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第2章 魔王さまとキャッチフレーズ①


 魔王さまが屋台で庶民と同じものを口にし、「悪くない」と評価したという話は、瞬く間に世の中に広まった。

 今朝の魔界新聞の一面には、魔王さまの変化を記す記事が大きく掲載されていた。


「この調子でいけば、魔王さまへの好感度は急上昇間違いなしですよ!」


 朝一番に執務室へと駆けこんだわたしは、意気揚々と新聞の記事を魔王さまに見せた。

 最近は、魔王さまに笑顔を刷り込むため、なるべく笑顔で話しかけるようにしている。けれど、魔王さまは記事に関心を示さず、今日も華麗に「ふん」と鼻であしらう。


「くだらない。記事にすべき話題など他にいくらでもあるだろうに」

「でも、実際に街の人たちの中でも話題になっているみたいですよ。魔王さまは、意外と庶民派だって」


 あれから何度か街に出向いているが、その度に魔王さまについての好意的な意見を耳にしている。まだ狭い範囲ではあるけれど、確実に魔王さまへの印象は変わり始めているはずだ。

 しかし、魔王さまはあまり実感がないようで、「そうか」と呟くだけだった。

 すると、執務室の扉をノックする音が聞こえた。魔王さまの返事のあとでカーチスさんが顔を出す。


「魔王さま、少しよろしいですか。今度、魔界庁へ出向く際に、おそらくまた取材があるかと思うのですが……」


 カーチスさんがすべて言い終わる前に、魔王さまはため息を吐いた。


「頭が痛いな」

「お気持ちはお察しします」


 魔王さまは、頭痛の種を思い出したという感じで、こめかみを揉む。けれど、気持ちを切り替えるように首を振った。


「護衛の数を確認しにきたのだろう? いつも通り配置してくれ」

「かしこまりました」

「あの……」


 話がまとまった頃合いを見計らい、わたしは質問を投げかけた。


「魔界庁で取材も行われる予定なんですか?」


 魔界庁での会議があることは知っていたが、スケジュール上では取材の予定はなかったはずだ。取材があるなら事前にやるべきことがあるかもしれないので把握しておきたい。


「ああ、アカリさんは初めてでしたよね」


 カーチスさんは申し訳なさそうに眉を下げてから、説明をしてくれる。


「取材と言っても非公式なものなので、事前に連絡などはないんですよ。囲み取材というやつですね。魔王さまの会議や行事に合わせて記者が集まって質問をするんです」


 そういえば、ニュースで総理が記者に囲まれて質問に答えているところを見たことがある気がする。あれと似たようなものだろうか。


「なるほど。それはとてもいい機会ですね」


 思わず素直な気持ちを口にすると、魔王さまが反論する。


「どこがだ。どうでもいい質問を寄越し、貴重な時間を奪うやつもいる。断れるものなら断りたいくらいだ」

「いえ、これはチャンスですよ。メディアを通せば、魔王さまの考えや気持ちを多くの人に知ってもらうことができます。今、魔王さまの印象はいい方向へと変わり始めているんですから。この機会を使って、さらに多くの人の心を掴みましょう!」


 熱心に訴えかけてみるが、やはり魔王さまはあまり前向きでないようだった。

 カーチスさんも全面的に賛同するのは躊躇っているのか、慎重に意見を言う。


「そうできたらいいとは思うのですが、これまで通りにやってもうまくはいかないでしょうね。なにせ、魔王さまは基本的に口数が少ないですし。中には、喋っても難しい言葉ばかりで何を言っているのかよくわからない、なんて意見もあるそうですよ」


 平然と聞いていた魔王さまだったが、最後の意見には苦々しい表情を浮かべた。


「昔はそのような意見はなかったのだがな」

「これも最近の傾向というやつですかね。アカリさん、何かいい方法はないでしょうか?」

「そうですね……」


 誰にでもわかりやすい簡潔な言葉で、親しみやすい魔王さまという印象をみんなに与える方法。それには、あれしかない。


「キャッチフレーズを考えましょう」


 聞き馴染みがないのか、カーチスさんは首を傾げ、魔王さまは眉根を寄せる。


「キャッチフレーズというのは、その人の魅力や特徴を短い言葉で伝える宣伝文句のようなものです」


 まだしっくりきていない2人に、わたしは「たとえば……」と続ける。


「魔王さまがいつも食べているお菓子にもキャッチフレーズがあります。ボーンシュガーのキャッチフレーズは、『骨の髄までおいしい、ゴートゥーヘル・スイーツ』です」


 カーチスさんは、だんだんとイメージが掴めてきたようで、しきりに頷いている。


「なるほど。魔王さまとはどんな存在であるかをキャッチフレーズによって知ってもらうということですね。うまくいけば、宣伝効果のようにどんどん広まりそうです。そう思いませんか、魔王さま」

「そうだな……だが、それは誰が考えるんだ?」

「わたしが考えます。魔王さまは、そのフレーズを取材の日に記者の方に向けて言っていただければ大丈夫ですので」


 魔王さまは、たぶんまだキャッチフレーズというのがどんなものなのか、ピンと来ていないのだろう。それでも、カーチスさんの賛同もあってか前向きには考えてくれている様子がある。

 ここは、少しくらい強引に話を押し進めたほうがいいかもしれない。


「どんな言葉にするかは、わたしに任せてください。あとは、一緒にファンサービスもあるといいですね」


 さっきとは違い、魔王さまは「ファンサービス?」と疑問を口にした。


「魔王さまのことを応援してくれている方に向けて、ちょっとしたサービスをするんです」

「なぜ俺がサービスをしなくてはならない」

「サービスって言っても、ちょっとしたものでいいんです。わたしが前に働いていたときは、こういうのが流行ってました」


 わたしは親指と人差し指をクロスして、2人に見るように前に出した。


「指ハートっていうハンドサインのようなものです。指が重なった部分がハートに見えませんか?」


 カーチスさんは「本当ですね」と頷いてくれるが、魔王さまの興味は薄そうだ。


「そんなことをして何になる」

「日頃の感謝の気持ちを伝えられます。これに笑顔がついてくると、なお良しです!」


 カーチスさんは「なるほど」と言って、どんどん話に乗ってきてくれる。


「こんな感じですかね」


 カーチスさんは指ハートを作って笑みを浮かべてみせる。普段からニコニコ笑っているカーチスさんがやるととても自然で、アイドルスマイルも様になっていた。


「おお、すごく上手です!」


 素直に感動していると、魔王さまが耐えかねたように息を吐いた。


「そんな気色の悪いことができるか」


 うんざりした様子で吐き捨てて、書類を広げ始める。

 さすがにこれはハードルが高すぎたかもしれない。これ以上無理に粘ると、どちらもなかったことにされそうだ。


「では、キャッチフレーズは考えておきますので」


 わたしはそれだけ言い残して、さっさと執務室を後にした。


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