガチガチとなっている。死に慣れていない。これが死だ。これが死だ。


この身の奥の奥深くから沸き立つこれはなんだ?


そうか『恐怖』か。



「――――」



すぐ近くで首がはねられ、崩れ落ちる妖怪。頭からかぶりつかれ、身を痙攣させる人間。


これが死だ。これが死だ。



「――ア、ウワァァァァァァァァァァァァァッ!!」



逃げた。走って逃げた。そこでは真っ二つになる妖怪がいて、そこには両腕を失い悶え苦しむ人間がいた。


怖かった。恐ろしかった。


俺は死なないのに。死ぬことが出来ないのに。今俺は死を恐れている。死を撒き散らす戦争を恐れている。














気付いた時には回りには何もいなかった。何もいない場所まで逃げてきてしまった。


疲労。いや、心労に酔い、俺の体は前のめりに倒れた。薄暗い雲が光を発し、どしゃ降りの雨が降り始めた。俺の体はただそれを打ち付けられるだけだ。



――所詮、妖怪と人が共に生きるなんて、夢に過ぎなかったのだろうか?



天正が、真可が、蓮姫が好きだった。妖怪と呼ばれる悪の化生が、本当はそんな物で無いことを知った。そして心が人間の俺は人間と争うという選択肢を拒んだ。


だが、アレを見て、俺の心が諦め始めている。



――所詮、夢は儚いものなのだろうか?



人の夢と書いて『儚い』なんて、一体誰が言ったのだろう?


幸せでいたかった。二度目の生を楽しく生きたいと思った。生きることが楽しいことばかりじゃない事くらい知っていた。でも、俺にはこれは重すぎる。苦しすぎる。



――そうだ。天正達は?



今はここで寝そべり、自分に問いかけている場合ではない。一刻も早く、皆の元に戻らないと。


足の震えはまだ止まっていない。だが今はそんなことを気にはしていられない。俺は羽を羽ばたかせ、再び空を飛翔した。



と、身に覚えのある妖気を感じた。慣れ親しんだもの。こちらに近づいてくるそれは天正の妖気だった。


見ればこちらに近づいてくる彼の姿が見えた。心のどこかで安心した。目の前に飛んできた天正が息を切らし、ただ事ではないような表情でありながらも、俺は。


そして、言葉は紡がれる。




「真可君が人間に襲撃された!!」




その言葉を聞いた瞬間、世界から音が消えた気がした。


しかし、雨はまた強くなり始めていた――














☆〇☆☆〇☆















偶然だった。


嫌な偶然が何度も重なり合ってしまった結果だった。



最近人間の妙な動きが目立つということを天正から聞いていた真可はそれでも一人の人間に会いに行く舞風を純粋に心配していた。


上機嫌で飛んでいく舞風から身を隠し、ひたすら尾行した。


しかし、森の中に入り、見失ってしまった。その森に来るのは初めてだったのだ。


最初のうちは迷いながらも探し続けた。だがやがて諦めて空から探そうとして、異変に気付いた。


遠くから聞こえる轟音。響いてくる声。それは人間と妖怪のものが交じり合ったものであることはすぐに分かった。


遥か遠くで次々と消滅していく妖気。それには少なからず恐怖を隠せなかった。次々と消えていく、その規模が、今までとは比べ物にならないのだ。


おもむろに舞風が心配になった。己などより、舞風の安否の方がずっと真可には大事だった。


湖から離れている場所で怪我をするとそのまま消滅してしまう可能性がある、と言うのは天正の見解だった。舞風自身は気付いていないが、彼の体は実に不安定で、いつ分解してもおかしくないらしい。本来なら死ぬほどのダメージを受けたら一度自然に還り、その後に再形成されるはずが、彼には高速復元と言った形で現れている。


今までにない例、と言うのは何が起きてもおかしくないと言っているのとほぼ同じだ。


森の上を羽ばたき、舞風を捜索した。



――もしかしたら先に戻っているのかもしれない。



真可はふとそう思った。いや、思いたかっただけなのかもしれない。普段紛らわしくも妖力を隠している舞風を探知するのは至難だ。感じれても普段の力は普通の妖精と差異ない彼を探し出すことは不可能だった。


淡い期待だと気付いていながらも、彼女は山への道を辿った。


そんな彼女が真下にいた人間から不意打ちを受け、攻撃に晒されながらも山に戻ったのはそれからしばらくのことだった。















☆〇☆☆〇☆














最初、何を言われているのか分からなかった。


数秒してそれが頭に染み渡る様に入って行き、瞬間跳ねる用に跳躍する。何も考えられず、ただただ山へと急いだ。天正も俺のすぐ傍を飛行し、先導する。



――数分数秒が、今だけ途方もない時間に感じられた。



時間がどれだけ経過したかは分からないまま山に着き、見慣れた家に飛び込む。



「……舞風?」



そこにいた彼女を、今朝も見た。だが今はまるで別人のように感じられた。


敷かれた布の上に横たわり、大きく胸を上下させている彼女は所々ボロボロであった。綺麗な黒い髪と翼はくすんでしまっていた。


だがそれよりも、それよりも痛々しい場所があった。



「……ごめんね舞風。私、もう一緒に遊べないかも」



――右腕がなかった。時に自分の頭を撫で、時に自分と手を繋ぎ、時に自分を抱きしめた腕を。



「――――っ!!」



俺は近寄り、抱きしめた。俺より大きいはずの彼女の体はとても小さくなってしまったように感じられた。いつも軽快な彼女の明るい顔は青白く染まっていた。



――守れなかった――ッ!!



彼女を抱きしめることとは他所に俺は奥歯を噛み砕きそうなほどに噛み締めていた。


しばらく抱きしめているとやがて疲労でいっぱいになったのか、そのまま彼女は小さな寝息をもらしていた。


彼女を元の場所に寝かせ、俺は後ろにいた天正に向き直った。その目は未だ厳しく彼女を見ていた。やがてその視線を俺に変え、重々しくその口を開いた。



「――恐らく、彼女の腕はもう元には戻らない」



それは聞きたくない言葉だった。ああ、何となくだが分かっていた。妖怪には生物として並外れた再生力がある。蓮姫がすぐに傷を治せるように。蓮姫だったら例え腕がなくなっても自力で再生させたかもしれない。


だが真可、烏天狗は鬼に比べてしまえば妖力も再生力も劣ってしまう。彼女の再生力は失った四肢を取り戻すには至れない。




「真可の、能力を使っても?」



天正は頷き、悲しげに表情を歪めた。



「彼女の能力は実際に目に見えて分かるものほど効果がなくなっていく。怪我を相手に渡したとしても、傷が塞がるだけだ。だからといって腕を他人からもらっても定着しないだろう」

「そう……なのか」



俺は自分を殴ってやりたくなった。人間の兵器の事を知っていたのに。烏天狗としての力が強くても、実際の彼女の打たれ弱さは知っていたはずなのに。



「彼女のことは確かに残念だけど、今は現状をなんとかしなければならない」

「……人間と、戦うのか?」

「戦わなければ、この山も湖も、奪われてしまう」



爪が食い込むほど強く、俺は手を握り締めた。。つまり、そういうことだ。天正が戦うのはこの山と湖を守るため。だがそれは俺を守ることと大して差がない。


湖の妖精である俺はその湖が破壊されたり、酷く汚されたりした場合は最悪消える、と言うことは天正から聞いていた。もし人間がこの湖を汚したりしたら、最悪俺を含む湖の妖精は全滅するだろう。



「天正、逃げよう! 真可を連れて行こう! 戦うのは戦いたい奴に任せればいいだろ!!」



妖怪は好戦的な奴らが非常に多い。恐らくこの山の妖怪がいないのも皆戦いに行ったからだ。わざわざ戦うのが嫌いな天正が行く必要なんか何処にもない。


俺の今の姿は多分駄々っ子にしか見えないだろう。だが、たとえ幻滅されるのだとしても、嫌だった。



「――舞風君。君は優しい」



天正は微笑んでいた。軽蔑も呆れも、そんなものはなにもなく、微笑んでいた。


俺は心の中で叫んだ。違う、と。



「……怖いんだ。目の前で人や妖怪が死んでいくのを見るのも、大事な『家族』が傷つくところも」



収まったはずの震えは再び自分と言う存在を揺らしていた。二度目の生として楽しく、幸せに暮らせれば俺はそれでよかった。それだけの自分が戦争なんてものを見てしまったから。


と、頭の上に天正の手が乗せられた。大きく、温かい。まるで父親を思わせるような掌。おかしな話だ。父親に頭を撫でてもらった記憶すらないと言うのに。



「――僕も怖い。君や真可君、この山の皆が傷つくところを見たくない。だから戦うんだ」

「でも! それで天正がいなくなったら、意味ないじゃないか!!」



天正は強い。俺なんかより遥かに強い。でも、あの人間の兵器に晒されて、それでも無事にいられる保障なんかどこにもないのだ。


しかし、天正は笑っていた。その表情はやや困っている様子を思わせた。



「失いたくない物がある。だから戦う。それが『守る』ってことなのさ」



天正の手が離れ、呼び止める間もなく天正は小屋を飛び出していった。


理解はしても納得はできない。分かっているのだ。


追いかけようにも足が竦んだ。



――怖いのだ。殺すことも、人間に殺されそうになるのも。死なないからいいなんてものじゃない。恐ろしいのだ。人に嫌悪の、軽蔑の目で見られることが。



――ああ、俺は、嫌われるのが怖かったのか。



多くのことを望んだつもりはなかった。だって必要なかったから。


天正がいて、真可がいて、蓮姫がいて、永琳がいて、そして自分がいる。


そう、それで十分だった。それで十分だったのに、その幸せを望むことすらおこがましかったのだろうか?


戦えない。壁に立ててある剣を振るうことすらもう、出来そうにない。先程までの戦場の様子が蘇って、今でも体が震える。


自分は誰かを殺したいとは思わないし、また死にたいとも思わない。


戦場に行く、と言うのは誰かを殺し、そして殺されるような場所に行くと言うことだ。



――人間だった。自分は所詮臆病な人間だったのだ。



辛そうに表情を歪めた真可の隣に膝をつき、せめて傷みだけでも和らげようと能力を行使した。しかし、その顔色は全く良くならない。


当然だ。彼女は腕の痛みだけに苦しんでいるのではない。腕が既に失われたと言う現実にも苛まれているのだから。


それを見て、また奥歯を噛み締めた。



――自分は、大事な皆の為に何をすることも出来ない。



分かってる。所詮は一介の妖精、ちっぽけな存在。どうしようもなく儚く、弱弱しい存在。


それから見れば妖怪と言う存在は遥かに上に位置している。


分かってはいたはずだった。だが再び現実を叩きつけられ、無性に悔しくなった。


自分に出来ることはあるだろう。そんなことは考えずにも分かる。


だが、それをするには恐怖心が邪魔をする。



『――それが守るってことなのさ』



先程の天正の言葉が頭の中で再生される。


天正は守ろうとしているのだ。守るために戦おうとしている。嗚呼、守るとはなんなのだろう?


俺達を生かすこと? それともこの山や湖を人間に奪われないこと?


そんなとんでもないことをやろうとしているのだ天正は、一人で。



――一人で? たったの一人で?



あの戦場の中を一人で飛び回っているのに、俺は何をやっているんだ? 何をうじうじと馬鹿みたいなことをしているんだ?


決めたはずだ。誓っただろう、あの時に。殺す必要なんてない。でも、俺みたいな奴でも盾くらいにはなれる。一度、決めたはずだろうが。


恐怖は消えない。簡単には拭えない。足はまだ馬鹿みたいに震えていた。多分人一人殺せない。


だが、ここで黙っていてなんになる。天正が戦い、真可が苦しむたった今を、無意味に浪費することなど俺が俺を許さない。


気付けば心は決まっていた。行くのを嫌だと体は言っている。心は行かないことを嫌がっている。ならばどうする? 行かないか? そんな答えふざけてる。行くしかないだろう。


壁に立てかけられた剣を背負い、俺はそれを強く握り締めた。なんてことはない。ただ、そうすれば少し勇気が湧いてくるような気がしたから。


出口に、すぐそこに立ち、俺は振り向く。


彼女を一人残していくのは心苦しい。でも、何もしないでいるほうがずっとずっと苦しいから。



「真可、俺も守る。大事な物を、全部まとめて」



こんなにもちっぽけな存在。日本人口が一億二千万人、そしてそのうちの一億二千万分の一が妖精に転生なんて、あまりにも分不相応過ぎる俺だけど、



――こんな俺にも、きっと、出来ることはあると、信じてる。



俺は妖精だ。


でも、大妖精だから。














☆〇☆☆〇☆















「蓮姫さんとは完全に分断されてしまったか……」



遥か高く、戦場を見下ろせる場所まで飛び上がり、集団行動をしている人間に妖力弾を撃ち込んでいく。


こうして見ると妖怪こちら側は酷く劣勢だ。数と武器が劣っているこちらは分断されて各個撃破されている。


蓮姫さん達とも分断されてしまった。あの人の事だから心配はないだろうが、問題はこっちだろう。


人間の軍勢はだんだんとこちらに進軍してきている。このままではそう遠くないうちに山にたどり着いてしまだろう。


どうするかを考えながら人間が撃ってきた弾幕を回避していく。恐らく当たっても大したことはないだろうが、奥に潜んだ敵の本命が見えない。


一人一人潰しては時間が足りない。だがまとめてやってしまえば見逃しがあるかもしれない。


時間はないのに巡り巡る考えは一向に纏まらない。せめてもう一人手があれば……



「……何を期待しているんだ僕は」



もしもを期待しては始まらない。今はなんとか行動に移すべき時だ。


急降下し、比較的固まっている人間を叩いていく。特に劣勢を強いられている妖怪を助けるように。


正直助けようと思ったわけじゃないが、そいつらが人間を殺すならそれはそれで都合がいい。


そんな事を考え、そしてふと思った。



――舞風君は、僕がこんな奴だと知ったら幻滅するだろうか?



ふっ、と自嘲の笑みを浮かべた。あの子の前では出来るだけ嫌われないようにしようと思った。いや、心優しい鬼でいようとした。だが、実際はどうだったのだろうか? 彼だから優しくなれた。そうも思う。


なんて事をこんな状況に考えているのだろう。まるで懺悔するような事を。嗚呼、これではまるで、



――もう会えないみたいではないか。



考えに浸ったその瞬間、茂みに隠れた人間を見逃した・・・・


携えられていたのは明らかに雑兵が持っていたものとは違う、巨大な砲身。それを抱えた大男はこちらを憎憎しげに睨み。呪詛のような言葉を呟いていたような気がする。


砲口が眩く輝きだし、そして――




「天正!!」

「――――っ!!?」




唐突に押し出された体。光は僕の後ろを通過し、空の彼方に消えていく。


そこにいたのは胸に風穴のレベルを越え、強大な力により肩から上と腰から下以外を消滅させられた彼。痛みに体を歪めていたが、やがて傷は復元された。


彼はチラリと僕の顔を見たが、その視線が茂みの人間に向けられたとき、悲し気に歪んだ。


その人間は信じられない物を見るかのように彼を見、やがてその目は憎悪を秘めた目へと変わっていた。



「お前……妖怪共のスパイだったのか! 小僧!!」



直後、彼の目が申し訳なさそうに伏せられる。顔見知り、よく行く人里にいた人間。もしくは会いに行っていた本人なのだろうか。



「……俺は、大妖精舞風だ!! 人間が、俺達を侵略するんなら、戦うさ。俺は、俺にだって守りたいものがあるんだ!」



答えは問いに対するものではなかった。だが、それが人間に対する敵対宣言であることは分かる。


大男の視線は変わらない。いや、酷くなっているような気もしなくない。


もう、この人間の存在は彼を苦しめるものでしかない。


僕はせめて苦しまぬよう――いや、少しでも彼が悲しまずに済むように、一瞬で心臓を一突きした。


崩れ落ちる人間を見る彼の目はやはり悲しげで、そして寂しげだった。



「……この人が、妖怪に襲われているときの俺を助けてくれたんだ」



もう動かない人間を見ながら、呟くように言葉を紡いだ。



「俺が妖精って分かってたら助けなかったんだろうけど、それでも、辛いなぁ」



何も言えなかった。そもそも人間に対して何かしらの感情を抱くことなどなかった。


しかし、この人間に対してだけは、少しだけ感謝した。














☆〇☆☆〇☆














永琳の家に遊びに行くとき、よく門前に立っていたりしたから見かけることは何度も会った。その度挨拶して、たまに短いながら会話した。


多分、永琳と永琳のお父さんの次に沢山会話した人間。


――憎まれている。


仕方ないとは思う。敵なのだから、騙してたのだから。


でも、やりきれない。



「仕方のないこと、なのかなぁ」



だとしたら、とても悲しいことだなと思った。


でも、悲しんでいる暇はないから。俺は天正に向き直る。



「……君は、戦わなくていいんだよ?」




俺の心情を察してか、天正はそう言った。彼は俺を優しいと言ったがどう考えてもそっちの方が優しいだろ。



「それは逃げだ。そしてこれが逃げちゃダメな時だってことは分かってるから。戦えなくていい。でも、俺もなにかしたい。なにかしなきゃいけないんだ。」



こんな俺にも、出来ることがあると、思ってしまったから――


天正は何も言わず、頷いた。


それから俺達は小さな集団を潰すように行動した。俺の力を天正に流し、補給を取らせながら。それくらいしか俺には出来そうに無かったから。






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