第2章 魔王さまとキャッチフレーズ⑥
忙しなく数日が過ぎ去り、魔界庁での会議の日を迎えた。
魔界庁は、城から1キロほど離れた場所にある。魔王さまやカーチスさんを含めた護衛の人たちと一緒にわたしも庁舎まで赴き、予定通り庁舎の2階の一室で会議は始まった。付き添いで来たものの、内密な話をするようで会議の場にはいられないため、ほとんどの時間は部屋の近くで待機となった。
まもなく会議が終わるという頃になると、取材の下見のために護衛の人たちを残してエントランスへと向かった。到着すると、広々としたホールにはすでに取材陣が集まっていた。
魔界のメディアは意外と発展しているらしく、マイクを持った記者、写真撮影のために参加しているカメラマン、テレビの生中継のためにビデオカメラを抱えた人もいる。集まった人たちの種族は様々だけれど、どこか見覚えのある光景だ。
少しすると、会議が無事に終了したようで、参加していた大臣などがエントランスにやってきた。取材陣は、誰かが通るたびにいくつか質問をしているが、本命は魔王さまのようだ。ちらちら時計を見ては、「魔王さまはまだか」と囁き合っている。
しかし、他の人たちがみんな魔界庁を後にしてしばらく経っても、魔王さまが現れる様子はなかった。
最初は何か話でもあって遅れているのだろうと思っていたが、ここまで遅いと心配になってくる。記者たちも異変を感じ取ったらしく、ざわざわし始めた。
一度、上に様子を見にいったほうがよさそうだ。2階へ向かうため取材陣の横を通りすぎようとすると、記者の1人がわたしに目を留めた。
「なあ、あんた魔王さまのマネージャーだろう!」
思わず立ち止まると、その声につられて他の記者やカメラマンもこちらを振り返る。
「魔王さまは、何をなさってるんだ? いくらなんでも遅すぎないか?」
「予定より少し遅れているみたいです。今、確認してきますので」
なるべく丁寧に答えてから、記者たちを背にエントランスホールを立ち去る。
何かあったのだろうか。不安を胸に階段を上がっていくと、カーチスさんと鉢合わせた。
「あ、アカリさん! ちょうど、呼びに行こうと思っていたんです」
焦っている様子のカーチスさんに、さらに不安が膨れ上がる。
「魔王さまに、何かあったんですか?」
「それが……どこにもいらっしゃらないんです」
「え? 行方不明ってことですか?」
カーチスさんは肯定していいのか迷っているようで、複雑な表情を浮かべた。
「会議が終わって部屋から出て来られるのを待っていたのですが、現れなかったんです。さすがにおかしいと思い部屋に入ってみると、もう誰もいない状態でした。魔法を使って外に出たとしか思えません」
「でも、どうしてそんなことを」
「わかりません。とりあえず、もう少し庁舎の中を捜してみます」
「わたしも一緒に捜します!」
居ても立っても居られず、わたしはカーチスさんの後を追いかけた。けれど、庁舎の中のどこを捜しても、魔王さまの姿はなかった。
「いったい、どこに行ってしまったんでしょう」
会議室の前に戻ってきたところで、カーチスさんは足を止めた。
「ここまでみんなで呼んでいるのに、現れないなんて……」
カーチスさんの言葉に、ハッとしてチョーカーの存在を思い出す。鈴を鳴らせば、魔王さまを呼び出すことができる。どこにいるかわからなくても、このチョーカーを使えさえすれば。
鈴を鳴らそうと首元に手を伸ばす。
けれど、鈴に触れる寸前でその手を止めた。魔王さまが姿を現さないのには理由があるはずだ。
魔王さまは、魔力を持つ人の声を聞き取る力がある。カーチスさんたちの声だって届いているはずなのに、それでも応えずにいる。
思い出すのは、数日前に魔王さまの顔色が悪かったことだ。気のせいだと思っていたけれど、実は本当に体調を崩していたのかもしれない。
ダグラスさまの言うように、魔王さまが弱いところを人に見せなたくないと考えているのなら、なかなか姿を見せないのも納得がいく。
わたしはチョーカーから手を離して、カーチスさんに向き直った。
「魔王さまは、また戻ってくるつもりかもしれません」
「もしかしてアカリさん、何か聞いているんですか?」
体調が原因かもしれないと伝えたほうがいいだろうかと迷ったものの、わたしは言わないでおくことにした。
「いえ……ただ、もう少し待ってみたほうがいいかなと。わたしは記者たちのところに言って、時間稼ぎをしておきます」
「わかりました。私は他の騎士たちと合流して、状況を確認してみます」
カーチスさんと別れ、エントランスホールへと走る。
ホールに着くと、思っていた以上に待ちわびていたようで、記者たちはわたしの顔を見た途端、一斉に群がってきた。 わっと詰め寄られ、いくつもの質問を同時に浴びせられる。
「何か問題でもあったんですか?」
「魔王さまは、まだいらっしゃらないのですか」
「いつまで待たせるつもりなんでしょう?」
わたしは、なんとか質問の合間を縫って答える。
「あの! 魔王さまのお帰りは予定より少し遅れているようです。もうしばらくお待ちください」
理由は言わずに済まそうとするが、また質問が飛んでくる。
「そんなことは、わかっているんです。どうして遅れているんですか? 他の方々はすでに帰られていますよね? おかしいじゃないですか」
答える隙もなく、次から次に声があがり、やがてそれは不満に変わっていった。
「これまで、このようなことはありませんでしたよ」
「最近、魔王さまは庶民派を謳っていますが、気が緩んでいるように見えるという意見もあります」
「取材には以前から前向きではありませんでしたし」
「取材から逃げられたのでは?」
どこからか聞こえてきた声に、胸が詰まる。夜遅くまで執務室で働いている魔王さまの姿が頭を過り、わたしは拳を握り締めた。
「魔王さまは、そのような方ではありません」
きっぱりと言い切ると、波のように押し寄せていた質問の声がぴたりと止んだ。
記者がマイクをわたしの口元に近づけ、カメラのレンズがこちらをじっと睨んでいる。
「みなさんには、魔王さまはどのように映っていますか? 冷酷で無慈悲、判断力に優れ、圧倒的な魔力を持つ。いろいろな意見を聞きますが、わたしにはどれも違うように思えるんです。わたしから見た魔王さまは……」
集まった人たちが静かに耳を傾ける中で、わたしは胸を張って言った。
「とても普通の方です」
期待していた言葉と違ったのか、みんな戸惑いを浮かべている。
「魔王さまは紅茶とお菓子が好きで、意外と怖がりな一面があるそうです。子どもの頃は、魔界遊園地の幽霊屋敷で泣いていたことがあったと聞きました。みなさんと同じ、血の通った普通の人だと、わたしにはそう見えています」
どう受け取っていいものかと、記者の人たちは顔を見合わせている。
「でも、そんな普通の魔王さまは、王としてあるために寝る間も惜しんで働いています。この国をいい方向へ導こうと、常に努力しています。ですから……」
そのとき、カツンという革靴がホールを踏む音が背後から聞こえてきた。
振り返ると、魔王さまの姿があった。いつもの堂々とした態度で、こちらにまっすぐ歩いてくる。その少し後ろに控えるようにカーチスさんが連れ添っていた。
唖然とする記者たちの前で、魔王さまは足を止めた。
「遅くなった。質問があるなら、答えよう」
記者たちは前に進み出ると、今度は一斉に魔王さまを囲んだ。
わたしはその輪の後方で、静かに見守ることにした。
「魔王さま、何をされていてこんなにも遅れたのでしょう?」
「公務のために来たのだ。それ以外に何がある。そもそも非公式な取材だ。約束もしていないのに、遅れた理由を話す必要などない」
毅然と返す魔王さまに、質問をした記者は黙り込んだ。
遅れた理由を問い詰めることは無意味だと察したようで、別の記者が次の質問を投げかける。
「今後、魔界は人間界との国交に踏み切るのでは、という話が出ています。賛成の声と同じくらい、反対や不安の声もありますが、今度の方針について教えていただけますか?」
「人間界との国交は、前向きに進めていく方針だ。国交を開くことで、魔界で圧倒的に不足している化石燃料の確保、労働面では最新技術の導入による生産性向上を目指せる。文化交流も市民の福祉向上に繋がるだろう。一方で、文化的な摩擦や移民の流動によって起こり得る問題には慎重に対応する必要がある。問題は多岐にわたるが、双方で慎重に話し合いを重ね、相互の理解を促進することで、平和的な関係を維持するつもりだ」
すらすらと述べたあとで、魔王さまは一度言葉を切り、目を伏せた。
「……と、いろいろと小難しい言葉を並べ立てたが、要するに……」
魔王さまが目を上げる。一瞬、視線が重なった気がした。
「泣く子も笑う魔界を目指し、市民の心を牛耳るつもりで、日々努力しているところだ」
思わず、「あっ」と小さく声が零れてしまった。言い回しは違うけれど、あれはわたしが考えたキャッチフレーズの文言だ。
周囲の空気が一変し、どよめきが起きた。記者たちはメモを走り書きし、カメラマンはパシャパシャとシャッターを切る。中にはすでに動き始めた記者が、「ライターに連絡しろ。今の発言、新聞の見出しにするぞ」と指示を飛ばしている。
「あとは概ね、俺のマネージャーが言ったとおりだ」
魔王さまはそう言って、質問の回答を締めくくった。
どうやら、さっきのわたしの発言は魔王さまにしっかり聞かれていたらしい。勢いで言ってしまったところもあるので、なんだか気恥ずかしくなり、居たたまれない気持ちになった。
さらに、記者たちは質問を重ねようとするが、カーチスさんが割って入った。
「質問はここまでにしてください。魔王さまは城に戻られます」
カーチスさんが腕で記者たちを抑えている間に、魔王さまは颯爽とエントランスを通り抜け、出口へと向かう。
その背中を見送っていると、カーチスさんが傍に来てこっそりと話しかけられた。
「ひとまず、一件落着ですかね。アカリさんも、お疲れさまでした」
「カーチスさんも。結局、魔王さまはどこにいたんですか?」
カーチスさんは、眉を下げて苦笑する。
「わかりません。突然、目の前に戻ってこられたので。おそらく、理由を聞いても教えていただけないでしょう。まあ、無事に終わってよかったです」
「そうですね……」
カーチスさんと一緒に安堵しながらも、まだ何か引っかかっているような気分だった。




