第4章 魔王さまとペンライト⑥
世間の読みは的中し、最終戦への切符を手に入れたのはオーウェンだった。
そして、ついに迎えた最終戦当日。
花火を見たあの大広場には、照明や装飾が施された立派なステージが準備されていた。
最終戦は、ほぼ日没と同時の18時から始まることになっている。
本番に向けて事前の打ち合わせがあるため、わたしは魔王さまやカーチスさんと一緒に早い時間から会場に入った。
カーチスさんは護衛の配置確認を行い、わたしは魔王さまと一緒にひと通りの段取りを把握していく。
スピーチの時だけはわたしもステージに上がるよう魔王さまから言われている。ただし、魔王さまがスピーチでどんなことを話すつもりなのかは知らない。魔王さまが人間界との国交を推進しているあたり、スピーチの内容もそれに沿ったものなのだろうか。
魔王さまとステージ上の確認を終えた頃、男がひとり袖から現れた。
「やあ、ルシウス。ずいぶんと早く会場に入ったんだね」
「オーウェン……」
魔王さまは近づいてきた男の顔を見て、そう呼んだ。
どうやらこの人が最終戦の相手であり、魔王さまの政敵であるオーウェンという人らしい。頭には少し形状が違うものの、魔王さまと同じような大きな角が2本生えている。きっとサタン族なのだろう。
「今日はどうかお手柔らかに」
オーウェンは薄く微笑んで、魔王さまに手を差し出す。
魔王さまもその手を取り握手を交わした。
「それは、こちらのセリフだ」
2人のやり取りは一見すると穏やかだけれど、言外の圧のようなものがある。お互いに牽制し合っているのが、空気から伝わってきた。
握っていた手を離すと、オーウェンは魔王さまの後ろに控えていたわたしに視線を向ける。
「おや、ずいぶんと可愛らしい護衛だね」
「こいつは、俺のマネージャーだ」
すると、オーウェンさんは「冗談だって」とクスクス笑う。
「知ってるよ。僕も一応、報道には目を通しているからね。スキャンダルが出たときには、どうなるかと思ったけど。今じゃ市民はすっかり2人のことを応援してるみたいだ」
魔王さまはわずかに横にずれて、わたしのことを背中に隠そうとする。
しかし、オーウェンはそれを避けるようにして、わたしの顔を覗き込む。
「よろしく。ルシウスの政敵だからって、嫌わないでね?」
「こちらこそ……よろしくお願いします」
なんとも答えづらい言葉をかけられるが、とりあえず当たり障りのない挨拶を返す。
「ねえ、君。ルシウスのところを辞めて、僕のマネージャーにならない?」
「笑えない冗談はやめろ、オーウェン」
わたしが答えるより先に、魔王さまが咎めるように言う。
その言葉には静かな怒りが込められていたが、オーウェンは涼しい顔で受け流す。
「あり得ない話じゃないと思うけど? だって、今夜僕が魔王になるかもしれないんだから」
「そういうことは、実際になってから言え。それに、お前にはメイナードがいるだろう。そういえば、やつは一緒ではないのか?」
魔王さまは会場を見渡しながら尋ねる。
「あいつは忠誠心に溢れているけど、愛嬌が足りなくてね。今日は置いてきた。まあ、本番までには来るんじゃない?」
冗談とも本気とも取れる口調で答えてからオーウェンはくるっと背中を向け、そのままステージを下りていった。
その後、全体の打ち合わせが終わり、残すは細かい擦り合わせのみとなった。
日も傾き始めていて、時計を見れば最終戦が始まるまであと1時間ほどだ。
スタッフから声がかかるまでは待機となり、魔王さまやカーチスさんとステージ横の建物に向かう。普段は事務局として使われている場所で、そこに控え室があてがわれていた。
廊下を歩きながらも、頭を過るのはメイナードのことだ。
あれから、メイナードが接近してくる様子はなかった。結局、魔王さまにはあの夜のことは伝えられていない。タイミングを逃したというのもあるけれど、今は魔王まさのマネージャーなのに、星来のことでいつまでも気に病んでいる自分に、後ろめたさがあったからだ。
「……心配事か?」
考えていることが顔に出てしまっていたのか、魔王さまに聞かれる。
「いえ、そういうわけでは。いよいよ最終戦なんだなと思って、少し緊張していました」
最終戦を前にした魔王さまに心配をかけたくなくて、わたしは笑って誤魔化す。
すると、そんなわたしを励ますように、カーチスさんが明るく声をかけた。
「そう心配せずとも、魔王さまは勝利しますよ」
カーチスさんは、心からそう信じている様子だった。
「そうですね。魔王さまなら大丈夫ですよね」
今は、最終戦に集中するべきだ。わたしは頭から雑念を振り払い、気を取り直した。
魔王さまにはやっぱり魔王さまのままでいてほしい。
どうか無事に最終戦が終わり、魔王城で魔王さまやカーチスさんと働く日々がこれからも続きますように。わたしは心の中でそう祈った。
そうして控え室の前に着き、鍵を開けて中に入ろうとしていると、廊下の先から声が聞こえてきた。
「すみません、魔王さま。入場時のことで確認し忘れたことが1点だけあって、少しよろしいですか? できれば、護衛の方も一緒に」
服装からして、追いかけてきたのはスタッフのようだった。魔王選のスタッフは、一目でわかるようにキャップとジャンパーを着用している。
魔王さまは「わかった」とスタッフに答えてから、わたしを振り向く。
「お前は部屋にいろ。誰かに呼ばれても出なくていい」
相手がスタッフだったりしたらそうはいかないのではと思いつつ、一応ひとりで行動しないという約束はまだ続いている。仕方なく、わたしは素直に頷いた。
「承知しました。大人しく待機しています」
「鍵もかけておけ」
「わかりました」
わたしは魔王さまに鍵を渡して部屋に入ると、言われたとおり内鍵をかける。
「あれ……?」
部屋を見渡して、違和感を覚えた。
扉の正面に鏡がある。
「さっき、こんなのあったっけ……?」
控え室には会場に着いてすぐに一度立ち寄っているが、こんな鏡はどこにもなかったはずだ。
違和感が、嫌な予感へと変わっていく。
頭の中で警報が鳴ると同時に、鏡が鈍色に光った。
思考がぼやけていき、自分が操り人形にでもなったかのように足が勝手に動き出す。
見えない力に導かれるように、わたしは鏡の前に立っていた。
逃げなくちゃ。頭ではわかっていても、体が言うことを聞かない。
次の瞬間、鏡から細くて白い腕が飛び出してきた。
「……!」
声を上げる間もなく腕を掴まれ、わたしは鏡の中へと引きずり込まれた。




