第4章 魔王さまとペンライト⑤
それから数日が経ち、魔都でも新嘗祭のお祭りが開催された。
夜になると、執務室にいても遠くから微かに音楽の音が聞こえてくる。
「魔界のお祭りってどんな感じなんですか?」
魔王さまに資料を渡しながら、わたしは尋ねてみた。
数日前から街では少しずつ準備が始まっていたので、一部の飾り付けなどは目にしていたが、祭り当日の今日は街へ行けていない。
「出店で食べ物や土産物が売られ、音楽に合わせて広場で踊っている者などもいる。それから夜は花火が上がる」
「へえ、花火ですか」
わたしは、何気なく執務室の窓の外に目を向けた。花火であれば、城からでも見れるかもしれない。
「行きたいのか?」
「え?」
尋ねれられ、わたしは視線を窓の外から魔王さまに移す。
「祭りが気になっているんだろう?」
「まあ……そうですね。気にはなります」
「なら、今から行くぞ」
「えっ……」
急な話にわたしは目を瞬いた。
「それは、魔王さまが一緒に行ってくださるってことですか?」
「そうだ」
「でも、いいんですか? そんな人が集まるところに、魔王さまが出向いて」
「周りの視線が鬱陶しいから一応軽く変装していくが、見つかったところで記事の後押しになるだけだ」
魔王さまは椅子に座ったまま、わたしを見つめた。
「どうする、行くか?」
仕事もあるからと諦めていたものの、本当は祭りに行ってみたいと思っていた。
行けるのだとわかった途端に、嬉しさがこみ上げてくる。
「はい、行きたいです!」
笑顔で大きく頷くと、魔王さまの口元がわずかに緩んだ。
「なら、支度してこい」
わたしは急いで部屋に戻り、鼻歌交じりに出かける準備をした。
念のためわたしも変装をしたほうがいいと促され、魔王さまから借りた帽子を被り、一緒に街へ出掛けた。
魔王さまも帽子を被っているが、サタン族特有の角はまったく隠せていない。そのため変装はほとんど意味を成さず、結局周りからの視線を浴びることになった。
とはいえ、他の人たちも祭りに夢中になっているようで、前に街に出たときよりかは視線を感じない。賑わっている空間の中にいると、それほど周囲のことは気にならなかった。
魔王さまといろいろな露店を眺めているうちに、わたしは自然と祭りを楽しんでいた。
「そろそろ花火の時間だ。大広場に移動するか」
魔王さまが時計を確認しながら言う。
そういえば、さっきから周囲の人たちが同じ方向へ歩いている。みんな大広場に向かっているのだろう。わたしたちもその流れに沿って、大広場を目指した。
大広場に着くと、すでにたくさんの人が集まっていた。みんな楽しそうに話しながら、花火が上がるのを待っている。
「ここで、魔王選の最終戦が行われるんですね」
「ああ。祭りが終わり明日になれば、前方にステージが設営されるはずだ」
そんな話をしていると、後ろから人の波が押し寄せた。人とぶつかり前に押し出されそうになったわたしの手を、魔王さまが掴む。
「ここは人の通り道になっているようだ。もう少し端に行こう」
魔王さまはわたしの手を引くようにして歩き出す。
不意に、本当の恋人のようだなと思い、鼓動が速くなる。周りの人たちは誰もこちらを見ていないようだけど、胸が騒がしくて落ち着かない。
「この辺でいいだろう」
魔王さまが立ち止まって、わたしを振り返る。顔を見られる気がしなくて、目を伏せたままでいると、頭上から魔王さまの心配そうな声がする。
「どうかしたか?」
「い、いえ。その手が……」
「手がなんだ?」
「だから、その……」
「あ、ああ。手か……」
少し焦ったように呟いて、魔王さまは握っていたままでいた手を離した。
ほんの数秒間、お互いに沈黙したあとで、魔王さまが真剣に話し始めた。
「最終戦だが、スピーチのときにはお前に立ち合ってほしいと思っている。別に何か話す必要はない。ただ隣にいるだけでいい」
「わかりました」
「魔王選が終わるまでだ。あと少しの辛抱だと思って、付き合ってくれ」
「いえ、辛抱だなんて。マネージャーとしてわたしにできることなら、なんでもやりますよ」
「……そうか」
「魔王さまこそ、大変ですよね。カーチスさんの提案を受けたのは意外でした。あまり嘘は吐きたくない様子だったので」
「いや……あながち嘘では……」
そのとき、魔王さまの声を掻き消すように、どーんという大きな音がした。
見上げると、漆黒の空に鮮やかな色の花火が咲いていた。
「魔王さま、さっきなんと言いましたか?」
「なんでもない、気にするな」
「そうですか……花火、きれいですね」
「そうだな」
わたしたちは、しばらく夜空に次々と打ち上がる花火を眺めていた。
色とりどりの花火が咲き誇る光景は圧巻なのに、それ以上に隣に立つ魔王さまの存在がひと際大きなものに感じられる。
「お前が一番見たかった景色というのは、どんなものなんだ?」
魔王さまが夜空を見つめたまま尋ねる。
「前に言っていたな。満員のステージで歌って踊る姿を見届けたかったと。その景色を見るために、お前は努力してきたのだろう?」
魔王さまに聞かれて、わたしは改めて自分が見たかった景色に思いを馳せた。
「わたしが元いた場所では、ペンライトというものがあったんです。ペンライトは、その子のことを応援する人が灯す明かりのようなものなんですけど。暗いステージの中で瞬くペンライトの光は、まるで無数の星みたいなんです」
星来に最初に声をかけた日のことは今でも覚えている。
路上で歌っていた星来を見つけ、「あなたの歌声はきっと世界中に届くはずです!」と熱心に訴えかけて名刺を渡したのだ。
今思い返すと恥ずかしい気もするけれど、それでもあの時のわたしは真剣だった。
「わたしは、誰よりもあの子が最高のアイドルだって知っていました。ペンライトの数は、その子が受けている愛の数。だから、たくさんの愛を受けて輝く姿を見たかったんです」
「そうか……そいつはお前がマネージャーで幸せだっただろうな」
「そうだと、いいんですが」
「いつか、まったく同じ景色でなくても、近い景色が見られるといいな」
魔王さまは心からそう願ってくれているようだった。
まもなくして、花火は終わった。
それと同時に大広場に集まった人たちが一斉に動き出したからか、人混みにまた揉まれる。
「わっ……」
体を人の波にさらわれて、わたしは一瞬にして魔王さまとはぐれてしまった。
なんとか魔王さまのところに戻ろうとするが、人混みが壁のように立ちはだかる。
そのとき、背後から首に腕を回された。
「早海星来を助けたくないか?」
どこか聞き覚えのある声が、耳元で囁く。
心臓が嫌な音を立て始め、背中にぞっと悪寒が走った。
「……誰なの?」
振り向いて確認したいのだけれど、背後から伝わる冷たいオーラと、首に回された腕のせいでそれができない。
ふと、反対の腕が伸びてきて、目の前に鏡を突き付けられた。小さな手鏡に映し出されているのは星来だ。
「あの夢は夢ではない。現実だ。今まさに早海星来は苦しんでいる。お前の名前を呼び、助けを求めているんだ」
ようやく、どこでこの声を聞いたのか思い出した。
悪夢を見るきっかけとなった鏡をわたしに売った露店の店主だ。
鏡の中の星来は、誰もいないレッスン室でひとり、膝を抱えて塞ぎこんでいる。
「そんなの信じない」
相手のペースに吞まれないよう強く否定してみるが、内心ではひどく動揺していた。わたしの心中などわかっていると言うように、耳元でふっと薄く笑う声が聞こえる。
「彼女を救いたいなら、手を貸してやろう。その代わり、ルシウスの元から去れ。交換条件だ。よく考えることだな」
不意に、首に巻きついていた腕が緩んでいく。
ハッとして振り返るけれど、すでに人混みに紛れてしまったようだ。
「待って、まだ話が……」
あんな中途半端な話だけして逃げるなんてずるい。わたしは思わず、どこにいるかもわからない相手を追いかけようとする。
しかし、足を踏み出したところで、今度は腕を掴まれた。
「おい、アカリ」
振り返れば、焦った様子の魔王さまがいた。
「見失ってしまい、すまない」
「いえ、わたしこそ、すみません」
魔王さまは安堵したように手を離し、人混みの中へ視線を向けた。
「さっき、傍に誰かがいなかったか?」
「……いえ、誰も」
わたしは、なぜかとっさに嘘を吐いた。
「……そうか」
「あの、魔王さま……」
わたしの部屋の鏡が見せていた悪夢は、夢ではなく現実なのでしょうか。
そう尋ねようとして、口には出せなかった。思い返せば、鏡の魔力を解除したあとで、わたしが「夢は夢ですもんね」と言ったとき、魔王さまは否定しなかった。
「なんだ?」
黙り込んでしまったわたしに、魔王さまが問いかける。
「いえ、なんでもありません。そろそろ城に戻りましょうか」
あの悪夢も鏡に映った姿もすべて現実だと思うと恐ろしくて、わたしは結局笑って誤魔化した。
「……そうだな」
かすかに訝しそうな顔をしながらも、魔王さまは頷いた。
魔王さまと城までの帰路を歩き出す。
心なしか、並んで歩く魔王さまとの距離は、さっきより広がっている気がした。




