第3章 魔王さまとSNS⑦
ふと目を覚ますと、部屋の中は真っ暗だった。
城に帰ってきたあとで少しだけ休もうとベッドに横になっているうちに、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
時計を見れば、部屋に戻ってから1時間ほどしか経っていない。
けれど、その短い時間で、また星来の夢を見た。声が出なくなって苦しんでいる星来を前に、わたしは何もできないという夢だ。
今わたしは魔界にいて、魔王さまのマネージャーをしている。星来にできることはもう何もない。夢に囚われて、あれこれ思い悩んでも仕方ないと頭ではわかっている。
前を向いて、魔王さまのためにできることをやっていくしかない。
わたしだって、それを望んでいるはずだ。
だけど、わたしは、魔王さまのために何か特別なことができているのか自信を失くしていた。
考えても答えはでず、むしろ頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
気がつくと、わたしは膝を抱えたまま涙をこぼしていた。
そのとき、チョーカーの鈴が音を立てた。
自室のベッドのシーツは目の前から消え去り、見覚えのある黒のシーツが目に入る。
移動したのは、魔王さまの寝室だった。
「緊急時に使えと言っただろう。なんのためのチョーカーだ」
後ろから魔王さまの声がする。
背中を向けたまま魔王さまと喋るなんて失礼だけれど、泣き顔を見られたくないので振り返れない。
どうして、よりにもよって見られたくない顔をしているときに呼ぶのだろう。
「魔王さまは本当にいつもタイミングが悪いです」
こっそり涙を拭い、なんとか気丈に振る舞おうとする。
「お前が呼ばないから、こちらから呼んだまでだ」
魔王さまは、わたしが1人で塞ぎこんでいたことを知っているかのように言う。
「わたしにだってプライバシーとかあるんです。勝手に呼ばれたら困るときだってあります」
「俺の体調が悪くなったとき、勝手に部屋に押しかけてきたのは誰だ。人に弱音を吐けと言うくせに、お前は1人でめそめそ泣くわけか」
「別に泣いてません。それに、わたしはマネージャーで、魔王さまの弱音や愚痴を聞くのも仕事です。でも、わたしの弱音を聞くのは、魔王さまの仕事ではありません」
「そうだな……そのとおりなのかもしれない」
なぜか背中から聞こえてくる魔王さまの声が少し寂しそうで、胸がちくりと痛む。
「なら、これは王としての命令だ。泣いている理由を言え」
わたしは観念して魔王さまのほうに体を向けて座り直した。
涙はもう止まっていたけれど、魔王さまにはもう泣いていたことはバレてしまっているらしい。誤魔化すのはやめて、きちんと話そうと決めた。
とはいえ、自分で自分の気持ちがまだよくわかっていない。
「……魔王さまに言われたことが、ずっと残っているからだと思います。わたしが今までやってきたことと、これからできること、そういうのをいろいろと考えていました」
まとまりがなく拙い言葉でも、魔王さまは静かに耳を傾けてくれた。
「この前も言ったが、俺はお前の仕事を否定するつもりはない。ただ……」
魔王さまは先日と同じことを繰り返し、同じ場所で言葉を切った。
けれど、ゆっくりとその続きを話し始める。
「俺は、お前以外にマネージャーを頼むつもりはない。これからさらに魔界をより良いものにしていく。その瞬間をお前にも見届けてほしいと考えている」
魔王さまは目を伏せて、一度息を吐いた。
「お前を……失いたくないと思ったっていいだろう」
胸がきゅっと締め付けられる。
それで、魔王さまはあんなに怒っていたのか。
そう気づいた瞬間に、こみ上げるものがあって喉が熱くなった。
「死んだらそれも叶わない。だから、自分を盾にするようなことはするな」
そうだ、わたしは今だって星来の晴れ舞台を見届けることができずに後悔しているのに。
また同じ過ちを繰り返すところだった。
「……魔王さま、ありがとうございます。もう自分を犠牲にするようなことはしません」
わたしは泣かないように我慢するのに必死で、そう答えるだけで精一杯だった。
「ああ、それも命令だ。それから、もうひとつ……」
魔王さまは両手を軽く広げて、わたしのほうに差し伸ばした。
「心配くらいさせろ」
なんて優しい命令なのだろう。今日の魔王さまは、なんだか特別に優しい。
それにこの仕草は、信じられないけれど、そういう意味なのだろうか。
今までの魔王さまから考えたら、わたしの勘違いだと思ったはずだ。でも、今目の前にいる魔王さまだったら、あり得ることなのかもしれない。
だけど、仮に思い過ごしでなかったとしても、マネージャーとして断るべきだろう。
「わたしは……」
線を越えられないわたしに、魔王さまがすべてを許すと伝えるように小さく頷いた。
その瞬間、目頭が熱くなり、視界が霞んだ。
大粒の涙が目から零れて、頬を伝っていく。
わたしは魔王さまの胸に飛び込んで、思いっきり泣き始めた。
「わたし……魔王さまのこと、ちゃんとわかっていませんでした。批判なんて聞かないでくださいって、そう言うだけで……」
「いや、俺にも聞きたくない言葉はある。だが、お前がいるなら平気だろうと、そう思っただけだ」
子どものように泣きじゃくるわたしの背中を、魔王さまがそっと撫でる。
「大丈夫だ。お前は役に立っている。必要な存在だ」
たったそれだけの言葉でも、ずっと抱えていた不安が嘘のように溶けていく。
わたしはその優しさにすっかり甘えて、しばらく魔王さまの腕の中に居続けた。
やっぱり、わたしはマネージャー失格だ。




