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第4章 魔王さまとペンライト⑧


 光の窓を抜けた先は、楽屋に続いていた。

 間取りは少し違うが、星来がいた楽屋と作りが同じだ。

 部屋の隅に置いてあるテレビを点けてみると、リアルタイムで会場の様子を観ることができた。ステージの後ろにあるモニターに、星来のロゴが映し出されている。

 間違いない。この会場で星来のライブが開催されるのだ。

 こうしている間にも、砂時計の砂が流れ落ちていく。時間は限られている。わたしはテレビを消すと、静かに楽屋の扉から廊下に出た。


 星来を捜しつつも、今のわたしに何ができるのだろうと頭を捻る。

 もし星来に会えたとしても、前世の姿ではないわたしの話など聞いてくれないかもしれない。しかも、わたしに与えられた時間はたった数分だ。その短い時間で、星来を励まし勇気づけ、前を向いてスタージに立ってもらう。

 そんな方法はまだ思いつかないけれど、とにかく本人を見つけなければ何もできない。


 いちいち身を隠すのも煩わしくなってきて、勢いよく廊下の角を曲がったところで、見覚えのある女性と出くわした。星来の新しいマネージャーだ。


「ちょっと、あなた。ここで何をしているの? 関係者じゃないでしょう?」


 マネージャーがカツカツとこちらに近寄ってくる。顔には思いっきり「怪しい」と書いてあった。

 無理もない。今のわたしは、ファンタジーの世界からそのまま飛び出してきたような姿なのだから。

 わたしは適当な嘘はないかと、脳みそをフル回転させた。


「アノー、ワタシ星来のトモダチです。ライブあると聞イテ、アメリカからキマシタ。星来とスコシ、話シタイデス」


 カタコトで喋りながら、敵意はないと示すように笑顔を浮かべてみる。


「アメリカの友達……?」


 マネージャーはメガネを持ち上げ、鋭い目つきでわたしのことを観察している。怪しい者を容易く信じない姿勢は、マネージャ―として信頼に値するけれど、今だけはどうかセキュリティを下げてほしい。


「星来とはロサンゼルスの同じダンススクール通ってマシタ。星来がまだ18の頃デス」


 ダンス修行のために星来がロサンゼルスに行っていたことは世間には出ておらず、一部の関係者しか知らない。

 新しいマネージャーであれば把握しているかもしれないし、その情報を持っていれば知り合いだという証拠になるかもしれない。その予想は的中したようで、警戒が少し緩んだのがわかった。

 けれど、こちらの要望を聞くほどの信頼は勝ち取れなかったようだ。


「星来はライブ前で会えないの。あなたが来ていたことは本人に話しておくわ」


 そう言い放ち、マネージャーは立ち去ろうとする。

 当たり前と言えば、当たり前だ。逆の立場なら、わたしだってそうする。

 それでも、これが星来のために何かできる最後のチャンスだ。


「待ってクダサイ! スコシだけでいいデス! お願いシマス!」

「ごめんなさい。星来には伝えておくから」


 丁寧な口調で答えつつも、マネージャーは煩わしそうにこちらを振り返る。

 すると、その後ろから別の声が飛んできた。


「どうしたんですか、マネージャー」


 マネージャーのさらにその先に、ステージの衣装を着た星来が立っていた。顔を見た途端、懐かしさで胸がいっぱいになる。


「星来、この子知り合い? ロサンゼルスから来たって言ってるんだけど」


 マネージャーから聞かれ、星来がわたしに目を向ける。


「えっと……すみません。どこかでお会いしましたっけ?」


 知らなくて当然なのだけれど、星来は申し訳なさそうに眉を下げる。

 そして、マネージャーは険しい顔でわたしを振り返った。


「ワタシ本当に星来ト知り合いデ……信じてクダサイ!」

「警備員、今すぐ来てー!」


 そんな言葉が届くはずもなく、マネージャーが大声で警備員を呼ぶ。その声を聞きつけた警備員がすっ飛んできた。


「話は事務所で聞くからね」


 警備員はわたしの腕を掴んで、半ば強引に引き連れていく。

 星来の姿がどんどん遠くなってしまう。


「星来! 声、絶対に出るから!」


 わたしはもう変な嘘はやめて、自分のままで言葉をかけた。


「初めて会ったときに言ったでしょ!」


 これが本当に星来のマネージャーとして最後にできることだ。


「あなたの歌声はきっと世界中に届くはずだって!」


 星来の瞳が揺れたのが見えた。

 すると、星来が何か言おうと口を開いた。けれど、うまく声にならなかったのか口が動いただけだ。

 星来の言葉は聞けなかったが、何かしら伝わったものがあったと信じるしかない。

 警備員に引きずられるようにして廊下の角を曲がり、完全に星来の姿は見えなくなってしまった。

 このまま事務所に連行されてしまえば、魔界に戻れなくなってしまう。警備員は相変わらず、わたしの腕をぐいぐいと引いている。


「腕、痛いです。セクハラで訴えますよ」


 わたしのことを海外から来た観光客とでも思っているのか、警備員は驚いた顔をする。


「どこで覚えたんだ、そんな言葉」


 そう言いつつも、掴んでいた警備員の腕が緩んだ。

 それでもまだタイミングを見計らい、機会を待つ。そして、エレベーターに乗り込み扉が閉まる直前に勢いよく腕を払った。


「あ、おい! 待て……!」


 拘束から逃れ、警備員を残してエレベーターの扉が閉まった。 

 振り返りもせずに、わたしは走り出した。魔界へ通じている光の窓がある楽屋を目指す。

 誰にも見つからず、元いた楽屋の廊下へ出た瞬間、後ろから声がした。


「マネージャー!」


 振り返ると、息を切らした星来が立っていた。


「……マネージャーなんでしょう? 見た目は全然違うし、どうしてなのか全然わからないけど。あたしにはわかります。だて、アイドルになってからずっと一緒にいてくれたのマネージャーだから。それに、さっき言ってたことだって……」


 気づいてくれたことに嬉しさを覚えつつも、わたしは何も答えられなかった。

 わたしはもう元マネージャーでしかなくて、これから先も星来のマネージャーではいられない。

 これ以上は、どんな言葉をかけても中途半端になってしまう気がした。

 胸元の砂時計の砂は、もうわずかしか残っていない。あと少しで光の窓は消えてしまうだろう。


「ごめんなさい。わたし、行かないと……」


 振り切るように星来に背中を向けて、走り出す。

 そのとき、背後から歌声が聞こえてきた。初めて出会った日に、星来が路上で歌っていた曲だ。

 星来の歌声は、まっすぐで伸びやかで透き通っていて、世界の片隅にいても届きそうな、あの頃とまったく変わらない声だった。

 星来のマネージャーとして心残りはもうない。星来は間違いなく、今日のステージを成功させ、たくさんの人に愛されるスーパーアイドルになるだろう。

 魔界へ帰ろう。

 今度は、魔王さまを一番にするという約束を果たすめに。

 わたしは星来の歌声に背中を押されながら、光の窓をくぐり抜けた。


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