第1章 魔王さまと笑顔④
翌日の昼は仕事に区切りをつけ、食堂で昼食をとった。
食べ終わった食器類を下げるためトレーを持ってカウンターに向かうと、厨房がなんだか騒がしい。
「どうするんだ。魔王さまに締め上げられるぞ!」
「ワタシが買いに行ってきます!」
「無理だ、夜の仕込みもあるんだから。ただでさえ人手が足りねぇっつうのに!」
ガラムさんのがなり声に答えているのはポアラだ。
いつになく慌てた様子と魔王さまの名前に、何事かと厨房を覗き込む。
「あの、どうかしたんですか?」
振り返った2人は、わたしの顔を見た途端に顔を引きつらせた。2人は視線を交わし、わたしにも事情を共有したほうがいいと決めたようだ。言いづらそうにしながらも、ポアラが説明する。
「実は、魔王さまに持っていく3時の紅茶なんだけど、発注ミスで違う種類が届いちゃったの」
「本当だ。マンドレイクアッサムじゃない」
ポアラの手にある紅茶の缶には、別の銘柄が書かれていた。
「どうしよう。もうこの紅茶を出すんじゃ、ダメですか?」
ポアラからの提案を、ガラムさんはとんでもないと撥ねのける。
「ばかやろう! 魔王さまにそんなことしてみろ。俺たち全員吊るし上げだ!」
目を三角にして怒るガラムさんをなんとか宥めようと、わたしは間に入った。
「いやいや、吊し上げって。いくら魔王さまでもそこまではしないんじゃ……」
しかし、ガラムさんは血相を変えて反論する。
「何言ってんだ。実際に、前の執事が違う紅茶を出して、地獄の谷で10日間吊し上げにされたらしいぞ」
それを聞いたポアラの顔がどんどん蒼白くなっていく。
そこで、脇に抱えたままのノートの存在を思い出した。
「ちょっと待ってください。今、ノートを見てみます。何かいい方法が書かれているかも……」
本当に別の紅茶を出した事実があるなら、解決策を残してくれているかもしれない。ノートを開き、パラパラと捲る。該当する箇所がないかと探していると、赤い文字で注意書きが記されているのを見つけた。
『3時の紅茶は必ずマンドレイクアッサムを用意すべし。さもなくば、生まれてきたことを後悔する』。
わたしは、静かにノートを閉じて微笑みを張り付けた。
「……うん。なんとかしましょう」
それだけで何かよくないことが書かれていたと2人も察したらしく、絶望の色を浮かべる。
吊し上げの真偽はわからないものの、もしかしたら魔王さまは紅茶にこだわりがあるのかもしれない。
マネージャーをやってきた中で、似たような話は何度も耳にしたことがあった。第一線で活躍している人は、強いこだわりやジンクスを持っている場合が多い。どこどこのメーカーの水がないと演技ができないとか、愛用のアイマスクが現場にないと仕事にならないだとか。他人からしたら些細なことに思えても、その人にとっては欠かせないものだったりする。
そして、その人が仕事に集中できるようサポートするのが我々の仕事だ。
なんとかして、魔王さまが求める紅茶を用意しよう。
時計をちらっと見てから、わたしは小さく手を挙げて名乗り出た。
「わたしが買いに行きます」
厨房は人手が足りないようだし、自分の仕事は戻ってきてから巻き返すしかない。
「本当か? そうしてもらえると、助かるが……」
ガラムさんは一瞬だけほっとしたような表情を浮かべてから、ぶんぶんと首を横に振る。
「いや、だめだ。人間のお前が1人で城の外にいくのは危険だ」
魔王さまやカーチスさんが危惧していることが、ガラムさんの頭にも過ったようだ。
「でも、このままだと全員まとめて吊し上げですよ」
わたしが真剣に言うと、ガラムさんは腕を組んで低く唸る。
「そうだ、あいつを連れていこう」
何か思いついたように顔を上げると、食堂の奥に呼びかけた。
「おーい、ミーム! ちょっと来い!」
まもなくして、小型の魔獣がふわふわと宙を漂うように飛びながら、こちらにやって来た。丸い毛玉のような体に短い手足、三角の大きな耳が2つ付いていて、背中にはギザギザした翼が生えている。
「ハイ、なんですか、ガラムさま~」
「ミーム、ちょっとアカリの買い出しについていってくれ」
「買い出しなら、ボクひとりで行ってきますよ?」
「いや、だめだ。前に、アブク貝を頼んだのに間違えて骨とう品屋で石を買ってきただろ」
「そうでしたっけ?」
ミームは本当に覚えていないのか、すっとぼけているのか、左上に目を向ける。
付き添いで来てくれるみたいだけど、すでに軽く不安を覚え始めていた。ガラムさんは、そんなわたしの気持ちを察したようだった。
「安心しろ。こいつはポンコツだが、魔法はまあまあ使える」
一度わたしへのフォローを挟んでから、ミームに指示を出す。
「アカリに変身魔法をかけてやってくれ」
「ハイ、わかりました~!」
ミームは元気よく返事をすると、わたしの周りをくるくると回り始める。すると、眩い光に包まれ、体が熱くなった。
「おお、さすがミーム」
光が収まると、ポアラが感心したような顔でわたしを見る。それから、手鏡を差し出した。
見れば、耳はミームと同じように三角になっていて、八重歯が少し伸びている。背中に違和感を覚え振り向くと、やはりミームそっくりの翼が付いていた。
ガラムも完成した変身姿を見て、問題ないというように頷いた。
「よし。これで大丈夫だろう。いいか、紅茶だけ買って、まっすぐ戻ってくるんだぞ」
「わかりました。すぐ行ってきます!」
店までの道順を聞きお金を受け取ると、わたしはミームと一緒に急いで城を出た。




