第3章 魔王さまとSNS⑥
そのあと、魔王さまが同じ話を持ち出すことはなかった。
仕事上は何も変化がないように見えても、あれから魔王さまとの間に微妙に距離を感じる。
最近やたらとチョーカーで呼び出しを受けていたのが、ぴたりと止んだ。毎回タイミングが悪いと文句を垂れていたものの、いざ呼び出されなくなると少し寂しくもあった。
魔王さまはいつにも増して忙しそうなので、そのせいだと思うようにしているが、モヤモヤとした気持ちが募っていく。
とはいえ、仕事は毎日湧いて出てくる。
執務室の扉をノックしようとしたところで、部屋の中から声が聞こえてきた。
誰か先客がいるのだろうか。
耳を澄まして見ると、どうやら声の主はアカウントリのようだ。
『魔王さまは市民の声なんて聞いてない。お飾りの王だ。もっと有能な人に王座をあけてほしい』
漏れ聞こえてきた声を打ち切るように、わたしは扉をノックした。
「失礼します。頼まれていた資料をお持ちしました」
部屋に入ると、アカウントリの声はもう止やんでいた。
わたしは魔王さまに資料を渡しながら、ちらっと机の上にいるアカウントリを見る。何か言いたげな顔をしていたせいか、魔王さまが先回りして説明する。
「カーチスから借りたものだ」
そういえば、このアカウントリの毛色や模様には見覚えがある。それにしても、どうしてカーチスさんから借りてまで、魔王さまは否定的な声を聞いているのだろう。
「魔王さま、あまりこういった声に耳を傾け過ぎないでください」
「心配いらない」
それとなく止めてみるけれど、魔王さまに軽く受け流されてしまう。
苦い気持ちを噛みしめながらも、それ以上止めるのも気が引けて、わたしは大人しく執務室を後にした。
魔王さまとの溝を埋められないまま、数日が経過した頃。
魔都から少し離れたところにある村へ視察に向かうという魔王さまに付きそうことになった。
神殿での一件のあとも、魔王城公式アカウントリの運用は続けている。視察の様子を撮影する可能性もあるかと思い、カメラを手に魔王さまやカーチスさんと馬車へ乗り込んだ。
朝に魔都を出発し、昼過ぎに馬車は目的の場所へ到着した。
馬車の扉が開き、御者が顔を覗かせる。
「お疲れさまでございました。ルアヴァ村です」
御者から告げられた村の名前には、聞き覚えがあった。神殿に乗り込んできた、あの少年の村だ。
ルアヴァ村は、村と聞いて連想するよりもずっと発展していて、レンガ造りの建物が並んでいた。
遠くに見える煙突からは煙が立ち上っている。
「あれは、工房か何かでしょうか?」
何気なく呟くと、少し先を歩いていたカーチスさんが振り返る。
「鍛冶工房ですね。この村は、鍛冶で栄えた村なんですよ」
カーチスさんが教えてくれたとおり、通りに面した店では武器や武具を売っているようだ。
村の人たちは道を歩く魔王さまの姿を見つけた途端、驚いた様子で頭を下げている。反応からして、魔王さまが今日来ることは村の人に知らされていないのだろう。
そのとき、道の先からこちらに駆け寄ってくる男の人の姿が見えた。近くまできて、おそらく魔人だろうと見当がつく。八重歯が牙のように伸びていて、頭から2本触覚が伸びている。
「魔王さま、私はこの村の管轄を任されている魔界庁南西支部のヨタと申します」
「ああ、数か月前より赴任しているそうだな。ご苦労だ」
「魔王さまに知っていただいているとは、大変光栄でございます」
ヨタさんは嬉しそうに口元を緩め、魔王さまに擦り寄る。
「ご連絡をいただければ、お迎えに上がりましたのに! ところで、なぜ魔王さまがこのような村に?」
「たまたま西に用事があったので、ついでに寄っただけだ」
もちろん他に用事などない。何か理由があって嘘をついているようなので、素知らぬ顔でやり過ごす。
そんなことは知らないヨタさんは、媚びるような笑みを浮かべる。
「何もないところですが、ご案内いたしますよ」
「そうだな。村長がいる場所へ頼む」
「村長ですか? なぜまた? それより、工房をご覧になりませんか?」
「いや、今は不要だ。それとも、村長のところへ向かうと何か不都合でも?」
「いえ! 村長なら自分でやっているレストランにいると思いますよ。ただ、質素な料理を出すしがない店ですので、魔王さまが行くような場所ではないかと……」
「構わない。案内してくれ」
「かしこまりました」
ヨタさんは微妙に顔を引きつらせながら、先を歩き出した。
カーチスさんは魔王さまと目配せをしたあとで、どこか別の場所に向かったようだ。こっそりと、その場から離れていく。
一方、わたしと魔王さまはヨタさんの案内で村の中心にある一軒のレストランへとやってきた。扉を開けて中に入ると、何やら騒然としている。
「だからって、このままだと村が潰れる!」
「こうなったら、俺たちも魔都に乗り込んで……」
ドアベルが鳴った途端、真剣に話し合っていた村人たちが一斉にこちらを振り返る。そして、魔王さまの姿を認めると、驚きに目を瞠った。
集まっているのは全員職人なのか筋肉がよくついた体をしていた。あの少年と同じように、褐色の肌に赤い瞳、狐の尾という特徴を持っている。
「村長はいるか?」
魔王さまが問いかけると、ひとりの男が前に進み出た。
「俺が長のガイルです。息子のリアムのことでいらっしゃったのですか?」
ふと店の奥からこちらを窺い見ている少年に気づく。魔王さまに襲い掛かった少年はリアムくんという名前で、村長であるガイルさんの息子だったようだ。
「いや、村の現状を確認しにきただけだ」
魔王さまの答えに、ガイルさんの瞳に静かな怒りが宿った。
「お言葉ですが、なぜ今さら村の様子を見に?」
すると、他の村人たちも堰を切ったように意見を伝え始めた。
「そうです、政策の一環とかで鍛冶職の賃金をカットされたせいで、この村の職人たちはみんな苦しい思いをしているんです」
「うちの村の武具に魔界庁の騎士だって頼っているくせに、こんな仕打ちあんまりです」
他の村人の声が収まるのを待ち、ガイルさんが再び代表して話し始める。
「数か月前から、魔王さま宛に何度も嘆願書をお送りしています。俺たちの声を無視し続けたのに、今になって何を聞きにいらしゃったのですか?」
魔王さまはすべての意見に耳を傾けたうえで、おもむろに口を開いた。
「少し、相互の認識に違いがあるようだな。まず、政策の一環として鍛冶職の賃金をカットするというような指示は出していない」
村人たちは揃って戸惑いが浮かべた。
「それから、魔王城及び魔界庁各所に確認したが、嘆願書のようなものも届いていないようだった」
「そんなはずはありません。以前より嘆願書はヨタさんに頼み……」
ガイルさんが何かに気づいたように言葉を切り、村人の視線が一斉にヨタさんに注がれた。
「いやあ、なんか行き違いがあったようですねぇ。郵送トラブルでもあったのかもしれません」
ヨタさんは冷や汗をかきながら、視線を泳がせている。
「昨日、渡した嘆願書はどうした……! あんたが全て任せろというから、頼んでいたのに!」
「違いますよ。やめてください、証拠もないのに」
ガイルさんは胸倉を掴む勢いだったが、そう言われてしまうそれ以上は詰められないようだった。
そのとき、カランとドアベルの音がして、レストランの扉が開いた。
「遅くなりました」
入ってきたのはカーチスさんで、手には書類を持っている。
「実はちょっとヨタさんのお宅に勝手にお邪魔しておりまして、こんなものを見つけました。ゴミ箱に入っていたんですけど、大事な書類じゃないでしょうか?」
ヨタさんが手を伸ばすより先に、ガイルさんが書類を掴みとる。
「やっぱり、あんただったんだな……でも、なんのために」
「おそらくカットした賃金を賄賂に使っていたのかと。元いた南西支部のポストに戻りたかったのでしょう。支部長とやり取りしていた形跡はありますので、いずれ明るみになるでしょう」
ヨタさんは観念したのか、事実を認めるようにへなへなと床に座り込んだ。
ガイルさんは怒りを通りこして呆れてしまったようで、その姿を見てため息を吐くだけだった。
それからガイルさんは、真摯に魔王さまに頭を下げた。
「魔王さま、知らなかったこととはいえ、大変申し訳ございませんでした。ご無礼をお詫びします」
「いや、現状を把握しきれていなかった、こちら側の落ち度でもある。誤解を生んだのも、王としての信頼が足りなかったが故だろう」
魔王さまはそう答えてから、そこに集まった人々に向けて告げた。
「今回の一件を受け、この村の管轄者は別の者を速やかに用意する。賃金についても元に戻そう。それ以降の交渉については任せるが、なるべく聞き入れるように新たな管理者に伝えておく。また、先月の土砂災害以降、水路の一部損傷により水不足が続いていると聞いている。そちらについても手配済みだ。可及的速やかに修繕を進めていく」
「どうして、水路のことまで……」
ガイルさんがこぼした疑問に、魔王さまが答える。
「昨今は人々が自由に声を発信できるツールが流行っているようだ。そこから現状をかき集めた」
それを聞き、わたしはハッとした。魔王さまが執務室でアカウントリを使って、わざわざ否定的な声を聞いていたのは、このためだったのだ。
「だが、最初のきっかけを作ったのは、直接声を届けに来た者だ」
その言葉に、ガイルさんの瞳が揺れた。
「おい、リアム! こっちに来い! 言わなくちゃならないことがあるだろう」
店の奥に呼びかけると、リアムくん出てきてガイルさんの隣に立つ。
「あの、魔王さま……本当に、申し訳ございませんでした……」
「いや、声を上げてくれたことに感謝している。市民が声を上げにくい現状を、今後変えていけるよう努力するつもりだ」
魔王さま腰を落とすと、リアムくんに手を差し伸べた。目を瞬いていたリアムくんも意図を察したようで、その手を取った。
わたしは、首から下げていたカメラを構えて、2人が握手を交わすところを写真に収めた。
この方は、王なんだ……。
民の声に耳を傾け世界を変えていく、魔界の主なんだ。
ファインダー越しに見える魔王さまの横顔は凛々しくて、今さらだけど、わたしはそんな当たり前のことを実感した。
日が傾き始めた頃、わたしたちはまた馬車に乗り込み、村の人たちに見送られながらルアヴァ村を出発した。
馬車が走り出してすぐに、リアムくんのアカウントリから発信があった。
「魔王さま、見てください」
正面に座る魔王さまに、アカウントリの投稿を見せる。
『魔王さま、ありがとう。ちゃんと声を聞いてくれて。俺の大切な村を救ってくれて』
さきほど撮影した2人の写真と一緒に、そんな文言が添えられていた。
「写真を渡していたんだな」
「はい。あの少年にお願いされて。こういうのは本人が発信したほうが、効果があるかなと思ったんです。わたしのほうでも別の写真と一緒に、今回の視察について発信しておきますね」
「ああ、そうしてくれ」
魔王さまは短く答えて、そっと瞼を閉じた。
わたしは、魔王さまのことをきちんと理解できていなかった。
魔王さまは、最初から聞くべき意見とそうでない意見を聞き分けられると言っていたのに。それを信じようとせず、これまでの経験に照らし合わせて、勝手に当てはめてばかりだった。
「……失格だな」
馬車の外に目を向けながら、思わずぽつりと声をこぼす。
魔王さまのマネージャーとしてわたしにできることは、いったいどれくらいあるのだろう。




