第8話
昼なお暗い石階段は、初めて来た十五年前と、そして足切女郎の時代からなにも変わってはいない。
ゆっくりと滑らないように石階段を下る。ダイばあさんと会った時以来、四人で神社に来ることはあっても石階段を通ることはなかった。好雄たちも気味悪がって近づこうとはしなかったのだ。次の年の、あの縁日の夜を除いては――――。
◇◆◇◆◇
「それじゃ、誰が先に行く?」
「おい、ひとりずつなんて誰も言ってないぞ」
「好雄くんは言い出しっぺだから一番だよね」
「だから、ひとりずつじゃないって」
「もう、肝試しなんでしょ、好雄くん怖いの?」
「ち、ちがう。ひとりずつにしたら、ここにいる二人が下りれなくなっちゃうじゃんか?」
「そんなこと言って、じゃぼくが一番で下りるからいいよ」
「ちょ、おまえ……」
朔司はさらりと言い放つと、ひとりで暗い石階段の方へすたすたと行ってしまった。そのまま振り返る素振りも見せずに、彼の姿は階段の暗がりに消えていった。
花火が終わった後、好雄が急に石階段で肝試しをしようと言い出したのだが、その当人を含めていざ下り口まで来てみると本当に怖い。私は肝試しと聞いた時からもう岬の腕にしっかりとしがみついていた。
「朔司ってあんなに神経のないやつだったっけ……。おーい、ひとりじゃ危ないぞ!」
好雄が下に向かって呼びかけるが反応はない。
「おい、どうしたんだ好雄、怖いのか?」
不意に、後ろから岬が言った。いくら強がりの岬でもここでそれを言うとは思わなかった。しがみついたときから私以上に震えているというのに。
「なに言ってんだ。そっちこそ大丈夫なのか?オレは心配してるんだぜ?」
「心配?その前に自分の心配をしたらどうだ。私を甘く見るな」
岬が、またとんでもない大口をたたいている。さっきよりも手が震えているのにどこからこんな強がりが言えるのだろう。
「な、なんだよ。とにかくオレは朔司の様子を見に行かなくちゃいけないから、二人はむこうのもと来た坂道を下ってこい。あとで下で合流だ」
そう言って好雄は石階段に向かって歩き出した。
「おい、私は怖くなんか……!」
「わかってるから、今回は雪枝を連れて坂道を下りるんだ。まったく、朔司がひとりで先に行っちゃうから」
好雄の姿も石階段の暗がりに消えていった。あとには私と、ぶるぶる震える岬の二人だけが残された。
「ねえ岬ちゃん、好雄くんは真面目に心配して……」
「わかってる」
旧参道の下り口に立ちつくす二人の方には花火が終わったというのに誰ひとりとして来ない。暗い石階段をわざわざ通る人などいないのだ。
「でも大丈夫だから、行こう、雪枝」
岬は私の手を握り返して石階段の方へ向かった。その手はさっきよりも震えがひどくなってきている。
「え、やめようよ。危ないし、坂道から帰ろう?」
「なんだ怖いのか?私がいるから平気だよ。心配するなって」
「いやそうじゃなくて、岬ちゃん、無理するのはやめよう?手、すごく震えてる」
岬が私の手を握りながら腕に力を入れるのがわかった。震えないようにしているつもりなのかもしれない。
「雪枝、怖がってても仕方ないよ。さあ行こう。二人で肝試しだ」
「ちょっと、そんなに強がらなくてもいいでしょ?ここで引き返したって好雄くんは笑ったりしないから。それに、私、怖い……」
「わかってる。でもさ、強がりでもいいじゃないか」
「え?」
「いいんだよ、強がりでも。本当は怖くってもいいんだ。だけど強がってでもこんなことで怖気づいてちゃいけない。私はもう怖がりじゃないんだ。それに雪枝は大丈夫だよ。その証拠に手が震えてないだろ」
立ち止まった岬はにっこりと笑って言った。その手はまだ震えている。
「岬ちゃん……」
「雪枝は本当は弱虫でも泣き虫でもないんだ。私ももう怖がりじゃない。さあ、行こう」
それを聞いて私は岬の手をさらに強く握り返した。二人は暗い石階段を下っていった……。
◇◆◇◆◇
岬はいろいろな面で強い人だった。彼女の強がりはただの意地で言っているのではない。自分の怖がりな面を克服しようという意思の表れだった。あの日の岬の言葉には今でも勇気づけられる。
足切女郎の長階段、名も無き祠のある踊り場の次の一続きの長い階段がかつて幽霊が出たといわれる場所だ。やはりここは昼間でも怖い。足元に注意してゆっくりと下りながらも、両側の茂みがどうしてか気になる。横を向いて見てみたくなっても、怖くてそうしようという気にはならない。だからと言って足元ばかり見ているとどうしても段を数えたくなってくる。数えてはいけないと言われていればなおさらだ。
この石階段を下りるのは神経を使う。ようやく下まで来た私は長階段の最後の一段を注意深く踏みしめた――――。
◇◆◇◆◇
つづく