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第4章 魔王さまとペンライト①

 目を覚ますと、魔王城に来てから毎朝見てきたものとは違う天井が見えた。

 いったい、わたしはどこにいるんだっけ。

 ぼんやりとした頭で寝返りをうったわたしは、驚きのあまり一瞬で覚醒した。

 目の前に、魔王さまの寝顔がある。


「……えっ! えっ!? えええ!?!?」


 がばっと体を起こし辺りを見渡すと、間違いなく魔王さまの寝室だ。

 わたしは昨夜の記憶を手繰り寄せた。

 昨日は、魔王さまにチョーカーで呼ばれて、話をして、それから……魔王さまの腕の中で泣きじゃくった。

 記憶が曖昧だけれど、おそらく泣き疲れてそのまま眠ってしまったようだ。


 いろいろ思い出すうちに羞恥心が押し寄せてきて、のたうち回りたくなる。

 チョーカーで送り返すことができるのだから、自室のベッドに勝手に転送してくれたらよかったのに。

 なにより、魔王さまの寝室で一夜を明かしたなんて誰かに知られたら大変なことになるだろう。

 今度こそ、本格的な不敬罪に問われるのでは。

 恥ずかしさの代わりに今度は不安に襲われていると、扉がノックされた。


「魔王さま、おはようございます。もう起きていらっしゃいますか?」


 声からして、外にいるのはカーチスさんのようだ。魔王さまを起こしに来たらしい。

 どこかに身を隠そうかと、きょろきょろしているうちに扉が開いてしまった。


「失礼します……って、アカリさん」


 カーチスさんとばっちり目が合ってしまい、わたしは硬直した。


「あの、カーチスさん、これは違うんです! これはなんていうか、その……いろいろありまして」


 なんとか弁明したいのだけれど、この状況をうまく説明する言葉が見つからない。


「あ、そういうことでしたか」


 なぜかカーチスさんは勝手に納得したようで、落ち着いた様子で頷いている。


「安心してください。誰かに言ったりしませんから。魔王さまを起こす役目は、今日はアカリさんにお願いすることにしますね」


 言い方からして、カーチスさんは完全に誤解している。


「カーチスさん、勘違いです! これは、本当にそういうんじゃなくて!」


 引き留めて誤解を解こうとベッドの上から叫ぶが、カーチスさんは部屋を出ていこうとする。


「あ、魔王さまですが、朝は特別に機嫌がよろしくないので、そこだけご注意ください」

「えっ……」


 扉を閉める寸前に、カーチスさんはそれだけ言い残して姿を消した。


「うるさい……」


 カーチスさんが部屋から出ていったのと同時に、低い声がすぐ後ろから聞こえた。

 大きな手のひらが、わたしの頭をガッと鷲掴みにする。


「うぐっ……!」

「朝から、やかましいな……」


 頭を解放されて振り返ると、魔王さまが体を起こしてこちらを睨んでいた。

 カーチスさんの忠告どおり、魔王さまはかなりご機嫌斜めだ。


「昨日とはまるで別人のように威勢がいいな」


 魔王さまの言葉にまた昨夜のことを思い出し、照れくささが戻ってくる。

 よく見たら、寝落ちしたわたしとは違い、魔王さまはきちんと寝間着に着替えていた。やましいことは何もないとは言え、王のベッドの上で朝を迎えるだけでも大失態なのに、寝間着姿を前にすると見てはいけないものを見ている気になってくる。

 沸騰しかけている感情をなんとか抑え込もうと、わたしは勢いよく喋り始めた。


「はい、もうおかげさまで、すっかり元気です。一晩寝てみたら、心も体もリフレッシュされたと言いますか……最近、よくない夢をずっと見ていたのですが、ふかふかのベッドで眠ったからか、今日はいい夢を見れました!」


 あはは、と乾いた笑いで誤魔化すわたしを、魔王さまがまじまじと見つめる。


「……お前の自室に行く」

「え、わたしの部屋にですか?」


 若干身を引きながら聞き返すと、魔王さまが苛立ちを浮かべた。


「お前……ひとの部屋で夜を明かしておいて、自分の部屋の時だけ警戒するな」

「いえ、警戒したわけでは……ですが、なんのためにですか?」

「少し気になることがあってな」


 魔王さまは髪をかき上げながら、神妙な面持ちで呟いた。


 

 魔王さまが自分の部屋にいるのは、とても不思議な感じだった。

 普段から部屋が散らからないよう気をつけているので片付いてはいる。それでも、魔王さまが部屋の中を観察するように視線を滑らせている間、どうにも落ち着かない気持ちだった。


「この鏡は、どこで買った?」


 魔王さまが目を留めたのは、チェストの上に置いてあった鏡だった。


「この前、アカウントリストアに行ったときに、街の露店で買ったものです。買うつもりはなかったんですけど、なぜか急に欲しくなって……」

「露店? 売っていたのはどんなやつだ?」

「覚えていません。フードを深くかぶっていたので」  

「少しくらい何か覚えているだろう? 特徴でも、なんでもいい」


 魔王さまは、どうしてこんなに鏡のことを気にするのだろうと疑問に思いつつ、わたしは露店の店主を思い出そうとした。

 けれど、まるでその場面だけ霞がかかったみたいに、うまく記憶を辿れない。


「すみません、どうしても思い出せません。その前に寄ったお店の人の顔ははっきり覚えているんですけど……」


 自分でもどうしてなのかわからず眉を下げるが、魔王さまにはおおよその見当がついているようだった。


「魔法の類かもしれない。記憶をあやふやにするような魔術がかけられていたのだろう」

「そうなんですか? そんな素振りはなかったですけど……」


 けれど、急に鏡が欲しくなったのも魔法のせいだと言われたら納得がいく。


「それなりの使い手だろうな。この鏡にも魔力が込められている。お前が悪夢を見続けていたのは、この鏡のせいだ」


 そう言って、魔王さまは鏡に手をかざす。手から薄い光が放たれたかと思うと、鏡面にピシッとひびが入った。


「魔力は解除した。この鏡は回収して、処分するよう頼んでおく。これで妙な夢を見ることも、もうないだろう」

「悪夢はこのせいだったんですね。ありがとうございます、魔王さま」


 原因がはっきりし、ようやく悪夢から解放されるのだとわかり、ほっと胸を撫でおろす。

 今朝、やけに目覚めがよかったのも鏡が置いてある自室ではなく、魔王さまの寝室で眠ったからのようだ。


「これで安心して眠れます」

「最近、顔色が優れなかったのは寝不足のせいだったわけか」

「それもありますが、魔力のせいとはいえ、わたしはわたしで気にし過ぎていたのかもしれません。やっぱり夢は夢ですもんね」

「そう……だな」


 なぜか、魔王さまは歯切れの悪い返事をする。

 それから、何やら考えるような間のあとで、魔王さまは告げた。


「アカリ、お前にはしばらく1人での外出を禁じる」

「えっ、どうしてですか?」


 悪夢を見せる鏡をうっかり買ってしまったからと言って、1人での外出禁止は厳しすぎないだろうか。

 

「詳しくは後ほど話す。できれば城の中でも1人で行動することは控えろ。少なくとも魔王選が終わるまでは」


 最後に放たれた魔王選という聞いたことがない単語に、わたしは首を傾げた。



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