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その「穴」は人生を変えるか  作者:


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日常の不協和音

部屋に辿り着いた俺は、鍵を閉めると同時に床へ崩れ落ちた。


アドレナリンのおかげでかろうじて動いていた体が、糸の切れた操り人形のように自由を失う。


俺以外の能力者の存在。


そして、初めて奪った命。


一度に体験するには、どれもこれもが重すぎた。


「……改めて思い返しても、夢じゃねーんだよな。これがある以上は」


俺は意識を集中させ、空中に「穴」を出現させた。


真っ暗な闇の向こう側には、あの電撃使いと、奴に殺された男の死体が横たわっている。


「さすがにあそこに放置するわけにもいかねーから突っ込んじまったが……大丈夫か、これ」


独り言が虚しく響く。


穴の中は時間の概念が希薄なのだろう。


死体は、今もなお鮮やかな顔色をしていた。


ゴミ箱以外の使い道が、まさか「死体安置所」になるとは。


このままじゃ俺の未来は殺人犯として綴られることになる。……いや、既に手は汚してしまったか。


穴の中に死体を入れ続けるのは、胃の奥がせり上がるような抵抗感がある。


だが、こうしていれば誰にも見つかることはない。


今できる最善の選択だと自分に言い聞かせ、俺は重い体を引きずってベッドに潜り込んだ。


混乱した頭で整理すべきことは山積みだったが、泥のような眠気が思考を塗りつぶしていく。


俺は逃げるように、深い意識の底へと落ちていった。



翌日、相も変わらずカーテンの隙間から漏れる光に叩き起こされた俺は、重い頭を抱えながら現状を整理することにした。



まず、あの電撃使いと、奴に殺された男についてだ。


俺が空き地に辿り着いた時には既に決着がついていた。


街灯もない寂れた場所に、一般人が好んで行くとは考えにくい(もっとも、俺は散歩で行っていたわけだが)。


となれば、あの二人は「能力者」として、明確な意思を持ってあの場に集まっていたと考えるのが妥当だろう。


仲間割れによる粛清か、あるいは敵対勢力との決闘か。


理由はさておき、問題は「能力者同士が殺し合っている」という残酷な事実そのものだ。


もしそうなら、能力者である以上、俺もいつか「狩り」の標的になるのではないか。


偶然居合わせただけの俺を躊躇なく殺そうとしたあの男の狂気を思い出す。


そして、俺はその狂気を返り討ちにしてしまった。


死体は穴の中だ。


物理的な証拠が露見する心配はないだろうが、能力者のコミュニティのようなものがあるなら、俺はとっくに一線を越えてしまったことになる。


「『穴』なんていう便利なゴミ箱を手に入れた代償がこれじゃ、到底割に合わねえぞ……」


「はあー……ったく、なんで俺がこんな目に」


これからの境遇を思えば暗澹たる気持ちになるはずだが、一晩経てば昨夜の絶望感は「面倒くさい」という日常的な感情に塗りつぶされていた。


良くも悪くも、俺はそういう性格なのだ。


「とりあえず、これからは警戒していくべきだな。

……そうだ、穴の中に武器でも入れておくか。持ち歩いてもバレないんだし、お手製爆弾とか作ってみるのもアリだな」


不謹慎ながら、穴の新しい活用法に少しばかり高揚感を覚えていた、その時だった。


ピンポーン。


空気を切り裂くようなチャイムの音が鳴り響いた。


一瞬で背筋に冷たいものが走る。


さっきまでのワクワク感は霧散し、代わりに心臓が早鐘を打ち始めた。


俺は足音を殺し、忍び足で玄関へと向かう。


震える手でドアスコープを覗き込むと、そこには歪んだ魚眼レンズ越しに、あのおかっぱ頭の隣人が佇んでいた。


「……なんだ、お隣さんかよ」


場違いな訪問者ではあるが、少なくとも昨日のようなヤバいヤツではない。


俺は強張っていた肩の力を抜き、安堵と共にドアを開けた。


「はい、どうかしました?」


俺が声をかけると、おかっぱ頭の隣人は肩を跳ね上げ、ひどく驚いたような顔をした。


「あ、あの……先日お渡ししたカレー、どうだったかなと思いまして……」


そうだ。昨夜の騒動のせいで完全に失念していた。


得体の知れない不快な匂いが鼻について、冷蔵庫の奥に追いやったままだった。


「ああ、すごく美味しかったですよ。ただ、まだ食べきれてなくて。鍋はあとで返しに行きますね」


嘘をつくのは柄じゃないが、この場を穏便に済ませるための苦肉の策だ。


鍋の中身は、あとで「穴」の肥やしにでもすればいい。


だが、俺の言葉を聞いた瞬間、隣人の表情から色が消えた。


「……え? あ、そうですか。食べた。食べた、んですか……」


彼は視線を泳がせ、不思議そうに小声でぶつぶつと独り言を漏らし始めた。


「間違えたか……? いや、そんなはずは。なんでだ、なんで平気なんだ……」


何やらよく分からない事を言っているが、彼は不意に我に返ると、引き攣ったような苦笑いを浮かべた。


「そう、ですか。それはよかった。……お口に合ったなら、本当によかった」


男は吸い込まれるように自室へ戻っていった。


「……なんだあいつ。気味が悪いな」


俺は薄気味悪さを振り払うように首を振り、玄関のドアを閉めた。

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