第3章 魔王さまとSNS②
夕方、わたしは魔王さまの執務室に向かった。
けれど、扉をノックしてみても中から返事がない。勝手に入るわけにもいかないので、また出直そうかと思っていると、廊下の先からカーチスさんがやって来た。
「アカリさん、魔王さまに用事ですか?」
「はい。書類を届けにきたんですけど、不在みたいで」
「今、隣の棟に行っているだけなので、すぐに戻ってきますよ。私も用があるので一緒に中で待っていましょう」
カーチスさんは扉を開けて、わたしを部屋に招き入れてくれる。
それとほぼ同時に、どこからかパタパタと翼をはばたかせる音が聞こえた。見れば、窓が開いていたようで鳥が部屋の中に飛び込んできた。
「わ、つかまえないと……!」
執務室の中には大事な書類もたくさんある。バラバラにされたりしたら大変だと慌てるわたしを、カーチスさんが止めた。
「あっ、アカリさん。それは私のアカウントリですよ」
「アカウントリ……?」
「今、魔界で流行っている鳥型のツールです」
ツールと聞き、わたしはアカウントリに近づいてみる。
本物の鳥のように見えたけれど、よく観察してみたら機械なのだとわかった。
「アカウントリを持っていると、同じようにアカウントリを持っている人に向けて、リアルタイムで声を発信したり、反対に他の人の声を受け取ったりできるんですよ。他にも画像や動画なども送受信できます。たとえば……」
カーチスさんは机の上で大人しく羽を休めているアカウントリに向かって、「アカウントリ、おすすめ画像を出して」と伝える。
すると、アカウントリから吹き出し型の光が飛び出し、どこかの家の食卓らしき写真が映し出された。画像が出るのと同時にアカウントリがくちばしを開き、「ジャックオーランタンパイ、うまく焼けた!」と呟く。吹き出しの中の画像は次々と切り替わり、そのたびにアカウントリは発信者が打ち込んだらしき文章を読み上げていく。
「アカウントリ、ストップ」
カーチスさんの声に応じて、吹き出しも消えて声も止んだ。
「なるほど……」
アカウントリは、魔界版SNSのようだ。呼びかけて指示を出すところは、AIアシスタントに似ている気もする。
「特定の言葉が含まれている声を拾うこともできるんですよ」
カーチスさんは今度は「アカウントリ、#魔王さま」と呟く。すると、アカウントリから『また魔王さまの記事が出てる!』、『魔王さま、最近変わったよね』などいった声が次々に流れ始めた。
『この頃の魔王さまは見ていられない。昔は、歴代の魔王さまたちの意思を汲んでいた』
否定的な声が聞こえてきて、自分のことでもないのにわたしは思わず顔をしかめた。その声は、だんだんと乱暴な内容に変わっていく。
『誰も近寄らせない、あの孤高な感じがよかったのに。今の魔王さまは市民に媚びているだけ。プライドとかないのかよ。正直、ダサい。あんな魔王さまなら……』
こんな声を魔王さまに聞かせてはならない。
そう思った矢先、執務室の扉が開き魔王さまが戻ってきた。
「わあああああっ!」
とっさに大きな声を出しながら、わたしはアカウントリのくちばしを押さえ込んだ。それでは声は止まないようで、もごもごとくぐもった声でアカウントリは喋り続けている。
「アカウントリ、ストップ!」
さきほどカーチスさんが言っていたことを思い出して真似すると、ようやくアカウントリが大人しくなった。
「お前ら、何をしている?」
魔王さまは部屋に入ったところで、怪訝そうな顔でわたしとカーチスさんを見つめる。それから、机の上にいるアカウントリに視線を移した。
「なんだ、その鳥は?」
「私のアカウントリです」
「ああ、例の鳥か。噂は耳にしていたが、実際に見るのは初めてだな」
魔王さまはアカウントリを一瞥し、定位置である執務机の椅子に腰を下ろす。
「販売され始めたのはつい先日ですが、ものすごい勢いで普及しています。手軽さとコミュニケーションツールとしての目新しさが人気の理由のようですね」
魔王さまならくだらないと一蹴するかと思ったが、アカウントリをしげしげと眺めている。
すると、カーチスさんが何か思いついたように、わたしを振り返った。
「そうだ、アカリさん。アカウントリを利用して、今よりもっと『親しみやすい魔王さま』を世間に広められないでしょうか?」
「そうですね……公共のメディアとは違って自由に発信できるので、やり方次第でたくさんの人に興味を持ってもらえるかもしれません。話題になれば、アカウントリを持っている人たちがさらに拡散してくれますし、とても強力なツールだと思います」
メリットは十分にある。
けれど、これまでのように魔王さまを説得しようという気持ちにはなれない。
話している内容とは反対に浮かない顔をしていたからか、カーチスさんが首を傾げた。
「あまり乗り気ではないようですね。アカリさんなら絶対に食い付くと思ったのですが」
「もちろん、いい面はたくさんあります。ですが、どんな便利なものにも必ずデメリットが存在します。アカウントリはまだ流行し始めたばかりなので、ただのコミュニケーションツールかもしれませんが、いずれ悪用する人や間違った使い方をする人が出てくるはずです。匿名がゆえに心ない言葉を投げかける人も増えてくると思いますし……」
現についさっき魔王さまを傷つけかねない声が届いた。
匿名性という仮面が一枚あるだけで、過度に攻撃的な言葉を発する人もいれば、脅迫めいたことを発信する人もいる。
前世でも、誹謗中傷で傷ついている人たちを何人も見てきた。表舞台では笑っているが、楽屋で毎日泣いているようなことだってある。
それだけに、魔王さまのマネージャーとなった今、アカウントリの運用についてはあまり積極的になれなかった。
言葉を濁して黙り込んでいると、魔王さまが口を開いた。
「まさか、そんな言葉に俺が傷つくとでも思っているのか?」
魔王さまはそんなことはあり得ないと言おうとしているようだった。
「魔界は広い。反対や批判の声があるのは当然だろう。もちろん、すべての者が納得できる世界を目指すつもりではあるが、その過程ではあらゆる意見が出てくるものだ」
「大丈夫だと思っていても、本人が自覚しないところで心が蝕まれている場合だってあります。それに、批判の声の中には、ただ相手を傷つけることを目的にしたものもあります」
「そういった中身のないものは、耳を傾ける必要がない。勝手に言わせておけばいい。聞くべき意見と聞く必要のない意見くらい判別できる」
「そうかもしれませんが……」
魔王さまにここまではっきりと言われてしまうと、これ以上反論の余地はない気がした。
すると、魔王さまが声を少し和らげて続ける。
「要は、アカウントリを利用するかはお前に任せるということだ。俺の気持ちを考慮して、運用を検討する必要はない」
どうやら魔王さまはこれを伝えるために、誹謗中傷の声は気にしないと宣言してくれていたようだ。
「取材の一件からいい変化があったのは事実だ。今回はお前の好きにしろ」
これまでとは違い、魔王さまのほうから背中を押してくれたことにわたしは驚いた。
同時に、裁量を与えてもらえたことへの嬉しさが胸に広がる。
「え、好きにしていいんですか?」
わたしが目を輝かせて聞き返すと、魔王さまは渋い顔になる。ブロマイドの件を熱弁したときと同じ表情だ。
「妙なことは考えるなよ? あくまで良識の範囲内で好きにしていいという意味だ」
「はい、わかっています。あと、なるべく魔王さまに負担をかけないよう気をつけます」
「お前の場合、本当にわかっているのか怪しいが……任せるとしよう」
魔王さまに後押ししてもらえたことが効いたのか、気がつくとアカウントリを使ってみる方向で話を進めていた。
SNSの使用にはあまり乗り気ではなかったものの、魔王さまにこう言ってもらえているのだし、やってみてもいいのかもしれない。
「では、アカウントリを活用して魔王さまの魅力をもっと伝えられる方法を考えてみます!」
上手に使えば、魔王さまの魅力を今よりたくさんの人に知ってもらえる。
世間が魔王さまの話題で賑わっている未来を想像すると、自然と気持ちも前向きになっていた。




