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第3章 魔王さまとSNS③


 翌日、わたしはさっそくアカウントリ運用に向けて動き出した。

 カーチスさんによれば、アカウントリストアという専用ショップがあるらしい。まずはそこで購入する必要があるというので、わたしは朝から街へ出掛けた。

 聞いていた道順を頼りにアカウントリストアを探していると、すぐに目印の看板を見つけた。

 木製の扉を開けて、店内に足を踏み入れる。

 店の中にはアンティーク調の籠に入れられたアカウントリがずらりと並んでいて、鳥のさえずりが飛び交っていた。


「いらっしゃいませ、アカウントリストアへようこそ。本日はどのようなご用件で?」


 時間がまだ早いからか店内は空いていて、気のよさそうな男性の店主がニコニコと近づいてくる。


「新しくアカウントリを購入しようと思っているんですが」

「新規でご購入予定のお客様でしたか。棚にあるアカウントリからお好きな鳥を選んでくだされば、すぐにお渡しできますよ。見た目は異なりますが、機能はほとんど同じです」

「そうなんですね。ちょっと見てみます」

「ええ、ごゆっくりどうぞ」


 軽い会話を交わして、店の中をぐるりと回ってみる。

 店主の言うように、店内にいるアカウントリはだいたいインコよりも一回り大きいくらいだが、毛の色や模様などには違いがあり多種多様だ。

 ひと通りざっと眺めてから、魔王さまっぽさがある黒のアカウントリを選ぶことにした。全体の羽毛は黒色をしているが、お腹の毛が部分的に赤くてハート型に見えるのが可愛らしくて、それが決め手になった。


 事前に預かっていた経費で支払いを済ませ、籠のままアカウントリを受け取り店を出る。

 ついでに他の店で足りなくなりそうな備品や、ポアラから頼まれていた食材の購入を済ませた。


「買うものはこれで全部かな……」


 たくさんの荷物とアカウントリの籠を手に城へ帰ろうかと考えていると、どこからか声が聞こえてきた。


「ちょっと、そこのお嬢さん」


 声のほうを振り向くと、路地裏の片隅に露店が出ていた。露店といっても本当に簡易的なもので、道に敷いた布の上にいくつかの商品が並べられているだけだ。


「いいものが揃っていますよ。ぜひ見ていってください」


 店主はフードを深く被っていて、顔がよく見えない。けれど、周囲には他に人がいないし、わたしに向けて言っているのは間違いないだろう。


「それじゃあ、ちょっとだけ……」


 軽く見るだけならいいかと思い、露店に近づく。商品は主に骨とう品のようで、お皿や壺などの陶器類や絵画などの美術品もあった。


「お嬢さんには、この鏡がぴったりです。とても役に立つと思いますよ」


 店主は、縦長の楕円形をした鏡を勧める。細かい蔦のような飾りが枠組みに施されていて、下には台座がある。ちょうど顔が映るくらいの大きさだ。


「とても素敵ですけど、あいにく今日は荷物がたくさんあるので……」


 もともと予定外の買い物をするつもりはないので丁重に断ろうとする。けれど、店主は微かに口元を緩め、はっきりとした声で告げた。


「いいえ、あなたは必ずこの鏡がほしくなります」


 その声は、脳の奥底に深く染み込んでいくような響きがあった。

 次の瞬間、わたしはなぜかこの鏡を絶対に買わなくてはならない気がしてきた。

 さっきまでまるで興味がなかったのに、この鏡はわたしにとって必要で、どうしてもほしいものだと思えてならない。


「あの……この鏡、ください」


 気がつくと、わたしはそう口にしていた。


「お買い上げありがとうございます」


 店主の口元が薄く笑う。

 わたしは店主にお代を渡すと、他の荷物と一緒に鏡を城へと持ち帰った。

 


 城に戻り買ってきたものを整理したあとで、魔王城公式アカウントリの開設に取り掛かった。

 まずは仕事部屋の自席で説明書を読み、ざっくりとアカウントリの使い方を覚える。


 それから、どういう方向性で情報を発信しようかと考えた。

 魔王さまの仕事ぶりを広めたいところだけれど、公務に関することは機密上あまり発信に向いていないだろう。

 『本日の魔王さまのひと言』なども思い浮かんだが、アカウントリは写真や動画も発信できるようだし、それを使わないのは惜しい気がした。文字情報だけよりも写真があったほうがパッと見ただけでも興味を引くし、印象に残るはずだ。


 市民の人たちが求めているのは、どういう内容なのだろう。

 わたしは一旦考えるのをやめて、ニーズを探るためにアカウントリを使ってみることにした。


「アカウントリ、#魔王さま」


 そう告げるとアカウントリがくちばしを開き、魔王さまに関する様々な声を受信し始める。その中で、気になる声がいくつかあった。


『魔王さまって、普段どういう生活をしているんだろう』

『そういえば、この前の取材で魔王さまは紅茶が好きって言ってたよね。何を飲んでるのかな』 


 思った以上に、日頃の魔王さまの様子を知りたいという声がたくさんある。

 魔王さまへの印象が少しずつ変わっていっている証拠でもあるし、親近感のある魔王像を目指すという当初の目的からしても、仕事とは関係のない情報を発信するというのはいいのかもしれない。


 わたしはアカウントリの声を止めて、星来のときはどうだっただろうかと思い返した。あの頃も仕事の裏側やちょっとした日常のひとコマを映した投稿が人気だったように思う。


 仕事ぶりについては他のメディアを通して知ることができるし、SNSによる個人の発信でしか得られない情報のほうが興味を持ってもらえるかもしれない。


 迷っていても仕方がない。やってみてだめだったら、また別の方法を考えよう。

 魔王さまは好きにしていいと言っているし、きっと協力してくれるはずだ。

 こうして、わたしは魔王さまの日常を発信することに決めた。


 

 午後3時、通常どおりに紅茶とお菓子を出したところで、わたしは魔王さまに切り出した。


「すみません、魔王さま。紅茶を飲むのは少しお待ちいただけますか?」


 魔王さまはカップを手にしたまま動きを止めて、不服そうな眼差しをわたしに向ける。

 それから、魔王さまの視線はわたしの首から下げられているカメラに移った。

 

「部屋に入ってきたときから気になっていたが、そのカメラはなんだ?」

「アカウントリ用の写真を撮るために持ってきました」


 一応、アカウントリにもカメラ機能が付いているのだが、鳥型なのであまり使い勝手はよくない。カメラに保存した写真もアップデートできるらしいので、城の備品庫にしまわれていたカメラを引っ張り出してきたのだった。


「今日から、さっそく魔王城の公式アカウントリを始めるつもりです。いろいろ考えた結果、魔王さまの日常の風景を届けてみようかと思っています。手始めに、魔王さまが紅茶を飲んでいるお姿を撮影して、アカウントリで発信したいのですが、いいでしょうか?」

「それは……市民にとって有益な情報になるのか?」

「はい。実際の声をもとにしているので、需要があるはずです」


 躊躇するような間が一瞬あったものの、魔王さまは納得してくれたようだった。


「好きにしていいと言ってしまった手前、断るわけにもいかない」

「ありがとうございます! では、わたしが写真を撮っていきますので、魔王さまはいつもと同じように紅茶を飲んでください」

「……わかった」


 魔王さまが頷くのと同時に、わたしはカメラを構える。

 ただ座って紅茶を飲んでいるだけでも、魔王さまのいる景色は絵画のように美しい。

 どの瞬間を切り取っても見栄えがするので、パシャパシャとシャッターを切り続ける。

 強いていうなら魔王さまの顔が引きつっているのがもったいない。


「魔王さま、表情が硬いですよ! もう少し肩の力を抜いてください。リラックスです!」

「そう言われてもな……」

「わたしのことはいないものと思ってください」

「いや、意識するなというほうが無理がある」

 

 たしかに、人前に立つことに慣れているアイドルでも、撮影で自然体になるというのは難しいと聞く。

 被写体としての経験がほとんどないであろう魔王さまが、そう訴えるのも当然な気がした。


「……そうしたら、わたしはなるべく空気になりますので」


 存在を忘れてもらえるように、一度わたしはソファの陰に身を隠した。しばらくじっと待ってから、頭の半分とカメラだけを出して撮影する。

 すると、魔王さまもいつもの感覚を取り戻したようで、優雅に紅茶を飲む姿を撮影できた。


 この調子で、魔王さまのベストショットを撮りたい。

 せっかくの空気を壊さないよう、気配を消して床を這うように進み、いいアングルを探す。

 魔王さまの整った顔は、下から撮影してもその美しさが損なわれない。

 夢中で撮影しながら匍匐前進で近づいていくと、不意に魔王さまがこちらに視線を向けた。ファインダー越しに目が合い、魔王さまの表情がわずかに緩んでいく。


「あっ……」


 思わず見惚れてしまい、シャッターを切る指が止まる。

 そのとき、ノックの音とともに執務室の扉が開き、カーチスさんの声が聞こえてきた。


「失礼します……ってアカリさん、何をなさっているんですか?」

「あの、これはアカウントリの撮影のためでして……」


 カーチスさんに慌てて弁解しながら、わたしは立ち上がる。


「そうでしたか。それは大変ですね」

「大変なのは俺のほうだ。付き合わされる俺の身にもなれ」

 

 魔王さまが鼻で笑ってあしらう。その声に振り返ると、もう無表情に戻っていた。


「魔王さま、ありがとうございました。おかげで、いい写真が撮れた気がします」


 わたしはそう言いつつも、さっきの微笑みを撮り逃したことだけは後悔していた。

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