第10話
注意深く目を凝らして見ると、ある。外灯に照らされている残りの二段の次にもう一段、見えない段が確かにある。
上から照らしている光の加減なのか、最後の一段だけがきれいに影になっていて、下りようとすると段が一段少なくなって見えるのだ。
「朔司がそれに気づかなくってさ、転んでやんの」
「なんだよ。好雄くんだって転んだじゃないか」
「私にはちゃんと見えたぜ」
三人はそう言うが、この最後の一段は普通だったらわからないだろう。最初から暗闇でなにも見えないのならそろそろと手探りで行きもするが、こうやってほかは明るいのに最後の一段だけが不意に消えていれば誰だってつまづいてしまう。普段通っている階段でも注意しないで残りの段数の見当を間違うと、最後の段で危ない目にあう。特に、もう下り終えたと思ってまだもう一段あったときなどは、踏み外して最悪転んでしまうだろう。
消えてしまう数えてはいけない階段の、最後の一段……。光の加減だとわかっている、そしてなんでもないことなのに、私は心底ぞっとした。
「本当だ……。ありがとう好雄くん。危ないね、これ」
私は見えなくなっている最後の一段を注意深く踏みしめて、三人のいる踊り場に下りた。
「ふむ。この見えなくなってる最後の一段が足切女郎の怪談の真相だったんだな、大発見だぞ、岬」
「いやいや、一段踏み外したくらいじゃ死んだりしないから。それに昔はこんな外灯はなかったでしょ」
わざとなのか、好雄がまた的外れなことを言うのに、いつものように岬がつっこんでいる。消えた最後の一段に怪談めいた恐ろしさを感じたのだが、二人のおどけた掛け合いを聞いてそれもきれいに吹き飛んでしまった。
「それより二人とも、坂道には行かなかったんだな」好雄が言った。
「まあね、せっかく肝試しってことになったから、こうしてひとりずつ下りてきたんだ。なあ、雪枝?」
「え?あ、うん」
岬に促されて私はうなずいた。つまりここまで四人ともひとりで来た、ということになるのか。本当は途中まで二人一緒だったのだけど。
「へえ、雪枝もすごいけど、岬にそんな根性があるとは思わなかったなあ。見直したよ」
「それどういう意味?私を甘く見るなって言ったろ?」
「いや、だからほめてるんじゃないか」
「朔司くん、転んだって本当?大丈夫?」
私は静かだった朔司に話しかけてみた。
「うん、別に、大丈夫だよ。それより先に行っちゃったりしてごめんね。みんなに迷惑かけたみたい」
「ううん、気にすることないよ。肝試し、楽しかった」
こうして四人がそろうとさっきまでの怖さもうそのようだ。下まではあと少し、短い階段を下りるだけだ。
「じゃあ、みんな行こう」
私は三人に呼びかけた。
私たちはそろって石階段を後にした……。
◇◆◇◆◇
あの見えなくなっていた最後の一段、もちろん昼間の今なら外灯もついていないので他の段となにかが違うということはない。だがあの暗闇で、幽霊が出るとか数えてはいけないとか聞いていればそれが光の加減だとわかっていても怖い思いをするものだ。
石階段を下り終えて旧参道の正面の鳥居をくぐると、迂回する前の元来た場所に出た。薄暗い林をようやくぬけて空を見上げると、もう日が傾き始めている。聞こえてくる蝉の鳴き声も別のものが混じるようになっている。ひぐらしの鳴き声だった。
ここまでずいぶん歩いてきた。山に囲まれている土地だから日が暮れるのは早い。帰りのバスにも遅れるわけにはいかない。私は少しペースを速め、足早に歩き出した。
もうここにも来ることはない……。
冷たい女の想い、ダイばあさん、四人で行った縁日……。
私はもう一度、神社の方を振り返った――――。
つづく