第2話
◇◆◇◆◇
「おーい、そこのお前、おーい、おーいってばあ!」
遠くから男の子の声が聞こえた。私はひとりで畦道を歩いていたのだが、声のした方を振り向くと麦藁帽子を被った子がこっちに走ってくるのが見えた。それともう二人、後から遅れてついて来る子の姿も見える。男の子は私の前まで来ると息を弾ませて止まった。鼻筋に絆創膏を貼っている。
「な、なあに?」
私は急に現れた同年代の男の子に驚きながら、おどおどと話しかけた。男の子は弾む息を整えて言った。
「お前か、能美雪枝っていうのは?」
「うん、そ、そうだよ」
小さな声でそう答えると、彼はいたずらっぽく笑って後ろを振り返った。
「岬、朔司、やっぱりこいつだぞう!東京からやってきたってのは。おーい、早く来いよう!」
彼は後から来る男の子と女の子に呼びかけた。片手は手を振っているのだが、もう片方の手は後ろ手に私を指差している。そして素早い動作でもう一度こちらを振り向くと、おどおどする私を珍しいものでも見るように眺めた。
「お前、東京から来たんだよなあ」
「う、うん」
「へえ、遠いんだろ、東京ってさ」
「う、うん」
「ふうん、なんだか幽霊みたいだな、お前。足切女郎みたいだ。おーい二人とも、足切女郎だぞ。東京から足切女郎がやってきたぞう!」
彼はまた後ろの二人に呼びかけている。
「な、なあに、その足切女郎って?」
私が消え入りそうな声で聞くと、彼はへへん、と鼻の頭をかきながら答えた。
「幽霊さ。お前みたいに真っ白な幽霊のことだよ。全然怖くないやつなんだけどな!」
「え?ゆ、ゆうれい?そんな、う、うっ、グスン……」
それを聞いた私はその場にしゃがみ込んでしくしくと泣き出してしまった。
「ねえ、やめなよ好雄くん、泣かせちゃって」
「好雄って最低。私のことは泣かせらんないのに弱っちい幽霊なら泣かせられるんだ?」
「ダメだよ岬ちゃん、幽霊じゃないよこのひと」
岬と朔司と呼ばれた二人が追いついたらしく、そう言っているのが聞こえた。
「な、なんだよう。オレはなにもしてないぞ。おい雪枝、急に泣き出すなんて卑怯だぞ」
「好雄くん、また女の子を泣かせたっておじいちゃんに言いつけちゃうぞ」
「ちょ、それだけはやめてくれ朔司」
三人が膝を抱えて泣いている私を囲んで話しているのが聞こえてくる。すると不意に、肩に手がおかれるのを感じた。
「雪枝ちゃんごめんね。ほら立って?」
私は手を引かれて立ち上がった。顔を上げると後から来た二人がにこやかにこちらを見ていた。好雄と呼ばれた麦藁帽子の子はふてくされ気味にちらちらとこちらを見ている。
「どうして、名前、知ってるの?」
「それは、じいちゃんから聞いたからだよ。……泣かせて、悪かったな。でも、オレは本当になにもしてないんだからな!」
口をとがらせて好雄が言った。
「もういいよ。好雄くんなんかここにおいて行こう。ほら?」
後から来た朔司という子が私を立たせた手を握ったまま歩き出した。よく見ると彼は昔の人が着る前合わせの服に、下はジーパンというおかしな格好をしていた。
「ほらもう泣くなよ、雪枝」
ついてきた岬という子が急に私のポケットをまさぐりだしたと思うと、中からハンカチを出して私の目元をごしごしとぬぐってくれた。しかしそんな彼女の顔は泥んこで真っ黒だった。
「ああいうのをさ、いけずっていうんだよ。ばあちゃんが言ってた。私より弱いくせにさ」
彼女はにっこりとして言った。泥んこの顔に白い歯がまぶしい。三人は畦道を進んでいった。
「おーい、待ってくれよう。オレをおいて行くなって!」
後ろから好雄が駆けてくるのが見えた……。
◇◆◇◆◇
つづく