第3章 魔王さまとSNS④
撮影した写真を厳選してアカウントリにデータを移すと、その日のうちに『#魔王さまの日常』という言葉を添えて発信した。
魔王さまが紅茶を飲んでいる写真は予想を遥かに上回る勢いで注目を集め、反響を呼んだ。
夜、ベッドに腰かけて、わたしはアカウントリから次々と流れてくる魔王さまへのコメントを聞いていた。
『魔王さまって恐ろしいイメージだったけど、すごくカッコいい!』
『紅茶を飲んでいるだけなのに、なんでこんなに優雅なの』
『魔王さまに恋をするのは不敬ですか……?』
アカウントリを通して届いてくる声は、どれも好感触なものばかりだ。
魔王さまが飲んでいる紅茶の種類についても発信しようかと考えたのだが、この様子だとマンドレイクアッサムが売り切れる事態もありえるかもしれない。品切れになってしまったら、魔王さまに出すマンドレイクアッサムがなくなってしまうのでやめておいた。
とにかく、そんな心配が出てくるほど爆発的に魔王さまへの関心が高まっている。
写真を撮影して発信しただけとはいえ、あまりの手応えにどんどん頬が緩んでいく。
「ふふふ、みんなようやく気づいたみたい……」
ニヤニヤしながら喜んでいると、チョーカーの鈴がちりんと鳴った。
鈴の音は耳に届いていたものの、言いかけていた言葉をいきなり止めることもできず、そのまま口から出てしまう。
「……魔王さまのカッコよさに!」
気がついたときには、わたしは魔王さまの執務室にいた。
応接セットの革張りのソファに座っていて、正面には当の本人である魔王さまがいる。
「なんだ、その腑抜けた顔は」
本当に毎度のことながらタイミングが悪い。気まずい空気の中で、わたしは完全に緩みきった頬をなんとか元に戻した。
「それで、俺がなんだ?」
「今のは、その……アカウントリのことです。魔王さまが紅茶を飲んでいる写真を発信したら、すごい反響なんです。みんな魔王さまのことをカッコいいって言い出したので、ようやく気づいたんだなぁと……」
魔王さまは「ふん」と鼻で笑う。
「まるでお前はとっくに気づいていたみたいな言い方だな」
「もちろん、わたしはずっと前から気づいてましたよ。この前だって、魔王さまの写真なら飛ぶように売れると言ったじゃないですか」
マネージャーとしての慧眼を自負しているからか、ムキになって主張する。
「わたしは出会った頃から魔王さまは端正なお顔立ちだと思っていました。たしかに最初は少し恐い印象でしたけど……でも、すぐにそうじゃないってわかりましたし。なにより日々、仕事に打ち込む魔王さまはとってもカッコいいです!」
言い切ってから、なんだかとても気恥ずかしいことを伝えてしまったような気がしてくる。
「魔王さまの傍にいたら、きっと誰でも気づくことでしょうけど……」
慌ててもごもごと言い訳をしながら、魔王さまの表情を窺い見る。
いつもなら軽くあしらうはずの魔王さまは、なぜか目を伏せたまま、むずがゆそうな顔をしていた。
これは、どういう感情だろう。他の人なら見知った表情なのに、魔王さまが浮かべるとすぐには結びつかない。
本当にやんわりと赤みがさしている魔王さまの頬を見て、ようやく思い出した。
もしかしたら、魔王さまは照れているのだろうか。
それに気づいた瞬間、わたしのほうが100倍照れくさくなった。
「いや、あの、わたしが最初に発見したみたいな言い方になってしまいましたけど、魔王さまのカッコよさに前々から気づいている人はたくさんいましたよね……!」
「あ、当たり前だ……」
謎の会話を繰り広げていると、執務室の扉がノックされた。
小さなコンコンという音に続いて顔を出したのは、ミームだった。
「魔王さま、失礼します~。あ、アカリさんもいたんですね」
ミームの吞気さが妙な雰囲気を壊してくれて、ほっと胸をなでおろす。
「ホネホネ、持ってきましたよ。糖分が足りないって、さっきおっしゃっていたので」
ミームはふわふわと漂うようにやって来て、魔王さまにボーンシュガーを渡す。
「気が利くな」
「いえいえ~。じゃあ、ボクはもう寝ますので」
ミームの用事はそれだけだったようで、眠たそうな顔で執務室を後にした。
そういえば、魔王さまの印象インタビューをしたときにミームが「骨」と言っていたが、あれはお菓子のことを指していたようだ。
あのときは必死で気づかなかったけれど、たしかに魔王さまと言えば骨というくらい、このお菓子をよく食べている。
考えてみれば、魔界のトップに君臨する魔王さまが骨のお菓子をこよなく愛しているなんて可愛らしい話だ。もちろん出会ったばかりの頃なら、そうは思わなかったかもしれないけれど。
わたしの中の魔王さまの印象も、どんどん変わってきているのだろう。
「またその顔か」
魔王さまに指摘され、わたしはまた頬が緩んでいることに気づいた。
「何を考えている?」
「いえ、なんでもありません。それより、仕事で呼んだのではないのですか?」
「いや……」
魔王さまにしては珍しく、何か言い淀むような間があった。
「そのつもりだったのだが、何を頼もうとしたのか忘れた」
「そうですか。魔王さまでも、そんなことがあるんですね」
これまた珍しいこともあるものだと思いつつ、そこまで気にせずに受け流す。
「思い出したら、いつでも言ってください」
「ああ」
魔王さまは空返事をしてから、すぐに続ける。
「呼びつけておいて、そのまま帰すのもなんだ。紅茶でも飲んでいけ」
見れば、テーブルの上には紅茶のポットとカップが用意されていた。
「ありがとうございます。では、せっかくなので」
魔王さまのお誘いを受けて、わたしは2人分の紅茶を注いだ。それからミームが持ってきてくれたボーンシュガーをお皿の上に出す。
「いただきます」
淹れたての紅茶にほっと息を吐きつつ、最初からカップが2つ用意されていたことに疑問を覚える。
これではまるで、わたしが一緒に紅茶を飲むことが決まっていたみたいだ。
不思議に思っていると、魔王さまが真剣な面持ちで口を開いた。
「ところでお前は元いた場所に帰りたくはないのか?」
「え? 元いた場所、ですか」
言い回しから、わたしが異世界から来たことを指しているのではという考えが過り、一瞬だけドキリとする。
「あの森にいたあたり、何か事情があるのだろう。最初はただ治療だけして、すぐに人間界に帰すつもりだった」
「えっ、そうだったんですか?」
初めて聞く話に、わたしは目を瞬いた。
「殺されるとでも思ったのか?」
「……はい、正直なところ。目の前で犬の魔獣が炎に包まれたのを見て、わたしも丸焼きにされるのかと」
けれど、それもただの勘違いだったみたいだ。
「どおりで勝手に命乞いをしてくるはずだ」
「すみません……」
「とにかくお前のその勝手な命乞いを聞き、あの時は考えを変えた。城で働かせてみるのも面白そうだと思ったからだ。人間側の意見役を必要としていたのも事実ではある。だが、肝心のお前の気持ちを改めて確かめるべきだと考えた」
わたしはハッとして、魔王さまの顔を見つめた。
「お前が城での仕事に前向きに取り組んでいるのは知っている。だが、お前は以前から同じ仕事をしてきたのだろう。ここでの仕事ぶりを見るに、お前は仕事を放りだすような人間ではないはずだ。それなら、お前が元いた場所に帰りたいと思っていてもおかしくない」
「わたしは……」
話し出しかけて、元の体の持ち主について話すべきなのか、自分自身について話すべきなのか躊躇する。
元の体の持ち主にも事情があるのだろうけれど、記憶はいまだに曖昧な部分が多い。
なにより魔王さまは真摯にわたしの話を聞こうとしてくれているのだから、自分の素直な想いを伝えたかった。
「わたしは訳があって元の場所には帰れないんです。だから城に置いていただいて、魔王さまのマネージャーとして働かせてもらってることにとても感謝しています」
「心残りはないのか?」
「ない……と言ったら、嘘になるかもしれません」
わたしは、そっと瞼を閉じた。思い浮かぶのは、星来の笑顔だ。
「わたしが前にマネージャーをしていたのは、アイドルという仕事をしている子だったんです。満員のステージで、あの子が歌って踊る姿を見届けたかった……」
わたしは目を開けて、顔を上げた。
「でも、あの子なら大丈夫です。きっと今頃、誰もが認めるスーパーアイドルになっていると思います」
半分は自分に言い聞かせるように話してから、魔王さまに笑顔を向ける。
「それに、今は魔王さまのマネージャーですから。いろいろ上手くいかないこともありますけど、それ以上に楽しいです」
「そうか……」
魔王さまはどこか安心したように小さく呟いた。
「この話をするために、呼んでくれたんですね」
だから、カップが2つ用意されていたのだろう。
「……話は以上だ」
別に誤魔化す必要もないはずなのに、魔王さまは話を無理やり締めくくろうとする。
なんだか、また魔王さまが照れているように見えなくもない。
見間違いか確かめるためにまじまじと見つめると、魔王さまはカップに口をつける。顔を隠そうとしているようだった。
「あの、魔王さま、もしかして……」
「何度も言わせるな。話は終わりだ」
魔王さまが告げると同時に、チョーカーの鈴が音を立てた。
「あっ……」
止める間もなく、わたしは自分の部屋に送り返されていた。
「もう……ちゃんと、おやすみなさいくらい言いたかったのに……」
1人きりの部屋で呟きながら、初めて見た魔王さまの表情を思い出す。
びっくりしたけれど、もしかしたら魔王さまの表情が豊かになってきている兆候なのかもしれない。そう思うと嬉しいのと同時に、なぜか妙に胸がざわざわした。
いろいろな感情が混ざり合っている。そして直感的に、深く探ろうとしてはいけない気がした。きっと、複雑でよくわからないままにしておいたほうがいい。
こういうときは、眠ってしまうに限る。
寝る支度をしていると、ふと昼間買った鏡が目に入った。城に戻ってきてからチェストの上に置いて、そのまま買ったことすら忘れていた。
自室には鏡台もあるのに、どうして鏡なんて買ってきたのだろう。
今さらながら不思議に思いつつも、買い出しなどもあって疲れていたのか、布団に潜り込んだ瞬間に眠りに落ちた。
その晩、夢を見た。
わたしは、前方だけ鏡張りになっている広い部屋にいた。ここは、事務所が所有していたレッスン室だ。
そして、鏡に映っているのは東京にいた頃のわたしだった。
「マネージャー……マネージャー……」
誰かが呼ぶ声が聞こえてくる。鏡を見れば、後ろに星来が立っていた。
「ずっと一緒にいるって約束してくれたのに」
星来は苦しそうに俯いたまま、肩を震わせている。
「……助けてよ、マネージャー」
星来を振り返ろうとした瞬間に、わたしは夢から覚めた。
一瞬のうちに朝を迎えていて、魔王城の自室の窓から陽光が差し込んでいる。
頬に触れると、涙で濡れていた。




