てんとう虫っぽいサンバ
気楽なコメディです。
肩の力を抜いてお楽しみ下さい。
「てんとう虫っぽいサンバって知ってる?」
「何だ、それ?」
「何だったかな、映画だと思うんだけど……」
歌ですらないらしい。
彼女は上手く思い出せないのか、腕を組んで天井を見上げたままうーと唸っている。鼻の穴が少し広がっていた。
「とりあえず、憶えている所だけでも話してみ?」
俺は、このままでは話が進まないと察し、促してみる。
「そうだね。もしかしたらどこかで一緒に見ていたかもしれないんだし」
そんなタイトルの映画を見た記憶はないが、まずは話を聞いてみることにした。
「えっとねー、六本くらい脚のある男の人がね――」
「ちょっと待て」
慌てて止める。
「六本の脚? 腕と脚を合わせて六本でも二本余るのに、六本の脚?」
「だってしょーがないじゃん。思い出せる映像の男の人は、確かに六本脚なんだもん」
この時点で、異様な映画なのは確定的である。
「……まぁいいや。続きは?」
「その六本脚の男が、唇を突き出して女の人に迫るんだけど、女の人は逃げるのね」
そりゃそうだ。俺だって逃げる。
「でも強引に口を吸われて、キスとかしちゃうの」
「それはキスなのか?」
「わかんないけど、そうなんじゃないかな。んで、妊娠しちゃうの」
「何でっ!?」
「そんなの知らないよ。映画作った人に文句言ってよ」
まぁ確かに、それもそうだ。彼女に文句を言うべき筋合いのことではない。というか、そんなトチ狂った映画を二人で見た憶えなんぞ、毛ほどもないんだけど。
「それでね、このままじゃ産めないよって嘆く二人のところへ――」
まず産む気なのが凄い。
「赤い帽子を被って青いシャツを着て黄色いモンペを履いた産婆さんが現れるの」
「何か変なの来た! 何なんだよ、その鳩山と渡り合えそうなファッションセンス!」
「監督の趣味でしょ。あ、ちなみにその産婆さん、昔はコギャルとかやってたらしくて、体中に染みがあるのね。それがてんとう虫の模様みたいに見えるから、てんとう虫っぽい産婆って言われてるの」
「どうしてそれをタイトルにしちゃったのっ?」
主役は産婆か、産婆なのか!
「だから監督に言ってよ。で、メインキャストが揃ったところで、森の動物達や虫達が出てきて、一緒にダンスを踊るのね」
「ずいぶん強引なミュージカル展開だな……」
「で、踊り終わって一汗かいてから、出産なんだけど――」
「あー、準備運動か何かだったんだ」
垢抜けた産婆もいたものだ。いや、破天荒と言うべきか。
「いざ妊婦さんの前に立った産婆さんは、暗く重い声で呟くように言うのね、『この子は産んではいかん。間違いなく忌み子だ』って」
雰囲気変わりすぎだろ。
「女の人と妖怪六本脚は、それでも産みたいと懇願するんだけど、産婆さんは許してくれないの。絶望した二人は、それでも諦めたくないと新しい産婆さんを探して森を脱出することにしたんだけど、てんとう虫っぽい産婆さんは忌み子が世に出ることを恐れて、追っ手をけしかけるのね」
えっと、もう何だろ、この話。
「結果、二人は毒々しい花を咲かせる蔦で編んだ籠のような牢獄に閉じ込められて、その隙間から高速で入ってくる小鳥達の攻撃に晒されて、終には亡くなってしまうの……」
ミュージカルが終わった瞬間から、とんでもない欝展開である。
ただいずれにしても、ここまで筋を聞いたというのに何一つ思い出せることはない。少なくとも俺は、この奇怪な映画を見てはいないようだ。
「とりあえず、俺は見たことない映画だな」
「そんなことないよっ。だって昨日――」
言いかけて、彼女の表情が停止する。
それにしても昨日?
確かに昨日は、彼女と一時も離れることがなかった。まぁトイレや風呂は別だったけど。少なくとも、映画一本を一人で見られるような時間はなかったと思う。
「……ごめん。昨日見た夢だったかも」
「夢なのかよっ!」
そりゃ知らんワケだ。
というか、監督お前じゃねーか!
「んー、そういえば何でこんな話になったんだっけ?」
「お前がそれを言うのか?」
まぁいい。今更だ。
「確か、結婚式の定番ソングとかって話だったと思うぞ」
「そうだっけ。脱線しちゃったねー」
「させるのはいつもお前だけどな」
「あ、酷ーい。まぁキッカケはそうかもしれないけど、ノリ君が乗ってくるからでしょ」
乗らないと怒るからでしょ。
それにしても、挙式一週間前にコレとは、少し呆れる。緊張感がないというか、自覚が足りないというか、この先やっていけるのだろうかと不安も感じる。
まぁ、こういうところも好きなんだけどさ。
「そんなことよりホラ、今日の予定は?」
少し焼かれすぎた目玉焼きを突付きながら、二人で迎える朝食を改めて堪能する。幸せを感じる瞬間は無数にあるが、この何気ない時間を大好きだと言ったら、彼女は何と答えるだろうか。
「んーとねぇ……」
明るい笑顔と共にスケジュールを思い出している彼女は、ハッキリ言って間が抜けて見える。もちろん、見えるだけで本当に抜けているのではないが。
ただ、どんな形であれ、この笑顔が曇らぬよう在りたい。
焼けたというよりは焦げたトーストを齧りながら、そう思った。
夢オチって、一度やりたかったんですよ。
いや、それだけなんですけどね。




