第12話
十四年前、四人で行った最初で最後の縁日の思い出、か……。
三人の優しさ、あの頃の友情。そんなものがあの雪だるまのぬいぐるみからは感じられる。
夕暮れまでにはまだ間はあるが、傾いてきた日に落ちる影は次第に長さを増してきている。帰りのバスまでにはまだ時間がある。私は足早に最後の目的地に向かった。
そこはバス停とは別の方向で、わざわざ遠回りをしてまで向かう必要はない。なにかをする用もないし、そこでの思い出は今でも昨日のことのように鮮明に覚えている。しかしそれを言えば神社にも、この村にだって帰ってくる必要はなかったのだ。
だがそれでも私は戻ってきた。それはなんのためでもない、水の底に沈む村とともに人々の記憶からは忘れ去られるが、私の胸の中には確かに残り続ける思い出……、ただそれだけのためだ。
目的の建物は徐々に見えてきた。背後の山からはひぐらしの鳴き声が聞こえてくる。日中の大合唱とはうって変わり、ひとつ、ふたつと淋しげに響いてくるその鳴き声は、一日の終わりを思わせる、どこかもの悲しい哀愁を漂わせている。歩きながら、私はそう感じた――――。
◇◆◇◆◇
背後の山からひぐらしの鳴き声が聞こえてくる。夕暮れにはまだ早いが、傾く日に落ちる影は次第に長さを増している。
芦切沢小学校。縁日の翌日、その日も一日遊びまわった私たちは夕方になってなぜかこの場所に来ていた。
「おい雪枝、これくらいで泣くことはないだろ?」
岬が私のハンカチを使って目元を拭う。私はここにきてまためそめそと泣いていたのだった。
「だって……」
「また来年会えるでしょ?ぼくたち待ってるからさ」
朔司がにっこりとして言った。
東京に帰る日取りが早くなり、私は縁日の次の日に帰らなければならなくなった。最後の一日が終わり、もうすぐ準備をしている家族のもとに戻らなくてはならない。
「うん。……ダメだね私、弱虫でも泣き虫でもないって言われたのに」
「ああ、ダメだな。だけど、本当に泣き虫でも弱虫でもないなら、また来年に会うまでくよくよしないで元気でいろよ」
岬が私の肩をやさしくたたいて言った。
そこに少し離れていた好雄が近づいてきた。
「ん」
「え?」
好雄は私に向かってむっつりとこぶしを突き出している。
「ほら、手を出せよ」
「あ、うん」
言われたとおりに手を出すと、好雄の握りこぶしから小さな石ころが出てきた。
「え、これ、くれるの?」
わたしが聞くと、好雄はこくりとうなずいた。
それは豆粒ほどの小さな普通の砂利石だった。しかしよく見ると端の方が欠けていて、その断面は外見からは想像できないようなきれいな紫色をしていた。
「見た目はただの石ころなのに、中はきれいな色……」
「神社に落ちてるんだ。お守りの石。それを持ってれば泣きたくなることやくじけそうなことがあっても勇気を持っていられるんだって。だからそれを持って東京に帰れよ。それにオレも朔司も岬も同じ石を持ってるから、また来年必ず会える」
みんなと一緒のお守りの石、しょぼくれていた私は好雄のプレゼントに元気づけられた。
「好雄くんありがとう。私うれしい」
「なんだよ、礼なんかいらないって。それに雪枝は実際岬なんかよりも根性あるからな、こんな石いらないくらいさ」
好雄は照れ隠しといった風にとぼけて見せた。
「なんだって?まあ、好雄と朔司のことは私がいるから大丈夫だよ。なにも心配することはないから。また来年だ、雪枝」
そう言って岬は手を差し出した。私はそれを見て岬の手を握った。朔司、好雄とも続いて握手をした。
「雪枝ちゃん、また来年ね」
「じゃあな、待ってるからな」
「うん」
◇◆◇◆◇
これが三人との別れだった。
次の年も私は同じように芦切沢に戻ってきたが、私を待つ三人の姿はなかった。
ダム湖化と住民立ち退きの話は私の知らないところで進められていたらしい。十三年前に私が戻ってきたとき、三人はもうどこかに引っ越してしまった後だった。
そして祖母もまた、私を待ってはいなかった。初めて芦切沢に来た時と同じように、帰った私を待っていたのは祖母の葬式だった。
十三年前、五度目の芦切沢の夏、会えると思った人は皆、私を待ってはいなかった……。そして私の里帰りはこの年が最後になった。
もうすぐバスの時間だ。
小学校に背を向けて、私は畦道をバス停に向かって歩き出した――――。
つづく