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第4章 魔王さまとペンライト③


 その日の午後、魔王さまやカーチスさんと共にわたしは街の広場にいた。

 魔王さまの肩には急ごしらえしたタスキがかかっており、すっかり馴染みつつある『泣く子も笑う魔界を目指して』という宣伝文句が書かれている。

 カーチスさんが付き添いで来たのはもちろん護衛のためだけど、わたしには魔王さまの宣伝をするという役目があった。


「魔王さまに清き一票を。すべての人が笑って過ごせる魔界を目指して、日々奮闘している魔王さまに、どうか清き一票をお願いします」


 城の備品庫から掘り出してきた拡声器を手に、わたしは広場を行き交う人々に向けて呼びかけた。

 街の人たちは足を止めてこちらを興味深げに眺めているが、近寄りがたいのか一定の距離を保っている。


「これがお前の想定する物語というやつなのか。ずいぶんと地味な物語だな」


 魔王さまは、遠巻きにこちらの様子を窺っている市民の方たちを見ながら言う。


「こういう地味なのが意外と効くんです。世間は地道にこつこつと生活している人が多いんですから。同じ目線に立っているという印象も与えられます」

「それにしては、誰も近寄ってこないが?」

「うっ……わたしの宣伝の仕方がいけないんでしょうか」


 肩を落とすと、魔王さまが横目でちらっとわたしに視線を向ける。


「まあ、文句を垂れていても仕方がない。俺もできる限りのことはするつもりだ」

「魔王さま……」


 そのとき、後ろから「すみません……」と遠慮がちに声をかけられた。

 振り返れば、獣人の女の子が2人立っていた。学生くらいの年頃だろうか、どちらもキラキラと目を輝かせて魔王さまを見上げている。


「あの、魔王さまのこと、応援しています! よかったら、握手していただけませんか?」


 2人組のうちの1人が勇気を振り絞って、魔王さまにお願いした。

 すかさず、傍に控えていたカーチスさんが間に入る。


「申し訳ありませんが、そういったことはお控えいただけると……」


 カーチスさんは止めようとするが、魔王さまが「いや、いい」と遮った。


「握手くらいであれば構わない。せっかく、こうやって声をかけてくれたのだからな」


 穏やかな調子で答えて、魔王さまはすっと手を差し伸べた。


「あ、あ、あ、ありがとうございます……!」


 女の子は顔を真っ赤にしながら、魔王さまの手を取り握手を交わす。


「あの、あたしもいいですか?」


 もう1人の女の子も緊張の面持ちで申し出る。


「もちろんだ」


 魔王さまは即答して、その子とも握手をした。

 魔王さまにしてはずいぶんとサービス精神に溢れている。ついさっき「できる限りのことはする」と言っていたことを、さっそく実行してくれているようだ。

 わたしはその光景を近くで見守りながら、なぜか胸がちくりと痛んだ。魔王さまが積極的に市民の人たちにアピールしてくれるのはありがたいはずなのに。

 不思議と思い出すのは、魔王さまが熱を出したときに腕を掴まれたときのことだ。

 2人組の女の子は魔王さまに何度もお礼を言って、嬉しそうにどこかへ立ち去っていった。


「こんな感じでいいのか?」


 急に魔王さまに話を振られ、わたしは慌てて微笑みを張り付けた。


「そ、そうですね……」

「なんだ、不満そうだな?」


 魔王さまは目敏く、わたしの表情を読み解く。


「いえ、ばっちりです! その調子で、どんどん市民の方々と交流を深めていただけたらと思います。わたしは、少し向こうでチラシを配ってきますね!」


 誤魔化すように早口で告げて、その場から離れようとする。

 けれど、魔王さまの手がそれを許さなかった。勢いよく駆け出そうとしていたところに腕を掴まれた。


「お前、ひとりで行動するなと言ったことを、もう忘れたのか?」

「そ、そうでした……」

「いいから、傍にいろ」


 大人しく元の場所に戻ると、魔王さまは掴んでいた手を離す。

 魔王さまの手のひらから伝わってきた温度は、熱があったあの夜よりもずっと低かった。



 日が暮れる前には広場から引き上げて、魔王城へと帰ってきた。

 女の子2人組が呼び水となり、あのあと魔王さまの周りは握手を求める人で溢れ返った。 

 魔王さまのにはカーチスさんにぴったり張り付いて護衛してもらい、わたしは集まった人達の交通整理に四苦八苦していた。

 当の魔王さまはと言えば、ひとりひとりの声援に応え握手を交わしたこともあり、執務室に戻るなり、どっと腰を下ろした。


「なんだか無性に疲れたな……」


 さすがに疲れを滲ませている魔王さまに、わたしは笑顔を向けた。


「魔王さま、お疲れさまでした。でも、これで魔王選へ向けて物語性が生まれ始めたと思います」


 そんな話をしていると、扉をノックする小さな音が聞こえてきた。


「魔王さま~、号外です~!」


 薄く開かれた扉から入ってきたのはミームで、手には新聞を持っていた。


「みんなが騒いでいたので、持ってきました~」

「なんだ、何か大きな事件でもあったのか?」


 魔王さまはミームから新聞を受け取って開く。


「これは……」


 魔王さまは記事を見つめたまま固まっている。いったい、何事だろうとわたしとカーチスさんは魔王さまを挟むようにして、横から記事を覗き込んだ。


「えっ……」


 記事の内容を見た途端、わたしまで言葉を失った。

 見出しには大きな文字で『魔王さま熱愛!?』とあり、さらに『お相手は人間のマネージャーか?』と書かれていた。

 記事には写真も掲載されている。そして、それは寝室から魔王さまとわたしが一緒に出てくるところを撮影したものだった。


「廊下の陰から隠し撮りしたようですね」


 カーチスさんの言葉に、今朝の記憶を必死で掘り起こす。

 誰もいなかったはずだが、そこまで注意していなかったので気づかなかっただけだろうか。もしかしたら、アカウントリを改造すれば、そこに人がいなくても遠隔で撮影することもできるのかもしれない。

 どのみち、今さらそんなことがわかったところで、どうしようもないのだけれど。

 これも、オーウェンという人が仕組んだことなら、魔王さまを陥れるのが狙いだろう。


「好き勝手書いて……こんなデマ記事、わたしこの新聞社に抗議してきます!」


 思わず声を上げるわたしに対して、魔王さまはいたって冷静に返す。


「いや、そんなことをしても向こうは聞く耳を持たないだろう。それに写真が出てしまっている以上、下手に行動しないほうがいい」

「そうかもしれませんけど……すみません、迂闊でした」

「それで言うなら俺も同じだ。お前が気を落とす必要はない」


 魔王さまは気遣ってくれるけれど、このままにしておけない。

 何かこの状況を打開する方法を考えないと。。

 すると、カーチスさんが執務机に置いてあったアカウントリを起動し始めた。


「とりあえず、市民の方々の反応を探りましょう。場合によっては魔王さまの言うとおり、そこまで気にする必要もないかもしれませんし……いいですか?」


 カーチスさんは、アカウントリに声をかける前にわたしに確認した。どんな声が届くのか恐いけれど、わたしには聞く必要があると思った。


「……はい、お願いします」


 カーチスさんはわたしの答えに頷き返してから、アカウントリに向けて「#魔王さま」と伝えた。

 アカウントリがくちばしを開き、次々と声が流れ出す。


『魔王さま熱愛って本当!? 魔王選前にこれは脇が甘すぎ』

『魔王さま坦、降ります……消し炭になりました。私の棺の前で泣かないでください』

『なんだよ~、仕事一筋かと思ってたのに。魔王さまには、がっかりだよ』


 やはり、写真の効果が大きいのか、みんな記事の内容を信じ込んでいるようだった。

 驚きや落胆の声が届く中、一方で意外な声もあった。


『これって、人間界との国交がさらに近づいた感じ? なら、応援する』

『魔王さまは、そろそろ身を固めていい頃だと思ってた。魔王さまの仕事や立場を理解してくれる伴侶がいるのはいいんじゃない? マネージャーはいい選択かも』

『仕事の話をするうちに、関係が深まった感じかな? えー素敵!』

『魔王さまが幸せなら、それでいい!』


 アカウントリの声を一通り聞いたあとで、カーチスさんは受信を止めた。


「思っていた以上に肯定や応援する声が多いようですね」


 カーチスさんはそう感想を口にしてから、「そうだ!」とに表情をパッと明るくした。


「いっそのこと、この報道にお二人が乗っかるというのはどうでしょうか? 魔界と人間界の懸け橋となる2人として押し出せば、魔王選でも有利に働くかもしれませんよ」


 カーチスさんは、まるでこれ以上の名案はないとでも言いたげだった。


「それって、つまり恋人同士の振りをするってことですか?」

「はい、そのとおりです」


 わたしが恐る恐る聞いてみると、カーチスさんはあっけらかんと肯定してみせる。


「いやいやいやいや、無理がありますよ。マネージャーの立場でそんなことできません」

「ですが、他にこの状況をいい方向へ導く方法はありますか?」

「たしかに、今のところ代案はありませんけど……」


 何もせず報道を無視するという選択肢もあるが、魔王選が始まれば否が応でも魔王さまは質問攻めに合うだろう。そこで、きちんとした回答がなければ、逃げたと後ろ指をさされるだろうし、写真が出ていることもあって否定したら嘘を吐いていると思われかねない。

 魔王選の期間でなければ、ほとぼりが冷めるまで待てばいいかもしれないが、今はそうも言っていられない状況だ。

 だからと言って、カーチスさんの案を受け入れるのも違う気がする。


「やっぱり、さすがに無理がありますよ。魔王さまも、そう思いますよね?」


 答えに困ったわたしは、魔王さまに助けを求めた。


「いや……カーチスの策が最適解のように思う」

「え……?」


 予想に反して、魔王さまはカーチスさんの案をすんなり受け入れた。


「ですが、そんな嘘を吐くようなこと、よくないですよ」

「時に、人々が見たいと思っているものを見せる工夫が必要だ。そう言ったのは、他でもないお前だろう?」

「そ、そうですが……」


 特大ブーメランを食らい、わたしは言葉を失った。


「この報道を利用し、市民が見たいと思う物語性というものを作ればいい。魔王選が終わるまでの間だけだ。その後は何かしら理由を付けて、なかったことにすればいい」


 なかったことにできるかはわからないものの、後でどうにか方法を考えるしかないのだろう。

 目下の課題は、魔王さまが魔王さまであり続けることだ。

 魔王選の最終戦まで、そう時間は残されていない。


「……わかりました。それでは魔王選が終わるまで、よろしくお願いします」


 わたしは覚悟を決め、魔王さまの恋人役を担うことにした。


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