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第3章 魔王さまとSNS⑤


 それから、1週間ほど経った頃。


 魔王城では、新嘗祭の儀式が行われることになった。

 儀式といってもそこまで大掛かりなものではなく、司祭や官僚、数名の護衛の立ち合いのもと、魔王さまが神殿で奉納を行うという。

 近年では式そのものは簡素化しつつあるが、一週間後には街で祭りが開催されることもあり、世間の関心も高い。

 そのため魔王城公式アカウントリでも、数日前から式に関する内容を発信している。

 そして儀式当日である今日、わたしはアカウントリ用の写真撮影などもあり、式に居合わせることになっていた。


 普段はあまり立ち入る機会がないので、神殿に来るのは初めてだ。

 太いの支柱に囲まれた神殿は天井が遥か上にあり、見上げていると吸い込まれそうだった。ステンドグラスから差し込む光に照らされて、足元に敷かれたタイルが輝いている。

 魔王城の他の場所と同じようにどこか不気味な雰囲気を醸しつつも、神秘的という言葉が相応しい空間だった。


 儀式が始まるまでの間、どうしても脳裏を過るのは昨日の夢だ。

 ここ最近、毎晩のように星来が夢に出てくる。夢の中の星来は決まって泣いていて、助けを求めている。ただの夢だとわかっているのに、本当に今星来が苦しんでいたらどうしようと、そんな心配が頭から離れない。  


「アカリさん……アカリさん…………マネージャー!」


 わたしは自分が呼ばれていることにようやく気づき、顔を上げた。

 すぐ近くにカーチスさんがいて、苦笑を浮かべている。


「すみません、お名前を呼んでも気づかなかったので」

「いえ。わたしこそ、すみません」

「アカリさん、顔色がよくないようですが……」

「大丈夫です。初めての儀式なので、ちょっと緊張しているのかもしれません」


 なんとか誤魔化して微笑むけれど、カーチスさんは心配そうにわたしの顔を覗き込む。

 すると、後ろから別の声がした。


「無理に式に出る必要はない」


 振り返ると、儀式用の衣装に着替えた魔王さまが立っていた。黒を基調としているところは普段とあまり変わらないが、光沢のある高級な質感の布に細やかな金の装飾が施されており、華やかさがある。


「体調が優れないのなら、自室に戻っていろ」


 口調は冷たいが、魔王さまなりに気にかけてくれているらしい。


「いえ、大丈夫です。それよりその衣装、とても素敵ですね。今日もばっちり写真におさめますから」


 カメラを持ち上げて笑顔で返すと、魔王さまはそれ以上何も言わなかった。


 まもなくして儀式が始まり、わたしは少し離れた場所から魔王さまの姿を何枚か撮影していく。

 式は滞りなく進んだ。

 そして無事に式が終わったそのとき、神殿の扉が開いた。入ってきたのは門番らしき男で、神殿の奥にいる魔王さまのもとまで駆けつけ跪く。


「恐れながら申し上げます。ただいま、西の村から来たという少年が魔王さまにお会いしたいと申しております。扉の外で待たせているのですが、いかがいたしましょう」


 門番からの申し出に、魔王さまより先に護衛の騎士が答える。


「そんなやつ、すぐに追い返せ。魔王さまに聞くまでもない。神聖な神殿に近づけるなんて論外だ。なんのために門番をしている」


 ぴしゃりと撥ねのけてから、騎士は魔王さまに「申し訳ありません、新入りのようで」と言い添えた。

 門番も恐縮した様子で、深々と頭を下げる。


「大変申し訳ありません。どうしても直接話がしたいとあまりに必死だったので……すぐに帰るよう伝えます」

「……待て」


 立ち去ろうとした門番を、魔王さまが止めた。


「話を聞こう。その者を通せ」

 

 門番はまさか話が通ると思っていなかったのか呆然としていたが、すぐにハッと気を取り直した。


「承知しました! すぐに連れて参ります」


 門番は急いで扉へと引き返し、すぐに1人の少年を連れて戻ってきた。

 両脇にカーチスさんを始めとした騎士が控える中、少年はまっすぐに魔王さまのもとへと歩み寄り、数メートルの距離をあけて立ち止まった。


「魔王さま、本日はこのような機会をいただき、心より感謝申し上げます。突然、押しかけた無礼をどうかお許しください」


 少年はまだ幼さが残るあどけない顔立ちをしているが、その場に跪き恭しく頭を下げる。少年のしっかりとした態度に、騎士たちの警戒もわずかに緩んだように思えた。


「御託はいい。話があって来たのだろう?」

「はい。どうしても、魔王さまにお伝えしたいことがあったのです……」


 次の瞬間、少年は鋭い眼差しで魔王さまを睨み上げた。

 少年は立ち上がると、魔王さまに向かって駆け出した。手には、懐から出した短剣が握られている。

 異変に気付いた護衛の騎士が剣を抜こうとしたが、少年が何かを唱えると水の膜が包み込み、身動きを封じた。

 司祭や官僚たちに魔法は及んでいなかったものの、突然のことに立ち尽くしているようだ。

 傍にいたわたしはとっさに、魔王さまの前に出た。少年との間に入り、魔王さまを庇うようにして立つ。


「お前……」


 魔王さまの驚いた声が背後から聞こえたかと思うと、後ろから片手で抱き寄せられた。

 同時に反対の手が肩越しに伸びてきて、少年を狙う。

 魔王さまが指をわずかに動かすと、その先から細い電流が走り少年の足に当たった。少年はその場に転がり、短剣を取り落とす。その衝撃で少年の魔法も解け、騎士たちを覆っていた水の膜も消えた。

 その隙に一番近くにいた騎士が、床に伏せていた少年を取り押さえた。


「よりにもよって、この神聖なる場所で」


 騎士は怒りを露わにしながらロープで子どもの腕を縛り、立ち上がらせる。

 その傍らで、カーチスさんが護衛を代表して魔王さまに頭を下げた。


「魔王さま、大変申し訳ございません。子どもだからといって油断するべきではありませんでした」


「いや、大事ではない。この歳でこれだけの魔法が使えるとは大したものだ」


 感心したように言いながら、魔王さまは少年に目を向ける。


「褐色の肌に赤い瞳、それに狐の尾。オルヴァ村の者か?」


 少年は捕らえられてもなお戦意を失っていないようで、魔王さまをキッと睨む。


「あんたなんて口だけの王だ! 紅茶なんて飲んでないで、もっと他にやることがあるだろ。あんたのせいで、うちの村は……!」


 声を上げる少年の喉元に、騎士が剣を突き付ける。

 少年は悔しそうにしながらも口を閉ざした。


「魔王さま、子どもとはいえさすがに目に余ります。相応の処罰を」

「必要ない」

「ですが、魔王さま……」

「不要だと言っている」


 魔王さまは静かな声で言い下した。


「俺に危害を加えようとするのは構わない……」


 言葉とは裏腹に、魔王さまはこれまで見てきた中で一番怒りを露わにしていた。魔王さまから放たれる怒気が空気を通して伝わり、肌をピリピリと刺激する。

 その場の空気が凍り付いたほんの一瞬の隙をつき、少年は魔法でロープを切るとその場から逃げ出した。


「あいつ……!」

「放っておけ」


 騎士が追いかけようとするが、魔王さまに止められてしまう。


「あの子どもは不問に処す。式は終わりだ」


 魔王さまが有無を言わさぬ態度で言い渡す。

 誰も逆らうことなどできず、まだ騒然とした空気を残したまま、それぞれが後始末に取り掛かり始めた。


「アカリ……」


 こちらに向き直った魔王さまは怒っているのに、どこか感情が読み解けない顔をしていた。

 胸がひやりと冷たくなる。


「話がある」

「……はい」


 わたしはただ返事をすると、魔王さまの後に従って神殿を出た。



 何も言葉を交わさないまま辿り着いた先は、魔王さまの執務室だった。

 魔王さまは腰をかけることもせず、窓のほうに体を向けて立っている。本来ならすぐに着替える段取りだったのだが、神殿からそのまま来たから式の衣装のままだ。

 2人きりの執務室に沈黙が少し続いたあとで、わたしは自分から頭を下げた。


「申し訳ありません。わたしがアカウントリの運用を間違えたせいで、あの少年に誤解を生みました」

「いや、そのせいで誤解を招いたとは思っていない。もともと反発があり、今日たまたま事を起こしたというだけだ。それに、運用を任せたのは俺の判断だ」

「ですが、式の場に来たのだって、アカウントリで情報を発信していたからじゃ……」

「今日城の神殿で式を行うことは、魔界にいる者ならほとんどが知っている。伝統的にやってきたことだからな。お前の発信で場所が割れたわけではない」

「でも……」

「俺が聞きたいのは、そのことではない」


 背中を向けていた魔王さまが、振り返った。


「なぜ、あんなことをした?」


 何を聞かれているのかわからず、返答に困っていると魔王さまが続ける。


「攻撃されそうになったとき、自分を盾にしようとしただろう」


 そこまで言われ、少年が刃物を持って向かってきたときに、魔王さまを庇うように前に出たことを指摘されているのだと気づいた。


「それは、とっさに……」

「お前は護衛の騎士ではない。なぜ、あのようなことをした」

「たしかに、わたしは護衛の騎士ではありません。ですが、わたしは代わりが利く存在で、魔王さまの代わりをできる人は他にいません」


 あのときの行動の理由を振り返れば、「とっさに」が一番的確だろう。足が自然と動いていた。けれど、それを突き詰めれば、おそらく今話した考えが根底にあるからだと思った。


「あの程度の攻撃を躱すことなど赤子の手を捻るようなものだ。お前が自分を盾にする必要などない」


 魔王さまの言うとおりだ。

 どこにも反論の余地なんてない。ただ謝って二度と同じことはしないと伝えるべきだ。

 頭ではそう理解しているはずなのに、口をついて出てきたのは全く別の言葉だった。


「魔王さまは、そうかもしれませんけど……」


 一瞬の間のあとで、魔王さまは静かに質問を投げかけた。


「お前は今、誰のことを考えて言っている? 誰と俺を重ねているんだ」


 もう魔王さまの顔から怒りは消えていて、どこか悲しそうにわたしを見つめていた。


「お前は、以前からそうやって自分を犠牲にしてきたのか?」

「わたしは自分を犠牲にしてきたつもりはありません。自分の夢のために、そうしてきただけで……」


 本心から言っているはずなのに、なぜか声が引きつる感覚がした。


「それで、その夢は叶ったのか?」


 魔王さまの言葉が棘のように胸に刺さる。

 それは今、一番聞きたくない言葉だった。


「魔王さまだって、自分を犠牲にして働いているじゃないですか。毎日のように夜遅くまで執務室にこもっていますし、そこまで忙しいのに魔獣に襲われたわたしを助けに来てくれて……それなのに、どうしてわたしの仕事だけ否定するんですか」

「お前の仕事を否定するつもりはない。俺はただ……」


 魔王さまは何か言いかけて、額に手を当てた。


「もういい。少し頭を冷やせ」


 チョーカーの鈴がちりんと鳴り、気がつくとわたしは自室に1人ぽつんと立っていた。

 心に穴が空いたような虚しさに襲われる。


 気持ちを少しでも宥めようと窓の外を見てみると、魔界の空は分厚い雲に覆われていた。

 わたしは、自分を犠牲にしてきたつもりはない。それは本心だ。

 でも、本当はわかっていた。

 事故に遭ったあの晩、寝不足から一瞬だけ判断が遅れた自覚があった。対向車線をはみ出してきたあのトラックが悪い。けれど、もしあとほんの数秒でも早くハンドルを切っていたなら、待っていたのは別の結果だったのかもしれない。そして、それが自分を犠牲にして働いた結果だと言われてしまえば、完全に否定できる自信が今はなかった。


 理由や原因なんて、どうでもいいのかもしれない。結局、わたしはマネージャーとしてずっと傍にいるという星来との約束を守れなかった。


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