表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水底の坂道  作者: ceryeti
13/14

第13話

◇◆◇◆◇


 ない、見つからない……、どこで落としたんだろう……。

 畦道には夕暮れが迫ろうとしている。足元を探しながら畦道を歩きまわって、もうどれくらい時間が経っただろう。暗くなってしまったらあきらめるしかない。

「雪枝、雪枝……」

 遠くから名前を呼ばれた気がした。

「そこにいるのは雪枝かえ?」

 顔をあげてみると、背の曲がったおばあさんがそこにいた。私はそれが一瞬亡くなった祖母に見えた。

「あ、ダイおばあさん、こんにちは」

「おう、やっぱり雪枝だ。久しぶりじゃね。どうしたんだい、こんなところで下ばかり見て?」

「うん、ちょっと大事なものをなくしちゃって」

「おや、大事なものって、なにをなくしたんだい?」

「小さな石、見た目はただの石ころだけど端っこがきれいな紫色をしてるの。好雄くんからもらったんだけど、この辺で転んだときに落としちゃったみたい……」

「ほお、そうかえ」

 ダイばあさんはうっそりと言うと、私の隣に来て持っていた手提げを下ろした。どうしたんだろうと思って見ていると、そのままううむ、とうなりながらしゃがみこんで地面を探し始めた。

「あの、ダイおばあさん?」

「なんだい、ぼさっとして。私も一緒に探してやるよ。大事なものなんだろ、え?」

「あ、うん。でも悪いからいいよ。私、ひとりで探す」

「なに言ってんだい。暗くなったら見つけられないから早く探すんだよ。ほら」

 下を向いたままダイばあさんは言った。

「あ、ありがとう。ダイおばあさん」

「礼は見つかってからにおし」

 私は再びしゃがんで足元を探し始めた。

 ダイおばあさんってどこか岬っぽいところがあるな、かがみこんで地面を探すおばあさんを見て私は思った。


「ないねえ……」

「うん、このあたりで落としたみたいなんだけど……」

 ふたりで探し始めて小一時間ほど経っただろうか、もう日が暮れて、あたりは暗くなろうとしていた。四人でおそろいの大切な石だったのに……。

「雪枝や、残念だが暗くなってきたからもうやめにしよう。今日はこれ以上探しても見つかりやしないさね」

 ダイばあさんが不意に顔を上げて言った。

「そうだね……」

「今日のところはもうしょうがない。だけどまた明日来ような?」

「うん、ありがとう岬ちゃん」

「礼は見つかってからだよ。それにあたしゃダイだ。岬じゃない」

「あ、ごめんなさいダイおばあさん。なんでかな、間違えちゃった……」

 岬か……、どこに引っ越してしまったのだろう。好雄も朔司も、もう会えないのだろうか。

「あの石ね、神社に落ちてるらしいんだけど、好雄くん朔司くん岬ちゃんと四人おそろいの特別な石だったんだ」

「ほお、そんな大切なものをなくしちまったんかえ」

「うん。お守りの石。四人おそろいだから持ってれば必ずまた会えるって去年もらったんだけど、今年みんなとは会えなかった。石もなくしちゃったよ……」

「まだなくなったと決まったわけじゃないさ」

「でもなくしちゃったから、私たち、もう会えないのかな?」

 三人の行き先は結局わからずに、大切なものもなくしてしまった。

 くやしい、淋しい、悲しい、そんな思いがこみ上げてきた。

「おっと、こんなところで泣きなさんな。もう大きいんだから」

 ダイばあさんは懐から古風な手拭いを出すと、私の目元を拭いてくれた。それでも私は悲しくて仕方がなかった。

「だって、だって、三人ともどこに引っ越したのかわからないんだもん……。もう、会えないよ……」

 芦切沢に帰ってから泣かなかったのに、今になってあふれてきた涙が頬をつたう。

「会えるさ」

「え?」

 顔を上げると、普段からあまり表情を変えないダイばあさんが珍しくにっこりと笑っていた。

「きっと会えるさ。あてはなくとも生きてりゃそのうち会える。そういうもんさね。だからめそめそしなさんな。もう泣き虫じゃないんだから」

 ダイばあさんも、私を泣き虫じゃないというのか……。私は泣いてばかりいるのに……。私は大きく深呼吸をして、ごしごしと目をこすった。

 私は泣き虫じゃない。三人にもそう言われたんだった。泣くのはもうやめよう。

「でも、やっぱり会えないよ。私は東京に帰るし、三人ともどこにいるのか全然わからないから」

「そうだねえ、やっぱりすぐには会えないかもしれないさね」

「うん、また来年会おうって約束したんだけどね……」

「そうかえ」

 私はまた下を向いた。下を向くとまた涙がこぼれてきそうになる。

「雪枝、三人と一緒で、楽しかったかえ?また会いたいかえ?」

 少し間をおいて、ダイばあさんが聞いてきた。

「楽しかった。また会いたい……」

 私はうつむいたまま答えた。

「うむ。もしかすると本当に会えないかもしれないけ。だけれども雪枝、もし会えなくても、いじけちゃいけないよ」

「うん……」

「確かに行き先がわからないんじゃ、この先ずっと会えなくてもそれは仕方のないことかもしれんさ。けどな、いいか雪枝、もし会うことができなくても、その楽しかった思い出は大切に胸の中にしまっておくんだ。そうしてくじけずにさ、その思い出をはげみにして、前を向いてやっていくんだ。でも下を向いて振り返ってばかりじゃいけないよ。思い出は思い出として大切にしまってさ、それで前へ進んでいくのさ」

 思い出は思い出として……か。いつかまた会えると信じていても、いつまでも思い出にすがって立ち止まっていてはいけない……。


つづく

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ