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第4章 魔王さまとペンライト②

 始業時間になると同時に、執務室で魔王選についての話し合いが始まった。


「魔界では10年に一度、魔王選が開催されるんです」


 何も知らないわたしに、カーチスさんが基本的なことから教えてくれる。


「魔王選というのは文字通り魔王となる方を選ぶためのものでして、魔党に所属している人々から候補を募り、まず予選が行われます。その予選で1人まで絞り込み、最終的にその方と魔王さまとの一騎打ちになるんですよ」

「その魔王選が、近々行われるということなんですね」


 カーチスさんは、「そのとおりです」と頷く。


「予選は明日から始まり、最終戦はちょうど一週間後です。最終戦は、魔都の大広場で魔術戦とスピーチをしたうえで、一般市民による投票によって次期魔王さまが決まります。投票権を得るのはランダムに選ばれた数百名ほどですので、なかなか対策が打ちづらいんです」

「それじゃあ、その魔王選によって魔王さまが交代することもあり得るってことですか?」


 魔王さまがずっと王としてやっていくものだと思い込んでいたわたしは、少し不安を覚えた。


「可能性だけで言えば、あり得ますね。ですが、私は魔王さまが勝つと信じています。前魔王であるダグラスさまの後を継いでから、すでに3回の魔王選を勝ち抜いていらっしゃいますし、ここのところ魔王さまを支持する声もかなり増えていますから」


 カーチスさんの意見にほっとしたものの、魔王さまはそう考えてはいないようだった。


「いや、どうなるかは蓋を開けてみないとわからない。オーウェンなら、どんな手を使ってでも玉座を奪おうと考えるだろうからな」

「オーウェン……?」


 再び出てきた知らない名前に首を傾げると、カーチスさんが補足してくれる。


「最終戦に残ると予想されている方たちの中で、最も有力視されているのがオーウェンという人なんです。魔境連という団体の後ろ盾があることも注目されている理由のひとつですが、それ以上に玉座を手に入れるためなら手段を選ばないような方でして……」


 カーチスさんが濁した言葉の続きを、魔王さまが引き継ぐ。


「オーウェンもだが、警戒すべきはその側近であるメイナードだ。オーウェンに忠誠を誓っていて、やつの指示ならどんなことでもする。直接俺に手を出すなら対処のしようがあるが、俺の近くにいる者を狙うことも考えられる」


 そこまで聞いて、わたしはハッとした。


「じゃあ、しばらくの間1人での行動を禁止すると言っていたのも……」


 おそらく、そのメイナードという人が狙う範囲にわたしも含まれているということなんだろう。

 予想は当たっていたようで、魔王さまは「そうだ」と頷く。


「やつらの手が、お前に伸びたとしてもおかしくはない」

「もしかして、鏡の一件もその人が仕組んだことなんでしょうか?」

「はっきりとはわからないが、十分考えられる話だ」

「そうですか……」


 わたしが知らないところで、魔王さまの政敵の罠にかかっていたのかもしれないと思うと、ぞっとする。

 魔王さまに自分を犠牲にするなと叱られたばかりでもあるし、自分の身を守りたい気持ちもあるが、魔王さまの足を引っ張るような真似はしたくない。

 魔王選の結果によっては、魔王さまが魔王さまでなくなる。その可能性を、わたしは改めて真剣に考えた。

 カーチスさんと同じように、魔王さまならきっと大丈夫だと信じたい。けれど、魔王さまの言うように、予断は許されない状況なのだろう。最終的な決定が市民の投票ということを考えると、当日の風向き次第で戦況はどうにでも変わりそうだ。

 目を伏せて考えを巡らせていると、カーチスさんに呼びかけられた。


「アカリさん、魔王選に向けて何かいい作戦はないでしょうか?」


 そっと背中を押すような柔らかい声に目を上げると、カーチスさんも魔王さまも期待を込めた眼差しでわたしを見つめていた。

 そうだった。魔王さまを勝利に導くのだって、わたしの仕事だ。

 わたしは気持ちを切り替えるように、背筋を伸ばした。


「市民の方たちが応援したくなるような物語を用意しましょう」


 いきなり物語などと言われ、魔王さまもカーチスさんも疑問が湧いたはずだが、わたしの次の言葉を待っている。


「魔王選で投票しようと思ってもらうためには、応援したいと思わせることが必要です。そのためにも、人々が共感し、自分のことのように考え、頑張ってほしい思わずにはいられなくなる、そんな物語性を魔王さまに持たせるんです」


 投票という仕組みは、アイドルの世界でもオーディション番組やグループ内の順位付けなどで度々使われている。

 票数というのは大抵人気と連動しているものだが、特に大きく動く瞬間がある。その背景にあるのが物語性だとわたしは考えていた。

 たとえば、声が出なかったパートが練習の末に本番でうまく歌えた、大事なポジションを降ろされてしまったけれど別のポジションで輝いた、そういった困難を乗り越えた瞬間は人々の心が動きやすい。


「人というのは、なにも努力せずに成果を上げた人より、たくさん苦労をして目標に向かっている人を応援したくなるものです。魔王さまは、学生時代に大変な努力をされていたと聞きましたが、そういったお話が共感を呼びやすいと思います」


 今回は、魔王さまもカーチスさんも特に反対する様子はなかった。

 ただの持論とも言える物語性という曖昧な作戦を、どうやって具体的な策に落とし込もうか頭を捻ってくれているようだった。

 少し考え込むような間のあとで、先に口を開いたのはカーチスさんだった。


「魔王さまの学生時代のお話は魅力的ですが、さすがに時が経ち過ぎているかもしれませんね。魔王選に持ち出しても、あまり効果は期待できないかと」


 カーチスさんの意見を聞いたあとで、魔王さまも静かに話し出す。 


「どちらかといえば、世間的には俺は苦労せず今の座に就いた印象のほうが強いだろうな」


 否定もせず複雑な表情を浮かべているあたり、カーチスさんはその理由を知っているようだった。

 魔王さまは、意味を捉えられずにいるわたしに向けて説明する。


「俺は魔王選を経て、魔王の座に就いたわけではないんだ。前魔王である父が病になり、療養のため急遽、特別選任というかたちで残りの期間を俺が継いだ。任期が終了してからは魔王選によって選任されているが、父への支持をそのまま受け継いだかたちになる」

「そうだったんですね……」

「そういうわけで、俺には何か人々の心を掴めるような物語はない」


 魔王さまの過去のお話をあれこれ引き出せば、何かしら見つかるような気もするが、わたしは別の方法を提案した。


「では、これから作りましょう」


 ここまで表情を変えずに会話をしていた魔王さまだったが、微かに眉をひそめた。  


「つまり、嘘の話を作れと?」

「嘘を吐いていただきたいとは思っていませんが……時には、人々が見たいと思っているものを見せる工夫も必要だということです」


 アイドルであれ王であれ、人々が追っているのはあくまで偶像にすぎない。


「それを虚構だと思うか、特大のサービスだと思うかは、魔王さまの心積もり次第ではないでしょうか」


 魔王さまは観念したというように、短いため息を吐き出した。


「わかった。お前の話に乗ろう。それで、どうやってその物語とやらを作るかは考えているのか?」

「そうですね……まずは地道なところから、始めませんか?」



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