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その「穴」は人生を変えるか  作者:


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選ばれざる駒

気がつくと、俺は椅子に縛られていた。


背もたれのない硬い椅子で、両腕は後ろに回され、ロープが食い込むたびにじわじわと痺れが広がっていく。


周囲を見渡す。


見慣れない空間だった。廃墟……だろうか。


剥き出しのコンクリート壁にはひびが入り、天井には錆びた配管が走っている。


だが、不思議なことに床だけはやけに綺麗だった。


埃も、ゴミもほとんどない。


――管理されている。


窓は見当たらない。


封鎖されているのか、そもそも存在しないのか。


空気は重く、風通しが悪い。


息をするたび、肺の奥に淀んだ空気が溜まっていくような感覚があった。


俺の正面、机を挟むようにして四人が立っている。


一人は、あの三つ編みの女。


俺を無力化した張本人だ。こちらを見てはいるが、視線に感情は感じられない。


その隣には、金髪で短髪、眼鏡をかけた男。


白衣でも着ていそうな雰囲気で、いかにも理知的――というか、胡散臭いほどに「賢そう」だ。


さらに、その場にはまったく似つかわしくない派手なドレスを着た女が一人。

壁にもたれかかり、退屈そうに爪を眺めている。


そして、最後の一人。


――子供だ。


深くフードを被っているせいで顔は見えないが、体格からして小学生低学年ほど。


こんな場所にいること自体が異常だった。


俺がその光景を理解しかねていると、眼鏡の男が俺の様子に気づいたらしく、軽く首を傾けた。


「やあ。どうやらお目覚めのようだね」


眼鏡をクイッと持ち上げながら、男は柔らかな笑顔を向けてくる。


「突然のことだったとは思うけど、気を悪くしないでほしい。これが、こちらとしても最善なんだ」


――最善?


いきなり家に押しかけて拉致しておいて、どの口が言う。


喉まで出かかった言葉を飲み込み、俺はまず状況を把握することに意識を集中させた。


「……あんたら、なんなんだよ」


短くそう言うと、男は待っていましたと言わんばかりに頷いた。


「ああ、そうだね。先に名乗っておこう」


「僕は最上と言います。君は?」


「継守だ…」


「継守君だね。僕たちは継守君と同じ――“能力者”で組織を組んでいる」


能力者。

その単語が出た瞬間、背筋に冷たいものが走る。


「こうして他の能力者を探し、接触しているんだ。とはいえ、安心してほしい。君に危害を加えるつもりはないよ」


……信用できるか、そんなもの。


「ただ一つ、お願いがある」

最上は穏やかな声のまま、続けた。

「君の能力を教えてほしいんだ」


意外だった。

もっと詰問されるか、あるいは電撃使いの件で責められると思っていた。


(……違うのか?)


こいつらは、あいつの仲間じゃない?

だが、能力者であることは完全に把握されている。安易に判断するのは危険か。


俺は慎重に言葉を選んだ。


「……能力を知って、どうするつもりなんだよ」


最上は一瞬だけ考えるような間を置いてから答えた。


「この力を持った人間が、全員まともだとは限らない」

「中には、平気でそれを他人に向ける者もいる」


淡々とした口調だった。

善悪を語るというより、事実を並べているだけのような。


「僕たちは、それを見極めている。もちろん能力だけで判断するわけじゃないが……重要な材料ではある」


なるほど。

言っていることは筋が通っている。少なくとも、今のところは。


だが――。


(もし、能力そのものが“悪”だと判断されたら?)


いきなり拉致してくる連中だ。

その時に、どんな手段を取るか分かったものじゃない。


俺は黙ったまま、最上の目を見返した。


「警戒してるね。じゃあ、見てて」


最上はそう言うと、胸の前に両手を掲げ、指を軽く曲げて皿のような形を作った。


次の瞬間、その手のひらの中央に、ぽたりと水滴が落ちる。

一滴、二滴。

やがて、それは明確な量となって、透明な水が最上の手の中に溜まっていった。


「多くは出せないけどね。これが僕の能力だよ」


水は揺れることもなく、まるでそこに存在するのが当然であるかのように収まっている。


「どうかな。継守君も、見せてくれないかな」


その言葉に、一瞬だけ心が揺れた。

自分から能力を見せるほど真摯なら、こちらも応じるべきか――そんな考えが頭をよぎる。

だが、すぐに気づく。


(違う)


最上が能力を見せるかどうかは、今の話の本質じゃない。

問題なのは、俺の能力が「悪」かどうか。それだけだ。


仮に俺が危険だと判断されたら、始末すればいい。

最上が能力を見せたところで、失うものはほとんどない。


……危ない。

少しでも油断していたら、完全に流されるところだった。


そこで、ふと違和感に気づく。


(……おかっぱがいない)

周囲を見回すが、あの特徴的な頭は見当たらない。

連れてこられていないのか――そう考えた、その時だった。


奥の廊下を、糸目の男が歩いていく。

その腕の中には、ぐったりと力の抜けたおかっぱの姿があった。


意識がないのか、抵抗する様子もない。


――そういうことか。


結局、俺が能力を話さなければ、次は俺がああなるだけ。

いや、それで済めばまだいい。


生き残れるかどうかは、

自分の能力が「悪」と判断されないことを祈るしかない。

俺が状況を理解したのを察したのか、最上の口元がわずかに緩んだ。


……笑っているように見える。

さっきまでは気にならなかったその表情が、急にひどく嘘くさく感じられた。


「……俺の能力は」


覚悟を決めて、口を開く。


「空間に、穴を開けられる」


そう言って、俺は意識を集中させた。

目の前の空中に、直径十センチほどの円が歪み、ぽっかりと穴が開く。


「安定して開けられるのは、このくらいまでだ。集中が切れると、すぐ消える。無理に広げようとすると、頭が割れそうになる」


わざと淡々と付け足す。

嘘だ。だが、全部が嘘というわけでもない。

最上が一歩前に出て、興味深そうにその穴を覗き込む。

だが――俺が本能的に警戒したのは、彼じゃなかった。


三つ編みの女だ。


彼女は腕を組んだまま、少し離れた位置から俺を見ていた。

穴ではない。

俺の指先の動き、呼吸の間、目線の揺れ。


まるで「能力」ではなく、「人間」を測っているような視線だった。

「……集中してる割に、表情が軽いわね」


唐突に、低く落ち着いた声が飛んできた。


「普通、初対面で能力を見せる時は、もう少し力むものよ」


背中に、ひやりとした汗が伝う。

見抜かれたわけじゃない。だが、油断しているとも思われていない。


「慣れてるだけだろ」


短く返すと、彼女は鼻で小さく息を鳴らした。


「そう。ならいいわ」


良くない場合が、ある言い方だ。


最上はそんな彼女を横目で見てから、再び俺へ視線を戻した。


「なるほど。サイズには制限がある、と」


最上は数秒黙り込み、やがて小さく息を吐いた。


「……危険性は低め、か。少なくとも、今のところは」


その言葉に、胸の奥で張り詰めていた何かが、わずかに緩む。

だが同時に、俺は理解していた。


――三つ編みの女は、まだ納得していない。


彼女は最後まで俺から視線を外さなかった。


まるで、次に俺が嘘をつく瞬間を待っているみたいに。


三つ編みの女が、静かに一歩前に出た。


「ねえ」


呼ばれただけなのに、空気が張り詰める。


俺をまっすぐ見据えて、話し始める。


「あなたの穴。その向こうは、どうなってるの?」


来た。

一番触れられたくないところだ。


「分からない」


即答した。


「物を投げ込むと消える。戻ってくるかどうかも、保証できない」


三つ編み女は、俺の目をじっと見つめる。

瞬きの回数。視線のブレ。喉の動き。


「……ふうん」


彼女はそれ以上追及しなかった。

代わりに、椅子の背に手をかけ、俺の顔を覗き込む。


「じゃあ質問を変えるわ、あなたは――その穴で、人を殺せる?」


場の空気が、一段冷えた。


最上が口を挟もうとしたが、三つ編み女は片手を

上げて制した。


俺は、少しだけ考える素振りを見せてから答えた。


「……そのつもりで使ったことはない」


真実だ。


「でも?」


「やろうと思えば、できるかもしれない」


「包丁だって、人を殺せるだろ。能力だけ見て、善悪は決まらない」


沈黙。


派手なドレスの女が、くすっと笑った。


「面白いこと言うじゃない」


最上は顎に手を当て、考え込むように目を伏せる。


三つ編み女は――初めて、ほんのわずかに口角を上げた。


「いいわ」


そう言って、俺から一歩離れる。


「少なくとも、今は“使いどころ”を選べる人間みたいね」


今は。


その言葉が、胸に刺さる。


「継守君」


最上が俺の名前を呼んだ。


「君を解放するつもりは、まだない。でも――排除もしない」


交渉の余地、というやつだ。


「協力してもらいたいことがある」


フードを被った子供が、静かに付け加える。


「山奥の廃工場。能力者の反応あり」


選択肢は、最初から一つしかない。


「断ったら?」


最上は、困ったように笑った。


「その場合は……もう少し詳しく調べることになるね」


三つ編み女の視線が、再び俺を捉える。


逃げ場はない。


俺は、喉の奥で乾いた唾を飲み込んだ。


「……話を聞こう」


その瞬間、

俺は“客”から“駒”に変わった。

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